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第229回:復讐に終わりはあるのか? 暗殺者の苦悩を描く
本編前に監督の解説が! 「ミュンヘン」

怒涛のように発売されつづけるDVDタイトル。本当に購入価値のあるDVDはどれなのか? 「週刊 買っとけDVD!!」では、編集スタッフ各自が実際に購入したDVDタイトルを、思い入れたっぷりに紹介します。ご購入の参考にされるも良し、無駄遣いの反面教師とするも良し。「DVD発売日一覧」とともに、皆様のAVライフの一助となれば幸いです。


■ オリンピック選手団襲撃事件を描く

ミュンヘン スペシャル・エディション

価格:4,179円
発売日:2006年8月18日
品番:DWBF-10060
収録時間:約163分(本編)
画面サイズ:ビスタサイズ(スクイーズ)
音声:英語(ドルビーデジタル 5.1ch)
   日本語(ドルビーデジタル 5.1ch)
字幕:英語、日本語
発売元:角川エンタテインメント
c 2006 DreamWorks LLC and
Universal Studios. All Rights Reserved

 「ミュンヘン」は、ミュンヘン・オリンピック開催中に起きたイスラエル選手団襲撃事件と、その報復をスティーブン・スピルバーグ監督が描いたサスペンス映画だ。

 '72年9月、西ドイツのミュンヘン開催されていたオリンピックの選手村に滞在していたイスラエル選手団を、パレスチナゲリラ「ブラックセプテンバー」が襲撃した。ドイツ当局による救出作戦の失敗もあり、選手やコーチら、イスラエル代表チームに11名の死者を出した。

 イスラエル政府は同事件の関係者への報復を決め、ゲリラの基地とされる難民キャンプなどを空爆。さらに、関係者を一人ずつ暗殺する計画をスタートさせた……。

 年初の公開時にも話題を集めたが、重いテーマで、かつ日本ではあまりなじみの無い、あるいは忘れられている事件だけに、爆発的なヒットとは至らなかった。しかし、米国ではかなりの話題を呼んだようで、賞賛の声はもちろん、テロと報復を同列に描く手法を「反イスラエル的」と指摘する意見も多かったという。

 事件の背景理解などを考えると、確かに日本向けではないのかもしれない。しかし、スピルバーグ監督も「ドキュメンタリーではない」と語っており、史実を元にしたサスペンス作として、見て欲しいようだ。

 出演はエリック・バナ、ダニエル・クレイグ、キアラン・ハインズ、マチュ-・カソヴィッツなど。本編ディスクのほか、特典ディスクを含めた2枚組となっており、価格は4,179円。



■ 暗殺者の苦悩を描く力作。本編再生前に監督が解説?

 本編ディスクを再生すると、まず日本語/英語のメニュー選択画面が現れ、本編再生を選択すると、[本編再生 スピルバーグによるイントロダクション付き」と、通常の[本編再生]の選択画面が現れる。そのまま再生ボタンを押して進むと、イントロダクション付きの本編が再生される。

 要するに自ら進んで[本編再生]を選ばない限り、作品の前に監督の解説が行なわれるというわけだ。無意識に再生を進めていくと、いきなり監督の説明が始まったので、間違えて特典ディスクを入れてしまったのか? と思ってしまったが、本編ディスクの作りが予め監督のコメントを表示する設計になっているのだ。

 監督の解説では、ジョージ・ジョナスの書いた原作本を元にすること、情報が公開されない限り、極秘作戦の詳細はわからないことなどが説明される。そして、「選手が殺害されたこと」、「メイア首相が報復の命令を下したこと」、「殺害に協力したと思われる人々が暗殺されたこと」の3つのみは事実として確認できると強調した上で、「史実に基づいているもののドキュメンタリーでは無い」と説明する。さらに、「イスラエルを非難する意図はない」、「報復が悪いといっているわけでもない」と、本編スタート前に妙に饒舌に説明するあたり、「非難への対応のためなのだろうか?」と妙に勘ぐってしまう。

 事実を元にしているため、この解説が「ネタバレ」というわけではないが、それでも最初に監督の意図が刷り込まれてしまうので、本編再生前に見ない方がいいかもしれない。しかし、そのまま再生ボタンを押してしまうと、見てしまうのだが……。

