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第177回:名演技とはこのことだ!
40の名曲が楽しめる「Ray/レイ」

怒涛のように発売されつづけるDVDタイトル。本当に購入価値のあるDVDはどれなのか? 「週刊 買っとけDVD!!」では、編集スタッフ各自が実際に購入したDVDタイトルを、思い入れたっぷりに紹介します。ご購入の参考にされるも良し、無駄遣いの反面教師とするも良し。「DVD発売日一覧」とともに、皆様のAVライフの一助となれば幸いです。


■ “ソウルの神様”の物語

Ray/レイ
追悼記念BOX

価格:5,229円
発売日:2005年6月10日
品番:UNLD-42722
仕様:本編(片面2層)×1枚、特典×2枚組み
収録時間:約152分(本編)
画面サイズ:ビスタサイズ(スクイーズ)
音声:1.英語(ドルビーデジタル5.1ch)
     2.日本語(ドルビーデジタル5.1ch)
     3.コメンタリー
発売元:ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン

 トム・クルーズの主演のサスペンス映画「コラテラル」をレビューした際、現在のハリウッドで乗りに乗っている俳優としてジェイミー・フォックスを紹介した。そんな彼がオスカーを獲得し、文字通り出世作となった映画「Ray/レイ」が6月10日、DVD化された。

 ジェイミーはもともとコメディアンだったそうだが、テレビドラマで演技の経験を積み、「エニイ・ギブン・サンデー」や「アリ」で映画にも進出。そして「コラテラル」と「Ray」の2作品で一気にスターダムに駆け上った。第77回アカデミー賞で、「アビエイター」のレオナルド・ディカプリオと主演男優賞を争ったのも記憶に新しい。

 彼が演じたのは、ゴスペルとブルースを融合させた音楽「ソウル」を生み出した伝説的なミュージシャン、レイ・チャールズ。7才で両目の光を失いながらも、確かな演奏テクニック、抜群の歌唱力、そして数々の名曲で12回のグラミー賞を獲得。75枚以上のアルバムをレコーディングし、ロックの殿堂入りも果たした、アメリカを代表するミュージシャンだ。

 日本でもヒットしたナンバーは多いが、もっとも知られているのは「GEOGIA ON MY MIND(我が心のジョージア)」だろうか。体をのけぞらせてピアノを弾く独特なスタイルと、愛嬌のある笑顔が印象的で、‘89年にはサザンオールスターズの「いとしのエリー」をカバーしたことでも話題となった。

 映画は彼の人生を綴った自伝的な作品で、脚本はレイ・チャールズ本人も監修。音楽も新たに自ら録音した。なお、ジェイミー・フォックスはオーディションでレイ本人に選ばれ、主役に抜擢されたという。監督はレイの友人でもあり、この企画を15年も温め続けたというテイラー・ハックフォードが担当。しかし、レイは映画の完成間近である2004年6月10日に73歳で亡くなってしまった。DVDの発売日は彼の命日にあたるのだ。

 発売後の週末である6月12日の日曜日に、新宿のヨドバシカメラでDVDを購入した。店頭に大きな特設コーナーが設けられており、通常版と追悼記念BOXが置かれていた。両バージョンとも在庫は豊富。しばらく観察していたところ、話題作ということもあり手にとる人は多い。ただ、爆発的に、飛ぶように売れているというよりも、“発売を待っていた人が静かにレジに持っていく”といった感じだった。

 通常版は4,179円。本編と特典ディスクの2枚組みだが、昨今のハリウッド映画の新作と比べると高価な部類に入る。追悼記念BOXは通常版の2枚に、ライヴシーンの延長版などを収録したディスクを加えた3枚組み。価格は5,229円で、通常版との価格差は1,050円。3枚目の特典ディスクに価格差分の魅力があるかにも注目したい。


■ 神がかり的な名演

‘30年にジョージア州オルバニーの貧しい家庭で生まれたレイ・チャールズ・ロビンソンは、1歳年下の弟ジョージと、信心深く自立した母親アレサと共に暮らしていた。洗濯の仕事などをこなしながら、女手一つで必死にレイ達を養う母。だが、そんな彼女にジョージの溺死という不幸な事件が訪れる。さらに、レイが緑内障にかかり、7歳までに完全に失明してしまう。

