レビュー

有線を超えるか!? final完全ワイヤレス「ZE3000」を聴く

「E3000」(左)と「ZE3000」(右)

2017年に発売されたfinalの有線イヤフォン「E3000」は、実売約5,580円という価格と、音質・デザインの良さが評価され、同社を代表するイヤフォンであると共に、“ポータブルオーディオ入門イヤフォンの定番”にもなっているため、聴いた事がある人も多いだろう。そんな有線のE3000を“超える”事を目指して開発された完全ワイヤレスが、登場した。final自社ブランド初となる完全ワイヤレス「ZE3000」だ。

ZE3000の実売は15,800円前後と、有線のE3000よりは高価だ。一方で、完全ワイヤレスの中では、ミドルクラスの価格と言える。本当に完全ワイヤレスで有線を超えられたのか? 実際にこの2機種を聴き比べてみた。

有線E3000の特徴としては、6.4mm径のダイナミック型ユニットを採用。筐体はステンレス鏡面仕上げで、「迫力のある低音と高い解像度を実現。ホールで聴いているような広いサウンドステージ」を追求したモデルだ。

一方で、完全ワイヤレスのZE3000は、Bluetooth 5.2準拠で、対応コーデックはSBC、AAC、aptX、aptX Adaptive。筐体内部の音響空間の圧力を最適化する「f-LINK(エフリンク)ダンピング機構」を採用しており、防水機能を持たせるために筐体を密閉することから、低域が過多になりがちな完全ワイヤレスでも、E3000のような「強調された帯域を作らない自然な音作り」を実現したという。

ドライバーユニットはダイナミック型。超低歪を実現するという新設計の「f-Core for Wireless」を開発。歪みを大幅に低減するために、製造方法から全てを見直したというユニットだ。

iPhone 12 mini&YouTube再生で比較

さっそくE3000とZE3000を聴き比べてみよう。

有線イヤフォンは使うアンプによっても音の傾向が変わってくるので、今回はカジュアルな使い方を想定。使う端末はiPhone 12 mini、iPhone純正のアダプタに有線のE3000を接続した。また、iPhone 12 miniとZE3000のワイヤレス接続時のコーデックはAACとなる。

条件を揃えるため、iPhone 12 miniでYouTubeのMVを再生して聴き比べる

どちらの機種も音の傾向は似ていて、中低域が少し強めに感じられ、力強い低音の中でもボーカルの声がはっきりと前に出て聴こえる。力強く激しい曲調はもちろん、落ち着いた曲調でもボーカル曲をじっくり長時間楽しめるような印象だ。

傾向は同じだが、違いはある。E3000は少し低域が強い程度で聴き疲れのしないバランスの良い音だが、ZE3000は同じようなバランスのサウンドながら、全体的に解像度が上がり、音の拡がりも増す。そのため、ZE3000を聴いてしまうと、E3000は少し窮屈な音に感じられる。

低音も比較してみよう。iPhone 12 mini+純正アダプタ+E3000の組み合わせでは、低音が少し膨らむ印象。ずっと真夜中でいいのに。「猫リセット」のずーんと沈んでいくイントロでは、“低い音が出ている”というよりも“低音の音量が大きい”と感じる。一方で、ZE3000は、“低音が膨らむ迫力”には乏しいが、低い音が沈む深さは、より深い。

ずっと真夜中でいいのに。『猫リセット』MV (ZUTOMAYO - Neko Reset)

今回聴いた楽曲で違いが顕著に表れていたのは、Aimer「朝が来る」や星街すいせい「Stellar Stellar」。ともにボーカルの声の拡がりが魅力的な曲で、演奏もガッツリ入っている楽曲なのだが、ZE3000では、演奏とボーカルがはっきりと別れて聴こえるため、声が響いていく余韻をしっかりと感じられる。一方で、E3000では余韻が短く、途中でベースラインに埋もれてしまうような印象だった。

Aimer「朝が来る」MUSIC VIDEO
Stellar Stellar / 星街すいせい(official)

好みで分かれそうな印象が強かったのがReol「第六感」。EDM調でボーカルもハイトーンなため、ボーカルが他の音に埋もれるシーンもあまりなく、低域部分がパワフルに響いて聴こえるE3000の方がマッチしているように感じた。ZE3000では、細部の音や低域の響きクリアになる代わりに、パワフルさ元気さが軽減されて、綺麗にまとめられているような印象があった。King Gnu「一途」で聴き比べた印象も同じで、パワフルさを取るか、全体のまとまりの良さを取るか、というような差が感じられた。

Reol - '第六感 / THE SIXTH SENSE' Music Video
King Gnu - 一途

このほか、Ado「阿修羅ちゃん」、Aimer「残響散歌」、yama「Oz.」などで聴き比べてみたが、今回の条件では共通して、ZE3000の方が広い空間で聴いているような音の拡がりがあるほか、解像度が高く、たくさんの音が鳴り響くパートでも細部までクリアに聴き取ることができた。

