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ユーミンの全423曲がハイレゾ解禁。松任谷正隆×GOH HOTODAが音作りを語る

荒井由実+松任谷由実の全423曲のハイレゾ配信が9月18日に解禁。e-onkyo musicとmoraの各サービスで配信開始された。配信を記念し、オンキヨーとレーベルゲートの2社合同による「松任谷正隆×エンジニア GOH HOTODA対談インタビュー」を実施。そのインタビューの模様も掲載する。

松任谷由実

荒井由実時代の「ひこうき雲」から、最新曲「深海の街」(テレビ東京系 WBS(ワールドビジネスサテライト)エンディングテーマ曲)まで、松任谷由実の全423曲をハイレゾで配信。「装いも新たに生まれ変わった、時代を超えて愛されるユーミンの珠玉の名曲の数々をお楽しみください」としている。

【荒井由実+松任谷由実 ハイレゾ音源一覧】
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松任谷正隆×GOH HOTODA対談インタビュー

ユーミン全曲ハイレゾ配信開始を記念して、荒井由実/松任谷由実のアルバムをプロデュースしてきた松任谷正隆氏と、今回のハイレゾ全曲のマスタリングを担当した音楽エンジニアのGOH HOTODA(ゴウ・ホトダ)氏のスペシャル対談が実施された。製作に関わった2人が、ハイレゾ化に際しての話、ハイレゾでの聴きどころなどについて語った。

松任谷正隆氏(左)と、音楽エンジニアのGOH HOTODA氏(右)

(インタビュー:祐成秀信氏(e-onkyo music)、蔦壁健二郎氏(mora)、テキスト:牧野良幸氏)

お二人をお迎えして

――本日はよろしくお願いします。今日はハイレゾ音源も揃えてありますので、のちほどこちらのオーディオで実際に聴いていただこうと思います。

(お二人、リスニングルームにあるオーディオ・システムを見て)

GOH:スピーカーはB&Wですね。うちにあるのと同じですよ、高いやつ(笑)

松任谷:これ、いくらくらいかな?

GOH:180万ぐらいしますか、ペアで400万ぐらいかもしれないし……。ハイが凄くでるんです。(800D3)

松任谷:これで音を作ると大変なことになるよね(笑)

GOH:ちょっと厳しいですね(笑)。キックドラムとか、ソロで聞けません。全て一遍に聞くようにできています。2ミックスしか再生できないスピーカーです。

内包されている魅力を今の時代に反映するマスタリング

――ではお聞きします。まず、今回マスタリングはどちらのスタジオで?

GOH:僕の自宅のスタジオですね。

――アナログからデジタルまで、いろいろなフォーマットがあったと思うんですけど、それはGOHさんの方でデジタル化したのですか?

GOH:まずはユニバーサルのスタジオで96kHzで取り組んでもらいました。48kHzの音源に関してはもう1回プラグインで96kHzに全部伸ばして、それらのデータを僕の所にもらって、そこから作業を始めました。

――その時代によって音が違う音源を、今回の〈2019リマスタリング〉で一つの統一感というか、そういうようなことをされたと思うんですけど、今回のリマスタリングのテーマや、意識された音作りというのは?

GOH:やはり内包されている魅力を今の時代に反映するというか、今の時代の耳で聞いて、今の音で聴かせたいということですね。どういうことかというと、ある程度エッジが効いていたりとか。あと最近の流行入りというわけじゃないんですけれども、ちょっと歪ませるんですよね。でも歪むっていうのは、オーバーリミットするんではなくて、ちょっとしたサチュレーションやエキサイターで。それが今の音楽で大事なわけです。ちょっとざらっとした質感っていうんですかね。昔のアナログテープには、やっぱりそういう音は狙って作ってないので含まれていない。本当にスパイスみたいなもんなんですけどね、そういうのをちょっと加えることによって、他の音楽と同じトレンド感が伝わるように工夫をするんです。

