【バックナンバーインデックス】



第207回:禁断のコミック、完全アニメ化?
私は戦争が大好きだ OVA「HELLSING」

怒涛のように発売されつづけるDVDタイトル。本当に購入価値のあるDVDはどれなのか? 「週刊 買っとけDVD!!」では、編集スタッフ各自が実際に購入したDVDタイトルを、思い入れたっぷりに紹介します。ご購入の参考にされるも良し、無駄遣いの反面教師とするも良し。「DVD発売日一覧」とともに、皆様のAVライフの一助となれば幸いです。


■ アニメ氾濫時代におけるOVAの価値
HELLSING(1)
初回限定版
価格:7,875円
発売日:2006年2月10日
品番:GNBA-1141
仕様:片面1層
収録時間:本編約50分
画面サイズ:16:9(スクイーズ)
音声:1.日本語(ドルビーデジタル 5.1ch)
    2.コメンタリー(ドルビーデジタル2.0ch)
発売元:ジェネオン エンタテインメント

 デジタル放送のスタートや、CATV契約者数の増加、ブロードバンド放送の本格化など、放送を取り巻く環境が大きく変化している昨今。視聴できる放送/配信チャンネル数が大幅に増加した人も多いだろう。インフラのみに目を奪われがちだが、そこで放送される番組を見てみると、アニメ番組の増加が印象的だ。

 今や番組改編期にアニメの新番組が10本や15本はあたりまえ、多い時では30本なんて時もある。夕方だけでなく、深夜にもアニメ枠が進出。BSデジタルでは画質/音質の高さを売りにアニメが放送されるほか、地方局でのみ放送されるアニメも相変わらず多い。マルチチャンネル同時録画が可能な録画機を使っても、全てをフォローするのは至難の業だ。

 だが、こうした「アニメ番組氾濫時代」の中で、以前よりも大人しくなってしまったのがセルビデオ(DVD/VHS)でのみ見ることができる、オリジナル・ビデオ・アニメーション、つまり「OVA」だ。

 OVAはテレビアニメと比べ、制作期間の長さや、放送コードにとらわれない比較的自由な表現などができ、制作者のこだわりが発揮されたクオリティの高い作品が多い。そのため、アニメファンの多くに支持されてきた形態だ。しかし、最近ではアニメ専門チャンネルなどで先行放送や特別放送される場合が多く、OVAの定義に当てはまらない作品が増加。何がテレビアニメで、何がOVAなのかがあやふやな状態になり、OVAを謳って制作される作品が減少している。元気なのはアダルトアニメくらいのものだ。

 そんな中、久々にOVAでアニメファンの注目を集める新作が発売された。それが今回取り上げる「HELLSING」(ヘルシング)だ。なお、同作品も発売前にテレビ神奈川にて特別編集版が放送されているので、完全なOVAと言えるかは微妙なところだが……。

 原作は少年画報社「ヤングキングアワーズ」に連載されている平野耕太氏の同名漫画。平野氏は昔から「大同人物語」などで、良い意味でカルトな人気を博していた作家で、黒ベタを効果的に使った力強い絵柄と、理性のネジが吹き飛んだようなストーリーが特徴。「HELLSING」ではそのカルトぶりを保ったまま、普通の人でも楽しめる(?)エンターテイメント作品として認知され、2001年にはテレビアニメ化を実現。「平野漫画がテレビアニメになるとは」と、コアなファンを絶句させた。

 物語の舞台は現代の大英帝国。街には吸血鬼や喰屍鬼(グール)が出没。殺戮を繰り返し、人々を恐怖に陥れていた。銃が効かず、警察や軍隊が手におえない反キリストの怪物達を倒すために、王立国教騎士団・通称「ヘルシング機関」が設立された。

