レビュー

世界初のダイナミック型対向配置イヤフォン、オーテク「ATH-CKR-9/10」を聴く

左が「ATH-CKR9」、右が「ATH-CKR10」

 バランスド・アーマチュアユニット(BA)の搭載個数競争が一段落すると、BAとダイナミックのハイブリッド型が台頭。両方式の“いいとこ取り”が脚光を浴びたが、数が増えるにつれて、登場時の真新しさは無くなりつつある。一方で、ダイナミック型を複数搭載するモデルも登場。ある意味イヤフォンのユニット方式は“なんでもあり”の混沌とした時代に突入したとも言えるだろう。

 そんな中、原点回帰のようにダイナミック型の可能性を追求、ハイブリッドではない、ダイナミック型としての新しい機構に積極的にチャレンジしているのがオーディオテクニカだ。

 4月25日に発売が開始された「ATH-CKR9」(32,400円)と「ATH-CKR10」(43,200円)という2モデルは、ダイナミック型ユニットを2基搭載している。これだけならばもはや珍しくはない。しかし新モデルはユニットを対向配置、つまり“向かい合わせ”に搭載した、世界初の“DUAL PHASE PUSH-PULL DRIVERS”モデルとなっている。

 いったい“向かい合わせ配置”にどのような意味があるのか、そして音質にどんな特徴があるのか、さっそく聴いてみる。

「ATH-CKR10」
「ATH-CKR9」

DUAL PHASE PUSH-PULL DRIVERSとは何か

 少し遡るが、オーディオテクニカは昨年の11月に「ATH-IM70」(オープンプライス/実売11,000円前後)と「ATH-IM50」(オープンプライス/6,000円前後)という2機種を発売している。イヤフォン市場では特徴的な機能を搭載した製品は、2万円~5万円あたりの比較的高価な価格帯に投入される事が多いので、IM70/50は見過ごされがちな価格帯だが、この2モデルは実にユニークな構成で、なおかつ音も良い。

 どちらも8.8mm径のダイナミック型ユニットを2基、筒のようなパーツの中に“同じ向き”で配置し、同じ信号を入力。同じ空間の中で同調して動作させる事で、ユニットが振幅する際の乱れを抑え、高解像度なサウンドを狙っている。方式名は「デュアル・シンフォニックドライバ」だ。

 音圧豊かな、パワフルなサウンドを得意とするダイナミック型ユニットを2つも搭載するので、低域がひたすらパワフルな、派手目なサウンドを想像しがちだが、実際に聴いてみるとパワフルさと繊細さが同居。「これがダイナミック型の音なのか?」という嬉しい驚きがあると同時に、まだまだダイナミック型ユニットにも可能性が秘められている事を実感させてくれた(個人的には低価格だが、バランスがよりナチュラルなIM50の方が好み)。

「デュアル・シンフォニックドライバ」搭載の「ATH-IM70」(左)、「ATH-IM50」(右)

 そして、4月25日に発売された「ATH-CKR9」(32,400円)と「ATH-CKR10」(43,200円)には、どちらにも13mm径のダイナミック型ユニットが2基搭載されている。しかし、「デュアル・シンフォニックドライバ」とは異なり、新モデルでは“向かい合わせ”にユニットを配置している。

「ATH-CKR10」
「ATH-CKR9」

 もちろん、音がぶつかるだけになってしまうので、2つのユニットに同じ信号を入力し、同じ動作をさせているわけではない。片方のドライバには逆位相の信号を入力し、それぞれの逆の動きをさせている。つまり、ユニットAが前にせり出すと同時に、ユニットBは後ろに引っ込む。逆にユニットBが前へ出ると、Aは引っ込む……というプッシュプル動作。これが“DUAL PHASE PUSH-PULL DRIVERS”という名前の由来だ。

DUAL PHASE PUSH-PULL DRIVERSの構造と動き方

 わざわざこんな機構にした理由は、ダイナミック型ドライバの動きの特性にあるという。一般的に、ユニットの振動板は前に動く時よりも、出た後で引っ込む動作の方が鈍いという問題がある。しかし、引っ込む際に、目の前にある振動板が前に出る事で、スムーズな振幅動作を補佐する役目を担ってくれる。理想的な振幅を可能にする事で、歪を抑えているほか、ドライバが2つはいっているので、ハウジング内圧に対して、通常のイヤフォンの倍の駆動力が得られるそうだ。

