東芝は、2005年5月にホームシアター向けDLPプロジェクタ「TDP-MT700J」の発売を開始した。先代「TDP-MT8J」の発表が2002年11月だから、ホームシアター向けDLPプロジェクタとしては約2年半ぶりの新モデル投入ということになる。 欧米では、TDP-MT8JのDLPチップをHD2+チップに換装したマイナーチェンジ版「TDP-MT800」がリリースされたことがあが、日本では発売が見送られた経緯がある。その意味では、今回のTDP-MT700Jは、800型番ではなく、700型番の新投入とみなすことができる。 実際、TDP-MT8Jの標準価格は94万2,900円、実勢販売価格でも50~60万円であったが、TDP-MT700Jは登場して間もないにもかかわらず直販価格は298,000円。価格的にはには弟分という印象がある。
■ 設置性
TDP-MT8Jの特徴的だった「取っ手付きデザイン」ではなく、TDP-MT700Jではオーソドックスな箱形筐体デザインを採用。 本体サイズは366×311×136mm(幅×奥行き×高さ)と、専有面積的にはA4ファイルサイズのノートPC程度。取っ手がなくなったぶん奥行きが縮んでいるが幅と高さが増加したため、TDP-MT8Jと比較すると若干だが大きくなった。 本体重量も体積増加に伴って増えており、TDP-MT8Jの約4.0kgに対してTDP-MT700Jは5.7kg。重くはなったが、女性一人でも持ち運べる重さではある。 投射モードはフロント、リア、天吊りの全組み合わせに対応する。 天吊り金具は専用オプションとして高天井タイプ「TLPTK37」(99,750円)と低天井タイプ「TLPTK38」(44,100円)の2種類が用意される。両者の違いは吊り下げ長(天井位置からどのくらいの長さ下がるか)の違い。一般家屋であれば低天井タイプが適しているだろう。 部屋の最後部に背の高い本棚などを設置し、その天板にプロジェクタを天地逆に設置する「疑似天吊り設置」は、奥行きが14mm縮んだことにより、TDP-MT8Jよりも、やりやすくなっている。吸排気用のスリットはレンズ正面に向かって正面部と右側面にあるため、背面部を壁ギリギリに寄せて設置しても廃熱に影響がない。これらの要素は疑似天吊りを計画している人にとっては朗報だろう。なお、本体上面の操作パネルには突起物が少なく、市販のゴム足を四隅に取り付ければ、転置逆転して置いたときにも不用意に操作ボタンが押されてしまう心配もない。 映像の投射角は上向き、台置き時に光軸が映像の底辺にくるタイプ。最近の機種にしては珍しくレンズシフト機能はない。よって、台置き時にはそこそこの高さの台を用意するか、設置台の高さに合わせてスクリーンを低い位置に設置する必要がある。 本体正面下部にはフットアジャスト機能が付いており、投射軸をさら上向きに持ち上げられるようになるが、この場合は映像に台形歪みが発生する。台形歪み補正はデジタルの画像変形処理で対応し、垂直方向±12度の補正のみに対応。この機能を活用するとその分、画質は低下する。水平方向の補正には対応しておらず、このためスクリーン中央位置からずれた場所からの斜め方向投影には対応できない。 投射レンズは手動フォーカス、手動ズーム方式。ズーム倍率は約1.3倍。なお、今回はTDP-MT8JのときのようにCarl Zeiss製をアピールせず、メーカー名は公開していない。 100インチ(16:9)の最短投射距離は約2.9m。約3.3mだったTDP-MT8Jよりも約40cmほど短焦点側に振ったチューニングがなされている。 騒音は、ランプモード「スタンダード」で公称29dBとなっているが、プレイステーション2(SCPH-30000、以下PS2)と比較しても若干大きく聞こえる。ゴーゴー言っているわけではないが、視聴位置がプロジェクタに近いと気になるかもしない。静音性を重んじるユーザーは、ユーザーから離れた位置に設置できる天吊り設置を選ぶべきだろう。なお、ランプモードを高輝度駆動の「ハイ」にしてもファンノイズはそれほど大きくはならない。 光漏れはゼロではないが、投射映像に対する影響は皆無。これは、正面、右側面に配された吸排気スリットが遮光性と通気性を両立する二重構造となっていることの効果が大きい。 ランプの公称寿命はTDP-MT8Jと同じ2,000時間。交換ランプは「TLPLMT70」(47,250円)で、価格がTDP-MT8Jのものより若干だが下がっている。交換作業自体はドライバでネジを4箇所外すだけで簡単に行なえる。