 舞台は、'72年のミュンヘン。「ブラックセプテンバー」による、イスラエル選手団襲撃から始まる。イスラエル選手団が襲われ、2名が殺害された時点でオリンピックは中断される。仲間の釈放と、世界への声明発表を求めるブラックセプテンバー。対応に追われる西ドイツ当局は、空港への移送と、エジプトへの脱出を手配するなど、要求に応じるフリをしながら人質の救出作戦を展開。しかし、作戦は失敗し、選手/コーチら11名の命が失われた……。

 アヴナー(エリック・バナ)は、妊娠7カ月の妻と、イスラエルで平凡な毎日をおくっていた。しかし、彼のもう一つの顔は、イスラエル総理府諜報特務局(モサド)の一員。かつては首相の警護役も務めた愛国心にあふれる若者だ。

 ミュンヘン事件の数日後、エルサレムに呼びだされたアヴナーは、危険な使命を下され、1日で応諾するか拒否するかを求められた。その使命とは、「ミュンヘン事件を主導した、テロリスト指導部の11人を暗殺せよ」。

 かくして、「暗殺団」のリーダーとして欧州に向かったアヴナー。4人の仲間と落ち合うものの、いずれもスペシャリストではあるものの、こと“殺人”に関しては素人揃い。モサドに入ったばかりの血気盛んな車両担当スティーヴ(ダニエル・クレイグ)、フランクフルトの骨董屋で後処理担当のカール(キアラン・ハインズ)、玩具屋兼爆弾製造のロバート(マチュー・カソヴィッツ)、文書偽造担当のハンス(ハンス・ジシュラー)といったメンバー。殺人の訓練を受けた人間は居なかった。土地勘の無い欧州で、アヴナー達は、情報屋をつてにターゲットの行方を探り始める……。

 見所は、復讐のために殺人に手を染めるアヴナー達の心境の変化。正義の復讐に燃えていた彼らが、復讐を進めるにつれ、過激化していく自分たちの心におびえる。さらに、民間人の犠牲を目の当たりにするなど、徐々に任務への疑問が心に生まれてくる。

 そして、彼らが進める“報復”が、いつしか、彼ら自身を報復のターゲットに変えていいく。アヴナー達に降りかかる恐怖。それはまさに、彼ら自身が“テロリスト”に与え続けてきたものでもあったのだが……。

 また、アヴナー達に接触する情報屋の存在も面白い。金と、わずかばかりの信義を見せれば、容易に入手できていた「テロリスト情報」。しかし、闇のマーケットのシンプルな原理、金と利害の一致は、いとも簡単に彼らに刃を向け始める。

 さすがに、性急な政治性は巧みに回避しながら、アヴナー達の苦悩を描いていく。監督の言葉で言えば「ヒューマンドラマ」として、確かに彼らの苦悩は、くどいぐらい執拗に描かれる。彼ら自身が生み出した暴力による復讐の連鎖、暴力に対する終わりの無い暴力、がひたすら描かれる。

 そうした意味では、背景となるイスラエルを取り巻く政治などの知識はさほど必要ではないかもしれない。重苦しい苦悩の連鎖は、決して見ていて気持ちのいいものではないのでエンターテインメントとしては万人向けではないが、それでも背景を知らずにもアヴナー達の苦悩を体験することはできるだろう。


■ 画質は良好。静寂と爆発のコントラストが凄い音響

 DVD Bit Rate Viewerでみた平均ビットレートは6.15Mbps。収録時間は長いものの目立ったノイズなどは感じない。欧州や中東を飛び回るアヴナー達にあわせてか、シーンによって屋外の光や色温度が変化することでシーン移動を意識させられる。このあたりも一つの見所といえそうだ。

 深夜の活動など、非常に暗いシーンも多いが、暗部も適度に見通しよく、画質面での不満は感じない。ただ、黒が沈みづらい液晶テレビなどでは厳しいシーンもあるかもしれない。

 音声は、英語、日本語ともにドルビーデジタル 5.1chで収録。ビットレートは英語が448kbps、日本語が384kbps。戦闘シーンなどは、適度にサラウンドチャンネルを利用しており、跳弾や砕け散るガラスなどの細かな音も聞き取れるなど、細部に渡ってサウンドデザインされていることがわかる。

