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フルメタル・ジャケット“幻の日本語吹替”がついにBD収録。演出の原田眞人氏が解説

フルメタル・ジャケット“幻の日本語吹替”がついにBD収録。演出の原田眞人氏が解説 【初回限定生産】フルメタル・ジャケット 日本語吹替音声追加収録版 ブルーレイ
【初回限定生産】フルメタル・ジャケット 日本語吹替音声追加収録版 ブルーレイ

11月8日に発売される「【初回限定生産】フルメタル・ジャケット 日本語吹替音声追加収録版 ブルーレイ」。スタンリー・キューブリック監督による製作から30周年を記念し、1991年に水曜ロードショーでの放送が予定されていながら、直前になって放送中止となった“幻の日本語吹替音声”が収録される。当時、この日本語字幕・吹替の翻訳と、日本語吹替の演出を担当したのは、映画監督の原田眞人。BDの発売にあたり、原田氏がその経緯や裏話を説明した。

  • 製品名:【初回限定生産 フルメタル・ジャケット 日本語吹替音声追加収録版 ブルーレイ
  • 種類:BDビデオ
  • 品番:1000695256
  • 価格:5,790円
  • 発売:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント

若者たちが地獄の新兵訓練所に投げ込まれ、情け容赦ない教官ハートマンにより、兵士へと育てられていく過程を克明に描いたベトナム戦争映画「フルメタル・ジャケット」。’お蔵入りになっていたTV放送用の日本語吹替の翻訳や演出を手掛けていたのが、原田眞人監督であった。

フルメタル・ジャケット“幻の日本語吹替”がついにBD収録。演出の原田眞人氏が解説 原田眞人氏
原田眞人氏

原田監督は、日本語字幕・吹替の翻訳と、日本語吹替の演出を担当。吹替キャストは、斎藤晴彦、利重剛、岸谷五朗、村田雄浩など、実力派俳優陣をそろえ、「テレビ用の日本語吹き替え版とは比較にならないくらいお金をかけている(原田監督)」という。その真相を語る原田監督のコメントを紹介する。

原田眞人氏 コメント

日本では一般的にFワードに対して「バカヤロー」とか「クソガキ」とか、通り一遍の訳し方をしちゃう。でもキューブリックは一言一言全部チェックしてたから、何がどういうふうに間違っているかっていうのを把握していた。英語圏の人にとっても初めて聞いたような罵倒の言葉を使ってるわけだから、それは日本人にとっても、初めて聞く罵倒の言葉じゃなきゃダメだって。「セイウチのケツにド頭つっこんでおっ死ね!」とかね。ああいうのが、その通りに訳されてなかった。それで、誰かそういう感覚が分かる奴いないのかってことで僕に話がきた。

僕はキューブリックの気持ちも分かるので、喜んでやりましょうって。そのあとは、メールもネットもない時代だから、ほとんど毎晩のようにキューブリックと直接電話で連絡し、少し訳しては向こうに送って、それをキューブリックがチェックして。キューブリックからダイレクトに「ここはオリジナルとは変わっているけど、どういう理由なの?」と質問がきて、理由を説明すると、「元に戻そう」という時もあれば、「それでいこう」という時もある。そんな、細かいやり取りをしていった。でも、途中からはお互いの感覚が分かったし、僕は基本的にキューブリックの意向に沿ってやりたい、っていう気持ちを彼も分かってくれて、「任せるよ」ということになっていったんだ。

キューブリックの意向で日本語吹替版を作ることになったっていうことは、劇場版として日本語吹替版をやりたいっていうことだったと思うよ。だけど日本語吹替版は劇場公開されなかった。でも素材としては存在していたから、水曜ロードショーでやろうって話になったんじゃないかな。ところが内容的に放送禁止用語が結構いろんなところに出てきている。それで放送できなかった、ということかもしれない。

だけどテレビ用の日本語吹替版とは比較にならないくらいお金かけているんで(笑)キャスティングも含めて。観たいと思っていたけど、なんで出ないんだろうってずっと思っていた。