HELLSING(1) 通常版

 所属する最強の吸血鬼ハンターは、アーカードと呼ばれる不死身の吸血鬼。かつて伯爵とまで呼ばれた吸血鬼の王は、諸事情によりヘルシングの当主インテグラに服従を誓っており、同族である吸血鬼を次々と狩っていく。だが、彼は清い心を持つ人間の味方では決してなく、大口径の銃で化物をゴミのように蹂躙し、食らい尽くす、ある意味で化物よりタチの悪い本物の吸血鬼だった。

 「吸血鬼 VS 吸血鬼ハンター」という設定はめずらしくなく、「アーカードが毎回吸血鬼をやっつけて終わり」という話を連想する。だが、物語は中盤から意外な方向へ分岐。「ヘルシング VS ナチスの残党 VS ヴァチカン法王庁」という図式になるとバイオレンス描写や、狂信者達の常軌を逸した言動、吸血鬼の力の発揮は、もはや暴走状態になる。

 原作ファンとしては、テレビアニメでもこうした原作に忠実な物語を期待したが、海外でも放送されるアニメにおいて、ナチスの残党が吸血鬼の軍団と化して再び英国に襲いかかり、人々を皆殺しにして赤ん坊を食べ、生き血を飲んで「A型の血液は喉ごしが違うよ」と笑ったり、ヴァチカン・カトリックの大司教がヘリから機銃掃射で英国の一般市民を無差別に撃ち殺して「死んだプロテスタントだけが、良いプロテスタントだ!!」と高笑いをするような原作をそのままアニメ化できるわけもない。

 結果として、テレビ版はナチス関連の話はゴッソリ省かれ、オリジナルストーリーを採用。バイオレンス描写では健闘したものの、「ぬるいアニメ」や「普通のアニメになっちゃった」と、厳しい評価を受けた。そもそも狂信、狂気、そして悪魔そのものとも言える吸血鬼の存在感、終末感こそが原作の魅力。逆に、それを取り除いてしまったら、それほど内容がある話ではないということだ。

 そんなわけで、制作スタッフを一新し、比較的自由な表現が可能なOVA化が決定。「原作に忠実」をテーマとして掲げたこともあり、「今度のHELLSINGはどこまでやれるか!?」が注目されていたというわけだ。


■ ちゃんと首がもげます

 チェダース村で大量殺人事件が発生。犯人は牧師の姿で人々を欺いていた吸血鬼で、派遣された警察官も惨殺されてしまう。唯一生き残った婦警セラス・ヴィクトリアも絶体絶命の危機に陥っていた。そこにHELLSINGのアーカードが登場。吸血鬼と対峙するが、婦警を人質にとられてしまう。しかし、彼女が処女だと知ったアーカードは躊躇なくセラスごと吸血鬼を打ち抜き任務を遂行。瀕死のセラスの血を吸い、彼女を女吸血鬼(ドラキュリーナ)に変え、下僕とする。

 かくして人ではなくなったセラスは、ヘルシング機関に身を置き、化け物退治の仕事に新米として参加。だが、低級な吸血鬼による事件は後を絶たず、彼らを意図的に送り込んでいる組織の影がチラつく。

 そんな折、アイルランドで吸血鬼事件が発生。派遣されたアーカードとセラスは、そこでプロテスタントにおけるヘルシング機関と同じく、ヴァチカンの法王庁で化け物退治を行なっている「イスカリオテ機関」のエージェント、「首切り判事」ことアンデルセン神父と対峙。壮絶な戦いが幕を開ける。

 DVD第1巻の内容は、原作の第1巻とほぼ同じ。エピソードを漏らさず、50分に詰め込んでいるため、若干駆け足な印象だ。しかし、吸血鬼に非処女/童貞が血を吸われるとグールと呼ばれるゾンビになるなど、基本的な設定は描かれるので、原作を知らない人も素直に楽しめる。