 しかし、主役が暗殺者ということもあって、基本的にはヒソヒソとした密談が中心となる。そのため、ややセリフが聞きづらくなるので少しボリュームを上げておきたくなるが、油断は禁物。爆殺シーンで、突然サブウーファが重く鈍い低音をものすごい音量で響かせる。静寂と爆音の激しいコントラストが暗殺時のすさまじい爆風を想起させつつ、細かな破片の音もしっかりと聞き取れ、この爆音を体感するのも本ディスクの楽しみどころの一つだ。

 ただし、木造アパートなどでは、隣の人も驚いてしまいそうな爆音なので、くれぐれもボリュームには注意したい。

DVD Bit Rate Viewerでみた平均ビットレート

 特典ディスクには、「暗殺チーム(13分8秒)」、「撮影現場での体験(14分21秒)」、「インターナショナル・キャスト(12分39秒)」、「編集・音響・音楽(12分20秒)」、「事件の回想(8分34秒)」、「時代背景(13分15秒)」などを合計74分のコンテンツを収録。

 「暗殺チーム」は制作のバリー・メンダルや脚本のトニー・クシュナーが映画の企画について解説するというもの。監督は文化だけでなく、文化と政治という2つの側面を制作陣のアドバイスにより意識したことなどを紹介。また、5人の暗殺者のキャラクターなどが解説される。面白いのは、主演のエリック・バナの起用について、監督は「(バナが主演した)“ハルク”を見たときに目に暖かさと、強さ、そしてわずかな不安が感じられた。非常に人間味あふれたキャラクターだと思い、主演の第1候補にした」のだという。

 面白いのは「編集・音響・音楽」。編集は、撮影と同時進行で行なわれたため、撮影終了後約9週間で完成したという。また、撮影時のテンポを編集時に確認して、再び撮影に生かすなどの工夫や、フィルム撮影にこだわったことなどが紹介される。  また、音声についても、町の雑踏や電話のダイヤル、車の音など、当時の音を探して苦労したことが紹介される。また、生演奏の不協和音などを実際のシーンに導入し、効果的に不安をあおる演出をしたという。

 「事件の回想」では、当時のニュース映像を交えて事件を振り返るもの。監督も自身の当時の体験を語るほか、当時駆け出しの舞台役者だったというハンス役のハンス・ジシュラーなど、スタッフがそれぞれの体験を語る。当事者ではないが、それぞれの「事件の体験」が語られるというのは、事件の当時の模様を知る上でも興味深い。まだ生まれていないエリック・バナなどのコメントはない。

 時代背景は、当時の模様を再現するための苦労を紹介される。マルタとブタペストを主要ロケ地とし、ローマ、アテネ、テルアビブ、レバノンなどはマルタで、ブタペストは雰囲気の異なる市街の再現にローマ、ロンドン風の建築を生かしながら、活用したという。


■ 極限状態の個人の心を描くヒューマンドラマ

 残酷な暗殺シーンが多く、テーマも重いため、エンターテインメント作品としてただ単に楽しみたい、という人はあまり手を出さない方がいい。家族で楽しみたい、という作品ではないかもしれない。

 しかし、明確な政治性などを提示しているわけではなく、暗殺者となった人間の苦悩と恐怖を描いた映画で、サスペンス的な要素、ヒューマンドラマ的な要素が前面に出ている。複雑な国家間の政治を取り上げているものの、大きな問題への解答を求めているわけではない。厳しい状況下で国家や組織の束縛と、帰属意識をいかに個人が処理してやり過ごすのか、というポイントに重点が置かれている。

 もちろん、夫婦間の会話や、ターゲットへの潜入時など、政治的なスタンスがわかっていると、より深みが出てくる演出も盛りだくさんではあるが、そうした点を抜きにも理解できる作品になっている。政治問題への解答というよりは、アヴナーと同じような境遇になった時に、個人としてどう振る舞うか、そんなことを投げかけているように感じた。


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□角川エンタテインメントのホームページ
http://www.kadokawa-ent.co.jp/
□製品情報
http://www.kadokawa-ent.co.jp/detail/DWBF-10060.html

(2006年8月29日)

[AV Watch編集部/usuda@impress.co.jp]


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