■ 不朽の名作がおもむろにリニューアル
大きく変わったのは、なんといっても本編ディスクの仕様だろう。今では珍しい両面1層のオリジナル版に対し、ディレクターズカット版は片面2層に変更された。ディスク容量は縮小されたが、途中でディスクを入れ替える必要がなくなったのはうれしい。なお、片面になったこともあり、ピクチャーレーベルに変更されている。 また、特典ディスクが付いたのも大きな変更点。特典ディスクには、約61分のメイキング映像と、ディレクターズカット版の劇場予告編が収録されている。メイキングは、ミロス・フォアマン監督をはじめとする製作スタッフと俳優陣が、当時を振り返り、数々の製作秘話を語るという内容。オリジナル版にはこれといった映像特典がなかったため、ファンならその内容が気になるところだ。 映像は新旧ともシネマスコープサイズのスクイーズ収録。ただし、ディレクターズカット版はニューデジタルマスターを使用しているため、画質の向上にも期待がかかる。 音声は、オリジナル版がドルビーデジタル5.1chと、2chのミュージックサウンドトラック。ディレクターズカット版は、ドルビーデジタル5.1ch、ドルビーサラウンド、音声解説(ドルビーデジタル2ch)という構成。音声解説に参加したのは、監督のミロス・フォアマンと、脚本のピーター・シェーファー。これもオリジナル版にはなかったおまけだ。 パッケージはどちらもトールサイズ。しかし、ディレクターズカット版は紙箱付きの豪華仕様に改められた。ジャケットも白と金を貴重にしたデザインに変更され、作品のイメージに合ったゴージャスな雰囲気となっている。だし、封入物は1枚のチャプタリストのみ。その代わり価格は2,980円と、ワーナー・ホーム・ビデオらしく廉価。これだけ安いと、すでにオリジナル版を持っている人でも気軽に買い換えることができるだろう。
■ 20分の未公開シーンを追加 18世紀のウィーン。自殺未遂の末、精神病院に収容された元作曲家の老人、アントニオ・サリエリは、慰問のため訪れた神父に、ある噂の真偽を尋ねられる。「あなたがモーツァルトを殺したと噂されてますが?」。やがてサリエリは、モーツァルトとの出会い、彼との確執、そしてモーツァルトの死の真相について語りはじめた。 舞台作品として有名だったこの作品を、「カッコーの巣の上で」のミロス・フォアマンが監督し、人間性豊かなドラマに仕立て上げたのは御存知の通り。'84年度アカデミー賞の8部門を受賞し、今なお不朽の名作として評価されている。個人的にも、「好きな映画をいくつか挙げろ」といわれれば、まず頭に浮かぶ作品の1つだ。 ディレクターズカット版で一番気になるのが、追加された約20分のシーケンスだろう。最も長いのが、モーツァルトを王室のピアノ教師に採用するよう頼むコンスタンツェに対し、サリエリが見返りとして彼女の体を求める場面。どうやら、モーツァルトの譜面の完成度に動転したサリエリが、神への復讐として突発的に思いついたらしい。 個人的には必要なシーンだとは思えなかったが、このシーンの追加により、コンスタンツェがクライマックスに見せたサリエリへの不信について、納得のいく説明がつくようになったのは確か。同時に、サリエリが次第に不安定さを増して行く様子が、より鮮明になったように思う。 また、ラストシーンもすこしだけ長くなり、老サリエリの人生観が明確になった。ここでは詳しく触れないが、オリジナル版と見比べるとより楽しめるだろう。