■ 接続性チェック
入力接続端子が8系統もあったTDP-MT8Jと比べると、TDP-MT700の接続端子は6系統に減り、入力系統は少々、整理された。 ビデオ系入力は、コンポジットビデオ、Sビデオが1系統ずつ、コンポーネントビデオ系入力はRCA端子×3と、BNC端子×3の2系統。 デジタルビデオ入力としては、今年から本格対応が始まったHDMI入力端子を1系統搭載する。 PC入力端子は、公式にはアナログRGB入力のみに対応。接続端子としてはBNC端子のコンポーネントビデオ入力と兼用になる。実際の接続の際には、アナログRGBのG/B/Rに対応したコンポーネントのY/Pb/Prの各BNC端子を利用し、さらにPC入力専用に用意された垂直信号(V)、水平信号(H)のBNC端子を利用することになる。 DVI系のPC向けデジタルRGB入力端子はない。ただし、サポート外ではあるが、市販のDVI-HDMI変換アダプタを利用することでPCのDVI出力端子との接続は可能だ。 この他、RS232C準拠のCONTROL端子を実装しており、PCとRS232Cケーブルで結び、PC上の一般的なターミナルソフトを使うことで、PCからプロジェクタの電源投入や設定操作などが行える。 整理すると、TDP-MT8Jでは2系統あったSビデオ入力端子は1系統に減り、D4入力端子を含めて3系統あったコンポーネントビデオ入力系は2系統に削減された。 HDMI端子搭載は歓迎したいが、DSub15ピンのアナログRGB入力、あるいはDVI-I入力のPC接続端子がないのは少々残念だ。また、TDP-MT8JにはあったD4入力端子がなくなったのも日本のユーザーにとっては痛いところ。
■ 操作性チェック
電源投入後、東芝ロゴが表示されるまでが約21.0秒、HDMI端子から入力映像が表示されるまでが約28.5秒。最近の機種としては若干遅めのスタートアップ時間だ。 リモコンは白くクリア塗装されたスマートな面持ちの細長タイプ。最下段にある[LIGHT]ボタンを押すことでリモコン上の全ボタンが発行する自照式を採用する。 基本的なメニュー操作は、[MENU]ボタンでメニューを出し、カーソルを十字キーで動かして、項目の決定や値の設定を十字キー中央の[ENTER]ボタンで行う。メニュー階層から上階層に上がるには再び[MENU]を押せばいい。常識的な操作系で、わかりやすい。 リモコン最上段に並ぶのは入力切り替えボタン。背面接続パネルにある6系統の入力端子に1対1に対応した6個のボタンがレイアウトされており、希望のソースへワンタッチで切り替えられる。切り替え所要時間はSビデオ→コンポーネントビデオで約2.9秒、コンポーネントビデオ→HDMIで約2.8秒。やや待たされる感があるが順送り式ではなく希望のソースに直接切り替えられるため、ストレスがたまるほどではない。 アスペクト比(SCREEN SIZE)の切り替えも、TDP-MT700が持つ5種類のアスペクトモード、それぞれに対応した5個のボタンがリモコンに実装されており、一発で希望のアスペクト比に切り替えられる。切り替えは高速で、ほぼ操作した瞬間に切り替わる。用意されているアスペクトモードはスーパーライブ/4:3/ズーム/フル/スルーの5モード。各モードの特徴は以下の通り。
16:9スクイーズ記録が標準的なDVDビデオでも、特典収録されたメイキングや予告編等は4:3やレターボックス収録されていたりすることが多く、アスペクト比切り替え操作は意外に多い。実際のところ、プロジェクタを使っていると、入力切り替えよりもアスペクト比切り替え操作の方が多いくらいだ。ほとんどのプロジェクタ製品がアスペクト比切り替えを順送り式とする中、TDP-MT700Jのダイレクト切り替え操作は、実際の活用シーンを想定していて使いやすいと思う。 画調モード(PICTURE MODE)の切り替えは、MODE SELECTを表す[S]ボタンを押すことで順送り式に切り替えられる。切り替え所要時間はスタンダード→シネマ1で約1.7秒。これも他機種と比べると若干遅め。 ユーザーが調整した画調モードは、各入力ソースごとに3個までユーザーメモリーでき、リモコンの[1][2][3]ボタンを押すことで直接呼び出すことができる。 調整して記録できる項目は「コントラスト」、「明るさ(ブライトネス)」、「色の濃さ(彩度)」、「色合い(色相)」、「シャープネス」、「フィルター」、「色温度」など。