「日本型スマートテレビの将来像」公開討論会が開催

-コメント表示やビジネスモデルはどうなる?


公開討論会の様子

 慶應義塾大学メディアデザイン研究科(KMD)が事務局を務め、スマートデバイス時代の新しいコンテンツ視聴のあり方を議論するスマートテレビ研究会は19日、「日本型スマートテレビの将来像」と題した、公開討論会を開催した。

 この研究会は、スマートフォンやタブレットなどのデバイスが登場し、コンテンツ視聴スタイルが変化する中で、「新しいテレビ」の視聴のあり方を探る事を目的とし、2011年8月に発足したもの。NTTぷららや、ジュピターテレコム、東芝、ニワンゴ、ミクシィなどが会員として参加し、日本放送協会(NHK)もオブザーバーとして参加している。

 なお、既報の通り、この討論会の中で、KMDと東芝、ニワンゴが協力して試作されたアプリも披露された。タブレット端末でテレビを視聴する東芝のアプリ「RZ ライブ」、「RZ プレーヤー」に、ニコニコ実況のコメント表示機能を追加したアプリで、研究会の会員でもある、東芝デジタルプロダクツ&サービス社 商品統括部 プロダクト&ソーシャル・インターフェイス部の片岡秀夫部長がデモを行なった。




■スマートテレビとは何か?

研究会が挙げている「スマートテレビ」の構成要素

 同研究会では「スマートテレビ」の構成要素として、「ブロードバンドのインターネット経由で映像コンテンツを視聴できる事」、「スマートフォンやタブレット端末など様々なデバイスと連携する事」、「アプリケーションをユーザーの判断で使用できる事」、「ソーシャルメディアとの連携機能が備わっている事」を挙げている。

 研究会の座長を務める、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の中村伊知哉教授は、「スマートテレビ」という言葉を「念仏のようなもの」と表現する。「スマートテレビの定義、サービスのイメージはまだハッキリしていない。受像機をブロードバンドに対応させたものだ、タブレット端末でテレビが見られる事だ、VODサービスがスマートテレビなんだという人もいる。'90年代初頭に『マルチメディア』という言葉が使われたが、当時も私はあの言葉を『単なる念仏』だと説明していた。その後、PCや携帯電話、ネットの普及により、マルチメディアが現実化した。スマートテレビという言葉も同様で、テレビが進化し、それが普及した後で“あれはスマートテレビだよね”と言われるようになるだろう」と語る。


慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の中村伊知哉教授

 その上で、中村教授は、テレビやタブレット、スマートフォンといったマルチスクリーン、クラウドサービス、ソーシャルサービスが広がる現状に触れ、「デバイスとネットワークは20年ぶりの大きな変革期を迎えている。それを、テレビ側からの見え方が『スマートテレビ』と呼べるだろう。スマートテレビには、GoogleやAppleのような、“黒船が来た”というイメージがあるかもしれないが、私は大きなチャンスだと思っている。radikoやもっとTV、NHKのハイブリッドキャストなど、放送業界がようやく動き出した」と現状を分析した。

 海外での状況について、弊誌「RandomTracking」でもお馴染み西田宗千佳氏は、「ネットに接続できるテレビ自体は沢山売れているが、購入したテレビのネット接続率は、ブロードバンド環境のある国で10%程度、非常に低廉なVODサービスのNetflixがある米国だけ約4割という状態。しかし、米国でもネットでWebが見られ、VODサービスに対応しているテレビを大まかに“スマートテレビ”と呼んでいるだけで、機能などはまったく定義されていない。言葉だけがなんとなく浸透しているという状況」と語る。


ITジャーナリストの西田宗千佳氏

 その上で西田氏は、自身が考えるスマートテレビの条件として、「重要なのはユーザーインターフェイス。僕らが今までのテレビでネット機能を使わなかったのは、テレビのチャンネルや音量を変える方が、圧倒的に楽なインターフェイスだから。PCでニコニコ動画が楽しめるのは、PCのインターフェイスで使いやすいサービスだから。今後、テレビでいろいろなサービスやアプリを活用してもらうためには、それらをテレビの前で楽しめるようなインターフェイスが必要。それがタブレットになるのかは別として、そのような仕組みを何とか作っていかなければならない」と指摘。