■ 明らかに高画質になり、音質も向上 ディレクターズカット版はニューマスターを使用しており、オリジナル版で目立っていたフィルムの傷がすっかり消えている。それだけでも大きな進歩だが、さらに圧縮ノイズも大幅に減少。暗部や単色領域にちらちら舞っていたノイズが、あまり目立たなくなった。 また、地上波の洋画劇場のような色のにごりが薄まり、今風のDVDを思わせるすっきりした画面に変貌した。黒側の階調も豊かになり、それでいてコントラストも高まっている。そのため、奥行き感がかなり向上した印象。オリジナル版では書割にしか見えなかった劇場の客席も、立体感を取り戻している。全体的な解像感も高まり、衣装の細かいデザインもはっきり確認できるようになったのがうれしい。 ただし、最近の作品に比べると、ピントやコントラストの面で多少の不満はある。また、記録時間が3時間と長いためか、輪郭のくずれが気になった場面もいくつかあった。しかし、絵画をそのまま映像化したような作品本来の魅力は、ディレクターズカット版の方が断然上。MPEGエンコード技術もオリジナル版の発売時から向上しているのだろう。平均ビットレートは5.6Mbpsだった。なお、オリジナル版の平均ビットレートは、A面が5.32Mbps、B面が5.31Mbps。
ディレクターズカット版の音声ビットレートは、英語1(ドルビーデジタル5.1ch)が448kbps、英語2(ドルビーサラウンド)と音声解説(ドルビーデジタルモノラル)が192kbps。一方オリジナル版は、英語(ドルビーデジタル5.1ch)が384kbps、サウンドトラックが192kbps。 リマスタリングしたせいもあるが、明らかにディレクターズカット版の方が音が良い。特に、ハープシコードやピアノは、かなり生々しくなった。もちろん、オペラのスケール感も向上。音域が広く感じられ、より作品にのめり込めた。音楽を題材にした作品なので、少しでも高音質で楽しめるようになったのはうれしい。
■ 今だから笑って話せる撮影秘話 中でも興味深いのは、ロケ地のプラハについて。ヨーロッパで唯一、18世紀の面影を今に残す町といわれ、アマデウスだけでなく、多くの映画がここで撮影されている。 もちろんこの作品の撮影当時、プラハは'89年のベルベット革命以前の共産主義国、チェコスロバキアの首都だった。そのため、ロケ隊や現地で募集したエキストラには、秘密警察の人間が多く紛れ込んでいたという。共産党員が秘密裏に養成していたキューバ人テロリストとも遭遇、ケンカにもなったそうだ。 さすがに命に関わるような事態はなかったそうだが、6カ月の撮影期間中、鉄のカーテンの内側にいることを何度か思い知らされたという。こうした逸話がさらりと語られるのも、フサーク政権崩壊後の今だからこそだろう。 ほかにも、「映画史上最もうまそうなお菓子といわれた“ヴィーナスの乳首”が、実はとんでもなくまずい代物だった」とか、「仰向けでピアノを弾いたトム・ハルスの運指はプロが驚くほど正確だった」など、ファンなら必見のインサイドストーリーが語られている。 オリジナル版になかった特典としては、ミロス・フォアマンとピーター・シェーファーの音声解説がある。片や映画監督、片方や舞台作家のこの2人は、考え方の違いから、製作中に幾度も衝突したという。音声解説でも、当時を蒸し返すように、何回か意見を異にする場面があったのが面白い。 また、2人が語るモーツァルトに関する逸話も聞きどころ。クラシックファンにはおなじみの話も多いが、2人が膨大な資料を基にこの作品を作り上げたことが伺える。3時間の長丁場なので、会話の間は比較的多いものの、個人的には最後まで楽しめた。
■ 作品が好きなら買い替えるべし また、オリジナル版の未購入者には、文句なくディレクターズカットを勧めたい。店舗にもよるが、両者の差額は980円だ。問題は、ディレクターズカットの店頭在庫が比較的少ないこと。代わりに、オリジナル版はたいていの店舗が備えているので、購入時には間違えないよう注意したい。ディレクターズカットの目印は、おすぎのコメントが付いた金色の帯だ。 オーサリング技術の低かった頃にDVD化された名作はほかにもたくさんあるので、こうした再販売は歓迎したい。ただし、店頭には同じタイトルで違う値段、違う内容のパッケージが並ぶことになるので、一般客が混乱を起こさないような工夫も必要になるだろう。
□ワーナー・ホーム・ビデオのホームページ
(2003年3月11日) [AV Watch編集部/orimoto@impress.co.jp]
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