小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

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「電気グルーヴ配信停止」に見るデジタル配信と消費者保護

今週は、3月12日深夜から、何度「瀧ぃ……」とため息をついただろうか。

みなさんもご存じだと思うが、ピエール瀧氏が麻薬取締法違反で逮捕された。筆者は電気グルーヴのメジャーデビュー(1989年)以来のファンなので、落胆もしている。瀧はアレな人(アーティストとしては褒め言葉)だが、薬物的な意味で「アレ」だとは思ってもいなかった。

彼が罪を償わなければならず、現在手がけている仕事に変更や制約が課せられるのは当然のことだ。場合によっては、関係者から瀧氏への損害賠償も必要だろう。

一方で、過去の作品まですべて封印する必要があるのか、という点については、はっきりと反対の立場を採る。

ピエール瀧氏の所属するソニー・ミュージックレーベルズは、彼の関わる「電気グルーヴ」を中心とした楽曲群の配信・販売停止と、コンサートなどの公演中止を発表している

本質的には「いいから、見る・聞く・読む権利を奪わないで」という利己的な気持ちだ。だが、その前に、「ひとりのアーティストの行為で、作品そのものが封印されることへの妥当性への疑義」と、「封印行為が社会的制裁の意味合いをもってしまっていることへの疑義」もある。「反社会勢力との関係を絶つコンプライアンス上の処理」という意見もあるが、すでに収監済みで、権利・収益についてごく一部の権利しかもたない人物ひとりを締め上げて、反社会勢力との関係に話を持っていくのが正しいのか、という疑問もある。

この点については、いろんな意見があろう。現状まったく納得していないが、筆者の意見が絶対、というつもりはない。

「まず転売屋と違法コピー関係者が儲かる」矛盾

問題は、「封印行為が行われた際、我々の見る・聞く・読む権利はどうなるのか」ということだ。

コンテンツが物理メディアだけで提供されていた時代は、比較的シンプルだった。出荷が止まってしまえば、あとは市中在庫だけ。消費者の手元にあるものは自分で管理するので「封印」とは関係ない。

だが現在、コンテンツはネットを介しても流れる。これらがどうなるかが問題だ。

まず結果的に起こるのは、「転売屋による市中在庫の価格つり上げ」と「違法コピーコンテンツへの需要の流入」である。前者は過去にもあったこと(今ほどのスピードでも規模でもなかったけれど)で、そこまで大きな問題ではない。だが、後者は大きな矛盾を生み出す。

違法コピーへの需要の流入は、「本人や権利者以外」への収益の流出を生み出す。違法コピーサイトなどの運営には反社会勢力との関係が疑われるものもあり、「反社会勢力との関係を絶つ」ための施策が結果的に彼らを潤す可能性が生まれる。

現在はYouTubeなどの場で、「権利者がアップしたものではないが、そこに広告収入が生まれる」ものもある。これがどこへ行くかは不透明だ。YouTubeの場合、Content IDをきちんと運用していれば、単純削除ではなく「収益を本来の権利者へ送る」形になることも多い。そうすると今度は、「流通を止めたはずのコンテンツから、なぜか権利者に収入が発生する」ことになる。そうしないよう徹底するには、コンテンツを逐一削除していくしかない。だが、そこには相応の人的エネルギーが必要である。そしてなにより、そこで削除しても「流通をとにかく止めた」という事実しか生まれない。

配信コンテンツはどうなってしまうのか

次に公式配信について。これはちょっと事情が複雑だ。

レンタルやいわゆるダウンロード販売の場合、配信停止はあくまで「配信の停止」に過ぎない。自分の手元にあるコンテンツの視聴は、基本的に配信停止の処理と関わりがない。(レンタルで期限がくれば見れなくなるが、それはもちろん通常処理だ)

ダウンロードして手元にあればそれは視聴可能だし、仮にダウンロードしていなくても、再ダウンロードはできるのが通常の処理だ。ネットでのコンテンツ販売は「所有権を売っているのではない」と言われる。その通りなのだが、それでも、「サービスが続く間の持続的な閲覧権」が提供されると判断されるので、いきなり視聴不可能にはならない。少なくとも、ダウンロードしたものが「配信停止になったので遠隔削除される」ということはない。

これにはある事件が関係している。

2009年、AmzonはKindleで、ある出版社が販売していたジョージ・ウォーエルの「1984」および「動物牧場」を削除した。これは、その出版社が正式配信権をもっていなかったことが判明したために行われた措置で、通常の措置だった。だが、配信停止時に、購入済みのユーザーのライブラリからも削除してしまったため、「監視社会的だ」と大きく反発を受けた。

・アマゾンは「ビッグブラザー」? 電子書籍を無断で遠隔削除/2009年7月記事

Amazonはこの件を謝罪し、ライブラリに削除したコンテンツを復活させている。後日、ジェフ・ベゾス氏が来日した際にこの件を訊ねたところ、「あの措置は明確な間違った判断だった。今後、ユーザーのライブラリに許諾なく関与することはしない」と全面的に非を認め、改善を断言していた。