 さらに西田氏は、「タブレットでもPCでもテレビでも、余暇にぼーっと見ていられるのが個人的には“テレビ”だと思っている。その画面に何を提供できるか、という問題で、今までのように“放送だけ”の時代とは代わっていくだろう。それはリアルタイム、VODと、いろいろな形があり、逆に“こうですよ”という形を誰かが固めない方が良い。その多様性が、新しい産業の種かなと考えている」と語る。


東芝デジタルプロダクツ&サービス社 商品統括部 プロダクト&ソーシャル・インターフェイス部の片岡秀夫部長

 片岡氏は、放送と受像機を一体として呼んできた、従来の“テレビ”という言葉を、コンテンツと装置に分離して考える必要を訴える。「若者のテレビ離れも言われているが、SNSの普及などで、可処分時間を(テレビと)取り合う状態になってきている。今後、より高機能なテレビも登場してくるだろうが、それはone of them(その他大勢)に過ぎない。私は今、タブレットを使ったやり方を模索しているが、これだけが正解ではないと思っている。装置とコンテンツを分離し、ユーザーのTPOの多様性を考慮し、この組み合わせをいろいろ作っていくのが我々メーカーのチャレンジだと考えている」という。

 その上で、片岡氏は「スマートテレビの役割」として、「コンテンツの作り手と、それを楽しむ人が“正しく出会える場をどう提供できるか”に尽きる。それが上手く繋がる頻度が上がれば、お互いにとって良い事がある。それができなければ、(テレビ自体が)つまらないので、機器もサービスもいらなくなってしまう。“その活性化のために、スマートテレビが機能する事”が、今やりたい事」とした。

 野村総合研究所 シニア研究員の山崎秀夫氏は、アップルのiPadやAmazonのKindleの成功は、ハードだけでなく音楽配信や、書籍販売を通じての安心感など、サービスも充実していたからだと指摘。「スマートテレビでもサービスが非常に重要で、日本メーカーが負けている部分であり、注力していなかければならない部分」という。

 フォアキャスト・コミュニケーションズ常務取締役(日本テレビ)の田村和人氏は、放送局の立場から、スマートテレビの捉え方を説明。「現在のテレビでは、ケーブルテレビのデジアナ変換で継続利用されているアナログテレビや、データ放送非対応の簡易チューナなどもあるため、放送ではQRコードを表示する程度の事しかできない。ネット接続対応のテレビや、より高機能なスマートテレビだけを対象とした放送は、深夜放送などではできるかもしれないが、ゴールデンではなかなか難しい。ここに、タブレットや公式/勝手アプリなどをどのように組み合わせていくかというところ。全体的に見た、サービスのあり方としてとらえないと、放送サイドからするとスマートテレビに展望が湧かない」と、テレビによって大きな機能差がある現状の問題点を指摘する。

 ドワンゴ ニコニコ事業本部の鈴木慎之介コンシューマーエレクトロニクス事業部長は、「スマートテレビの将来的な夢」として、「テレビを観る人の、個の質の向上」が期待できるという。「そうした個を束ね、まとめるのがソーシャルメディアであり、それによって輪が形成される。そこにソーシャルとテレビの融合があると考えている。ニコニコ動画では、そういうところと手を組む事で、ソーシャルの輪を広げていきたい」と語った。


野村総合研究所 シニア研究員の山崎秀夫氏フォアキャスト・コミュニケーションズ常務取締役(日本テレビ)の田村和人氏ドワンゴ ニコニコ事業本部の鈴木慎之介コンシューマーエレクトロニクス事業部長


■スマートテレビでコメント表示はどうなる?

NHKの経営企画局(デジタル推進)元橋圭哉専任部長

 ネットやSNSと親和性が高いスマートテレビでは、PCのニコニコ動画のような、番組に対して他の視聴者がコメントできる機能の実装が期待される。一方で、全ての番組にコメントを混在表示してしまうと、番組の作品性を歪めてしまう可能性もありうる。テレビの映像には手をつけず、タブレットのような“セカンドスクリーン”にまかせるか、それとも、ユーザーが好きなようにコメントをかぶせるPC的なスマートテレビになるべきなのかという議論は、これまでも研究会で盛んに話し合われてきたという。

 NHKの経営企画局(デジタル推進)元橋圭哉専任部長は、「番組のジャンルや意図にもよる。コメントをオーバーレイ表示する事で効果的になる番組もあるし、作品性をゆがめるものもある。重要なのは、番組やコンテンツに、どれだけリスペクトしてもらっているのかという点。コメントを書き込むユーザーや、番組をサポートするような人達に、“一緒にコラボして面白いものを作っていこう”という気持ちがあるのか、単に面白いから乗っかりましょうというだけなのかが重要。そのため、オーバーレイ表示そのものが良いか、悪いかで議論しても、建設的な議論にはならないだろう」と、今後の議論の方向性を示した。




