■ マトリックスブームの今だから
6月7日より映画「マトリックス リローデッド」が上映され、大きな盛り上がりを見せている。その予習ということもあってか、先週の弊誌の売り上げランキングでは2000年3月から発売している「マトリックス 特別編」のDVDが4位にランクイン。また、新宿の家電量販店のDVD売り場では「マトリックスは売り切れ」との告知を出している店も見かけられ、映画の公開にあわせて旧作への注目も高まっている。 「マトリックス リローデッド」は公開後の2日間でオープニング興行収入の記録を更新したようで、マトリックス関連を取り巻く状況は、さながらブームの様相を呈している。そんな中、「裏・マトリックス」とも呼ぶべき「アニマトリックス」も6月3日に発売されて、好セールスを記録。先週のランキングでも2位に入っており、幅広い支持を得ているようだ。 ということで、発売日の6月3日に購入してみた。価格は2,812円(税込み/10%ポイント還元あり)で、購入した店頭では大きなポスターを特典として配布していた(ネオ版/トリニティ版など4種類が用意されているようだ)。パッケージには専用の大きな帯が巻かれている。ディスクはピクチャーディスク1枚で、本編の収録時間は101分。メイキングやアニメーション文化の歴史解説などの映像特典も収録している。
■ マトリックスの世界観を9つの別ストーリで描く
「アニマトリックス」は、ウォシャウスキー兄弟を始めとするマトリックスのスタッフや、渡辺信一郎や森本晃司といった日本人クリエイターを中心に、世界の映像作家のアニメーションを集めた作品。 「マトリックス」公開時に、アニメや漫画、それも特に日本のアニメの影響が語られたのは記憶に新しいが、本作はマトリックスの公開時に来日したスタッフが、製作を依頼して実現したという。収録されているのは、ラリー&アンディー・ウォシャウスキー脚本、アンディー・ジョーンズ監督の「FINAL FLIGHT OF THE OSIRIS」や、森本晃司脚本/監督の「BEYOND」、渡辺信一郎脚本/監督の「A DETECTIVE STORY」など9作品。いずれの作品もマトリックスの裏エピソード的な内容となっており、マトリックスを見ていないとその世界を理解するのは難しいだろう。 収録されているのは、以下の9作品。
1.FINAL FLIGHT OF THE OSIRIS 「ファイナルファンタジー」のアニメーション監督や、「タイタニック」のCGを担当したアンディー・ジョーンズが監督。ホバークラフト「オシリス号」のクルーが、ザイオンに重大なメッセージを伝えるまでの困難を描いた作品で、9作品中で最もマトリックスのイメージを保っているといえる。 高クオリティのCGが圧巻で、特に冒頭のアクションシーンは、実写と見間違えそうな品質だ。畳の間や刀などの日本的な意匠や、マトリックス的な誇張されたアクションがうまくかみ合った快作に仕上がっている。 2.THE SECOND RENAISSANCE PART1 「青の6号」の監督を務めた前田真宏による作品で、機械の労働力に頼り繁栄していた人類が、人間に叛旗を翻した最初のロボット「B1-66ER」の裁判をきっかけにロボットの弾圧をはじめる。ロボット達は、「ゼロワン」と呼ばれるフロンティアを築き、人間に対し経済的な優位を保ちながら友好を求めるが、人間による弾圧は続き、大規模戦争に突入する……。 やや説明的ではあるが、曼荼羅な仏画などの宗教的なモチーフをうまく生かした構成が印象的。 4.KID'S STORY 「カウボーイビバップ」などの渡辺信一郎による作品。キッドは地面へと落下する夢に悩まされていた。目覚めた後の世界よりも現実感を感じた彼はネットに答えを求める。「今、ここが現実だと確かめる方法は?……」。 マトリックスシリーズの主人公であるネオも登場し、キアヌ・リーブスが声優を努めている。夢と現実、現実感の曖昧さなどのマトリックス的な世界観を短い時間でうまく具現化しており、印象深い。独特の輪郭とラフな絵柄も面白い。 5.PROGRAM 戦国時代風の情景を背景に女武者シズと武者姿の男デュオの戦いが始まる。彼女と激しく剣を交えたデュオは、突然マトリックスへの帰還を主張し、シズの心は大きく揺れ動く……。マトリックスの世界と「本当の現実」とのひずみを描いた作品で、オチのつき方もマトリックス的? 6.WORLD RECORD 短距離走の金メダリスト「ダン」は驚異的な世界記録を樹立するが、ドーピング疑惑のためにその地位を失ってしまう。ダンは再起を賭け、再び大会に挑む。しかし、肉体の限界を越えても走り続けるダンの体には大きな異変が生じ、彼は「何か」に目覚めていく……。躍動的なダンのフォームが印象的。 7.BEYOND 陽子が食事時になっても戻らない猫のユキを探し回っていると古ぼけた建物に辿り着く。そこは近所達の人から「オバケ屋敷」と呼ばれている、立ち入り禁止の場所だった。