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【レビュー】孤高のHD800に迫れるか!? ゼンハイザー「HD700」を聴く

−広い音場と力強い低域。HD650からのステップアップにも


 数ある高級ヘッドフォンの中でも、開放型のハイエンドとして存在感を発揮しているのがゼンハイザーの「HD800」だ。開放型の名機を多く手がけるゼンハイザーの最上位モデルだからというのもあるが、その独特のデザインや、実売14万円という価格も“別格”という存在感を漂わせる理由の1つだろう。開放型ヘッドフォンが好きな人ならいつか使ってみたいモデルだが、おいそれと買える値段ではない。

 そんな中、「これならなんとか……」と思わせてくれる弟分が登場した。その名も「HD700」。名前だけでなく、デザインや雰囲気もソックリ。HD800をギュッと押し込んで小さくしたような可愛らしさもある。


弟分の新モデル「HD700」 ハイエンドモデル「HD800」

 価格はオープンプライス。気になる実売は、8月5日現在フジヤエービックやeイヤフォンでは8万円程度で販売されている。HD800の14万円と比べると「安いな」と感じるが、冷静に考えると“8万円のヘッドフォン”は十分高価だ。しかし、ものは考えよう。家でスピーカーよりヘッドフォンを使う機会が多い生活スタイルならば、ヘッドフォンに重点的に投資するのは決しておかしくない。それにピュアオーディオのスピーカーでペア8万円と言えば入門クラス。“マニア向け上位モデルが8万円で買えてしまう”と考えれば、ヘッドフォンはオーディオ趣味の中でもリーズナブルに楽しめるジャンルと言えるだろう。

 「HD700」が日本で発表されたのは、5月に開催されたイベント「春のヘッドフォン祭 2012」の会場。8月1日の発売開始まで間があったので、待ちに待っていたという人も多いはず。さっそく試聴してみた。




■似ているようで、よく見ると違う

 まずは外観から見ていこう。前述の通り、HD800とよく似た雰囲気で、どことなくSFチックなデザイン。かといって派手ではなく、落ち着いた印象を受けるのが特徴だ。フルオープンタイプでハウジングがメッシュになっており、いかにも音抜けが良さそう。見ていると、子供の頃ミニ四駆のシャーシをヤスリで削って軽量化していた事を思い出させる。

HD700

 ケーブルを除いた重量は約292g。HD800は約370g。どちらも見た目のサイズから連想するよりずっと軽く、装着感も抜群であるため、重さはほとんど気にならない。スペックを比較してみると、HD700の周波数特性は15Hz〜40kHz(-3dB)、8Hz〜44kHz(-10dB)。HD800は14Hz〜44,1kHz(-3dB)、6〜51kHz(-10dB)と、HD800の方がワイドレンジ。インピーダンスはHD700が150Ω、HD800が300ΩとHD700は低い。このクラスのヘッドフォンを購入検討する場合は、ドライブ環境もある程度整っていると思われるが、できるだけ駆動力のあるヘッドフォンアンプを用意したいところだ。

 デザイン面ではHD800とよく似ているが、並べてみると大きく違う点に気付く。それはカラーだ。どちらもグレーっぽい色だという印象があったのだが、HD700の方が濃いグレー、HD800は明るめで、水色も少し入っているように見える。そのため、サイズはHD800の方が大きいのだが、圧迫感のようなものはあまり感じない。HD700は渋いカラーリングのため、遠目で見ると金属製に見える。両機種ともカッコイイが、できればカラーバリエーションも増やして欲しいところだ。

HD800
左がHD700、右がHD800。サイズだけでなく、カラーも異なる

 HD700は、「SYS」と名付けられた40mm口径のユニットを採用している。振動板はDuofulだ。ちなみにHD800の振動板は56mm(リング形状)だ。

 HD700の構造的な特徴は、ユニットのマグネット部分に複数の穴を設けている事。これによりユニットの背圧など、余分な空気の流れを処理しているという。この機構は「Ventilated Magnet System」と名付けられている。また、振動板を保持するダンパー部分に金属メッシュの素材を使い、余分な振動も制御しているそうだ。

