「パラマウントHD DVD独占供給の舞台裏」を各社に聞く 21日、北米でパラマウントピクチャーズはHD DVDとBlu-ray Discの両規格で発売しているHDパッケージビデオソフトを、今後はHD DVD単独で供給すると発表し、大きな話題となった。 圧倒的にBDのシェアが勝る日本市場は別にしても、北米市場でもBDがほぼ安定して2倍のペースでHDパッケージが売れている中、パラマウントは「現在の市場動向を評価した結果、技術の成熟度や製造コストなどの点でHD DVDの明確な利点を確認した」とコメント。しかし、このコメントには謎が多い。 この話題に関して、関連する各社に取材した。 ■ 市場動向やコストは単独支持の理由にならない まず東芝の担当広報にコメントを求めると「今回のニュースリリースはパラマウントが発表したもの。東芝はコメントをする立場にない。パラマウントが発表したように、両フォーマットで実際にビジネスを行ない、その結果HD DVDが正しい選択肢だと判断したものなので、そうした意見を尊重して欲しい」との答えが返ってきた。 今回の発表の謎は多くあるが、その中でも最大の謎は前述したパラマウントの声明にある。HD DVDを選んだ理由をいくつか挙げているが、いずれもリアリティに欠けるものだからだ。
HDパッケージソフトの売り上げは、昨年までは先行したHD DVDが健闘していたが、調査会社の集計によると2007年1月以降は安定してBDがHD DVDの2倍を売り上げている。2007年1月初週からの年間売り上げ累積をグラフにするとわかるが、両フォーマットともほぼ一直線に累積販売数が増加しており、週によって多少の凸凹はあっても、傾向は安定している。 ではプレーヤーの売り上げはどうか。実際に週ごとの売り上げを集計したデータがあるが、確かにHD DVDプレーヤーが4月から6月までBDプレーヤーを上回っている。4月終わりからの売り上げの山は5枚のソフトウェア添付を始めた時のもので、その効果が収まると5月から299ドルに値下げ(+5ソフトウェアバンドル)に転じて売り上げを伸ばした。
この売上データを元に、プレーヤーの販売数と低価格が心変わりの理由ではないか? との報道も見たが、各プレーヤーの北米での価格が、いつ改訂されているのかを考えれば、7月に状況が変化したことは見逃さないハズである。 4~6月、BDプレーヤーは1,000ドル前後で販売されていたので、東芝の値下げ攻勢の中、ほとんど売れないのも当然だろう。その後、松下電器が約1,300ドルで販売していたプレーヤをほぼ同じ仕様のまま599ドルに値下げ。さらにソニーが499ドルの低価格機を発売すると、再度BDプレーヤーの売り上げが伸びている(なお、BDプレーヤーにも5タイトルのソフトバンドルプロモーションが行なわれている)。 つまり、600~700ドルの価格差があった時期には、HD DVDプレーヤーが圧倒的に売れたものの、200~300ドルまで価格差が縮まると、消費者はBDプレーヤーを選び始めたというのが7月の状況だった。 ではディスク製造コストはどうか。実はこれは比較するのが非常に難しい。なぜならオーダー数によって価格が異なる上、通常、会社間で取り決めた価格は公開されないからだ。1,000枚オーダー時の標準価格のようなものはあるが、実際の価格はもっと低い。 たとえばソニーが提供している2層BD-ROMの複製コストは、大手映画スタジオからの発注の場合、すでに1枚あたり1ドルを切っているという。ポリカーボネートなどの部材コストはほとんど同じのため、2層HD DVDとの差があったとしても、せいぜい10セント程度だろう。 現在、これらHDパッケージソフトは1タイトルあたり多くとも10万枚程度。つまり、複製コストの差は10セントだと仮定しても1万ドル、20セントでも2万ドルの差にしかならない。オーサリング、原盤制作などのコストを考えれば、現時点では無視できる数字と言える。これが数100万枚になれば話は別だが、多くて10万枚、通常は数万程度のプレスコストがフォーマット選択の理由になるとは考えにくい。 こうしたことは、もちろんパラマウントは知った上で、HD DVDへの転向理由に挙げている。“技術の成熟度”が何を指しているのか不明だが、あまりに“後付”感が強すぎる。故に“謎”と表現せざるを得ない。 ■ 1億5,000万ドルで取引報道の詳細 これに対してパラマウントがHD DVDのみにタイトル供給を行なうようになった理由を、HD DVD側(誰がどのように支払ったかは明言されていない)が1億5,000万ドル(約180億円/8月22日現在)のインセンティブを支払ったからだと報道したのが、ニューヨークタイムスだ。 実はドリームワークス・アニメーションが、シュレック3をはじめとする大作アニメ3作品をHD DVDのみで供給することになりそうだという話は、先週のうちから業界内を駆けめぐっていた。当初は1億ドルでドリームワークス・アニメーションの新作3作品をHD DVDのみの供給にするという話だった。 