――なるほど。

もちろんオリジナルの雰囲気は失われないようにしています。ただ僕の考えではリマスタリングというのは単に修復ではないのです。ノイズをとって綺麗にするのは当たり前のことで、それ以上のことを自分の耳を通してやってみたいなと思ってました。その辺のことを松任谷さんに――3週間に1回とか月に1回ぐらい――聴いてみていただいて、こういうアプローチにしてみよう、と。あとは今自分が取り組んでいる現状を、すでに発売されているCDと常に常に聞き比べながらやりました。皆さんが思っている印象は大事ですから。

あんまり変えてしまうと、全然違うものになりうることもあるので。でも分からない程度に「新しい」っていう感じになるというか。冷凍されたものではなくて、“今、録れたての音”っていうのがあると思うんですよね。音というのは新しければ新しいほど新鮮に聞こえるものなんですよね。おもしろいことに。

――マスタリングの方向性は、お二人ですり合わせをされていたんですか?

松任谷:僕は聴いて音さえよければ、それでOKです(笑)

GOH:でも新しい発見とかあるから、面白かったですよね。

松任谷:プロデューサーとエンジニアの関係が変わってきたと思うんですよね。昔はエンジニアというともうちょっと技術屋さん寄りだったんだけど、今は作曲家と編曲家の関係がプロデューサーとエンジニア。だから、ここからはアレンジしてくださいっていう感じで。それが好きか嫌いかだけ。

――お二人のお仕事はいつ頃からでしょうか?

GOH:「宇宙図書館」(2016年)からですね。

松任谷:なんかずいぶん長くやってるような気がするけど、実はそんなに長くないんですね。ただやっぱりそういう感覚でやってくれる編曲家的な、音を料理してくれるようなエンジニアとなかなか出会えなかったんですね。

GOH:本当に光栄です。

マスタリングで発見できた魅力

――それにしても松任谷由実さんのアルバムというと、凄い数だと思うんですけれども、ハイレゾ化にはかなりの時間はかかりましたか?

GOH:正直ね、かかりました(笑)

――今回マスタリングしたことによって発見できた、松任谷由実さんの楽曲の魅力はどんなところでしょうか?

GOH:そうですね、まず由実さんの歌詞の世界があります。それから日本の音楽シーンの最先端を開拓されてきたサウンド。それらが非常によく分かりましたね。あと何よりもまず僕は松任谷さんと由実さんのファンだから、ファンとしての発見もありました。

――正隆さんのご感想は?

松任谷:アナログの時代も、CDの時代も、マスタリングは(レトルトにするみたいで)拷問だったから、ハイレゾになってようやくそれから解放されていく感じ、でしょうか

――これまで、いろいろ苦労されたと。

松任谷:フォーマットも色々あったからねぇ(笑)

GOH:その時代の中で当時のマスタリングをされてきてるわけなので、今ここで全ての時代を経て一つの全集を作るに当たって、やっぱりその時代のことも考えながら取り組んでいかなくてはいけませんでした。アナログの時代からデジタルに変わった時期、録音スタジオ、機材のこともいろいろあったわけで。その辺のトランジションがなかなか難しいところはありますね。

松任谷:僕は大きく分けると4つの時代がありましたね。最初はアナログテープを使った“アナログ・レコーディングの時代”。次が“デジタルへの端境期の時代”。それから“シンクラヴィアを使い始めた時代”そして“いろいろなものがミックスした時代”。それも大きく分けると2つとか3つに分けられるんだけど。それらの、いろいろな時代のものを、今のGOHさんの耳で解釈して、本当にいいところに着地させてくれた。大変だったと思いますよ。