HD700のユニット。ハウジングはメッシュで、向こうが透けて見える ハウジングの外側 HD800のユニット

 ハウジングはHD800よりコンパクトになったが、微妙な角度がつけられており、耳のまわりにピッタリとイヤーパッドがフィット。つけ心地はHD800譲りで、非常に良い。側圧はあくまでソフトだが、しっかりとしたホールド性能には安心感があり、少し首を振った程度ではズレない。

 HD800の装着感は、耳の後ろ側までしっかりと覆うハウジングの大きさを活かしたものだが、HD700もサイズは小さいものの、後ろ側が浮いた感じにならず、ピッタリフィットする。イヤーパッドは三角形に近い形状で、取り外してダミーヘッドの耳に当ててみると、耳の周囲に見事にフィットする合理的な形である事がわかる。素材はベロアで肌触りはソフト。レザーヘッドバンドにはシリコン加工が施されている。頭頂部への負担も少なく、長時間室内でつけっぱなしにしていても、辛さは感じないだろう。

HD700のイヤーパッド
HD700の背後 HD800の背後

 ケーブルは両出しで長さは3m。布の皮膜を採用したもので、HD800のケーブルとよく似ているが、注意深く観察すると表面が違う。HD700は凹凸が無く、シンプルな表面だが、HD800は内部で“撚って”あり、指で触るとデコボコが感じ取れる。

 ケーブルは着脱可能で、端子はステレオミニサイズだが、根本に切り欠きを入れたタイプ。残念ながらHD800の端子とは異なり、互換性は無い。この価格帯のヘッドフォンになると、断線時だけでなく、ケーブル交換による音の違いを楽しむユーザーも増えてくるので、端子には互換性を持たせ、使い回しができるようにして欲しいところ。同じメーカーの中での互換性はもちろんだが、他社も含めて共通化して欲しいところだ。

左がHD700、右がHD800のケーブル どちらも着脱可能。左がHD700、右がHD800で互換性は無い HD700のケーブルを抜いたところ
HD700のヘッドパッド部分 ハウジングの長さ調節も可能


■HD800よりも元気でダイナミックなサウンド

 試聴用のヘッドフォンアンプはラトックの24bit/192kHz対応DAC内蔵「RAL-24192HA1」を使用。再生ソフトは「foobar2000 v1.1.11」で、WASAPIモードで出力している。USBケーブルはクリプトンの「UC-HR」だ。

 まずはHD800から。「手嶌葵/The Rose」を再生すると、呆れるほど広大な音場が出現。ヴォーカルやピアノの余韻がどこまでも広がっていく。中高域の抜けがよく、サウンドステージが広いのは開放型ヘッドフォンなので当然ではあるが、HD800はその抜けっぷり、音場の描写の精密さ、生々しさが半端ではない。ボリュームを上げ目にして聴いていると、耳のすぐ横にあるユニットから音が出ている事を忘れてしまい、部屋中に音が満ちていて、自分はヘッドフォンを着けていないような気がしてくる。

 HD700に交換すると、音がどうのという以前に、部屋がやや狭くなったように感じる。広大なコンサートホールから、ライヴハウスに移動したような印象。大きく横に広がり、間の空間をたっぷりとって定位していた音像が、HD700ではそこまで広がらず、耳と音像の距離も近くなる。

 例えば「ダイアナ・クラール/Girl in the Other Room」から「Temptation」を聴いてみる。HD700では、ヴォーカルの背後に広がる音場は広いだが、ヴォーカルの音像が頭内に定位し、それにピッタリ寄り添うようにギターやベース、ドラムなどの音像が出現するため、あまりその背後にある音場に意識が向かない。音の描写をダイレクトに味わうという意味では心地良いが、ちょっと音が近いかなという気がする。


