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本田雅一のAVTrends

液晶テレビ倍速化、その効果のほどは?



 今年1月のInternational CES。引き続きAV機器の主役はフラットパネルテレビだが、中でも日本の家庭向けでは中心になっている液晶テレビでは、倍速駆動による動きボケ低減機能が注目を集めた。昨年から日本ビクターが提案し続けている、フレーム間の映像をデジタル技術で生成し、秒あたり60フレームのテレビ映像を、毎秒120フレームに増加させて表示させるテクニックだ。秒90フレームとやや中途半端な補間処理ではあるが、松下電器も液晶ビエラで高速フレーム化した機種を提供していた。

 昨年の日本ビクターに引き続き、WXGA機種ではソニー、松下電器、日立製作所などが倍速モデルを発売。シャープはフルHDでの倍速化を果たし、わずかに遅れたものの元祖の日本ビクターもフルHD機種の倍速駆動モデルを追加した。東芝も倍速技術をすでに発表しており、市場に投入するのは時間の問題といえる。

シャープ「LC-57RX1W」 日立「Wooo L37-XR01」 ビクター「LT-47LH805」

 では、この倍速化。その“実効性”について、どのメーカーも同じようなものか? というと、これが全く違う。メーカーによって効果の大きさや、処理の難しさからくる画質面での弊害が発生する頻度なども異なる。

 今回は今年注目の技術である液晶テレビの倍速化技術に関して、液晶テレビの購入を検討するバイヤーに、いくつかの視点を提供してみたい。



■ 理想的に動作すれば確実に“効く”倍速化

 液晶テレビが普及し始めた当初、映像が動いた時に感じる解像感が下がり、輪郭がボケ、ディテールが溶けてしまう、いわゆる動きボケ原因は、液晶の応答速度によるものだと考えられていた。もちろん、応答速度も理由の一つであり、高速な応答の方が画質面で有利なことは確かだ。

 しかし応答速度が速くなり、また液晶をドライブする信号をオーバーシュートさせて応答速を擬似的に速めるオーバードライブ技術のノウハウが蓄積してくると、数値上での改善ほどに、動きボケの原因が他にもあることがわかってきた。

 その原因は、同じ映像をコマが切り替わるまでずっと表示し続ける“ホールド表示”だ。

 たとえばブラウン管は電子ビームが当たった瞬間からすぐに光が減衰する。プラズマパネルも、プラズマ発光後に直ちに減衰。次のコマの表示タイミングで再発光するという流れになる。これをインパルス表示という。

 これに対して液晶ディスプレイは、バックライトが常に光っており、その光を遮る液晶シャッターで透過する光の量を変化させる仕組みというのは、皆さんご存じのことだろう。液晶シャッターの状態は1フレーム内で保たれたままになっているため、コマ(フレーム)が切り替わるまで同じ像が保持されたまま、つまりホールド表示になり、インパルス表示に比べて圧倒的に像を表示している時間が長い。

 なぜ1フレームの表示時間が長くなるとボケて見えるのかは、別途、研究論文もあるのだが、ここでは同じ像を表示している時間が長いほどボケるとだけ考えてほしい。

 ではどうやれば表示し続けている時間を短くできるのか。液晶パネルの場合、原理的には表示切り替えのタイミングを速めればいい。従来は放送波(60i)をI/P変換した60フレームのプログレッシブ表示だったのを、2倍以上の速度で行なえばいいことになる。

 昨年の段階ではビクターと日立が2倍、松下が1.5倍の速度で駆動。さらにビクターと松下が、存在しないタイミングのフレームを“生成”していたのに対して、日立は実際のフレームとフレームの間に黒画面を挿入(あるいはグレー挿入)することで、ホールド時間を短くした。日立の方式は疑似インパルス表示ともいう。

 90Hzの松下方式はともかく、120Hz化ができれば、確実に動きボケとおぼしき現象はほとんど感じなくなる。理想的に動作すれば、どちらの技術も非常に有益なのだが、いずれの方式にも弊害があるのが実情だ。