GOH:やっぱり歌の聞こえ方はもちろん基本中の基本なんですけれども、サウンドの聞こえ方っていうのもあると思うんですよ。今の人たちは古いものを、知らないっていうわけじゃないんですけれども、新しいものを聴いているので、エッジが立ってるっていうんですかね、シャキッとした音に反応される方が多いんじゃないですか。そうなるとやっぱり70年代のものはアナログだから音が丸くて、それはそれでいいんですけれども、エッジを立たせるというか、シャキッとしたハイを効かせるというのは、やはり一つのテーマでありましたよね。レンジの広さっていうんですかね。10~20年ぐらい前のマスタリング技術は、今みたいにまだ進んでなかったので。

――なるほど。

GOH:例えば昔のマスタリングは平均値を出すというか、ラジオでかかる音楽やテレビで流れる音楽は、ボリュームが大きければ大きいほどいい、という時代がありました。結果、録音やミックスされたものから失われたところがあったと思うんですよね。そういう失われたものをハイレゾで引き出したことで、由実さんの歌詞や歌の魅力とか。松任谷さんがアレンジされた、その当時の音楽のファッションっていうんですかね、そういうものがよりクリアに伝わるというのがハイレゾの一番の魅力じゃないかなと思うんですよね。

――先ほど松任谷さんには4つの時代があって、アナログからデジタルへの端境期の話が出ました。今回配信されるハイレゾ音源は「24bit/96kHz」のスペックですけれども、マスターが「24bit/96kHz」ではない楽曲もあったのでは?

GOH:ありました。アナログ録音の時代は、使ってたコンソールとかミキシングコンソールとか、テープレコーダーの特性によってはその倍音が、20kHz以上、60kHzぐらいまで伸びているものもあったんですよ。でもデジタルになってからは48kHzまでしか収録されてないものが結構多かったんですよね。あるいはアナログのマルチテープ録音とデジタル録音が一緒に回っていた頃は、アナログの方は60~70kHzぐらい出てるんですけれども、デジタルの方で歌とかダビングしたものが48kHzまでしか入っていなかったりとか。そうすると2チャンネルにミックスしてもやっぱりドラムや間奏だけはハイレゾになるんだけど、歌が始まるとグっと閉まってしまったり。これはもうハイレゾにするんだったら、ちゃんとハイレゾにしましょうということで、最初に言いましたようにソニーの特別なプラグインを使って、高周波まで入っていないものも含めて全て96kHzまで引き延ばして、それから作業を始めたんです。

――当時の録音技術を超えて今の技術を反映させてこそ出来たリマスタリングですね。

GOH:96kHzまで伸びると、やっぱり聴いた感じが元のデータと違うのが分かるんですよ。96kってのは一番上の方じゃないですか、倍音の倍音の倍音みたいな。

――なるほど。

GOH:ところが20kHzというような下はもう、48kHzであろうが96kHzだろうが、下はそれ以下っていうのはないんですよね、5kHzに伸びるわけじゃないから。そういうところは結構自分なりに今の技術を使って、低音の倍音を足したりとか、それでやっとバランスをとれるようにしました。いくら上だけ延びちゃっても実際には聞こえないんですよね、感じることはできても。

――上を伸ばして下の倍音を足してと言いましたけど、それによって聞こえ方の違いというのは?

GOH:結果的にバランスよく聞こえるってことですね。96kHzの中にきちんとバランスよく聞こえるっていうか。それを踏まえてしっかりと取り組んでいる人はあまりいないので、今回が初めてかもしれないですね。

――こだわったユーザーさんは独自のツールで購入された音源の波形を見られる方もいるようです(笑)

GOH:そうなんですか。僕も基本的にはオタクですから。あと由実さんのファンだからちゃんとやろうと(笑)。僕は中学生の時にアメリカ行っちゃったんですけれども、中学生の時に聴いた由実さんのアルバムの印象っていうのは残ってるんですよね、やっぱり。マスタリングしながらも、その時のことを結構思い出したりするんですよ、いろいろと。でも今の耳っていうのはね、やっぱり40年前とか50年前の耳ではないから、今の耳で解釈しながら進めていくというのは、凄く楽しかったですね。

