■ 火星に行きたいなぁ
そんな中、見ている人の気持ちを晴れやかにしてくれるニュースがあった。それは、NASAの無人火星探査機「スピリット」が火星着陸に成功したという話。スピリットが地球に届けてくれた赤い火星の写真は美しく、ニュースを見ていて久しぶりに嬉しくなった。 文系人間の私からすると、遠い宇宙に無人の探査機を送り込み、それを無事に着地させ、周囲を探査させるなど、科学を通り越して魔法のよう。NASAのオキーフ長官は探査機の着陸成功を「パリから東京へホールインワンしたようなもの」と表現したが、まさしくそんな印象。 そんな私でも、火星の大地を探査機が移動し、火星人の尻尾(?)をタイヤで踏んづけているかもしれないと思うと、なんだかワクワクしてくる。そこで、今回はワクワクする気持ちを思い出させてくれるSFアニメDVD「Spirit of Wonder 鶴田謙二 WONDER-BOX」を紹介したい。 タイトルからもわかるように、漫画家・鶴田謙二の作品から、アニメ化された作品を集めたDVD-BOXだ。鶴田謙二の知名度はあまり高くないと思われるが、SFをメインにした独特の世界観と、イラスト調の絵柄で根強い人気がある。主に講談社の月刊アフタヌーンで作品を発表している。 漫画以外にも、アニメーションのキャラクターデザインや、小説の挿絵などを手掛けている。いずれもクオリティが高いが、その反面、鶴田氏は「筆の遅い作家」としても有名。10数年間の作品をまとめても1冊にしかならないことなどから「幻の作家」などとも呼ばれている。 そんなわけだから、新しい単行本が発売されると「今世紀中に新作が読めるとは」などという冗談が交わされ、中には「生きてるうちに次の作品集が読みたい」なんて言っている人もいるほどだ。 DVD-BOXにはディスク3枚を収録。さらに、サントラCD2枚とドラマCD3枚、ミニフィギュア2体を同梱している。昨今のDVD-BOXは特典も豪華なので、内容物は多い方ではないと思うが、BOX内部の密度は高く、芸術的なスペースワークでディスクとフィギュアが収められている。それゆえ、購入時の満足感は高かった。
作品の内容は「一風変わったSF」と言えばいいだろうか。科学的裏付けや設定が綿密に組まれ、理論に大きな破綻の無い、硬派なSF作品とは違う。どちらかというと、ジュール・ベルヌやH・G・ウエルズの時代の「大砲の弾に入って月へ行こう!!」という雰囲気。メーカーのキャッチコピーでは、「SF」ではなく「えすえふ」と記載されている。科学の夢とおとぎ話の区別が、まだ明瞭でなかった頃のお話だ。
■ 鶴田絵が動くだけで幸せです 原作の中からアニメ化され、BOXに収録されている作品は「少年科學倶楽部」と、「チャイナさんの憂鬱」、「チャイナさん短編集」の3つ。短編集には「チャイナさんの縮小」、「チャイナさんの惑星」、「チャイナさんの盃」の3つの物語が入っているので、正確には5つのストーリーから構成されている。 ●少年科學倶楽部 2001年に前・後編のOVAとして発売されたものを、1枚のDVDにまとめている。物語の舞台はイギリスの港町ブリストル。「火星には火星人が作った運河がある」と主張し、火星の地図や火星儀を作ったパーシバル・ローウェルに魅せられた3人の少年は、「少年科學倶楽部」を結成。いつか必ず火星へ行こうと約束する。 それから50年後の1958年。ゴードン、クーパー、シェパードの3人は、本当にその夢を持ったまま白髪頭になり、学会から異端扱いされている「エーテル気流理論」を使って火星に行こうと、宇宙船作りに命を掛けている。ゴードンの娘・ウィンディはそんな老人達に手を焼き、新婚にもかかわらず、科學倶楽部の面々に感化されつつある夫のジャックにも閉口している。 その後、紆余曲折を乗り越えて「火星旅行計画」は発動。気球のお化けみたいな手作り宇宙船は周囲の家の屋根を破壊し、電線で感電しつつ、空(というか火星)に向かって飛び立つのだが……。 「いい歳をして子供みたいに夢を追う男達」と「呆れながらもそれを許してしまう優しい女性」というコンビは、鶴田謙二作品では必ずと言っていいほど見られる構図だ。続く「チャイナさん」シリーズも例に漏れない。 ●チャイナさんの憂鬱/縮小/惑星/盃 イギリスの港町で中華料理屋「天回」を営む中国人のチャイナさん。店2階には、自称・天才博士のブレッケンリッジと、助手の青年・ジムが下宿している。博士は「この研究が成功すれば大金持ちになれる」と言いながら、わけのわからない発明に情熱を注ぎ、家賃を滞納してばかり。ジムに密かに想いを寄せるチャイナさんは、呆れ果てながらも、摩訶不思議なことが起こる毎日を楽しんでいる。 DVDやVHSに収録されたことのある作品がほとんどで、完全な新作は、このDVD-BOX用に制作された「チャイナさんの盃」のみ。約11分の短い作品だが、ブレッケンリッジ博士とジムがやって来た頃の物語で、謎だったチャイナさんの過去も描かれている。