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ローム、世界初の高音質オーディオ用電源IC開発。“音質設計”が鍵、DACも開発中

 ロームは、オーディオ機器への搭載を想定した、世界初の高音質オーディオ用電源IC「BD372xxシリーズ」を開発した。「BD37201NUX」、「BD37210MUV」、「BD37215MUV」の3モデルをラインナップ。1月からサンプル出荷を開始しており、サンプル価格は1個2,000円。6月から月産10万個の体制で量産を開始予定。

高音質オーディオ用電源IC「BD372xxシリーズ」

 ロームは2016年に、ハイレゾ対応のアナログサウンドプロセッサを開発。その後、同じくハイレゾに対応し、CDやUSBメモリ、SDカード、USB DAC、Bluetoothなど、様々な音源の入力に対応できるデコーダや、デジタルのサウンドプロセッサ、それらを制御するマイコン、メモリなどを1チップに集積したSoC「BM94803AEKU」も発表。オーディオ向けの高音質チップを拡充させている。

 これらに続いて、オーディオ用製品として開発されたのが電源IC。Hi-Fiオーディオ、ホームオーディオ、ポータブルオーディオ、ワイヤレススピーカーなど、あらゆるオーディオ機器での採用を想定している。なお、ロームではハイエンドオーディオ機器向けにDACチップを開発する計画も明らかにしている。

新製品の取材&試聴を新横浜のローム横浜テクノロジーセンターで行なった

ハイレゾ時代でより重要となる電源IC

 ハイレゾ時代では、微小な信号レベルの再現が可能になった事で、従来より原音に近い再生が可能になった。しかし、処理する信号レベルが従来より小さくなったため、オーディオデバイスへ供給する電源品質が、今まで以上に再生音質に大きな影響を及ぼすという問題がある。

 これを解消すべく、電圧変動やノイズの小さいクリーンな電源ICとして開発されたのが「BD372xxシリーズ」となる。

 3機種の位置付けとしては、「BD37201NUX」はDACやDSPなど、低電圧で動作するデジタルデバイス向け、「BD37210MUV」(正電源)と「BD37215MUV」(負電源)は、その後段にあるIV変換アンプ(電流-電圧変換アンプ)や、アナログサウンドプロセッサ用の電源ICとして、ペアで使う形となる。

BD372xxシリーズ3製品の特徴
3製品の採用例

 BD372xxシリーズの開発にあたっては、「電圧安定性」、「ノイズレベル」、「(正負の)両電源の対称性」という、3つの特性を追求。ロームによれば、この3特性の全てに優れた電源ICはこれまで存在しなかったという。

 例えば従来の電源ICでは、正電源用の電源ICと、負電源用のICを用意しても、その内部に搭載しているパーツが異なっていた。これは、正電源用にはハイスペックなエラーアンプが存在するのに対し、負電源向けにはロースペックのものしか存在しなかったため。これにより、正負で対象化されていなかった。

 また、フィードバック抵抗で電圧を増幅する際に、ノイズも同じように増幅されてしまうという問題があった。

左に描かれているのが従来電源ICの回路構成。エラーアンプは正負でスペックが異なっていた。それを改良した新製品が右側

 新製品では、負電源向けにもハイスペックな高速応答エラーアンプを開発。3機種のうち、セットで活用する「BD37210MUV」(正電源)と「BD37215MUV」(負電源)では、正負の両方で同一回路構成を採用し、対称性を実現。さらに、入力電圧や出力電流の変動による出力電圧への影響を最小化した。

 こうした施策により、音像定位の明瞭化や、空間の広がり表現の向上、低音の力感を余すことなく表現できるようになるといった効果があるという。

 ICの内部回路から発生するノイズを抑える、低ノイズアーキテクチャも導入。ノイズ源を前段にシフトし、ローパスフィルタを構成することで、電圧ノイズを低減することに成功。従来比約1/50、業界最小クラスという4.6µVrmsの低ノイズ化を実現。ノイズが音に与える影響を無くし、透明感の高いサウンドに寄与している。