 たとえばインパルス方式。完全な黒を挿入するのが一番いいのだが、本当に黒を挿入してしまうと輝度が単純に半分になってしまい許容できない。そこで求める明るさに応じてグレーを挿入しているが、あまりグレーの輝度が高いようだと効き目が薄れてくる。また、効果的に動作させすぎると、今度はフリッカーが目立つという問題もある。

 ではフレーム生成方式はというと、あまりに難しいことをやっているため、うまく動作するかどうかは、技術の進歩次第。現時点ではどうか? というと、WXGAには効果的だが、フルHDでの動作はメーカーごとの“ムラ”が大きいように思う。先行して技術開発を行なっていたビクターに関しては安定した効果が感じられたが、他社のフルHDタイプでは効果にやや不安定さも感じる。といっても、各社ごとに処理チップのパフォーマンス、処理アルゴリズムが異なるので、画一的な評価は行ないにくいというのが現状だ。

中間フレームを生成し、残像感を低減 日立の「倍速スーパーインパルス駆動」技術


■ 意外に誤動作が見えない? 実は……

 60Hzを120Hzにするには、コマの間に1コマづつ、存在しない像を創り出さなければならない。しかし、ちょっと考えればわかるだろうが、これはものすごく大変な処理だ。画像内の像の動きを正しく検出し、ある物体が動いているときに、その間に正しく像を創り出す必要がある。像は単純に縦横に動くだけでなく、回転しながら動いたり、変形しながら(見える角度が変化しながら)動くからやっかいだ。加えて、たとえば右にカメラがパンしている時などは、左端に予測不可能なエリアができてしまう。

 具体的な動作としては、ピクセルごとに時間軸をさかのぼって周辺画素を検索し、どこに動いているのかを検出していく。まずはこの動き検出の精度が重要だ。より広い範囲を検索すれば、多様な動きにも追随しやすいが、検索できる範囲はプロセッサの速度に依存する。

 またフルHDともなれば、同じ領域内のピクセル数が増える(WXGAの2倍)上、調べなければならない画素そのものが2倍。都合、4倍の能力がなければ、WXGAパネルと同じ範囲を検索できない。ただでさえ難しいのに、フルHDとなるとハードルはさらに高くなってしまうわけだ。

 動きを検出する手法や、検出する範囲の形状なども、検出能力を決める大きな要素だが、これらは各社独自にチューニングされており、プロセッサの絶対能力以外にも大きく差が出るところ。

 昨年、ビクターの製品が登場した当初は「横方向の動きは強いが、縦や斜めは弱い」といった指摘があったが、これは検索範囲が横方向に長かったからというのがその理由だった。テレビ放送の内容を見ればわかるが、縦方向のスタッフロールを除くと、横方向の動きの方が圧倒的に頻度が高いからだ。

 ビクターは昨年の時点で、縦方向の動きに弱いと指摘されることを承知の上で、しかし実際の映像では効果が高いために、120Hzで横方向に強いチューニングとしたのだ(逆に松下は全方位に検索範囲を広げ、90Hzとすることを選択した)。このあたりは技術的な善し悪しというよりは、考え方の相違が製品に現れていた例である。なお、ビクターの製品も今年になってからは縦や斜めの動きにも強くなっており、120Hz化を果たした松下同様に進化している。

 さて本題。機種ごとに動き検出の能力や、中間フレームの生成アルゴリズムが異なるのに、それがあからさまに見えにくいのはなぜだろう? という疑問を持ったことはないだろうか。よく見ると、どの製品も細かくは振る舞いが違うのだが、あからさまな破綻はまばらにしか見えない。

 実はうまく動き検出できないと判断した場合、その部分の中間フレーム生成をキャンセルして、同じ像を二度描きしているからだ。どのような場合にキャンセルするかは公開されていないので、あくまで最終的な製品の画質をみて善し悪しを判断しなければならないが、どの製品も同様のアプローチでエラーを回避している。エラー回避の頻度が高いほど、動きボケの抑制効果が低くなるのは、いうまでもない。