 5歳から近所の老人にピアノを習っていたレイは、盲学校で演奏を学び、音楽家としての道を歩み始める。‘52年にアトランティック・レコードと契約し、ゴスペルとR&Bを融合させた衝撃的な音楽・ソウルを発表。賛否両論を巻き起こしながらもスターダムを駆け上っていく。だが、その裏側には複数の愛人、人種差別、そして麻薬の影が広がっていた。

 物語の中心は苦難の時代から成功までのサクセス・ストーリーなのだが、彼の人生が並外れて波乱万丈なので、実にエキサイティングな作品になっている。序盤で印象に残るのは、当時のアメリカの強烈な人種差別と、眼が不自由なことからレイが受ける数々の理不尽な仕打ちだ。給料のピンハネは当然、ステージでは彼の才能を頼りにしているバンドメンバーも、仕事が終われば彼をお荷物扱いして置き去り。あまりの理不尽さに悲しみを越えて憤りを感じるシーンもしばしばだ。

 また、レイは時折、水にまつわる幻覚に惑わされる。それは、回想シーンとして時折挿入される幼年期に起きた弟の溺死に起因していており、“目の前で死んでいく弟を助けられなかった”という事実が、トラウマとなって彼の心を傷つけ続ける。クリエイターにとって何かを生み出す原動力は、抑圧や不平、不満などの場合が多いが、75枚のアルバムをリリースし、12回もグラミー賞を受賞した天才の原動力は、こうした辛い出来事の数々だとわかり、胸が締め付けられた。

 だが、レイ・チャールズがいかに偉大な音楽家だったのかを神様のように崇めるのではなく、1人の人間としての彼に迫っている所がこの作品を深いものにしている。ステージやスタジオでは神憑り的な音楽センスとテクニックを披露するが、実生活では孤独やトラウマから薬に走る、どこまでも弱い1人の男だ。

 また、自由奔放だった女性関係も包み隠さず描かれている。歌で女性客のハートを鷲掴みにして、毎晩違う女性を連れ込むのは当たり前。結婚したばかりだというのにツアーではバックコーラスの女性シンガーに手を出し、彼女に飽きたら次のシンガーにとやりたい放題。不幸な天才に傾倒しかけた観客を、生身のレイ・チャールズを描くことで現実に引き戻す。「私のことなんてなんとも思ってないんでしょ!!」、「うん」と素直に言ってのける酷いプレイボーイに思わず笑みがこぼれてしまった。

 神聖視している人にはイメージが崩れる内容かもしれないが、1人の人間としてレイ・チャールズという男に親近感を覚える。そして、そうしたエピソードの合間合間に「I GOT A WOMAN」、「DROWN IN MY OWN TEARS」、「GEOGIA ON MY MIND」、「Unchain My Heart」、「I Can't Stop Loving You」など、数々の名曲が40曲近く演奏される。

 各曲は人種差別の空しさを表現したり、愛人とのケンカをアップテンポに歌い上げたりと、エピソードを反映したものが多く、歌詞が違和感なく胸の中に入って来る。「様々な想いを、こんなにもストレートに歌にしていたのか」と驚くと同時に、脚本と構成の見事さに感服。誰でも1度は聞いたことがあるであろう有名な曲ばかりなので、ファンでない人でも素直に楽しめるだろう。

 また、彼がソウルミュージックで行なった“ゴスペルとブルースの融合”がどれだけ衝撃的なことなのかが映画を観るとよくわかる。繰り返し登場するのは「神の音楽と悪魔の音楽を1つにした」という言葉。ゴスペルとは神聖な賛美歌で、神との交信の手段として捧げられるもの。反面、土曜日の夜の酒場で演奏され、酒とセックスを歌うブルース。どちらにも馴染みの薄い日本人には、「悪魔の手先」、「邪悪な音楽」と蔑まれるレイの姿はショッキングだ。だからこそ、後に彼が巻き起こしていく音楽革命が痛快なものになっていく。

 既に様々なメディアで取り上げられ、話題となっているが、全編を通して感じるのは、やはりジェイミー・フォックスの神がかり的な名演だ。ピアノの演奏は完璧で、仕草や喋り方、歩き方も気味が悪いほど本物そっくり。序盤では歌も自らの声で歌ってしまうほどだが、中盤から終盤にかけてのレイの声に合わせた“口パク”も、ほとんど違和感がない。おそらく開始から30分とたたずにジェイミーとレイを同一視してしまうだろう。ちなみに特典映像の中で実の息子、レイ・チャールズ・ロビンソン Jr.は「彼の中に父が入り込んでいるようだった」、親友のクインシー・ジョーンズも「57年来の友人の僕が見間違うほど」と絶賛している。とにかく一度は観ておくべき演技だ。