中へ潜り込んだ陽子と子供達はそこで不思議な現象を目の当たりにし、その魅力に取りつかれる……。 8.A DETECTIVE STORY 貧乏な探偵事務所を営むアッシュのもとに、トリニティという名前のハッカーの捜索依頼が届く。これまでに同じような依頼を受けた探偵たちが何人も異常をきたしている。彼らは「鏡の国」へと迷い込んでしまったらしいが、ようやくトリニティにたどり着いたアッシュはある策略に気付く……。ハードボイルドなアッシュのキャラクタ設定と、写実的な絵、ストーリー、マトリックスの世界が、短い時間に見事に纏め上げられている。 9.MATRICULATED 知覚力に優れたロボットを捕らえた小さな反乱グループは、自分達の運動に協力するようプログラムした。彼らはそのロボットがマシーン・リアリティよりも彼らの「ヒューマン・マトリックス」を好むように教育するが……。
いずれの作品も今生活している世界が仮想現実=「マトリックス」であったら…… という、シリーズの世界観をベースに展開しており、それぞれの切り口が面白い。個人的に気に入ったのは、アクションと驚異的なCGが魅力的な「1」、仮想現実と現実(?) の境界を丁寧に描いた「4」と「6」、「7」。ちょっと古めかしい「8」の独特の絵も気になった。いずれももう少し見たいという欲求を喚起させられるあたり、短編として成功しているといえるだろう。
■ 画質は良好。音声解説などの特典も充実 画質については、基本的にどれも高品質で特に大きな破綻などは見当たらない。WinDVD 4でみたビットレートは7.5Mbps。 音声はドルビーデジタル 5.1chで、英語と日本語を収録している。ビットレートはともに448kbps。特に「FINAL FLIGHT OF THE ORISIS」のアクションシーンなどで、アクション映画らしいサラウンド感が感じられる。ただし、再生中に字幕や音声の切り替えができない仕様となっているのが、不便。 特典は、各作品のメイキングのほか、監督による「THE SECOND RENAISSANCE」や「PROGRAM」、「WORLD RECORD」の音声解説が収録される。音声解説ではそれぞれの作品の意図などが詳細に解説されており、特に「THE SECOND RENAISSANCE」の前田真宏監督は、仏画や曼荼羅を採用した理由や、各シーンの意図、マトリックスとのつながりをかなり饒舌に語っている。また、川尻善昭氏とプロデューサの竹内宏彰氏による、「PROGRAM」の解説対談では「2次元的、平面的な絵を意識し、花札的な色調」を狙っているというコメントが興味深かった。 そのほかにも、「アニメーション文化の歴史」と題された、22分の解説映像を収録。これは、製作スタッフなどが本作の企画意図などを説明するほか、日本のアニメーションの特色や、米国における日本のアニメの受容について解説するもの。絵巻物や手塚治虫などを例を挙げつつ、日本のアニメーションの特性が説明されるほか、いかにして米国のコアなアニメファンが日本のアニメを追い求めてきたかなどが解説される。 現場のスタッフのほか、美術評論家や大学教授などのコメントを交えつつ、日本のアニメの歴史的な推移についてまとめられている。コアなアニメファンにどう映るのかよくわからないが、日本のアニメの米国での受容を知る興味深いエピソードが満載だ。 また、6月7日発売のPCゲームソフト「Enter The Matrix」のプレビュー版もついてくる。3分間の非常に短いものなのだが、マトリックスシリーズの別エピソードの予告編として、非常に良くできていて、ついつい欲しくなってしまう。
■ マトリックスシリーズの裏エピソードを知りたい人に 各エピソードの内容もクオリティもばらばらだが、「マトリックス」の世界を別の方向で広げているという意味で、興味深いサブテキストといえそうだ。もちろん「マトリックス」を見ていない人については理解不能と思われるので、マトリックスを見つつ、この「アニマトリックス」を見るというのが正しい姿。本作を見ることでマトリックスの世界について、より多面的に見ることができるようになるだろう。 また、特典解説などにより、マトリックスの製作背景と繋がりを知ることもできるので、そうした製作者側の意図を感じつつ、日米間でのアニメーション受容の違いに思いを馳せるのも面白い。 「マトリックス リローデッド」の混雑が続いていて、「映画館が空くまで待っていたい」という人は、「マトリックス」と「アニマトリックス」を見て、その世界観を頭に刻みつつ、妄想を高めておくのもいいのではないだろうか……。いや私がそうなんですが。
□ワーナーホームビデオのホームページ (2003年6月10日) [AV Watch編集部/usuda@impress.co.jp]
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