■ 宮崎駿の初監督映画がBlu-ray化
そんな中、満を持して12月3日に発売されたのが、アニメ「ルパン三世」の劇場版「カリオストロの城」のBlu-ray。「ナウシカ」や「トトロ」と比べると知名度は低いかもしれないが、これも立派な宮崎アニメ。しかも記念すべき初監督作品。演出を手掛けた「未来少年コナン」が'78年で、その前後にルパンのテレビアニメ版に参加。「カリオストロ」の公開は'79年で、「ナウシカ」('84年公開)の5年前の作品である。 '79年というと、約30年も前の作品だが、完成度の高さからルパン三世の映画の中でも屈指の人気。文化庁メディア芸術祭「日本のメディア芸術100選」アニメーション部門では、「新世紀エヴァンゲリオン」、「風の谷のナウシカ」、「天空の城ラピュタ」、「機動戦士ガンダム」に続く5位を記録しているらしい。“動くアニメ”の魅力が存分に味わえる冒険活劇的なストーリー、登場する銃器や乗り物へのマニアックなこだわり、芯が強くて心優しいヒロイン・クラリスなど、後の宮崎アニメに続く要素が満載されているのも特徴。逆に、原作のストイックなルパンが好きな人には批判されることも多い。 BDの価格は5,040円で、4,900円台が多い洋画BDとほぼ同じ。通販サイトのアマゾンでは12月5日現在、3,729円で販売されており、日本のアニメBD、しかも劇場版と考えると破格。さすがに“数が見込める”宮崎アニメといった値付けである。発売前日の12月2日午前中に新宿のヨドバシカメラに出かけたところ、陳列前だったがレジ奥の棚に山のように積まれており、店員さんも「ルパンなので一杯入荷しました」と笑っていた。 個人的に“カリ城”は“全台詞暗記してるんじゃないか”レベルに好きな作品であり、日本国民必携の1枚と提唱中。正直言って価格が幾らだろうがクラリス姫への納税として微塵の躊躇も無く購入する。「そんなアニメファンがいるからアニメは高いんだ」と言われると苦笑するしかないが、テレビアニメ3話収録で7,000円とかのBDアニメが人気を集める昨今、この低価格ぶりは賞賛したい。ファンは保存用と観賞用に2枚買うべし。
というわけで、病的な思い入れは極力抑えてレビューに望んでみたい。
■ 中年ルパンの哀愁 今日も泥棒家業にいそしむルパンと次元。モナコの国営カジノから大量の札束を盗み出して上機嫌だったが、ルパンはすぐにその札束が“ゴート札”と呼ばれる精巧な偽札であることに気付く。ブルボン王朝やナポレオンの時代から裏社会に暗躍した謎の偽金。その真相を暴こうとして、生きて帰った者はいないという……。 “ゴート札の秘密”を次のターゲットに決めたルパン達は、その心臓部である欧州の独立国家・カリオストロ公国へ。そこでウエディングドレスをまとった少女が何者かに追われているのを目にする。迷わず少女の味方となり、追っ手と戦う2人だったが、奮闘空しく少女はさらわれてしまう。ルパンの手元に残ったのは、大公家に伝わる謎の指輪。彼女こそ大公家の継承者、クラリス姫だったのだ。 カリオストロ公国は摂政・カリオストロ伯爵が支配しており、彼はその地位を確かなものにするため、クラリスを無理矢理花嫁にしようとしているのだ。かくしてルパンと次元はクラリスを救い出し、ゴート札と伯爵の関係を明らかにするため、カリオストロ城へと潜入する……。
カジノ強奪シーンから、のんびりとしたカリオストロ公国の自然、クラリスを巡ってのカーチェイスと、冒頭から激しいアクションと日常描写の緩急が効いた演出で、あっという間に映画の中に引き込まれる。もはや伝説となったカーチェイスシーンは、アニメならではの誇張に満ちた実に楽しいものだが、車のサスの動きや、森の木々の動きなどが非常にリアルで、“ありえないのに本物っぽく感じる”宮崎マジックの見せ所でもある。 ちなみにクラリス姫の車は宮崎駿の愛車・シトロエン「2CV」。ルパン達が乗るFIAT「チンクエチェント」は作画監督・大塚康生の愛車。乗り物や兵器に関して超が付くほどオタクな2人が手掛けるだけあり、オートジャイロや次元がぶっ放す対戦者ライフル(シモノフPTRS41)など、随所にマニアックな物が登場する。伯爵の暮らしぶりや、庶民が集まる酒場など、細かい描写からディティールを積み重ねていき、作品世界に実在感を出す手法は流石の一言。Blu-rayの解像度で観賞すると「スパゲティのこんな部分まで描き込んでいたのか」と再発見する場面も多い。
ストーリー的には、“カリオストロ城に囚われたクラリス姫をルパンが救い出す”という、中世の騎士物語やRPGを連想させる、極めてオーソドックスな物語だ。クラリスの前に立つルパンは騎士のように凛々しく、紳士的。ルパンシリーズの中でもこの作品が女性に人気があるのは、彼が白馬の王子様であり、絶望の中に火をともすロマンチストとして描かれているからだろう。余談だが「サクラ大戦」や「ジャンプ放送局」などで知られる声優の横山智佐さんは、このルパンに恋して声優を目指したというのは、アニメファンの中では有名な話である。
