ニュートラルな音質と調節不要で頭にフィットするウイングサポートなど、音質と使い勝手の良さで高い評価を得た「アートモニターシリーズ」。ハウジング部をメッシュにしたオープンエアー設計の「エアーダイナミックシリーズ」は、ヘッドフォン特有の音のこもりや圧迫感から逃れ、新しい音の世界を聴かせてくれた。 また、最近ではアサダ桜をハウジングに使った「ATH-W1000」や、USB音源を内蔵した「ATC-HA7USB」、光デジタルヘッドフォン「ATH-D1000」など、新しいタイプの商品開拓にも積極的だ。 この姿勢はポータブルモデル(同社はコンパクトヘッドホンと呼んでいる)の、イヤフォンや耳掛け式ヘッドフォンにおいても変わらない。アルミハウジングの「ATH-EM7」や、オープンエア設計を採用した「ATH-EM9D」、アサダ桜をハウジングに使った「ATH-EW9」など個性派ぞろいだ。 そんな中、ついにインナーイヤー型にも変り種が登場した。ビートに合わせて振動するイヤフォン「ATH-CV5」だ。なんでも、低音にあわせて振動するという「バイブレーションユニット」を搭載しているという。「耳の中でブルブル振動」と聞くと、なんだかくすぐったくなってくるが、うまくすれば低音の再生が苦手なインナーイヤー型にとっては有益な技術といえそうだ。 さっそく新宿の家電量販店に出かけ、税抜2,980円でゲット。このクラスのインナーイヤー型としては高価な部類に入るのかもしれないが、これで「耳の中でブルブル体験」ができると考えれば安いものだ。
はやる気持ちを抑えて仕様から見てみよう。外観は極普通のイヤフォン。ユニットは13.5mm径で、ネオジウムマグネット製のドライバを搭載している。このユニットこそが、バイブレーション仕様になっているらしい。なお、振動ユニットはパッシブ型なので、振動するために別途電源や電池などは必要としない。 再生周波数特性は20Hz~20kHz。ボディカラーはLG(ライトグリーン)、OR(オレンジ)、RD(レッド)、SV(シルバー)、WH(ホワイト)の5色を用意。今回はレッドをチョイスしてみた。黒や白系統のカラーリングが多いイヤフォンで、赤いカラーは良く目立つ。
装着感はまずまずだが、ユニットのストローク長のせいなのか最近のイヤフォンにしては厚みがある。若干押し込むように耳に入れると安定するだろう。
では、さっそく再生ボタンを押してみよう。 …… …… むっ、振動が感じられない ……。 いや、よく聴いてみると、若干イヤフォンが震えているのがわかる。ボリュームを上げ、楽曲をポップスからロックに切り替えると、おお、震えている、振動してますよ。これは面白い。 そもそもユニットというのは振動して音を出しているわけで、すべてのイヤフォンはバイブレーション仕様だといえる。そのため、このイヤフォンの振動を説明するのは難しいのだが、低音の動きをよりダイナミックに表現しているのは確かだ。
しかし、その振動は耳を揺らし、頭蓋骨にまで伝わるような大きなものではない。「イヤフォンが耳の中でわずかに暴れている」という感じだ。指でイヤフォンを押し付けてみると、指先にビリビリと確かな振動が伝わってくる。 何曲か聴き比べてみたところ、「振動しやすい曲」、「振動幅が大きい曲」の傾向がわかってきた。具体的にはバスドラムやティンパニーなど、低音が短く、規則的なリズムで鳴ると振動がわかりやすく、聴いていて面白い。
だが、低音であれば良いというわけではない。教会での録音や、トレモロを多用した響きの多い楽曲は、ハウジング内部での共振が起こり、まともな音楽にならない。パイプオルガンなどの超低域再生も不得意だ。 原因は付帯音の多さにある。中域から中低域にかけて音がこもりがちで、細かな音同士がくっつきあい、埋もれてしまう。耳に付くのはハウジング部のプラスチックが共鳴している音で、吸音材を入れないスピーカーに似ている。少々大袈裟に表現すると、歌手の口の前に、プラスチック製の洗面器を当てたようなイメージだ。 これが、ユニットが多く振動するバイブレーションユニットによるものか、ハウジング内部に振動するための空間を大きく設けているためなのかはわからない。ただ、もっと振動を感じたくてボリュームを大きくすると、共振も大きくなり、音が濁ってしまうのが残念だ。こもった音でロックやラップを大音量で聴きたいという人には最適かもしれないが、個人的には不満が残る。そこで、振動をより楽しみながら、中域の不快なこもりを取り除くため、Windows Media Playerのイコライザで音をいじってみた。 まず、各帯域のスライダを上下させると、100~150Hzあたりの音に最も反応し、振動していることがわかる。そこで、125Hz付近のスライダを上げてみると、全体の音量をあまり変えることなく振動だけが強くなる。なお、125Hzを頂点とした緩やかなサインカーブを描くように他の帯域も上げたくなるが、付帯音と音のこもりも大きくなってしまうので注意が必要。むしろ高域と低域だけを上げて、いわゆるドンシャリ系の音にすると良い結果が得られる。
次は200Hzから500Hz付近の中低域から中域を思い切って下げてみる。すると音のこもりが消え、すっきりと見通しが良くなる。低域の振動はそのまま残っているので、かなり理想的になってきた。また、イヤフォンの小口径ユニットが苦手とする20Hz~70Hz付近の超低域もカットすると、より良い結果が得られるだろう。
最近のMP3/WMAプレーヤーなどは、細かい音質調節ができるイコライザを搭載しているモデルが多い。これらの機能を積極的に利用して、好みの振動と音質に追い込んでみるのも面白い。もっとも、「音の解像度なんてどうでもいい。これは聴くヘッドフォンではない、感じるヘッドフォンだ!!」と割り切って、フルボリュームでロックなどを振るわせながら聴くという使い方もあるだろう。
非常にソースを選ぶイヤフォンだ。ロックやラップ、テクノなどが好きで、低音をしっかり感じたいが、大型のヘッドフォンをしながら屋外を歩きたくないという人には適している。しかし、振動は耳の中を揺さぶるほど激しくはないので過度な期待は禁物。耳が痛いほどの大音量にすれば揺さぶられるかもしれないが、イコライザを併用するべきだ。 なお、ポップス、クラシック、ジャズなどには向いていない。音の解像度や広がり、レンジの広さなどを重視する人は他の製品を選択したほうが良いだろう。 だが、「振動するイヤフォン」というコンセプトは面白い。低音で振動するワイヤレスヘッドフォンは、ソニーがすでに商品化しているが、小口径のイヤフォンを振動させようというオーディオテクニカのチャレンジ精神は高く評価したい。耳栓型と比べ、低域の弱いインナーイヤー型の救世主となる技術に育つように期待している。
□オーディオテクニカのホームページ (2004年3月30日)
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