「ノーサイド」ハイレゾで聴いてみた

――それでは今日はハイレゾを用意してありますので、ここでお二人に楽曲を選んでいただいて、聴きながらお話を伺いたいと思います。まずGOHさんから。

GOH:結構上手くいったのはね、なんだっけね……。何がいいかな……「ノーサイド」にしようかな。

(「ノーサイド」を試聴する。1984年の「NO SIDE」に収録)

松任谷:イントロのアコースティック、いいですね。

GOH:このウインドチャイム、出音が数えられるくらいクリアですね。

松任谷:いいですねえ。この部屋もいいなあ(笑)

――私も透明な楽器音に、松任谷由実さんのヴォーカルが綺麗に浮かんで、今までのCDとは違う印象を持ちました。

マスタリングが難しかった80年代後半の頃の作品

松任谷:僕もGOHさんにお訊きしたいのですけど、時代的にとか、音源的にとかで、すんなりマスタリングができたもの、逆になかなか苦労したものっていうのはありますか?

GOH:そうですね。意外と難しかったのは、80年代後半の頃の作品がちょっと難しかったかもしれないですね。録音技術が進んできて、多重チャンネルもどんどん増えてきて、いろんな音が入ってきたこともあります。

松任谷:一番苦労させたとしたら“シンクラヴィアの時代”かな(注※「ダイアモンドダストが消えぬまに」「Delight Slight Light KISS」「LOVE WARS」「天国のドア」「DAWN PURPLE」「U-miz(曲によって使用)」)。僕はすごく嫌で、全部トラックを作り直したいぐらい。だからマスタリングで嫌じゃなくしてほしい、ということで(笑)

GOH:(笑)

松任谷:だって元が嫌なんだもん。あの時代はあれしか僕には選択肢がなかったんです。時代は本当に変化してて、自分たちの作り方とやり方ではもうシンクラヴィアしかチョイスがなかった。でも少し時間がたったら「何だ、もうちょっと自分でこうできたじゃん」という感じでしたけれども、もう世に出ていて、結構聴かれてるし意外に好まれていたりする曲だったりするので、それを作り直すってのはエゴでしかないんです。なのでマスタリングで少しでも自分の納得できる音に直るんだったら、直してもらいたかったんですよ。

――ハイレゾで実際にその時代の音を聞かれてみていかがでしたか?

松任谷:大分慣れたってこともあるけれど、でも全然良くなりましたよ。やっぱりシンクラヴィアは44.1kHz/16bitで聴いたらダメなんですよ。薄っぺらくて。

GOH:当時はシンクラヴィアがあれば何でもできましたからね。僕はその「シンクラヴィアの時代」のマスタリングをしながら、当時ニューヨークのスタジオにシンクラヴィアあったなぁ、とか思い出していました。でも当時の僕はニューヨークでリミックスばかりをやっていた時代だからAKAIのサンプラーだったんですよ。

松任谷:よっぽど新しい(笑)

GOH:あの頃を思い出して。当時のクラブミュージックのリミックスの低音の感じとか、「ああいうアプローチをしてみたらどうかな? 」と思って、いろいろ試してみたんですよね。その辺からサブソニック(超低域)を足した方がいいという事に気づいて。でもこのリマスタリングプロジェクトを始めて半年くらい経ってた頃だったから、また元に戻って全部やり直した方がいいかもしれないと(笑)

松任谷:僕もサブソニックは大好きです。フォーカスが上の方にあってサブソニックがベースにある、あの音が好き。

GOH:それがスタジオの音なんですよね。大きなスタジオモニターのあるスタジオで録音して、結構でかい音で聞くと、低音はぐっ! とこう身体で感じるっていうんですか。そういった事もあって、また70年代の「ひこうき雲」まで戻ってもう一回やり直したわけですよ(笑)

松任谷:ずいぶん行ったり来たりしましたね(笑)

GOH:それでまた80年代、90年代のまたまた違うテーマが出てくるじゃないですか。

――今回のマスタリングをされる順番は、年代を追ってされたのでしょうか?