だが、個人的にこの作品を現す言葉は“哀愁”だと考えている。他のルパンシリーズとの最大の違いは、宮崎駿が長年付き合ってきたルパンというキャラとの別れを意識し、彼を歳を重ねた中年男として描いていること。がむしゃらに盗みを働いた過去の自分を、劇中でルパンは「売り出そうとやっきになってる青二才。さんざんバカやって粋がった」と回想し、愛しのクラリスには“オジサマ”呼ばわりされている。金銀財宝もスリリングな日々も、どうでもよくなっているように見える。冒頭、札束を豪快に捨てていくルパンは、そんな心境の変化を象徴しているようだ。 にも関わらず、必死の形相で壁をよじ登り、ボロボロになりながらお宝(=クラリス)を求めるルパンは、まるで「ラピュタ」のパズーや、「未来少年コナン」のようだ。作品中盤のルパンは意図的に“少年が頑張って女の子を助ける”という宮崎アニメ冒険活劇の主人公として描かれており、本人の年齢と役割のギャップを残したまま、ある意味で残酷なラストシーンへと繋がっていく。
当然ルパンはクラリス救出に成功する。だが、彼女という最高の宝物を自分のポケットに入れようとはしない。薄汚れたポケットに入れたら壊れてしまう宝物を突きつけられ、日陰者として覚悟していたはずなのに、観客が驚くほど狼狽するルパンが何度観ても哀れだ。これは「盗めないものはないルパンが、本当に欲しいものは手に入れられない」悲恋の物語であり、それが作品全体に漂う哀愁の正体であり、この作品が30年も人々の心に残る秘密だろう。おそらく性別/年代によって感じ方は大きく異なるはず。もしかしたら中年男性の胸に一番響く物語なのかもしれない。
■ 揺れやゴミが気になる画質 画質/音質チェックには、既発売のDVD版と、5月に地上デジタルでハイビジョン(1,440×1,080ドット)放送されたものをBD-RにTS録画したものを用意。比較しながら鑑賞した。3つのソフトで意外なほど違いがある。昔のフィルム特有の、画面の“揺れ”があるのだが、それを見る限り、地デジ版とBD版のマスターは同じだが、DVDのマスターとは異なるようだ。 全体的にDVDの方が揺れが少なく、セル画撮影時のゴミや傷なども良く補正されている。BD&地デジの方は画面全体に揺れが多く、糸くずのようなゴミや傷も散見される。DVDはブエナビスタ(現ウォルトディズニースタジオ)からのリリースで、今回のBDはVAPであるためマスターが違うのは理解できるのだが、これはちょっと残念なポイントだ。挿入歌部分で、次元の足が草むらから飛び出るセル画のミスも、BD&地デジ版では修正されずにそのままだ。 だからと言って“DVDの方が高画質か?”というと、PS3のアップコンバート再生で比べても、やはりBlu-rayの画質は別次元だ。終始キャラクターに擬似輪郭がつきまとい、単色部分に色ノイズがでるDVDと比べ、BDはセル画や背景の絵そのものを見ているかのようなクリアさで、背景画の筆のタッチや色ムラまで克明にわかる。暗部の情報量も桁違いで、グレインが多い冒頭や闇討ちのシーンでも、車の描き込みや洋服のシワなど、これまで見ることができなかった線を多数発見できる。発色も鮮やかで、クラリスの透き通るような肌の白さもまぶしい。とても約30年前の作品とは思えない。 豆知識だが、五右衛門の登場は中盤からと思われているこの映画、実は冒頭のカジノ強奪のシーンで既に五右衛門は登場している。札束に埋もれて見えないだけで、ルパンが札束を捨てているシーンで目をこらすと、後部座席に彼の後頭部と斬鉄剣が見えている。どうでもいい話だが、そんなポイントも容易に確認できるのはBDの高解像度ならでは。だからこそ補正されていないマスター映像の揺れやゴミといった欠点に目が行ってしまうとも言える。DVDの映像も揺れてはいるのだが、全体的に眠い画質なので脳が“昔の映像だから”と勝手に納得し、気にならなくなってくる。 BD版と地デジ版を比較すると、同じマスターを使っていても、ビットレートの差は大きい。BDではだいたい35~39Mbps程度割り当てられており、一部のアクションシーンを除いてブロックノイズは感じられない。地デジ版はルパンや次元が走るとズボンや上着の生地と輪郭の間にジラジラとしたノイズが生まれるが、BDでは皆無だ。 そして何より驚いたのが音声の違いだ。オリジナルがモノラル音声なのでそれほど期待していなかったのだが、BDと地デジでは、再生した瞬間に笑ってしまうほど違う。圧縮率の高いAACで放送された地デジでは、昔のMP3のように高域がシャラシャラと荒れ、ルパンや次元の声の低域部分が痩せ、全体的に軽薄な音になっている。