また、「Spirit of Wonder」という全体タイトルの秘密も明らかにされるなど、ファンならば見逃せない内容だ。なお、短い作品なので、「盃」のみがDVDで単品発売される可能性は低いと思われる。 いずれの作品にも、共通する特徴として「スローテンポ」であることが挙げられる。SFと聞くと波乱万丈の冒険を思い浮かべがちだが、のんびりとお茶を飲みながら鑑賞するのに向いている。なお、「少年科學倶楽部」の監督を務めているのは、同じアフタヌーン誌上で連載されている「ヨコハマ買出し紀行」のアニメ版監督を務めた安濃高志氏。叙情的ムードの表現には定評のある監督だ。 作画・動画のクオリティは非常に高い。原作のテイストを尊重しているため、昨今の流行とは異なる絵柄だ。多くの人は初見で「変な絵」と思うかもしれない。写実的な描き方とは異なるものの、アングルによってはヒロインがきちんと不細工に見えるリアルさも持っている。本郷みつる監督は付属のブックレットの中で「生き人形」という表現をしている。 ともかく、原作者をして「絶対にアニメ化できないだろうと思っていた」という絵とキャラクターが動いていることが凄い。これは作画監督とキャラクターデザインを務める柳田義明氏によるところが多いだろう。付属のブックレットには同氏の修正原画が掲載されているが、いずれも鼻血が出そうなクオリティだ。ファンとしては「鶴田謙二の絵が動いてる」というだけでお腹一杯である。
■ フィギュアの造型はいま一歩? ディスクはいずれも片面1層だが、画質・音質ともに良好だ。ブロックノイズやモスキートノイズも皆無で、アラを気にせずに鑑賞できる。古い作品は全体に線が眠いが、作品の雰囲気を損なうものではないだろう。反面、新作の「チャイナさんの盃」の画質はクリアそのもの。CGを取り入れながら、実に鮮やかな色彩を見せてくれる。 音声はいずれもドルビーデジタルステレオだが、作品の特性を考えると欠点にはならないだろう。BGMの雰囲気も良いので、AVアンプなどに搭載されているサラウンドモードを使って部屋の中を音で満たせば、心地良い時間を過ごせる。 なお、各ディスクの平均ビットレートは、「少年科學倶楽部」が8.64Mbps、「チャイナさんの憂鬱」が8.84Mbps、「チャイナさん短編集」が8.85Mbpsとなっている。 【少年科學倶楽部】
付属のCDも豪華。まず「少年科學倶楽部」と「チャイナさんの憂鬱」のサウンドトラックCD。少年科学~のほうはともかくとして、チャイナさんの憂鬱のサントラは'92年の発売ということもあり、入手困難な音源だ。 また、ドラマCD「チャイナさんの逆襲」は、別な意味でレアな作品。脚本を庵野秀明氏と、「ふしぎの海のナディア」や「ガメラ」の特撮監督としても有名な樋口真嗣氏が担当。特撮ネタとアニメネタが随所に散りばめられた、かなり「濃い」内容になっている。楽しいことは楽しいのだが、作品のイメージを破壊しているような気も……。ほかにも、文化放送で放送されたラジオドラマ2作と、主題歌などを収録したCDも付属する。 封入特典として同梱しているのは、チャイナさんのミニフィギュア2体。こちらも完全な新作というわけではなく、以前単体発売されていたシリーズを、復刻させたもの。ただし、単なる復刻ではなく、単体版とはカラーリングが異なり、造型も細かくなっている。残念ながら私の周囲では「似てない」という評価が多めだが、個人的には3D化が難しい絵柄ながら、なかなか健闘していると思う。
ただ、チョコエッグやリカヴィネなど、最近はコンビニやガチャガチャで買えるミニサイズのフィギュアの出来が非常に良いため、「このサイズでこの造型!?」という驚きが少ないのも事実。いっそのこと、完全新作の中型フィギュアを1体だけ同梱した方が良かったかもしれない。
■ お金に余裕があればぜひ DVD-BOXは趣味性が高い商品なので、万人にお勧めするのは難しいだろう。しかし、普通のアニメにはない空気が楽しめるタイトルとして、DVDラックに並べておきたいBOXだ。 問題は価格が22,800円と高価なこと。日本のアニメーションとしては平均的な価格だが、実写DVDをメインに考えると、ディスク3枚とCD 5枚でこの価格というのは厳しいかもしれない。また、既にDVD化されている作品もあることから「BOXを買うくらいのファンは、新作以外持っているんじゃないかなぁ」という懸念もある。 逆の意味で、「鶴田氏の世界にこれから触れてみたい」という人には文句無しにお勧めだ。BOXは限定生産ということもあり、店頭から姿を消しつつある。鶴田氏の新作を購入することは難しいが、DVD-BOXも幻のように消えてしまう前に、ぜひ手にとっていただきたい。
□バンダイビジュアルのホームページ
(2004年2月24日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
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