特に「コントラスト」、「明るさ(ブライトネス)」、「色の濃さ(彩度)」、「色合い(色相)」については、それぞれに対応する独立ボタンがリモコン上にあり、メニュー階層を潜らなくても一発で対応する調整メニューを呼び出せる。 「色温度」については別メニュー「ホワイトバランス微調整」で調整でき、調整結果は色温度専用のユーザメモリ1、2に登録することができる。ホワイトバランスの調整はRGBガンマ、RGBゲイン、RGBオフセットの次元で調整が可能。各ユーザー自身がベンチマークとしている映画ソフト等が好みの色で見えない時は、とことんまで追い込んだ調整が行なえそうだ。あまりやりすぎるとダイナミックレンジを狭めてしまうが……。 いずれにせよ、このあたりのカスタマイズ自由度は上級DLPプロジェクタに優るとも劣らない。
この他、TDP-MT700のユニークな機能として注目すべきなのは、主画面映像に小さな子画面を表示する「ピクチャーインピクチャー(PIP)」機能と、2つの映像ソースを画面に並べて表示する「ピクチャーオンピクチャー(POP)」機能だろう。 同時表示可能な2画面の組み合わせには内部処理的な都合上の制限があり、2つのグループが用意されている。
このグループのいずれか1つを選択して利用する。そのため、たとえばSビデオとHDMIは同時表示可能だが、コンポーネントビデオとHDMIは同時表示ができない。 リモコンではこのPIP/POP機能専用の操作ボタンも実装されており、[PIP]ボタンを押せばPIP機能が起動し、[POP]ボタンを押せばPOP機能が発動する。そして[SWAP]ボタンを押せば、PIPの主画面/子画面、POPの左画面/右画面の関係を瞬間的に入れ替えることも可能だ。また、PIP機能発動中はリモコンの[+][-]ボタンで子画面の大きさが変えられ、さらには十字キーで表示位置も自由に移動できる。 液晶やプラズマなどのフラットTV製品にもこうした2画面同時表示機能が搭載されているものが増えているが、何をどうすればどう使えるのかがわかりにくい製品が多い。その点、TDP-MT700のに画面機能は、メニュー操作をほとんど行うことなく、リモコン上の専用ボタンを押すだけでインタラクティブに活用できるため、身構えることなく楽に使える。
■ 画質チェック 実勢販売価格が30万円前後でありながら、映像エンジンにはアスペクト比16:9の1,280×720ドット、リアル720pのDMDチップを採用する。液晶方式と比べてどうしても高価というイメージがついてまわった単板式DLPプロジェクタだが、だんだんとその価格差は縮まってきている。 採用DMDチップはDarkChip2技術を採用した、0.85型通称「HD2+」チップ。DarkChip2技術とはDMDチップ上の各画素の拡散反射を抑えて迷光を低減させる技術で、直接的にはコントラスト性能向上に結びつくもの。
そのコントラスト性能だが公称2,400:1。この値は伊達ではなく、見た目に鮮烈だ。TDP-MT700Jのこのハイコントラスト性能は、シーンの明度に応じて動的なランプ輝度制御を行なわない、ネイティヴなコントラスト性能となっている。動的ランプ制御によって時間積分的にハイコントラスト性能を稼ぐ同価格帯の液晶プロジェクタ競合機の映像と比較した場合、フレーム単位でその表現のダイナミックレンジの違いを感じとれる。 特に逆光シーンや青空の野外シーンなどでは、太陽光が非常に眩しく見え、映像の臨場感として目に訴えてくる。「スターウォーズ・エピソード2 クローンの攻撃」のチャプタ19、ゴンドラでナブーの別荘にたどり着くシーンでは、水面に反射した鋭い太陽光と、日陰の中の木の表皮や石畳のディテール感が見事に同居しており、表現力としてのダイナミックレンジの広さがよく伝わってくる。 公称最大光出力は1,000ANSIルーメン(ランプモード「ハイ」)、ランプモード「スタンダード」では800ANSIルーメンとなる。どちらのモードでも、その輝度パワーはホームシアター機としては必要十分で、日中でも遮光カーテンを引いた程度の薄明るさのなかでも映像が楽しめるはず。蛍光灯照明下でも画調モードをダイナミックにして、ランプモードをハイにすれば、スポーツ中継やバラエティ番組ならば十分楽しめる。 TDP-MT700Jは単板式DLPであるため、フルカラー表現のためには回転するカラーフィルター(ロータリーカラーフィルター)を組み合わせているが、このカラーフィルタはRGBRGBの6セグメント方式で、回転速度は4倍速を採用する。