HD800

 「HD800」に交換すると、部屋の壁が無くなったように音がどこまでも広がり、天井も高くなり、自然に視線が上を向いてしまう。ヴォーカルの生々しさは変わらないが、音像と自分との距離が少し離れ、伴奏楽器の位置も左右に広がり、ギターは少し奥まっていて、ベースはヴォーカルのちょっと近くで……など、位置がよくわかるようになる。

 こう書くと、HD700はダイナミック型ヘッドフォンのような、抜けが悪く、こもった音なのかと思われるかもしれない。だがHD700も開放型なので、抜けの良さは抜群だ。聴いていて息詰まるような閉塞感を感じるような事はまったくない。あくまで、開放型ヘッドフォンで随一の広大な音場が楽しめるHD800と比べたら……の話であり、HD700単体では十分音場は広いと感じるだろう。

 帯域的なバランスにも違いがある。HD800の中低域は主張がおとなしめで、中高域の細かな表情がよくわかる。ただ低音が出ないというわけではなく、最低音の沈み込みは十分。、「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best OF My Love」を再生すると、ベースがグンと沈み込むパワーが頭蓋骨を揺さぶる。あくまで中低域を不必要に張り出さないバランスになっているというだけで、低音が不得意なわけではない。どちらかというとモニターヘッドフォンライクな、情報量の残さず聴けるバランスになっている。

 HD700はその逆。中低域に適度な張り出しがあり、「Best OF My Love」のベースも、筐体の豊富な反響音が高い音圧でグッと押し寄せてくる。ヴォーカルもリスナーと近く、HD800がライヴ会場の最前列中央で、椅子に座って聴いていると仮定すると、HD700ではステージに手をかけ、ヴォーカルに向かってズイッと頭を突っ込んだような聴こえ方をする。ヴォーカルの口、ギターやピアノなどの楽器が耳と近く、それらのエネルギーがダイレクトに耳に届く。HD800は、目の前にある楽器から、空気を介して耳に音が到達するというイメージだ。

 良し悪しの問題ではなく、好みだろう。ベースに元気があるロックや、疾走感のある打ち込み系の楽曲などでは、HD700の派手目でパワフルなサウンドがハマる。シンプルなヴォーカルや、小編成のクラシック、クール系のJAZZなどはHD800の独壇場。逆に狭いライヴハウスで録音された、ナローなJAZZなどは、HD700の方が熱気が伝わってきて、美味しく再生できる。

 両機種に共通する特長は、音の自然さだ。振動板固有の音や、筐体の共振音がほとんど感じられず、ギターの弦の金属質な音と、それによって生まれる筐体の、木のやわらかな響きがキッチリ描きわけられている。ヴォーカルの声も生々しい。細かく聴きこむとわずかに金属質な音で、とことん無色透明だったソニー「MDR-Z1000」(液晶ポリマーフィルム振動板採用)ほどではないが、どんな音楽もキッチリ描写できる懐の深さを感じる。

 特にHD700は、ダイナミックでパワフルなバランスながら、色付けが少なく、高解像度も維持しており、その結果、中低域がズシンズシンと暴れているのに、中高域はクリアなままで、凄い細かい音まで聞き取れるという、普段あまり両立することのない要素が、高い次元でバランスよくまとまっている。これがHD700ならではの魅力と言えるだろう。

 簡単な言葉でまとめるなら、音場の広さ重視でモニターライクなワイドレンジ優等生「HD800」と、一定水準以上の開放感&描写力と、ダイナミック型ライクな中低域の張り出しを両立させたノリの良い優等生「HD700」となる。それゆえ「楽しく音楽を聴くならHD700」……とまとめたくなる。しかし、一度HD800の広大な音場を体験してしまうと、HD700のウリである「中低域の気持ちよさ」はどうでもよくなってしまうのも事実。