 つまり、倍速技術を比較したいなら、破綻する部分を探す(たとえばBS-hiなどの文字が変形する、髪の毛の描写がガクガクと不自然に動くなど)のも手だが、加えて本当にボケ感が改善されているかどうかも見なければ答えは見えてこない。

日立のなめらかシネマの技術コンセプト

 製品を評価する立場からいえば、なんども評価が難しい技術が登場したものだと思う。単純に倍速と言っても、切り口によって効果の出方、破綻に仕方がバラバラすぎて、画一的な評価方法が通用しないからだ。ましてやスペックからは何も読み取れない。当面は実際の画質を見て判断するほかないだろう。理想的に動作すれば効果的な倍速化機能だが、必ずしも理想通りに動作しない、つまり動きボケが解消できていないケースもある。

 余談だが、日立が最新モデルで採用した「なめらかシネマ」は、24コマの映画の映像を補間して120コマにするという、なかなか大胆な機能だが、基本は動きボケ抑制の倍速機能と同じである。ただし1つだけ違う点がある。それは前述したようなエラー回避の仕組みを実装できないからだ(実装してしまうとなめらかシネマにならない)。このため、細かいテクスチャの被写体がパンで横に流れていく場合などに、動き検出エラーが生じて不自然な動きとなることがある。



■ 地上デジタル放送ではMPEG起因のボケも多い

 さて、もうひとつの視点。それは、そもそも動きボケばかりに注目していていいのか? という疑問だ。液晶テレビの画質を決める要素は他にもたくさんある。色味やコントラストはもちろん、階調の自然さなどなど、動きボケ以外の画質要素が重要ではなくなったわけではない。むしろ、地上デジタル放送だけを考えると、あまり動きボケばかりに気をとられても…… と思う。

 ご存じのように地上デジタル放送はBSデジタル放送に比べ、大幅にビットレートが低い。映像ビットレートは15Mbpsあるいはそれ以下。横1,440ピクセルしかないとはいえ、固定ビットレートで1080iの放送を高画質に行なうのは難しい。

 そして実際に送られている絵を1枚づつコマ送りで見ると、動いている被写体や背景には、ほとんど解像感がない。原理的に動きが多いとビットに余裕がなくなるため、細かなディテールを表現できるだけの情報量を入れられないからだ。スポーツ放送(放送頻度は低いが、マラソン放送などで顕著。サッカー中継も厳しい)をストップモーションにしたり、コマ送りにすると、とろけてしまい、どこにもディテールがないことがわかるだろう。

 もちろん、動きボケが大きいと、ソース自身の解像力の低さに加えて、さらにボケるのだが、地上デジタル放送ぐらい溶け方が大きいと、倍速技術にどこまでこだわる必要があるのか疑問に感じてくる。地上デジタルでも、動きの少ないシーンになれば解像感がグッと増してくるが、当然、その場合には液晶テレビ自身の解像力も上がる。

 今後、BDやHD DVDなど、質の高いソースが主流になってくれば話は変わってくるが、これらも24フレームの映画が中心なので、倍速化による動きボケ緩和効果が必要なソースはそれほど多くはないはずだ。

 このような理由から、“現時点では”、液晶パネルの倍速化技術に関しては、個人的にあまり重要視していない。むしろ、24コマの映画を、同じ絵を5回表示することで24コマ再生して本来の動きを再現する方が効果的だ。

 しかし、どんどん技術は進歩していくので、“これからは”ということであれば、もしかすると、今年の夏や秋に登場してくるテレビの中には、特に優れた倍速化機能を持つ製品も出てくるかもしれない。今年春のモデルでも、ビクターや松下の春モデルなど、よくこなれているものもある。しかし、現時点ではあまり過度の期待はしない方が良く、少なくとも倍速モードの有無で液晶テレビの優劣を付けられる段階ではない、というのが実感だ。

□関連記事
【6月21日】【RT】ビクターが語る「倍速駆動」の秘密
~ 狙いは「毎日使っても疲れない、やさしいテレビ」 ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070621/rt034.htm
薄型テレビ購入ガイド -2007夏-
その2:技術/機能トレンド編
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070615/tv02.htm

(2007年6月26日)


= 本田雅一 =
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]


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