■ エクステンデッド・エディションの本編は肩透かし

 DVD Bit Rate Viewer Ver.1.4で見た平均ビットレートは5.92Mbps。若干低めだが、152分という本編の収録時間を考えると許容範囲だろう。ノイズが多めの画質だが、ダウンタウンの路地やナイトクラブの店内などの暗いシーンが多く、時代設定も古いので、ノイズも“味”として感じられて違和感はない。画面の隅々まで注視すると擬似輪郭が確認できるシーンはあるが、ブロックノイズやモスキートノイズは気にならないレベルだ。

 画質で特徴的なのは回想シーンの色調。通常の映画では回想シーンというと白黒だったりセピアだったり、抑えた色使いが多い。しかし、この映画では現在進行形のシーンよりも鮮明な、暖色系の色合いで描かれる。監督によれば「レイが盲目でない時の映像として描こうというアイデア」だという。

 音声は英語、日本語のどちらもドルビーデジタル5.1chで、ビットレートは384kbps。音楽をメインにした作品だけあり、音質は優秀。鑑賞中は本物のライヴを収録した音楽DVDを観ている錯覚に陥ることもあるが、レイの歌声など、音楽部分では後付けも多いので、スタジオ収録ならではの明瞭さが光る。映像がライヴなのに音声がライブではないと違和感を感じそうだが、アカデミー賞の音響賞を獲得しただけあってぬかりはない。

 ノイズレス・クリアネスな現代的な音作りよりも、あえてナローな部分を残し、中域の迫り出しを心地良く聴かせるサウンドデザインだと感じた。JAZZ系の2ch CDを軽快に歌い上げられるAVアンプとスピーカーがあれば、この映画を理想的なサラウンド再生できるだろう。

 演奏シーン以外の音響は写実的で、環境音を上手く使った演出が光る。これはおそらく“レイの聴覚”を意識したものだろう。映画の中でレイは、聴覚だけで周囲の状況を判断するために、足音がよく響く靴を履き、その音の反響の仕方を聞いて全てを理解したそうだ。彼の言葉を借りれば「部屋のドアが開いているか否かで音は変わる」、「ざわついたレストランの中でも、窓の外のハチドリの羽音が聞き分けられる」などなど。つまり環境音と反射音に対する感覚が非常に鋭い人だったということ。映画のサウンドデザインはまさに“音で見る”といったイメージだ。

DVD Bit Rate Viewerでみた平均ビットレート

 本編ディスクは劇場公開版の本編と、公開時に削られたシーンを復活させたエクステンデッド・エディションの2種類の本編を収録している。最近のDVDではよく見かけるシステムで、総じてエクステンデッド・エディションの方がボリュームが多く、鑑賞後の満足度も高い。そう考えてレビュー時はエクステンデッド・エディションから再生したのだが、幾つか気になる点があった。

 まず、2種類の本編を収めているのだが、それは再生するチャプタ順でそう見せかけているだけで、実際のところは『未公開シーンを合間に挟んで再生するモード』と『挟まずに再生するモード』だ。ただ、容量と画質・音質を考慮すればこれは歓迎すべきことでもある。

 しかし、追加シーンの画質と収録方式が問題。まず、画質が本編とは比較にならないほどノイズだらけでラチチュードが狭く、安物ビデオで録画したようなお粗末なシロモノ。シーンによってはまあまあの画質もあるのだが、本編との落差が激しく、一目瞭然で切り替わったことがわかってしまう。また、切り替わる際に再生が一瞬停止するほか、収録方式が本編のスクイーズからレターボックスにが変化するなど、とにかく違和感だらけ。挙句の果てに同じ台詞の別バージョンがかぶって収録されていて、重複したシーンを繰り返し観させられる部分もある。

 まるで、DVDに完全版を収録することを想定しておらず、急遽スタジオに残っていた未公開シーンを、関連する本編の隙間に無理やりくっつけたようなイメージだ。ブツブツと流れが遮られ、映画の中に入り込みずらいので、初見の場合は劇場公開版を観ることをお勧めする。これならば未公開シーンだけを別コンテンツに分離した方が良い。エクステンデッド・エディションに期待していただけに、この点は残念だ。