GOH:最終的にはそのようになったんですけど、一番最初は難しいブロックからやろうって始めたんです。70年代のものは入っている音もそんなに沢山ではないし、より綺麗に聴かせればいいんじゃないかというぐらいのものだったので、そっちは手を付けないで、一番難しいとされているところから始めて。その辺は結構やり直してますね。松任谷さんからも「だったら全部リミックスやっちゃいましょうか」みたいな提案も。そっちの方が早いみたいな(笑)

「ひとつの恋が終るとき」ハイレゾで聴いてみた

――では松任谷さんにも1曲選んで聴いてみたいと思います。聴いてみたいなという曲を選んでいただけますか?

松任谷:難しいなぁ……。何ですかね。これとか、かな。

(「ひとつの恋が終るとき」を再生する。2011年のアルバム「Road Show」収録)

GOH:これ、いいですよね。ドラムは誰ですか?

松任谷:長髪の、カースケ(河村カースケ智康)なんです。

GOH:ちょっとアメリカの音ですね。

松任谷:ええ、でもこの曲のビートは、アメリカのドラマーが叩くことが想像できなかったから。

GOH:でもミックスは向こうですよね?

松任谷:ミックスはアル・シュミット。

(試聴はここまで)

松任谷:凄く久しぶりに聴いたよ。作っちゃうと聴きたくなかったんですよ(笑)。もう出来上がったものだから、皆で聴いてくださいって。

ハイレゾで新しい音に

――今回はハイエンドのシステムで聴いていますが、WALKMANのようなポータブルオーディオプレイヤーに入れて、ヘッドホンやイヤホンで聴くユーザーなど、今はいろいろなリスニングスタイルが広がってきています。そういう所に対して何かマスタリングで苦労した点はありますでしょうか?

GOH:そうですね。まずは新しく聴かせることが一つ。松任谷さんが今まで苦労されて44.1kHzという世界で何とか作った音楽は100%入れたい。ただそれらは、もう世の中に出てるわけですから。今回ハイレゾにする意味は、違った聴こえ方をさせるっていうことだと思うんですよね。今まで聞こえていなかった所、例えばリバーブ感だとか空気感っていうのはやっぱり当時でしかないものがあると思うんですよね、当時の独特のサウンドといいますか。そういうのをクリアに聴かせることによって、時代の影っていうか、陰影っていうのも映るようになってくると。「こんな音が入っていたんだ」とか、「こういうアレンジだったんだ」とか見いだせるように、ちょっと注意しながらやらせていただきましたね。WALKMANのようなポータブルオーディオプレイヤーでも感じてもらえるように。ヘッドホンも5万円くらい出せばいい音で聴けますから。

――松任谷さんは、リスニングスタイルがこれだけ多様化しているなかでのユーミンのハイレゾ化には思うところはあったのでしょうか?

松任谷:音を製作してると、頭の中はもうフル・ハイファイなんですね。それが録音していくにつれ、何かちょっと違うお皿に乗せている音になってくるわけです。最後のCDだとレトルト食品みたいになっちゃうわけで(笑)。いつもマスタリングが終わるたびに「あれ? 」って。これだったら、もうアレンジから変えたいなっていつも思っちゃうくらい(笑)。スーパーオーディオCD(SACD)が出たときには、全部スーパーオーディオCDになってほしいと思った。だからハイレゾの環境がここまで来ても全然遅いよっていう感じなんですけど(笑)

GOH:ハイレゾとはスタジオで作ってミキシングした、そのまんまの音を聴かせることができるようになったわけですね。

松任谷:僕らはアルバムが完成すると、必ずスタジオに皆を呼んで完成試聴会みたいなものをしてたんですよ。もうこの先はレトルトになっちゃうからって(笑)

GOH:やはりマスタリング技術がまだ上手くいってなかった頃で、オリジナルのミックスを聴くと、CDと全然違うっていう発見もありましたね。「どうして、このまま出さなかったのか? 」って言いたくなるくらい。

――他に伝えたいことはありますか?