【Ado】阿修羅ちゃん
Aimer「残響散歌」MUSIC VIDEO
yama『Oz.』MV

有線とワイヤレスを比較しているので、伝送方法に注意が向きがちだが、聴いていると“ドライブするアンプの違い”を実感する。ZE3000は、音質を大きく左右するアンプをイヤフォン内部に備えているので、“アンプも含めた音作り”がなされている。これにより、メーカーが目指すサウンド、今回であれば「協調された帯域を作らない自然な音作り」を、プレーヤー機器の影響を受けずに聴けるという利点が実感できた。

E3000でハイレゾ音源を再生

さて、iPhoneでYouTubeの音源を再生した時の音を比較した訳だが、ハイレゾ対応であるE3000の利点を活かすために同じ楽曲をAmazon Music Unlimitedで再生してみた。星街すいせい「Stellar Stellar」とずっと真夜中でいいのに。「猫リセット」の2曲がCD相当の44.1kHz/16bit、その他はハイレゾ音質だが、iPhoneと純正アダプタの組み合わせでは最高48kHz/24bitでの再生になる。

E3000で聴くと、YouTubeでの再生時と比較して、解像度が少し上がって、音が混ざってしまっていたシーンがクリアになり、抑揚がより感じられる楽曲が増えたのだが、それでもZE3000に切り替えるとこちらの方がまだ音の響いていく様子の鮮明さや解像度の高さが勝っている。

iPhone以外の機器でドライブしたら、どんな違いがあるだろうか。普段PCに接続して使っているDENONのDACアンプ「PMA-60」(約5万円)にE3000を繋いで、Amazon MusicのPCアプリから排他モードで同じ曲を再生してみると、ここでようやくZE3000でYouTubeを再生したときの音と並んでいるように感じられた。今までは、iPhoneとBluetooth接続して圧縮された音源を再生している状態のはずのZE3000の音が、有線でCD音質以上の音源を再生しているE3000よりもクリアで良い音に聴こえていたのだ。

バッテリーや内部アンプ、アンテナなど、有線イヤフォンよりも圧倒的に搭載するパーツが多にも関わらず、有線を超えるサウンドを実現しているZE3000は見事だ。一方、それらのコストにより、価格帯は違っているわけだが、音に関して言えば「E3000を完全ワイヤレス化して、音も良くなった進化版がZE3000」と言えると思う。

もちろん、高価なDAPやヘッドフォンアンプでドライブした場合、E3000で、ZE3000を超える音を出す事も可能だろう。ただ、その場合は組み合わせる価格のバランスはかなり崩れたものになる。

スマホで気軽に良い音を聴きたい、定番のAirPods ProやWF-1000XM4はちょっと価格が……というライトに音楽を楽しみたい人が、初めての完全ワイヤレスを選ぶときには是非ZE3000も選択肢に入れて欲しい。

ZE3000はNC非対応でも遮音性バッチリ。手軽に良い音

音質比較はここまでとして、ZE3000の使い勝手についても書いておこう。使い心地も良好で、ノイズキャンセリング機能は搭載していないものの、遮音性が高く、電車内など雑音が多い場所でもしっかり音楽を楽しめる。

充電ケースもコンパクトで厚さが気にならないので、ポケットに入れて持ち歩いても邪魔に感じることがなかった。付属のイヤーピースも5サイズ(SS/S/M/L/LL)と豊富で、耳穴にフィットするものを選べば、耳からの脱落の心配は全然ないのだが、イヤフォン自体はサラサラした手触りで、ケースから取り出す際につまみそこねる事もあるので、着脱時は他の完全ワイヤレス同様に慎重になった方が良さそうだ。

ケースが薄いのでポケットに入れても邪魔にならない

今回持ち歩いていた際にも、iPhone 12 miniと接続してAmazon Musicで音楽を再生してみた。今まで使っていたワイヤレスイヤフォンでは、iPhoneとの接続時にはノイズや潰れた低音、空間の狭さが気になる「圧縮音源ってこんな感じ」の典型みたいな聴こえ方になっていた。

それが嫌でワイヤレスかつハイレゾ相当で使えるウォークマンとLDAC接続で使えるイヤフォンの組み合わせにこだわっていたのだが、ZE3000とiPhoneの組み合わせで聴いてみると「今ハイレゾ相当のコーデックで接続してる?」と思ってしまうほどクリアに聴こえてしまう(実際はAAC接続だが)。接続やアプリの挙動も安定しており、こちらの組み合わせで普段使いしたくなってくる。

ここまでZE3000を絶賛してきたが、E3000もこれまで定番モデルとして活躍してきた良いイヤフォンだ。手に取りやすい価格帯で、バランスの良い音で再生してくれるので、様々なジャンルの曲を気まぐれに聴く筆者のようなタイプの人にオススメしたい。イヤフォンを選ぶ際には、E3000とZE3000も、店頭などで一度試聴してほしい。

野澤佳悟