【バックナンバーインデックス】



第110回:International CES特別編
白熱するDolby対dtsの多チャンネル戦線
~Dolbyは現行規格で実現できる3D技術も~


■ Dolby、5.1chを7.1ch、7.1chを9.1chへ拡張する「Dolby Pro Logic IIz」

Dolbyブース

 Dolbyは、最新サラウンド技術の「Pro Logic IIz」を発表。ブース内シアターではデモが行なわれていた。名称から連想されるように、Dolbyが持つ、一連のPro Logic技術の延長線上の、いわば最新版ということになる。「Pro Logic」から「II」になり、「z」と、ちょっと複雑になってきたのでここで簡単に整理しておこう。

 Dolby Pro Logicの根幹となるのはマトリクスエンコード技術だ。マトリクスエンコード技術とは多くの音声チャンネルを一定のアルゴリズムの元に混合して少ない音声チャンネルにまとめてしまう技術。再生時には、逆のアルゴリズムで分離して再生する。この技術は、聴者を取り囲むようにして鳴らすサラウンド音声を、互換性の高いステレオ音声にマトリクスエンコードする技術としてスタートしている。

 本来はエンコード・アルゴリズムを適用して音声チャンネルを生成しなければならないのだが、ごく普通のステレオ録音されたオーディオもデコードアルゴリズムを適用しても、それなりに分離できてサラウンド再生できてしまうことから、疑似サラウンド再生技術としても人気のある技術だ。

 Dolbyのマトリクスエンコード技術を使ったサラウンド技術の祖先は「Doly Surround」になる。Dolby Surroundは'80年代にハイエンドオーディオに採用されたもので、ステレオ音声から、前左、前右、後方モノラルの3.0chを復元再生することができた。その後、改良版として登場したのが、「Dolby Pro Logic」になる。こちらはステレオ音声から前左、前右、前中央、後方モノラルの4.0chを復元再生する。

 Pro Logic IIでは前左、前右、前中央、後左、後右、重低音の5.1chの拡張再生に対応。5.1chはDVDビデオでお馴染みの「Dolby Digital」の5.1ch再生と合致するものであり、ユーザーが構築した5.1chシステムを使ってステレオサウンドをよりサラウンドライクに楽しむ技術という意味も込められていた。プレイステーション2、ゲームキューブをはじめとしたゲーム機/ゲームソフトにも広く採用されている。

 Pro Logic IIxになると処理対象が少し変わってくる。ステレオ音声にも対応しているが、Dolby Digitalのような、ディスクリートなサラウンドサウンドトラックをより多チャンネルに拡張する技術として誕生したのだ。具体的にはDolby Digitalの5.1chソースに対し、後中央を加えた6.1ch再生に、Dolby Digital EXの6.1chソースの後中央チャンネルを左右に分離して7.1chに対応する。

 この後継として今回登場したのが「Pro Logic IIz」だ。これまで通り、マトリクスエンコード技術を使ったもので、さらにチャンネルが増えたPro Logic系の新版と言うことになる。前方の左右チャンネルの直上に新たな前上左、前上右チャンネルを仮想生成する。Dolby Digitalのような5.1ch入力ソースであれば、前上左、前上右が追加された7.1ch再生が行なえる。Blu-rayなどに採用されているディスクリートな7.1chサラウンドサウンドトラックである「Dolby Digital Plus」、「Dolby TrueHD」をPro Logic IIzに適用すると前上左、前上右が追加された9.1chになる。

5.1ch入力の場合は前方上部左右chを仮想生成して7.1chに 7.1ch入力の場合は前方上部左右chを仮想生成して9.1chに

 Dolby担当者によればIIzの“z”にはz軸の意味が込められているとのことで、上下方向の再生表現に対応したというわけだ。つまり、DVDビデオやBlu-rayの音声フォーマットとして新しいものが提唱されたのではなく、あくまで、現行の5.1chトラックに上方左右仮想チャンネルを加えて7.1ch再生。同様に現行の7.1chトラックを9.1ch再生するものということになる。

Pro logic IIzが体験できた特設シアター。上部に備え付けられた左右スピーカに注目

 対応AVアンプは2009年下半期より大手メーカーから登場する予定とのこと。なお、ブース内にはオンキヨーの対応試作機「TX-SR607」が展示されていた。こちらの発売時期や価格は未定。