 原作に忠実なため、画面に血が映っている時間のほうが、映ってない時間より多いんじゃないかと言いたくなるほどバイオレンス描写はてんこ盛り。その手の映像が苦手な人にはお勧めできない。しかし、原作の絵をアニメで再現しようという試みで、キャラクターを描く主線が太いため、現実感は薄く、あまりグロテスクには感じない。暗い画面に血が広がる様を美しいものとして描こうとする姿勢に、スタッフの本気度を感じることができる。

 テレビ版を見ていた人は、序盤を思い返しながら鑑賞すると面白い。テレビ版がグロテスクな映像をカメラアングルで避けたり、音や影だけで表現するのに対し、OVAではしっかり血みどろになる。同じ題材を使った表現方法集を見ている気分だ。OVAではちゃんとアーカードの首も“もげる”ので、原作ファンは一安心だ。

 作品としての最大の特徴は「まともなキャラクターが出てこない」こと。元人間のセラス嬢だけが人間的な感覚を持っているが、基本的に人間は、ボロ雑巾か血を補給する餌程度の扱いだ。アンデルセン神父はその名の通り神父なのだが、ケンカした子供に「暴力をふるってはいけません、暴力をふるって良い相手は悪魔どもと異教徒だけですよ」とニッコリ笑うほど何かがズレている。そう言えば登場するキャラクターのほとんどは、目の焦点が合っていない。

 音声面も重要だ。テレビ版では豪華な声優陣が話題となったが、OVAでもアンデルセン神父が変わっただけでほぼそのまま踏襲。アーカードは中田譲治、執事ウォルターは清川元夢、アンデルセンは若本規夫など。声優やアニメに詳しくない人はさっぱりわからないと思うが、声を聞けば「ああ、聞いたことある」と頷けるはず。大ベテランのオジサマ達ばかりで“萌え”要素は皆無だが。

 アンデルセン神父は、テレビ版の野沢那智のブチ切れた演技も良かったが、若本規夫(サザエさんのアナゴさん役など)の凄みのある声も良く合う。「我らが使命は、我が神に逆らう愚者を その肉の最後の一片までも絶滅すること エイメン」など、痺れる台詞をバッチリ言ってくれるので嬉しい。着ボイスで欲しいくらいだ。続巻では「貴様らは震えながらではなく、藁のように死ぬのだ」とか「豚のような悲鳴をあげろ」とか痺れるセリフが目白押しなので、忠実なアニメ化を今後も続けて欲しいところ。

 また、セリフという面ではナチスの総統代行(少佐)による「諸君 私は戦争が好きだ」から始まる伝説的な演説は外せない。原作では13ページを費やした大演説で、インターネット上で派生パターンのパロディをよく目にする。美しいまでにキレた内容がHELLSINGという作品の象徴とも言える。これを完璧に映像/音声化できれば、アニメ史に残るシーンになることは確実だろう。なにはともあれ、2巻以降で真価が問われるアニメシリーズだ。


■ 極太線アニメ

 DVD Bit Rate Viewerで見た平均ビットレートは7.44Mbps。アニメで50分という収録時間にしては低め、案の定ディスクは片面1層だ。しかし、映像は非常にクリアで、境界線もシャープ。ブロック/モスキートノイズは皆無だ。大画面表示にも耐えるソースとなるだろう。

 絵の特徴は、前述の通り主線が驚くほど太い。昨今のアニメの流行の真逆とも言えるタッチで、原作の力強い絵を表現するテクニックとして面白い試みだ。だが、比例して繊細さ、緻密さが失なわれていくため、パッと見ると「太い線で適当に描いた手抜きアニメ」に見えてしまう。使いこなしが難しい表現方法と言えるだろう。

 音声はドルビーデジタル5.1chのみで、ビットレートは448kbps。音像は明瞭で、特に高音が美しい。低音の量は少なめなので思い切ってボリュームを上げても大丈夫だ。台詞の格好良さに痺れる作品なので、センターチャンネルの音量を若干上げ目にしても良いだろう。音場は広く、アンデルセン神父との戦いの場面でも、声の広がりが心地良い。