この事件以降、「配信が止まっていようと、ライブラリの中身には手出しはしない」ということが、基本的な原則となっている。

ただし、すべての事業者がちゃんと守るかどうか、確約があるわけではない。また、サービスはいつか終わるし、自分がサービスの利用を止める可能性もあるので、本当に自由に利用するには、手元にダウンロードしておく必要がある。できればDRMのくびきから離れ、データだけを活用・閲覧できることが望ましいが、動画や電子書籍、ゲームなどはそうはいかないだろう。音楽については「DRMなしでのダウンロード販売」が定着しており、これを活用すればいい。

一方で、ストリーミングを中心とした「定額制配信」は話が別だ。こちらは「サービスに登録されているコンテンツを利用する権利」を得ているようなものなので、配信停止によって「サービスからコンテンツが削除」されれば利用できなくなる。

ちょっと事情が面倒なのは、音楽の場合、自分がもっている楽曲をサービス側にアップロードし、ストリーミングサービスと合わせてどこでも視聴可能にする「ライツロッカー」が備わったものもある。購入楽曲についても同時にライツロッカーに収納される仕組みになっている場合が多く、ダウンロードしていない端末からも再生ができる。

こうしたやり方は一時流行ったのだが、今でも本格的に採用しているのは、Google Play MusicとApple Music(正確には、アップルの場合、ライツロッカーは『iTunes Match』であり、別途契約した上でApple Musicと連動させて使う)といったところだ。この場合、クラウド上に「自分が所有している音楽のリスト」があり、それに従って「配信されているデータ」か「自分がアップロードしたデータ」のどちらかが再生される。

本質論でいえば、ライツロッカーに登録されているのは「自分が所有しているコンテンツ」なので、配信停止と関わりなく聴ける……はずである。

ではどうだったのか。

本原稿の締切直前、3月14日の夜になって、Apple Musicでも電気グルーヴ関連楽曲の配信停止が確認できた。そこで主にApple Musicでの挙動を確認している。

3月14日夜になって、Apple Musicでは電気グルーヴ関連楽曲の配信停止が確認された

まず、ダウンロード購入したものは、すべて問題なく再生できる。ダウンロード済みでなくてもデータベースには購入履歴が残っているので、再生には問題ない。原則通り、勝手に引き上げられることはなかった。

次に、ライツロッカーへアップロードしたもの。これも問題なく再生できている「ようだ」。「ようだ」というのは、アップルのiTunes Matchの場合、どの曲がロッカーに入っているのかの区別がつきにくい上に、ライツロッカーへのアップロードが行われたのがかなり昔のことなので、もはやちゃんと覚えていないからだ。少なくとも、ライツロッカーに収納されたと記憶にある楽曲は再生できているので、「おそらく大丈夫」だろう。

そうでない、定額配信に入っていただけのものは、再生できなくなった。自分のライブラリーに登録したものも、ダウンロードしていたはずのものも、再生対象でなくなったためか消えている。データベース更新中のためか、端末によってはライブラリから見える場合もあるが、どちらにしろ、再生はできなかった。配信が停止していないサービス、例えばSpotifyでの扱いがどうなっているかは、今回は確認できてない。

このように、Apple Musicからライブラリに登録しただけで、iTunesで買ったわけではなかった楽曲およびCDからリッピングしたのではなかった楽曲は再生できなくなった

すなわち、「ディスクで持っていたものを由来とするものは再生できる」「ダウンロード購入しているものも、ダウンロード済みかに関わらず再生できる」のだが、「購入したわけではない、定額制サービスのライブラリにあったものは再生できなくなった」ことになる。要は原則通り、予想通りの挙動である。

とはいえ、こんな面倒を消費者が被るのは、本当にいいことなのだろうか。

物理メディアは大切で安心なものだ。それは今後も変わりない。だが、だからといって「デジタル配信のメディアは配信側の都合ですぐに消える、消費者にはやさしくないもの」であっていい、とは思わない。ダウンロード販売(正確には必ずダウンロードするわけではないから、映画などでも使われているElectricSell Through、ESTと呼ぶべきかもしれない)は、今回の場合大丈夫だったが、これは音楽という、DRMや購入履歴の問題が比較的解決されているメディアだから、という事情がある。

「これはOK」「これはダメ」という明確なルールを定めた上で、配信メディアでの適切な消費者保護、コンテンツ保護のあり方を確立しないと大きな禍根が残る。物理メディアからネットワークメディアへ切り替わっていく未来が、昏いものではいけない。

ここ2日「瀧ぃ……」とため息をついていたのは、そんな面倒で難しい事情を突きつけられているからでもある。

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

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コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。

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2019年3月15日 Vol.213 <叩けよさらば開かれん号>
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01 論壇【小寺】
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02 余談【西田】
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西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41