 シアター内では現行のBDベースの映画クリップを流して、Pro Logic IIzの上下方向の定位表現を体感できるデモが行なわれていた。あくまで仮想再生される上方チャンネルなので、映像の上下表現の助けがいるが、聴感上たしかに上から別チャンネルが鳴っているような感覚が得られる。

ブース内にはオンキヨーのPro Logic IIz対応試作機のAVアンプ「TX-SR607」が展示されていた。こちらの発売時期や価格は未定

 当然ゲームへの対応もなされる。シアター内ではUBI SOFTの「ゴーストリコン」がデモされたが、プレーヤーが上空を飛ぶ戦闘ヘリを視線で追うシーンで、ヘリのローター回転音が頭上から分離して鳴っているような聴感が得られていた。この流れでいくと、後方の上方左右チャンネルも仮想生成する“後継Pro Logic II”が出てくるのではないかと思うのだが、この点について質問すると「いいところを突いた質問だが(笑)、それは検討中だ」とのこと。

 実際、ヤマハのハイエンドAVアンプの「DSP-Z11」は同社のシネマDSPプログラムの効果として11.2chの拡張仮想チャンネル生成を行なうが、ここには前方上部左右と後方上部左右の仮想Presenceチャンネル生成が含まれている(7.1ch+前方上部左右と後方上部左右の4ch)。鬼が笑いそうな話だが、Dolbyがさらに後方上部左右チャンネルの仮想再生に対応したとき、Pro Logic IIzの次のネーミングをどうするのかが心配だ。


■ 対抗するdtsは仮想4ch追加で11.1ch再生に対応する「dts Neo:X」

dtsブース

 同様の技術を同じようなタイミングで出してくる関係にあるDolbyとdts。マトリクスエンコード方式のDolby Pro LogicがIIzになったので、もしかしてと思ったら、やはり、dtsも同系技術の新版を出してきていた。

 dtsにはDolby Pro Logic II/IIxに相当するものとして、「dts Neo:6」を持っている。これはステレオ音声、あるいは5.1chのディスクリートなサラウンドサウンドを5.1chないしは、6.1chに拡張再生する技術だ。dts:Neo:6も、ベースとなるのはマトリクスエンコード技術とそのデコード技術になり、基本的に考え方はDolbyと同じだ。ただ、dts Neo:6はどちらかといえばホームシアター向けというよりも、ステレオサウンドをよりリッチに楽しむ、カーオーディオ向けの技術として強く訴求されてきた経緯がある。

 今回のCESでdtsが、Dolby Pro Logic IIz対抗技術として出してきた「dts Neo:X」は、ホームシアター向けの技術として訴求される。Pro Logic IIzの9.1chに対して、dts Neo:Xはさらに2ch多い11.1ch再生に対応する。上段のDolbyのPro Logic IIz編で11.1ch拡張再生の話をしたが、dts Neo:Xがまさにそれかと言うと、そうではない。

 dts Neo:Xでも、上方前方の左右チャンネルが仮想生成されるところまでは同じで、Pro Logic IIzと異なるのは、さらに後方の仮想チャンネルを2つ増やしているところ。一部報道ではdts Neo:Xが「上方後方の左右チャンネルを仮想生成する」というものがあるが、Marketing Vice PresidentのTom Dixon氏に確認したところ、公式に否定された。

 具体的には、上方前方チャンネル用再生スピーカーは、センタースピーカーと左右スピーカーまでの距離分、左右スピーカーの直上にあげて設置するのだという。そして、最大の特徴ともいえる増加した後方チャンネルの再生は、聴者の真横から後方に向かって左右に3つずつ設置し、合計6基のリアスピーカー群で再生するようになる。より詳しく言うと、聴者の真横左右に1基ずつ2ch分、聴者を中心として、真横から後方に回転角30度ずらした位置の左右に1基ずつ2ch分、後方にさらに30度ずらした位置の左右に1基ずつ2ch分を設置する。