GOH:アルバムとして聴いてほしいというところがありますね。40枚近くあるんですが、アルバムを通して聴く魅力を、僕はマスタリングをやっていて凄く感じたんですよね。1曲目から始まって10曲目で終わるっていう、ちょうど45~6分ぐらいの長さなんですよね。好きな曲を単曲だけで聴いてしまうと、緩急が分からないまま終わってしまう。あとハイレゾだと凄くクリアに聴こえるから、音に若さを感じると思うんですよ。当時ファンだった人たちも、新しい音で聴くと若さが蘇るというか、自分に反映される事もあると思うんですよ。リマスタリングされるというか(笑)。その意味でも、やっぱりアルバムを通して聴く事をお勧めします。

松任谷:まあ、アルバムを通して聴いてもらうように作ってましたから。未だにそうですよ。アルバムの単位で考えるのも最後になるのかな、といつも思うんだけれども。昔はA面、B面で考えていたし、曲を作っていく時もそういう風に考えながら作っていた。それがCDになって全部通しで聴くようになって。ただその考え方ももう古いのかなって、どこかで思いつつ、でもやっぱりアルバム単位で考える癖はずっとあります。一皿に何曲かのっていて、これで料理ですって感じですかね。

今後の音楽産業とハイレゾの関わり

――ハイレゾの環境が整ってきた今日、音楽を届けるにもいろいろなやり方が増えてきました。予想でしかないと思うんですけれども、今後の音楽産業はどのようになると思いますか?

松任谷:そうねえ。たった今、GOHさんから音のサンプリングのサブスクリプションってアイデアを聞いたばっかりなんだけど(笑)。音楽の作り方自体が本当に変わってきているし、これからどんどん変わる。僕らはテクニカルなものとか知識がすごい重要だったけど、今はもっと何か違う価値観で音楽を作っていくプロセスで行われているから、想像もできないような面白いものができてくる感じがします。あとやっぱり、なんだろうな、10年前にいいなと思った音と、今の音って必ずしも違うじゃないですか。変化していって。過去のものなら振り返ると「この時代はコードが良かったね」とか、「このドライなサウンドが良かったよね」とか、「あのゲートっぽいサウンドが良かったよね」とかって分かるんだけど、未来はやっぱり全くわかんないです。例えばクラップとかフィンガースナップとかがメインにきたりする時代なんて40年前には全く想像できなかった。だから想像を絶するような面白いものがでると思うんですよ。

GOH:僕は音楽を作るより聴くのが仕事なんで、もう延々と1枚のアルバムを10回、20回も繰り返しながらマスタリングしてるんですけどね。これからの時代っていうのは、1本のLANケーブルの先にはもう巨大な図書館があると思うんですよね。これはもう、いわゆるCDショップやレコードショップに行って好きなアーティストを探すということから、スマホやパソコンの中で探すということになってくると。そうすると音楽の聴き方、捉え方というのもずいぶん変わっていくと思うんです。ただ僕は思うんですけど、そんな時代だからこそ、やっぱりオーディオっていうか、音楽を聴く環境が、改めて見直されるべきかなと思うんですよね。今は何故か音楽ばっかり売れなくなったって言い方をするんですけど、ソフトとハードの連携がなくなっちゃっている感じがします。

――というと。

GOH:いい音楽をいい音で聴くということに今だからこそ帰る時に来てるんじゃないかなと思うんですよね。垂れ流しで聴く、無料で聴くのと、いい音で聴くというのは全然違うことなんで。蛇口をひねれば聴きたくないものも出てきますし、しかも無料だから音が悪いんですよ。そうすると音楽本来の魅力から離れてしまうんですよね。いい機器で聴くといい音がするんだっていうところの価値とハイレゾがうまく連携すればもっと盛り上がってくると思うんですけどね。