 また、銃器のサウンドも良い。アーカードの武器は、人間では片手で持てないのではと思えるほど巨大なハンドガンで、ランチェスター大聖堂の銀十字錫を溶かして作った454カスール爆裂徹鋼弾を発射するというオバカな設定。発射音はもう少し中~低音の張り出しが欲しいが、薬莢が床に落ちる硬質な音は秀逸だ。

DVD Bit Rate Viewerでみた平均ビットレート

 特典は、監督のところともかずや、脚本の黒田洋介らによるオーディオコメンタリーを収録。「完成祝い」として、缶ビールをプシュッと開け、収録が2005年末ということで、流れるアニメの映像を無視して「コミケと韓国料理がどうの」とまったりトークを展開。「アニメの話をしてよ」と若干不安になるが、途中で軌道修正されるので大丈夫だ。

 「原作に忠実」をモットーとしたことで、逆に苦労した部分もあったようで、とにかく「自分の思い入れを出さないようにすることが大変だった」という。好きな作品だからこそ、自分が思うように、よりカッコ良く映像化したいと言う気持ちが働くが、その時点で原作から離れることになる。監督は「常に客観的な自分を置いて、自分が暴走していないかどうかチェックしながら仕事を進めた」と振り返る。

 映像面では、キャラクターの顔を大胆に黒で塗りつぶして、目だけを残す平野氏独特の描き方を「平野影」としてアニメでも採用。アクションシーンでは動きが速く、見落としてしまいがちなので、コメンタリーで「ここが平野影!」と指摘してくれるので、コマ送りで確認するのも楽しい。

 問題のバイオレンスシーンでは「テレビで絶対できないね、これ」と「こんなのテレビ局に持ってったら、出直してこい!! ってデコピンもらうよ」と全員で大笑い。「確かにそうだ」と、観賞しながらつられて笑ってしまった。


■ これからが期待/心配なシリーズ

 DVDは通常版と初回限定版を用意。初回限定版には、アーカードのレリーフを付属している。美しいフィギュアだが、夜中に見たらちょっと怖そうだ。価格差は通常版が5,985円、初回限定版が7,875円で、1,890円。オーディオコメンタリーも初回版のみ収録だ。50分という収録時間も考えると、日本のアニメとしては良心的な価格だろう。

 はっきり言って観る人を選ぶ作品だ。人の命の尊さや、平和や正義という単語をどこかに落としてきてしまった物語なので、嫌悪感を抱く人もいるだろう。ただ、暴力や闘争、破壊的な衝動などに蓋をせず、その中を覗き込む姿勢に新しさとオリジナリティを感じる。その中に見出した“本能的な美しさ”に共感する人もいるはずだ。

 アニメの第1巻は「原作に忠実」という公約を見事に守ったと言えるだろう。原作を全部OVA化する予定とのことで、続巻もこの志を持ったまま制作して欲しいと思うが、反面、「本当に大丈夫なのか?」、「4巻あたりで成人指定マークが付いたりしないか?」と心配にもなる。どちらにせよ、目が離せないシリーズの誕生と言えそうだ。

●このDVDについて
 購入済み
 買いたくなった
 買う気はない

前回の「チャーリーとチョコレート工場」のアンケート結果
総投票数634票
購入済み
331票
52%
買いたくなった
189票
29%
買う気はない
114票
17%

□ジェネオン エンタテインメントのホームページ
http://www.geneon-ent.co.jp/top_fl.html
□作品の公式ページ
http://www.geneon-ent.co.jp/rondorobe/anime/hellsing/index.html
□タイトル情報
http://www.geneon-ent.co.jp/rondorobe/anime/hellsing/package.html
□関連記事
【2005年11月18日】「DVD発売日一覧」 11月17日の更新情報
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20051118/newdvd.htm

(2006年2月14日)

[AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]


00
00  AV Watchホームページ  00
00

AV Watch編集部 av-watch@impress.co.jp
Copyright (c)2006 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.