11.1chの内訳は、ベース7.1ch+上方前方2ch+後方2ch 上方仮想チャンネル用スピーカは、センタースピーカと左右メインスピーカとの距離分、上に上げて設置する 後方は真横から30度ずつずらして設置し、6ch化する。

 dtsブース内特設シアターでは実際にdts Neo:Xに対応したスピーカーシステムを設置。来場者が体験できるようになっていた。特設シアターではサブウーファをデュアルで設置してあったため、スピーカー設置としては11.2chサラウンドシステムとなっていた。同心円状に13基(11+2)もスピーカーが設置された風景は、何かの儀式のような光景である。

 シアター内での11.1ch(11.2ch)デモは、特別に11.1chミックスされた映像/音楽再生のみ。後方のサラウンド感と、音像が聴者を取り囲むような柔らかいアンビエント感は素晴らしかったが、上方前方チャンネルからはパーカッション・ベルと一部の打楽器音が聞こえてくるだけで上下の音像移動表現はうまく実現できていなかった。

シアター内にはサブウーファ2基を含んだ11.2ch分、13基のスピーカーが設置されていた

 dtsスタッフによれば、dts Neo:Xは今回のCESの展示のために急遽用意したデモだそうで、完成度の低さは自認するところであり、実はこのNeo:Xというのも仮称で正式ブランド名もまだ決定していないという。現在の11.1ch構成のコンフィギュレーションの再検討も含めて開発を進めている中途段階なのだとか。やはりdtsも実際のAVアンプ製品があってこそ意味をなすものであり、AVアンプ機器メーカーとしては、Pro Logic IIzとdts Neo:Xとの両対応を目指したいという思惑がある。その関係上、Pro Logic IIzよりも2ch多いdts:Neo Xの後方仮想チャンネル増加分の取り扱いをどうするかが議論されていると見られる。

 dts Neo:Xを、Dolby Pro Logic IIzと同様の上方前方左右chを仮想追加させただけの9.1chで楽しむことは可能だろうが、やはり最大チャンネル数はDolbyとdtsの両者で合わせてもらったほうが、ユーザー側としても混乱が少なくてすむ。半ば、突貫準備だった感のあるdts Neo:Xだが、Tom Dixon氏によれば「dts Neo:X対応AVアンプ製品は2009年内に発売はしたい」とのことで、近い将来実用化に目指していることは間違いないようだ。2009年内にAVアンプの買い換えを検討しているユーザーは、Pro Logic IIz/dts Neo:Xの動向を見守っていく必要があるだろう。


■ Dolby、従来のBD再生機器で再生可能な立体視技術を発表

 Dolbyは音だけでなく、現行のBDビデオソフト規格、およびHDMI規格をいじらず、既存規格の互換性を維持したままで3D表示を実現する技術も公開している。技術名は決定していないが、右目用、左目用の2フレーム分の映像を、サウンドで言うところのマトリックスエンコードのような独自のエンコード・アルゴリズムで1フレーム内に混合するのが特徴だ。

 具体的に解説すると、まず、右目用と左目用の映像はその視差から視錐台が異なるが、相似性がある。この相似性に着目しつつ、左目用と右目用のピクセルを混合させつつ交互に配置して1枚の混合フレームを形成する。これをあとはH.264や、VC-1でエンコードしてBDビデオやオンライン配信用動画にすればいい。フォーマット視点で見れば通常の映像と同じデータで、普通のファイルと同じように再生すれば、見た目としてブレた3D用のH.264/VC-1映像が再生されることになる。

 HDMIでの伝送も問題なく行なえるが、強いて問題点を挙げれば、H.264やVC-1でエンコードする際に、フレーム間の動きの相関が把握しづらくなって動き補償などがかかりにくくなり、ビットレートに対する画質維持が難しくなるかも知れない。

 肝となるのは再生時だ。マトリックスエンコードされた混合フレームをDolbyの独自のデコーダを用いて左目用フレームと右目用フレームとに分解する。このロジックはテレビ側に内蔵されることを想定しているため、このDolby立体視システムに対応したテレビ(あるいはモニタ)製品が必要になる。

 1フレームに2枚の映像がマトリクスエンコードされているので、HDMI中を伝送されるフレームレートは1枚分。デコードされた時点で右目用、左目用の映像に分解されるので立体映像のフレームレートは伝送フレームレートと同じになる。だからHDMI規格を拡張する必要がないというわけだ。24fpsの映画であれば24fpsの立体視がえられる。