■スマートテレビ時代のビジネスモデル

日本総合研究所 総合研究部門 戦略コンサルティング部 コンテンツ創発戦略クラスター クラスター長の東博暢氏

 日本総合研究所 総合研究部門 戦略コンサルティング部 コンテンツ創発戦略クラスター クラスター長の東博暢氏は、テレビ局を含めた、日本のコンテンツビジネスの問題点として、海外での売上が、売上全体の3%程度しか占めていないという、“海外で稼げない現状”を指摘。

 「音楽業界では興行に立ち返り、物を売ってお金を稼ごうとしている。また、例えばニコニコ動画では、台湾でニコニコ大会議を開催し、アニメのまどか☆マギカを配信。その後にカラオケの鉄人とグッドスマイルカンパニーが組んで、台湾で日本のコンテンツをコンセプトにしたカフェを出展。デジタル(の映像コンテンツ)ではお金が稼げないので、フィジカルな、単価の高い食べ物やフイギュアからお金を回収するという事をやっている。アニメや映画の製作委員会方式は、従来は日本の中での回収だけを考えればよかったが、これから先は、グローバル展開を含めて考えなければ、お金を稼げなくなってくる」と指摘する。

 その上で、「シンガポールを中心に、華僑系のビジネスが成長してきている。過去のしがらみを忘れ、アジアの様々な人々と協調して、考えるだけではなく、実際に様々なビジネスの実験を繰り返しやってみる事が重要。同時に、テレビ局にはマスに受けるための番組制作のノウハウがあり、ネットの配信事業者は特定のコミュニティに受けるコンテンツ作りのノウハウがある。それらも組みわせて、ワールドワイドに実験していく事が必要」と語る。


ビデオプロモーション 企画推進部長の境治氏

 ビデオプロモーション 企画推進部長の境治氏は、「広告費が減少する中で、テレビ業界は一度本業を忘れる必要がある。テレビ局は放送で番組を流しているが、それを一度忘れないと、今より成長はないと思う。製作プロダクション、IT界からテレビに関わる人もそうだと思う」と、テレビに関わる人達が、新しいモデルを創造するための視点を持つ事が重要だと語る。

 その上で境氏は、「ハリウッドはよく出来ている。ハリウッドではスタジオという言い方をするが、コンテンツを作るスタジオが中心で、生み出した作品をテレビで出すのか、ネットに出すのかというだけの話になる。作り手が中心なので、今の時代に合った、展開が考えやすい体制になっている。(日本のテレビ局のように)流通経路が中心になると、どうしてもそこが中心になってしまう。そこから離れて皆で考えなければ、最終的に“作る事の価値”が失われてしまうのではないか」と危機感を口にする。

 その上で境氏が注目しているのが、「ソーシャルとテレビの組み合わせ」だという。「マルチスクリーンを活用し、テレビを見ながら、連動させたタブレットに、より深い広告サービスを表示するなど、ルールや慣習を乗り越えた取り組みが必要。また、アニメの“TIGER & BUNNY”のように、キャラクターのコスチュームに企業名などをつけ、コンテンツの中でスポンサー料をいただくという作品も出てきている。直近では、そういった取り組みに注目している」という。

 境氏の話を受けてNHKの元橋氏は、「デジタルがアナログ時代と比べ、“富を産まない”というのは皆が抱えている問題。その解決のためには、既存のビジネスモデルをエンハンスする形で、マルチスクリーンなどで色々なものを付加的に取り入れていく必要がある。そこで、(コメントの)オーバーレイ表示だったり、付加的な情報の追加だったりを、折り合いをつけてどのように採用していくかという話になる。その時に、日本の関係者、放送局、ネットワークサービス事業者、そしてユーザーが、ルールメーカーたりうるか? が重要。もちろん、UltraVioletやiTunesが良く出来ていれば、それを採用しても良いのだが、日本にも優れたプレーヤーが集まっている。その人達が、新しいテクノロジーを活かしたサービスを、いかにスピード感を持って作っていけるのかが問われていると思う」と、総括した。


(2012年 3月 21日)

[AV Watch編集部 山崎健太郎]