 HD800の快感を言葉で表すのは難しいが、ピュアオーディオでスピーカーのセッティングを追い込んで、ビシッと決まると、“スピーカーの存在”が消えて、音楽だけが部屋の中に立ち上るような瞬間が訪れる事がある。HD800で何曲か聴いていると、ヘッドフォンの存在を忘れる瞬間があり、音に体全体を包みこまれているように感じる時が訪れる。それがスピーカーセッティングが決まった時のオーディオ的快感とよく似ている。ヘッドフォンというジャンルを超えようとする音で、このヘッドフォンでしか味わえない世界があるのが、HD800の良さであり、HD700との価格差なのだろう。




■他社のヘッドフォンとも比較

  HD800はひとまず置いておいて、HD700と幾つか他社製のオープンエアとも比較してみたい。

オーディオテクニカ「ATH-AD2000」

 実売5万円程度のオーディオテクニカ「ATH-AD2000」は、バランスと音場の広さを高い次元で両立させている。HD700と比べると、中低域の張り出しは少なく、HD800と似たサウンド。しかし、音色が若干金属質であり、HD700の方が個々の音が生々しい。

 ソニーの「MDR-MA900」は、フルオープンの広大な音場と、ダイナミック型っぽい中低域のパワフルさを両立させつつ、実売2万円程度とリーズナブルで人気。比べる前から予想していたが、実際比べてみるとHD700とどことなく似ている。高域に注目して比べてみると、HD700の高音はしなやかで、サ行のキツイボーカルで音量を上げても耳が痛くなく、独特の艶っぽさも感じさせる。情報量も少し多い。正直な音を出すMA900に対し、HD700の音は“美音”という印象だ。

 同じような高域の艶やかさを聴かせてくれるのは、実売5〜6万円程度のAKG「Q701」。音場もHD700に負けじと広く、中低域のパワフルさもそこそこ。良きライバルだが、最低音の沈み込みがHD700のほうが僅かに上と感じる。先ほどの「ATH-AD2000」も良いライバルだが、高域の美しさはQ701やHD700の方が魅力的だ。


 ちなみに開放型の定番と言ってもいい、下位モデル「HD650」(実売4万円程度)と比べてみると、音場の広さやレンジ感がHD700で大きく進化した事がよくわかる。HD650は開放型ながら、密閉型のような厚みのある低域を聴かせてくれるモデルだが、HD700はそこに広さも取り入れ、微細な音の描写力に磨きをかけた。その差はかなりあるなというのが正直な感想だ。

ソニーの「MDR-MA900」 AKG「Q701」 ゼンハイザー「HD650」


■HD700の良さと、HD800の良さ

 デザインが良く似た下位モデルであるため、音まで「HD800の弟分」だと予想していると、実際はかなり異なる。HD650に、HD800の技術を取り入れ、進化させたという表現の方がシックリくる。「HD800が欲しいけれど、価格的にとりあえずHD700で我慢」という選び方ではなく、HD700の豊富な低音描写と、それにも埋もれない中高域の抜けの良さの“両立”に価値を見出すかどうかが重要だ。HD650ユーザーのステップアップにも適している。

 5万円を超えるような高級ヘッドフォンは、単純な音質比較よりも、各機種の持ち味を気に入るかどうかで選ぶ価格帯になる。HD700は、ゼンハイザーらしいしなやかな広域と、HD800には及ばないが広い音場、そして旨みのある中低域を楽しく聴かせてくれるモデル。高解像度でモニターライクな面もありつつ、低域のダイナミックさもあるため、多くの人に気に入られそうだ。同時に、試聴の際はHD800も交えて、音の違いを体験してみるのも楽しいだろう。

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ゼンハイザー
HD700
ゼンハイザー
HD800

(2012年 8月 10日)

[ Reported by 山崎健太郎 ]