キューブリックも利重剛と村田雄浩をすごく気に入っていた。彼は各国の吹替え版を全部持っていて、言語バラバラのバージョンも作っていたって聞いた。その時の日本代表は利重剛がジョーカーをやって、それくらいスタンリーは利重剛のジョーカーを気に入っていた。
主要キャストに関しては、予めキューブリックに送って全部OKだった。キャスト選びで重要なのは、まず声質が似てるってことだね。ハートマンの場合は長台詞をずっと言わなきゃいけない。だから、とにかく喋り倒す技術がある人で考えた時に、一番最初に思い浮かんだのが斎藤晴彦さん。オペラもやっていたから声もいいし、リー・アーメイの声もかなり甲高いんからね、似ているし。

収録はパートごとに2週間くらいかけてやった。「そんな無理言ったって、続けて喋れねぇよ!声が出なくなっちゃう。」斎藤さんが怒り出したこともあった(笑)あれだけの声を出すっていうのは大変だから、シーンごとに区切ってやった。もちろん全員でリハーサルもやったよ。吹替っていうよりは、自分の映画を演出しているように役者たちを使った。ただ唯一、「オリジナルの感じを参考にしろ、余計に言葉を張るなよ」って指示した。

僕自身が戦争映画で育っているから、戦争映画を作りたかった。そういう意味では、これがいいステップになった。役者をチェックする意味でも。戦場における言葉のやりとりなんかも、日本人の役者でもちゃんと出来るなっていう確信を深めたっていうことがありますよね。日本の兵士役って誇張して喋る傾向があるんだけれども、カウボーイ役の塩屋とかもすごくうまかったし。

敢えて日本語にせず、オリジナル音声を残した“Shoot Me”あれはいろいろ考えてね。日本語にしちゃ違うだろうっていう。これはベトコンだし、もっと異人種にした方がいいし。日本人の子を連れてきて、全体のトーンを崩しちゃうっていうのが怖かった。それをキューブリックにも言って、ここはオリジナルを使おうと思うって。向こうから言ってきたわけじゃなく、こっちの判断で。

今観てみると、あの役にはキューブリックの思い入れも相当あって、娘のヴィヴィアンと似てるんですよね。表情とかね。ヴィヴィアンはこの作品で音楽をやっているし、「アビゲイル・ミード」っていうね。ハートマンが殺されたところと、戦闘シーンと、最後狙撃者の少女が死ぬところに使われる、あの不気味な音楽。あれは全部ヴィヴィアンが作っていて、スタンリー・キューブリックの跡を彼女が継いでくれるんじゃないかっていう思いが絶頂にあったのがこの『フルメタル・ジャケット』。その後、『アイズ・ワイド・シャット』の時に喧嘩しちゃって、ヴィヴィアンは L.A.に渡って、それでキューブリックは死ぬまで彼女に会えなかった。

だからこの『フルメタル・ジャケット』が、キューブリックにとって最後の家族の思い出として残っている。それを考えてみると、あの狙撃者の少女、年齢的にもヴィヴィアンだよなって、顔もほんと似ているし。自分の娘に対する愛情とかが重なっていて、そういうのを殺せるのか、っていう問いかけをジョーカーや兵隊たちに突き付けてる、そういう感じがするんだよね。今観ると余計に『フルメタル・ジャケット』の「意義」っていうのがわかりますね。

『バリー・リンドン』と『シャイニング』と『フルメタル・ジャケット』の3作に関しては、観直してからどんどん好きになっていった。根底にあるのは、家族。娘たちが大きくなってきて、一緒に映画を作りたいっていう気持ちもあって、父親としてのキューブリックのね。その情の部分っていうのが出てきて、それがスタッフ全体、キャストにも、うまく広がっていってるのかなっていう。すごく詩的で。だからこの3本は、僕はキューブリックのある意味「絶頂」だったんじゃないかなって。そして『フルメタル・ジャケット』はキューブリック最後の傑作だ。

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