 他にも、電源電圧除去比の周波数特性を改善し、従来の構成に比べて、ハイレゾ帯域で50dB以上を確保。電流駆動能力として出力負荷変動を大幅に改善し、電流駆動時の過渡変動を約1/10にした。

 細かいポイントでは、ICチップからリードフレームを結ぶ配線が音質に影響することを特定。そのボンディングワイヤーの材質を、銅と金で比較試聴した結果、より音質面で優れていたという銅を採用している。

 なお、今回の製品の生産拠点は、前工程がローム浜松、後工程がフィリピンのROHM Electronics Philippines。

各改良による効果のグラフ。測定で効果が出るものだけでなく、数値では違いが出ないが、比較試聴で音に影響するボンディングワイヤーの材質にもこだわっている

音の違いをチェック

 実際にどのくらい音に変化があるのか。実際の製品開発で使われている試聴室で、違いを体験した。

 用意されたのは、サウンドプロセッサ「BD34704KS2」を搭載したボード。そこに電源を供給するICの部分がソケット式になっており、従来の一般的な電源ICと、新製品「BD37210MUV」(正電源)+「BD37215MUV」(負電源)を差し替えて、音の違いをわかるようにしている。なお、このボードはUSB DACとプリアンプの間に接続する形となっている。

ロームの試聴室で音の違いをチェック
電源ICを手軽に交換できるようにしたボード

 比較にはクラシックのヴィヴァルディ「協奏曲集 四季 作品8 第4番ヘ短調 冬 第1楽章」や、JAZZボーカルのシーネ・エイ、宇多田ヒカルの「真夏の通り雨」などのハイレゾファイルを使用した。

 従来の電源ICで聴いた後、新電源ICに差し替えて音を出すと、「おおっ!!」と、思わず声が出るほど違う。瞬間的にわかるのはSN比の良さで、音がよりクリアに、そして音場の広さがグッと広大になる。

 そこに定位するボーカルの描写も、新電源ICの方がリアル。口の開閉が明瞭に見えるというレベルを超えて、口の中の湿度みたいなものが伝わるような生々しさを感じる。

 ホワイトノイズの多い、古い録音のクラシックでも、SNが良くなるので音楽の部分がより明瞭に聴こえ、古さを感じさせなくなる。その結果、ノイズ自体も気にならなくなる。

 低域も大きく違う。ドッシリと沈み込む深さがより深くなるほか、安定感があり、ガッシリと音楽を下支えするサウンドになる。また、ベースなどが「ドーン」と押し寄せる場面でも、音圧や張り出しがよりパワフルになる。それでいて分解能はアップしているので、“だんごのような低音が吹き寄せる”のではなく“パワフルなおに音の1つ1つが細かい風圧が吹き寄せる”感じだ。迫力と情報量の多さが両立しており、非常に気持ちがいい。

電源ICを交換して聴き比べる

 興味深いのは、電源まわりの改善であるため、音のキャラクターが大きく変わるのではなく、音の傾向はそのままに、あらゆる面が底上げというか、レベルアップする点だ。それゆえ、おそらく誰が聴いても「新電源ICの方が良い」と感じるだろう。

 オーディオにおける電源は非常に重要で、専用電源ユニットを別途購入して利用しているユーザーも多いが、そうした製品を導入したり、電源ケーブルを交換するといった改良とよく似た効果が新電源ICでは感じられる。スペースやコストと効果の大きさを考えると、このICの採用で音質の底上げが期待できるのはオーディオファンに朗報と言えるだろう。

ロームが生み出した「音質設計」とは

 前述のように、ロームは近年、ハイレゾに対応したサウンドプロセッサや、今回の電源IC、そして開発中のDACなど、ハイエンドなオーディオ向けの製品に注力している。だが、これまでは、例えば旭化成エレクトロニクスやESS Technologyなどと比べ、“オーディオ用LSIを手掛けるメーカー”としてのイメージは薄かった。