 なお、本編ディスクには劇場公開版のみに監督による音声コメンタリーを収めている。監督の説明は非常に丁寧かつ詳細で、シーンごとに事実と脚色した部分などを解説。込められたメッセージまで教えてくれる。監督によれば全体の9割は事実に基づいたことだが、流れに沿って脚色した部分もあるという。その理由について監督は「あまり自分の内面を人に見せようとしないレイの、その中にある複雑さを描きたかったから」だという。なかなか深いコメントだ。

 1枚目の特典ディスクには、未公開シーンを14種類収録。これは前述した「未公開シーンだけをまとめた」コンテンツであり、ほとんどが本編のエクステンデッド・エディションで使われたシーンで新鮮味が無い。新しい要素としては追加シーンに対する監督のコメンタリーが聞けることだけだ。

 興味深いのは「レイ役への挑戦」。ここでは、本物のレイ・チャールズとジェイミー・フォックスのセッションという非常に貴重な映像を見ることができる。緊張しまくりのジェイミーに、独特の話し方と人なつっこい笑顔で接するレイ。本物を見ているとジェイミーの演技がいかに上手いかが再確認できて面白い。

 また、ジェイミーがピアノの演奏を完璧にマスターできた疑問も氷解する。彼は子供の頃からピアノを習っており、その腕前はピアノの奨学金で大学に行ったほどだという。演技力に惚れてレイ役を依頼した監督にとってもこれは嬉しい誤算だったようで「演奏時の代役はいらないとジェイミーに言われ、その腕前を見て本当に驚いた。思わず神に感謝したよ」と笑う。

 そのテクニックはレイ・チャールズ本人のお墨付きで、セッション時も「いいぞ、その調子だ」と終始ご機嫌。しかし、神様のレッスンは次第にレベルアップ。要求がどんどん難しくなり、緊張しながらも必死についていこうと頑張るジェイミー。「なぜ音を間違えるんだ」と聞かれ「わからない」とジェイミーが答えると、レイは「全ては君の手元にあるじゃないか。じっくりと時間をかけて正しい音を探していけばいいんだ」と教えてくれたという。さすがは神様。言葉の重みが違う。

 3枚目の特典ディスクは、ライヴシーンのロングバージョンがメイン。「Leave My Woman Alone」、「Night Time Is The Right Time」など7曲分を収録している。特に「Hard Times」のステージは、役者の演技とは思えない雰囲気たっぷりのもので、あらためて完成度の高さに感心してしまった。また、女性キャストのインタビューを集めた「レイを支えた女性たち」も必見だ。


■ 音楽ファンなら買い。お母さんにもお勧め

 152分という長めの映画だが、名曲がふんだんに取り入れられているためか、音楽に身をまかせているうちに、あっというまに観終わってしまう。映画を観たいという欲求と、音楽DVDを観たいなという欲求が同時に満たされるような、満足度の高い1枚だ。

 音楽ファンには文句無くお勧めできる。3枚目のディスクのボリュームを考えると追悼記念BOXの価格設定は微妙なので、通常版を選択しても後悔はないだろう。エクステンデッド・エディションの本編に不満が残ったため、個人的には劇場公開版のみの本編ディスク1枚で、2,980円くらいの低価格バージョンも欲しかったところだ。

 また、少し違った視点で考えると、子供のいる女性にも特にお勧めしたい。というのも、レイの母親・アレサがあまりにも素晴らしい女性だからだ。夫はおらず、貧困の中、4歳の次男を失い、長男は7際で失明というあまりにも悲惨な状態に置かれても、人としての尊厳は揺るがない。「眼が見えなくてもバカではない。自分の足で立ちなさい」と教え、暗闇の中で倒れたレイに手を貸したい気持ちをグッとこらえ、彼が1人で立ち上がるのを見守る姿に、母親の強さと、人を育てることの大切さが滲み出ている。子育てを終えた人も、これから母親になろうとしている人にも、非常に感慨深い作品だろう。

 余談だが、女性の顔が見えないレイは、相手と握手した際に、手首や腕に触れるだけでその人の体型や容姿、自分の好みかどうかががわかるという。男の私もなんだか気になって、自分の手首と体型を見比べてしまった。

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□ユニバーサル・ピクチャーズのホームページ
http://www.universalpictures.jp/
□タイトル情報
http://www.universalpictures.jp/_sp/ray/
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【4月13日】ユニバーサル、DVD「Ray/レイ」を6月10日に発売
-ライヴシーンの延長版を収録した「追悼BOX」も
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20050413/upj.htm

(2005年6月14日)

[AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]


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