BD版では高域がきれいに伸びると同時に、キャラクターの声が野太く、ドッシリとして、変な言い方だが“男らしい”、“ダンディな”声になる。DVDと比べてもその差は顕著であり、何度も観返している人ほど「ルパンってこんな声だったんだ」と驚くだろう。 地下迷宮での反響や、屋外シーンでの風の音など、「こんな音入ってたんだ」と驚くシーンも多い。また、あまり期待していなかった疑似5.1ch化音声も意外に良い。セリフと環境音が分離するため個々の音にメリハリが出て、立体感が生まれ、“映画っぽい音”になる。車のエンジン音なども適度に誇張されて迫力アップ。レストランの喧騒ではリアスピーカーが主張。地下迷宮の反響も大幅に増えており、広さや寒々しさが数段アップする。「やりすぎだ」と感じる人もいるかもしれないが、娯楽作品には、これくらい派手なサラウンドが付いてもおかしくない。
■ 特典はシンプル 特典映像は予告編2つのみと極めてシンプル。価格を考えると欲張ったことは言えないが、もう少し余韻に浸れるコンテンツが欲しいところ。さらに収録音声も日本語のみで、字幕も無し。英語字幕はさておき、耳の不自由な人にも楽しめるよう日本語字幕は入れてほしかったところ。ちなみにパッケージイラストは現代風なタッチで新たに描かれたもののようで、悪くはないが、ルパンがちょっと若いイメージ。このイラスト、実はリバーシブルになっており、裏返すと以前のDVDと同じイラストが現れる。好みで変更しても良いだろう。
■ 年末年始に用意したい1枚 クオリティ面で理想を言えば、DVD版の時に作られた修復済みのマスターを使ってBD版を作ってくれたら文句無しだったろう。スクリーンなど、大画面で鑑賞すると画面の揺れが気になるかもしれないが、画面の一部を意識するとより気になってしまうので、変に意識せずに鑑賞するとそのうち気にならなくなってくる。 年代を感じさせるマスターを、BDの高画質でそのまま取り込んだ今回のBDは、タイムマシンで過去の製作現場に戻って肉眼で観察しているような不思議な映像で、これはこれで気に入っている。何年か後に“リマスター版Blu-ray”が出るかもしれないが、それまで我慢し続けるほど高価なソフトとも言えないだろう。アニメファンは何も言わずに購入している人が多そうだが、迷っている人もとりあえず購入して損はないクオリティだ。 エンターテイメント性と爽快感あふれる映像、非の打ち所のないストーリー展開。間違いなく、エンターテイメントという枠の中でメッセージを表現できていた、絶頂期の宮崎アニメの1つだ。そういう意味で、老若男女の誰もが楽しめ、なおかつ心に残る作品であり、人が集まりやすい年末年始に1本あると重宝しそう。もっとも、大人の男性が一人でコッソリ楽しむのが、この作品の醍醐味なのかもしれないが。 最後にもう1つ豆知識。この作品で必ずと言っていいほど話題にのぼる、銭形警部の“らしくない(?)”キザな最後のキメ台詞。「カッコ良過ぎ」、「とっつぁんのキャラと合わない」など賛否両論見受けられるが、コバルト文庫の小説版ではルパンとクラリスの別れが終わるまで銭形はパトカーのブレーキを踏み続け「車が故障した」と部下に嘘をつき、ルパンが逃げてから「直った!」とアクセルを踏むラストになっている。こっちも映画に負けないくらいカッコいいと思っている……。
http://www.vap.co.jp/ □ルパンネットワークのホームページ http://www.lupin-3rd.net/ □関連記事 【Blu-ray/HD DVD発売日一覧】 http://av.watch.impress.co.jp/docs/bdhdship/ 【9月29日】VAP、「カリオストロの城」の映像をMPEG-4 AVCに変更 -その他の「ルパン三世」BDもMPEG-2からAVCに http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080929/vap.htm 【9月20日】「ルパン三世 カリオストロの城」が12月3日にBlu-ray化 -VAPが発売。「ルパン VS 複製人間」も。各5,040円 http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080920/vap1.htm 【9月20日】「ルパン三世」TVシリーズ第1&2期がBlu-ray化 -VAPから12月より順次登場。第1期BOXは18,900円 http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080920/vap2.htm
(2008年12月5日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
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