 一方で、同社のサウンドプロセッサは市場で高いシェアを獲得。例えばAVアンプなどへの採用例も多い。一般ユーザーの中での知名度は高くなくても、“実はロームのICが使われている”というパターンも多かったわけだ。

左からLSI商品開発本部 オーディオソリューションLSI商品開発部 オーディオ開発課 アコースティックG 佐藤陽亮グループリーダー、オーディオ電源Gの村木太郎氏、オーディオ開発課の岡本成弘課長

 同社がオーディオ関連のLSI開発に取り組みはじめたのは今から40年以上前。開発当初は、歪やノイズといった電気的特性に基づいた設計をしていたが、当時は現在ほど集積度が高くなく、そのような設計手法でも比較的音質の良い製品が出来ていたという。

 しかし、素子の高集積化や高機能化が進み、10年ほど前から「お客様であるオーディオメーカー様から、“もっと良い音が出るはずではないか”と、キビシイ指摘をいただくようになった」(LSI商品開発本部 オーディオソリューションLSI商品開発部 オーディオ開発課 アコースティックG 佐藤陽亮グループリーダー)という。

 同オーディオ開発課の岡本成弘課長も、「サウンドプロセッサのシェアは高いのですが、ハイエンドな上のモデルまで使っていただけないという事もあった」と振り返る。

 以前は、音を聴きながらの製品づくりはしておらず、「スペックだけを見れば競合他社より優れていたので戸惑いがあり、お客様から指摘される“女性ボーカルの伸びが足りない”や“楽器の定位がずれている”といった音質を感覚的に表現する言葉も理解できなかった」(佐藤グループリーダー)という。

 そこで、音質の違いを聴き分ける視聴環境の整備や、その能力を社内で養う取り組みを、専門家などの意見も取り入れて開始。同時に、LSIの開発・生産において、音質に違いが出る様々な要素の抽出を開始。実際の数値として現れるものだけでなく、あらわれないものも対象とし、パラメータを特定していった。

 例えば、回路設計で12パラメータ、ICレイアウト、フォトマスク製造では6パラメータ、ウェハ形成プロセスでは6パラメータ……といった具合で、合計28のパラメータがある。

 つまり、音質を高めようとしても、そもそも「どこを変えると、音がどう変化するか?」がわかっていないと、どうする事もできない。そこで、“音に効くポイント”を各工程でピックアップし、そこで適切なパラメータを選びながら開発しているというわけだ。

合計28のパラメータがある

 こうした取り組みを踏まえ、ハイレゾ時代の到来とも合わせ、より音質にこだわった製品開発がスタート。2016年のサウンドプロセッサを皮切りに、ラインナップを拡充。今回は、そうした製品に電源を供給する“根幹”となる電源ICにまで掘り下げて音質を追求した形だ。

 また、パラメータだけでなく、ロームが垂直統合型生産(IDM)を行なっている事も、「高音質な製品を作る上でとても重要」と、今回の電源ICを開発したオーディオ開発課 オーディオ電源Gの村木太郎氏は言う。

電源ICを開発したオーディオ開発課 オーディオ電源Gの村木太郎氏

 垂直統合型であるため、1つのICを開発するにあたり、開発メンバーが全工程を一貫して把握できる。例えば、開発担当者がオーディオメーカーに、ICの試作品を持って行った際に、「この部分を、こうして欲しい」という音に関しての要望をもらう。その反映を、各工程の担当者に伝えていく……のではなく、開発者担当者自身がパラメータの変更も含めて対応する。商品企画、回路設計、試作評価、量産に至るまで、責任を持って対応する体制で開発するわけだ。

 音のチェックにもこだわりがある。客観性のある聴感評価を行なうために、「透明感」、「臨場感」、「広がり」、「解像度」、「定位感」、「低音の量感」、「歪感」、「迫力」という8項目のチェックシートを作成。複数人が試聴し、それに書き込む事で音質の評価を行ない、前述のパラメータをどのように変えていくかを決めていく。こうした手法をロームでは「音質設計」と名付けており、開発中のDACも含めて活用していく方針だ。