色深度は深く、カラーグラデーション表現も実になだらかに決まる。中明色よりも暗いグラデーションの表現力も十分でマッハバンドはほとんど感じられない。 人肌の表現も、特別な光学フィルタを組み合わせていないにもかかわらず、自然な発色となっている。TDP-MT700Jは光源として超高圧水銀系ランプを採用しており、このタイプの人肌表現では緑色が混じったような、黄色っぽい肌色になりがちなのだが、記憶色に近いリアルな肌色になっており、人物のアップが来るシーンでも安心してみていられる。 純色系も概ね良好。赤は、水銀系特有の朱色には落ち込まず、鮮烈な赤になっているし、青も鋭い発色で美しい。緑にはもうちょっと力が欲しいが、全体としてのバランスはそれほど悪くはない。 階調表現能力も非常に滑らかで、グレースケールを表示しても特に偏った感じもなく実にリニアだ。最暗部の階調表現力を稼ぐために安価な液晶モデルでは暗部を持ち上げたチューニングになっている場合が多いが、TDP-MT700Jでは漆黒からなだらかに明るくなっており、不自然さがない。この暗部の圧倒的な「締まり具合」がハイコントラストスペックにも多大な貢献をしているのだと思う。 さて、単板式DLPといえば気になるのが、その動作原理から来るカラーブレーキングやディザリングノイズがどうなのか、ということだろう。 やはり、明部がほとんどない基本的に暗い階調色のみで構成された暗いシーンでは全体的にザワザワとしたディザリングノイズが出てしまっている。感じ方には個人差があるが、一番分かりやすいのは、DVD「Mr.インクレディブル」のチャプター6、夜の車内での会話シーンや、夜中に帰宅するシーンだ。暗い緑と暗い青のピクセルが踊るような表現が見えたら、それはこうした現象が見えやすい人間ということができると思う。 画面内の登場人物が左右に動く際、これを目で追うとやはりカラーブレーキングは見て取れる。画面全体が動くときにはそれほどでもないが、画面内に目線を巡らせるようにして見ると虹のようなノイズが(一瞬だけだが)輪郭周辺に見えてしまう。 ハイコントラスト性能や色深度については誰が見てもほぼ同じように見えるはずだが、カラーブレーキングのような単板式DLPプロジェクタの原理上の特性は、実際のところ、自分自身が見てみないとどういうものかわかりにくいと思う。購入を検討している人は一度、実際の投射映像を見てみることをお勧めする。
■ まとめ
TDP-MT700Jは720p解像度のホームシアタープロジェクタとしては、抜群に安価なモデルであり、価格帯こそ少し上にはなるものの、エントリクラスというカテゴリで十分競争力があると思う。そこで、最後に、まとめとして、松下TH-AE700や三洋LP-Z3といったコストパフォーマンスの高い液晶プロジェクタと比較してどうなのか、といったテーマについて考えてみたい。 設置性はレンズシフト機能を搭載している液晶競合機の方に軍配は上がる。ただし、便利なレンズシフト機能も、うまく設置シミュレーションをした上で常設設置をするのであれば一度も使わない機能になる。余計な光学ギミックがない分、フォーカス性能の高いTDP-MT700Jの方がよい、という判断もあるだろう。 接続性については、今世代機はすべてHDMI端子搭載という点で互角。操作性や機能面は、リモコンが使いやすく、2画面表示機能が充実しているTDP-MT700Jの方が優勢か。 画質に関しては、甲乙付けがたい。液晶競合機は今や価格の安さを感じさせないほど熟成してきているし、TDP-MT700JはDLPプロジェクタならではハイコントラスト表現が素晴らしい。TDP-MT700Jの方は単板式DLPゆえのカラーブレーキングやディザリングノイズという問題を抱えているので、ここに問題を感じる人もいるだろうが、DTP-MT700Jの「これまで倍額出さなくては買えなかったあの720p/DLPプロジェクタがこんなに安く!」という部分の訴求力はやはり大きい。 なお、今回の評価で確認された白いピクセルノイズは現在出荷分については解決済みの問題だそうで、もし問題が発生してもファームウェアアップデートで改善できるとのこと。その場合は、メーカーに問い合わせて頂きたい。 □東芝のホームページ (2005年7月7日) [Reported by トライゼット西川善司]
AV Watch編集部 |
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