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第256回:誰でもできる自然音録音のテクニックとは?
〜 フィールドレコーディングのプロに秘訣を聞く 〜



ジョー奥田氏

 自然音録音家として最近、いろいろなところで取り上げられているジョー奥田氏。いわゆるフィールドレコーディングのプロであるが、その作品を聴いてみると非常に美しいサウンドで、どうやったらこんなにキレイなサウンドがレコーディングできるのだろう、と不思議に感じる。

 その奥田氏に、以前取り上げた音楽ユニット「TINGARA」の紹介で、どうやって、こうした美しいサウンドのレコーディングができるのか、その秘訣を伺った。なお、「TINGARA」のサイトで、ジョー奥田氏のPodcastが公開されているので、そちらの方では音でジョー奥田氏の世界を体感できる。


■ 富士山ロケでフィールドレコーディングに目覚める

 ジョー奥田氏は、'80年に渡米して以来、ロサンゼルスに在住している日本人。ロサンゼルスの音楽学校「ミュージシャンズ・インスティチュート(MI)」卒業後、プロドラマーとしての活動を開始し、バンド活動を行なうほか、スタジオ・ミュージシャンとしてシーナ・イーストンをはじめ数多くのレコーディングに参加したという経歴を持つ。

 その後、スタジオ音楽制作、録音技術を身に着けるとともに、ロバータ・フラック、フィルップ・ベイリー、ピーボ・ブライソンをはじめ、数々のアーティストの作品のプロデュースを手掛けてきた音楽畑の人物だ。しかしその後、自然音録音家へと転身していくのだが、その辺りから、話を聞いた。(以下、敬称略)


藤本:フィールドレコーディングを始めるようになったキッカケはどんなところにあったのですか?

奥田:10年ほど前のことになりますが、Orange Tree Productionというところで、アメリカ国立公園のコンサルタントというかアドバイザーを請け負ったことがキッカケでした。ここでは、自然の音と音楽をミックスした作品を作ろうとしており、その相談に乗っていたんです。

バイノーラルマイク「KU-100」。ダミーヘッドの耳の部分にマイクが組み込まれている

 それまではミュージシャンおよびプロデューサーとしてスタジオで仕事をするのが中心だったのですが、初めて富士山にロケに行ってフィールドで録音をしました。本当にこれは驚くべき体験であり、感激しました。その際、Neumannのバイノーラルマイク「KU-100」というものを使ったのですが、それ以来このバイノーラルマイクにすっかりとりこになり、今でもずっと使っているんです。

藤本:フィールドレコーディングというと、パラボラ型のマイクというイメージがありましたが……

奥田:そうですね。私もパラボラ型の集音マイクを使ったり、ワンポイントステレオなども試してみたが、バイノーラルマイクは、まったく違うすばらしい音でした。

藤本:バイノーラルマイクって、ヘッドフォンで聴くならいいけれど、スピーカーで聴くと位相がズレたりするなんて話を聞くことがありますが……

奥田:それはないですね。とくに、このKU-100はスピーカーで聞くことを前提としているだけに、位相でのトラブルが生じるということはありません。このKU-100はマイクを鼓膜の位置に設定し、耳たぶまでしっかりとつけているので、本当に人間が聴くのと非常に近い形で音を捉えることができます。

 また、こうして録音した音を聴くには多少慣れが必要なのですが、慣れてくると、後ろから鳴る音はしっかりと後ろ側に定位するようになりますよ。

藤本:レコーディング機材にはどんなものを使っているんですか?

24bit/192kHz録音に対応するFostexのフィールドメモリレコーダ「FR-2」

奥田:当初はFostexの「PD-6」というDVD-RAMやHDDに録音するタイプの機材を使っていました。しかし、その後24bit/192kHzに対応した同じくFostexの「FR-2」というものが出てから、そちらへ移行しました。2GBのコンパクトフラッシュだと30分くらいしか取れないけれど、通常4GBのを3枚持っていって、とっかえひっかえ使っています。

藤本:ということは、本当に24bit/192kHzで録音しているんですね?