 実際の表示の仕組みと立体視システムのハードウェア的な実装方式についてはテレビメーカーに委ねられ、Dolbyはタッチしない。Dolbyはあくまでエンコードとデコードの様式技術を取り決めたに過ぎないからだ。このマトリクスエンコード方式の混合フレーム技術は予想よりも画質が維持されているとDolbyでは評価しており、単純計算ではピクセル情報量は左目50%、右目50%に振り分けられてしまうはずなのだが、デコードの工夫により、体感上は70%程度のピクセル情報量で立体視が実現されるという。

デモや機材は撮影禁止であった

 デモでは、三菱の立体視に対応した3D ReadyのDLPリアプロによるアクティブ液晶シャッター方式の立体視眼鏡を掛けて楽しむタイプと、偶数ピクセルラインと奇数ピクセルラインで偏光を変えた液晶テレビをパッシブ型偏光眼鏡をかけて見るタイプの、2タイプが公開された。立体視の表示の仕組み上、表示解像度は前者はフル解像度、後者は半分になっての表示になる。

 映像を見てみたが、予想を上回る品質の高い立体視体験が出来ていた。やはりエンコード時のMPEGノイズの関係からか、立体フレームのデコード時にエラーが出るようで、ごくまれに一部のピクセル領域の遠近がおかしい場合があったが、赤青セロハンの色眼鏡方式の立体視と比べればその差は歴然。十分実用になりそうだ。あとは、対応のテレビが何時発売され、価格の上乗せがどれくらいか、そしてソフト側の対応が問題となる。マーケティング面の展開に成功の可否がかかっていると言えるだろう。


■ Dolby、ゲーム内チャット音声を相対的に定位させる技術「AXON」を発表

 Dolbyはほかにも、オンラインゲームプレイ時のボイスチャット音声に各プレーヤーの声に定位感を持たせる「Dolby AXON」技術を発表している。オンラインゲームでは多くのタイトルがボイスチャットに対応しているが、一般的にそのチャット音声は全てモノラルで中央に定位してしまう。

 しかし3Dシューティングや3D RPGタイプのリアルタイム系オンラインゲームでは、キャラクタ達が画面に見えている/いないにかかわらず、敵プレーヤーや味方プレーヤーの位置情報が攻略の際に重要になってくる。味方がちゃんと自分の後に付いてきているか、どの味方プレーヤーが何処で助けを求めているのかが現行の方式だと把握しづらい。

 そこで各プレーヤーの音声情報に3D座標情報を載せて伝送し合おうという音声伝送プロトコル技術が「Dolby AXON」になる。これにより、各プレーヤーは、他プレーヤーの音声が、自分に対しての相対的な位置方向から聞けるようになる。これまで難しかった「Aくんは左から回り込め」、「Bちゃんは、後ろでボクの援護を頼む」といったゲーム内世界における相対的な位置情報を伴ったチャット、戦略指揮などがよりやりやすくなりそうだ。

 このAXON技術は、DolbyとしてはPCだけでなく、PS3/Xbox 360といった家庭用ゲーム機のゲームに対しても普及を進めていくとのこと。AXONがサポートされた後、もしかしたら、オンラインゲーム内での各プレーヤー・キャラクタの動きが変わるかもしれない。

実際のデモの様子。他プレイヤーが左から話しかけてくればヘッドフォンの左からチャット音声が聞こえてくる。遠ざかれば音声ボリュームが小さくなり、遠くなった感が演出される。遮蔽表現にも対応。壁越しで話しかけるとこもった感じになる

□2009 International CESのホームページ
http://www.cesweb.org/
【2009 International CESレポートリンク集】
http://av.watch.impress.co.jp/docs/link/2009ces.htm

(2009年1月12日)

[Reported by トライゼット西川善司]


西川善司 大画面映像機器評論家兼テクニカルジャーナリスト。大画面マニアで映画マニア。本誌ではInternational CES他をレポート。僚誌「GAME Watch」でもPCゲーム、3Dグラフィックス、海外イベントを中心にレポートしている。映画DVDのタイトル所持数は1,000を超え、現在はBDのコレクションが増加中。ブログはこちら。近著には映像機器の仕組みや原理を解説した「図解 次世代ディスプレイがわかる」(技術評論社:ISBN:978-4774136769)がある。

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AV Watch編集部

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