この件をニューヨークタイムスの記者がキャッチアップしていたか否かは定かではないが、報道のタイミングからすると、以前から取材を進めていたのだろう。パラマウントの親会社であるバイアコムの幹部複数に、HD DVDのみにタイトル供給を行なう理由を取材し「1億5,000万ドルで取引したため」と、同じ答えが“二人の異なる幹部”から返ってきたという。“二人の異なる幹部から”というところが非常に重要で、名前は明かせない匿名の幹部としながらも、相当に自信のある情報だと強調している。 同紙の報道によれば、1億5,000万ドルはすべてが現金ではなく、現金および共同プロモーション、たとえばシュレック3のHD DVD版プロモーション費用をサポートしたり、キャラクタの使用権を購入する約束をするなどの組み合わせにより提供される。なお、この取引でパラマウントがHD DVDへ独占供給する期間は18カ月に及ぶため、BDがタイトルの売り上げで優勢な現状を考えればパラマウントにとっての足かせになる可能性があると、ニューヨークタイムスは指摘している。 一方、米MicrosoftのWindowsデジタルメディア部門担当コーポレート副社長のアミール・マジディマール氏は「Microsoftは、今回の件に関してインセンティブを支払ってはいない」と応じている。確かにMicrosoftが直接、映画スタジオに大量の現金を支払うことはないだろう。共同プロモーションをMicrosoft主導で行なうというのも、やや不自然な話だ。 ただMicrosoftの場合、Windowsのライセンス費用やPC関連製品の共同開発などを通じれば、東芝などの第三者を通じてインセンティブを与えることは不可能ではない。つまり事実関係を推測はできても、追跡は非常に困難ということだ。 では東芝はこの報道をどう考えているのだろうか? 東芝の広報は「ニューヨークタイムスが一方的に報道したものであり、東芝が支払ったという記述もない。したがって、東芝はコメントする立場にない。バイアコムが答えるべきではないか」と話した。 ■ ソニー、松下は静観。「情勢は変わらない。粛々とビジネスを進める」 今回のパラマウントの発表に関して、松下電器でBDの事業戦略を担当している蓄積デバイス事業戦略室 室長の小塚雅之氏は「パラマウントは今年ヒット作が例年より多かったが、映画カタログ全体からすれば影響は小さい。BDは全ハリウッドタイトルの2/3を見ることができる。年末に向けては低価格プレーヤーの計画もあり、また現時点でも2倍のペースでソフトが売れている現状を考えれば、大きくトレンドが変化することはないだろう。先週からこの情報をキャッチアップし、金曜日以降はソニー、20世紀フォックス、ディズニーと情報を共有しながら現状把握に努めてきた。パラマウントの映画をBDユーザーが見れなくなるのは残念だが、影響はほとんどないとの意見で一致している」と話した。 ソニーBD戦略室・室長の島津彰氏も「情勢は変わらない。ソニーとしては粛々とビジネスを進めるだけ。BDAとしても、何かアクションを起こすことはない」とほぼ同じコメントだ。 また1億5,000万ドルのインセンティブがHD DVD支持の理由と報道されたことについて、小塚氏は「相当する金額のキャッシュによるディールがあったとの話は聞いているが、日本円で約180億円もの金額となると家電メーカーとしては信じがたい数字だ。現在の情勢から計算すると、180億円の利益をBDレコーダー/プレーヤーで出すためには10年ぐらいかかる。メーカー側のビジネスとしては通常あり得ない。一方、DVD成立前のSD対MMCDの時にも100億円程度での取引の話は、実際に持ちかけられたことがあったと聞いているが、メーカーとして経済的な合理性から応じることが出来る金額ではない。映画スタジオ側からすれば妥当な金額と言えるかもしれない」と話す。 一部には特許料が目的ではないか? との指摘もあるが、「今のDVDと同じぐらいの市場規模になれば、確かに年間100億円単位の収入になる可能性はある。しかし、DVDと同じぐらいに普及するかどうかは賭けだ。不確実な賭けに180億円もの金額を投じる者はいないだろう(小塚氏)」と否定的な見解だ。 島津氏は「仮説としては様々なものが立てられる。しかし、いずれにしても投資した分の回収は難しい。勝つための戦略というよりも、フォーマット戦争に“今すぐに負けないため”に打った手としか考えられない」とした。「20世紀フォックスやディズニーとは、互いにお金を出し合って、共同でBD市場を育てようと共同プロモーションを行なっている。ソニーもBD普及のために予算は捻出するが、共同でお金を出し合いビジネスを構築する協業関係の中で行なわれなければならない」と、BDのみにタイトルを供給する各社の結束を強調した。 □Paramount Picturesのホームページ (2007年8月22日)
[Reported by 本田雅一]
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