奥田:その通りです。やはり24bit/192kHzだと、かなりの容量を消費しますよね。録りたいという瞬間を見つけるだけでもほぼ1日。

 たとえば奄美大島に行くと、まずロケにいって、たいてい3週間くらい録音のために滞在します。もっともそのうちの半分くらいはロケハン。仮に回したりしても、うまく録れるケースはめったにありません。音がいい、悪いというより、自分と場所との関係で納得がいかない。もっと深く入っていかないと、いい感じが出ないんです。また、場所が決まったら1箇所で50〜100時間程度、録りますよ。

藤本:そんなに長時間ですか。となると、いくら4GBのコンパクトフラッシュを3枚持っていても、何度も何度もパソコン側へバックアップしていかないと間に合わないですね。でもどうして192kHzにこだわるのでしょう?

奥田:それは私の考え方としてある「もっとも音のいいものを選ぶ」というポリシーです。できることは必ずベストでやるという考え方です。またサンプリングレートを上げていった際に、もっとも効果が現れるのは自然音です。その次がクラシック。逆にポップスなんて、48kHzも96kHzもあんまり変わらない。

藤本:実際、自然音録音ではサンプリングレートの差は感じますか?

奥田:やはりマイクで録るものはハッキリと差がでますね。音楽の場合、もっとも差が出るのはボーカルでしょう。昔からボーカルだけは24bit/96kHzで録って、あとでダウンコンバートするという手法をとってきました。やはり作る側でできることはすべてやるべきだと思うのです。

 もちろん、96kHzと192kHzといったレベルになってくると、聴感上でも、ほとんど違いはなくなります。でも、自分の耳で差が出なくても192kHzでやります。それはよいものを作るという姿勢ですね。私は、可聴範囲を超えた周波数にいろいろな秘密があるのではないかと思っています。空気感であったり、波動であったり……自分に分からないからと切り捨てるのではなく「分かる人には分かるはずだ」と。



■ 7代先に残すためのデジタル録音

藤本:ほかの機材や、フォーマットと比較されたことはありますか?

奥田:もちろん、いろいろやりました。DATなんかも面白いですね。PD-6で24bit/96kHzで録音するとともに、パラでDATで録りましたが、ディテールの細かさでは、PD-6のほうがかなり進んでいるという印象でした。DATは音楽的で、やわらかい音になる。聴いてみて16bit/48kHzとは明らかに何かが違うと感じましたね。

 DATはある意味、完成したものです。そのため音楽を録る際などには、いい仕上がりになります。同様にアナログの「NAGRA」なんかもいい音がしますよ。解像度とかS/Nとかではなく、単純にいい音がする。ただ、NAGRAを持って山にはいきませんけどね。また、個人的には「STUDER 820」の音が一番好きですが、自然音の録音は何が何でもデジタルでやりたいと思っているんです。次の世代に残したいから。

藤本:次の世代に残すというのは?

奥田:いま録音しているものを200年くらい先まで残したいと思っているんです。だから、劣化していくアナログではなく、デジタルでの録音にこだわっているんです。

 自然の音を録るようになって、自然破壊の現状を直視するようになりました。そういう現場を見ると、録音している場所も、50年、100年経ったら、自然環境がガラっと変わって、現状のものは残っていないだろうなって。だから、100年後、200年後に、2006年の音はこうだったと伝えたいんです。以前は、録る、作る、欲しい人に売る、という感覚だったけれど、7代先の人に聴かせたい、行ったことのない人に聴かせたい、という感覚で取り組んでいます。

藤本:200年先、7代先とは、確かに従来のレコーディングにはない感覚かもしれませんね。

奥田:自然破壊の現状を見ると、非常に腹が立ってきます。また、反対運動などに入ってみたいという気にもなりますが、人間の心は言葉では動かないし、怒りで動くものではありません。要はこころの問題。いま残されている一番きれいなものだけを切り取り、それで人に感動を与えられたらと思っています。

藤本:ところで録音した素材は、その後どのような処理をしているんですか?