――なるほど。

GOH:そういう意味では、今回の由実さんのハイレゾ化には45年間にわたるストーリーがあるわけで、僕自身も結構入れ込んで仕事をしました。歌詞は写経のように全部頭に入ってきて、あの次に何の音が出てくる、何がこうなるかっていうのが全部分かるまで聴かないと出来上がらないんですよ。ここでこうなってああなって、こうなってこうなってくる。既に計算されて作られたものなんで、それをデフォルメしちゃうと、せっかく盛り上がるところでも盛り上がらなかったりする。そこまで解釈しながら作業を進めていかなくてはならないので凄く時間かかりましたね。音が良いとかハイレゾだからというだけでは、揚げ物屋さんが狐色の美味しそうなコロッケを作るのと同じくらい当たり前のことですから、それ以上のものが内包されていてこそ価値があると僕は思うんですよね。

僕が本当に求めている音は“3D”

――最近、5Gがいろんなところで話題になっています。松任谷さんは5Gによって音楽の聴き方の可能性も変わるということに興味を持たれていると伺いましたが、僕らのストア側の立場で考えると、5Gによってハイレゾを聴く人は必ず増えると思います。ただ先ほどあったように、便利であるがゆえに、いいものをいいと感じなくなる可能性もありうるのではないかとも個人的には感じますね。

松任谷:いろいろな人がいるでしょうね。

GOH:音楽の作り方も変わってきてますよね。サンプル音源で制作すると携帯(スマートフォン)で聴くと意外と音がバッチリなんですよ。作り込んでいくというアナログのやり方と、デジタルでのやり方、もしかするとそれらは完全に違うものになってきているのかもしれない。「デジタルはデジタル」という作り方をすれば、それはそれで時代にあったものになっていくかもしれませんが、でも96kHzだから音が良いかというと、そうでない場合も多いんですよ。やはりスペックだけではなくて、そこに含まれている内容次第だと思うんです。内容が良くないと、たとえ192kHzでもいい音はしないと思います。説得力が無いというか。

――なるほど。

GOH:その意味では今回のお仕事は凄く光栄なことです。だって日本の最先端でやられていた70年代、80年代のトップのミュージシャンですから。録音技術も「State of Art」と呼ばれていたくらい、どんどん進歩していった時代じゃないですか。アナログコンソールがオートメーションで自動で動くようになったり、70~80年代のマイクロフォン、今ならヴィンテージの機材が当時は新品で使われていたわけです。

松任谷:それでも昔は日本の技術は遅れていて、僕が本当に求めていた音は“3D”だったんですけどね。その“3D”がどうしても出来上がっていくにしたがって平面的になっちゃう。「どうしたら“3D”が出来るんだ? 」って、ずっとその戦いだったんです。だから「アメリカに行って録音すれば“3D”に近くなるのか? 」とかね。「こういう方法で録音すればもっと“3D”になるのか? 」とか。それこそ部屋とか電気とか、いろんな要素まで考えました。

GOH:でも、そのあたりをトライされているのが、作品の中に全部出ているから面白いですよね。そういったところもハイレゾならではで聴き取れますよね。

松任谷:結局テレビは8Kになってきているし、映画も3D眼鏡をかけるようなものも普通になってきているし、コンサートもホログラムを使うようになってきているじゃないですか、まだまだだけど。僕は人の欲求というのは、どうしても「立体にしたい」ということだと思うんですよね。だから音も当然“3D”になっていかなきゃいけないと思います。

GOH:その点では今回のハイレゾは随分立体的になりましたよね。封じ込まれていた魔法の内容物がすべて入っていたという事が素晴らしいです。