Digidesignの「ProTools」(写真はProTools HD 7 software)

奥田:Digidesignの「ProTools」にデータとして取り込んで処理していきます。もっともすぐProToolsに向かって仕事をするというわけではありません。最初に行なうのは、データ整理作業。日にちで整理をしたり、海、森、雨……と種目で分けたり。その次は、延々と聴きます。1箇所の音を50時間〜100時間くらい聴きます。またそれを何度も繰り返し聴いて、一番いいシーンを選ぶのです。これが見つかると、どういうエンディングにするかを考え、さらに何度も聴きながら、そこへ向かうオープニングを作っていくという感じです。ここでは、記録的な価値というよりも、作品としての音楽的に聴いて美しいというものを求めて作っていきます。

藤本:そうした編集作業では、EQを使ったり、リミッターやその他エフェクトを使っているんですか?

奥田:エフェクトは極力かけません。ただ、EQをかけるケースが1つだけあります。何かの理由で、ウーファが動くぐらいの低周波が入ってくることがあるので、これをローカットするために使うんです。録音している際はまったく気が付かないのですが、自然音を録っていると、ときどきあるんですよね。それから、森でも海でも、船や飛行機など人工的な音が入ってきてしまうことが多々あります。この場合、ディップを作って、切るということがありますが、完全には切れませんね。

藤本:音を重ねるということはしますか?

奥田:ちょろちょろという、水が流れる小さい音に質感が出る雨の音をミックスするなど、フェーダを使ってミックスすることはあります。ネイチャー・サウンド・アートというのは、ココにポイントがあるのです。これは、僕が見た、自然の情景を再現するための操作です。CDが60分あるなら、オープニングがあって、エンディングがあって、とストーリーがある。デジタル編集機上で、切ったり貼ったりしながら、作っていきます。とはいえ目指すべきは、録ったままで一番いいという録音ですね。



■ 自然音録音の基本は漠然と録音すること

藤本:最後に素人がフィールドレコーディングを行うコツなどがあれば教えてください。

奥田:そうですね、まずレコーダを入手したら、電車の中とか、レストランでの食事の状況などを録ってみるのがお勧めです。友達と食べているところなんかが面白い。後で聴き返すと単純に面白いものです。下手にビデオなどで記録するよりも、映像がない音のほうがリアルにそのときの情景が思い浮かぶので、ちょっと不思議です。それで、録音の仕方が分かったところで、フィールドに出て行きます。ここでは、録りたいものを録るのではなく、歩いてみて、何かいい音がするなと思ったら、そこで録るんです。

藤本:鶯の鳴き声を録ろうと目的を持つわけではなくて……ということですか?

奥田:そうです。最初から鶯を録ろうと思うと、鶯が鳴くまで何も録れません。そうするよりも、漠然と自然の音を録っていきます。なるべくたくさんの時間、録るのが基本です。なるべく長く回すことです。本当に止めようと思うことが3回くらい来たところで止めます。結果として、あとで聴き返せば、録っていてよかったと思うものです。また、海であっても山であっても、リアルタイムでモニタすることも鉄則。

藤本:生音だけを聴くのではなくてですか?

奥田:それは、ファインダーを見ないで、写真を撮るのと同じことでしょう。やはりマイクを通しての音と、生の音は大きく変わります。必ず、ヘッドフォンでモニタし、しかも大きい音のほうがいい。やはりまわりの音とまざらないようにする工夫が必要ですね。

藤本:レベルはどうしたらいでしょう?

奥田:音楽を録る場合のセオリーは、レッドゾーンに入らない範囲で一番大きいレベルに設定すること。でも自然の場合はそうでもない。ある程度のレベルは必要だけど、デジタルの特性かもしれませんが、天井を打つまでやらないほうがいいでしょう。ただ、静かな森での録音は場合は静かであるだけに、マックスしかない。そういうときは、こわがらないで、マックスにする。突然何かはいってきたら、後で切って捨てればいいだけですから。ぜひ、どんどんフィールドレコーディングを楽しんでみてください。


□ジョー奥田氏のホームページ
http://www.joeokuda.com/
□「音で綴るジョー奥田の世界」(TINGARA)
http://www.tingara.com/mt/archives/2006/10/joe_okuda_speci_1.php
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(2006年10月30日)


= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase SX/SL 2.X」(リットーミュージック)、「音楽・映像デジタル化Professionalテクニック 」(インプレス)、「サウンド圧縮テクニカルガイド 」(BNN新社)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。

[Text by 藤本健]


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