 なお、CKR9は出力音圧レベル109dB/mW、CKR10は110dB/mWとなっている。インピーダンスはどちらも12Ω。再生周波数帯域はCKR9が5Hz~35kHz、CKR10が5Hz~40kHzとなっている。

 また、どちらのモデルにも低域特性を最適に調整するベース・アコースティックレジスターという機構も備えている。

2機種の違いは? 独特の装着感

 各モデルの大きな違いはハウジングだ。CKR10は高剛性のチタンを、CKR9は切削アルミニウムを採用している。

「ATH-CKR10」。ハウジングには高剛性のチタンを採用している
「ATH-CKR9」
「ATH-CKR9」。ハウジングには切削アルミニウムを採用している

 内部にも違いがあり、CKR10はユニットの土台となるヨークに純鉄を使う事で、効率良く磁気を伝達。解像度の高い再生を実現するとしている。

 外観を見てみると、形状は同じだが、確かにハウジングが異なる。CKR10は光沢があり、自分の顔が鏡のように写るが、CKR9はマットな仕上げで落ち着いた雰囲気だ。高級感はCKR10の方が上だが、シックなCKR9の方が良いという人もいるだろう。

左が「ATH-CKR10」、右が「ATH-CKR9」

 イヤフォンの形状もユニークだ。ハウジングからケーブルが伸びているのだが、その部分がハウジング中央ではなく、前方(顔が向いている方向)に寄っている。耳たぶなどに当たらないようにする配慮だろう。このデザインだと重さが片方に寄るので抜けやすくなりそうだが、ハウジングの後方(後頭部の方向)が丸く膨らんでおり、この部分が耳穴付近のくぼみにポコッと収まる形になる。そのため、装着安定性は悪くない。

 イヤーピースはXS/S/M/Lの4サイズを同梱する。重さはCKR9が12g、CKR10が16gだ。

装着イメージ
イヤーピースはXS/S/M/Lの4サイズ

 ケーブルはY型で長さは1.2m。着脱はできない。オーディオテクニカはこれまでリケーブルに関して、ATH-CK100PROのようにMMCX端子で対応しているものがある一方で、着脱できないモデルも多い。昨年11月に発売されたBAイヤフォン「ATH-IM04/IM03/IM02/IM01」では、専用端子ながら着脱に対応。前述のIM70/IM50も同じく専用端子で着脱可能だったので、「今後は全モデルで着脱可能になっていくのかな」と思っていたが、今回は2機種とも、高価なモデルながら非対応だ。

 他社の高級イヤフォンではリケーブル対応が一般的になっているので、当然対応しているだろうと思い込んで購入し、後で驚くという人もおそらくいるだろう。対応、非対応のどちらにするかはともかく、オーディオテクニカとしてそろそろ一貫した方針を打ち出して欲しいところだ。

これまでに聴いたことがない音

試聴にはAK240を使用

 試聴にはハイレゾポータブルプレーヤーのAK240を使用。CDリッピングの楽曲や、ハイレゾ楽曲を聴いてみた。

  「藤田恵美/camomile Best Audio」の「Best of My Love」や、192kHz/24bitの「イーグルス/ホテル・カリフォルニア」などを再生。どちらも曲の序盤に、深いベースがズーンと鳴り響き、そこに「Best of My Love」では女性ヴォーカル、「ホテル・カリフォルニア」ではエレキギターのサウンドが重なっていくが、CKR10とCKR9のどちらも、今まで聴いたことのない音を出している。

CKR10

 どちらも13mm径のダイナミック型ユニットを搭載しているだけあり、ベースの深く、音圧豊かな低音は迫力満点。ズーンと地鳴りのように響いて心地よい。普通のダイナミック型イヤフォンであれば、このパワーに引っ張られて低域寄りになり、膨らむ低音が全てを覆い隠して中高域が不明瞭になり、「パワーはあるけどモコモコして抜けがイマイチ」という音になりがちだ。

 しかしCKR10/9では低音が豊かにも関わらず、中高域にまったく悪影響を与えておらず、非常にクリアで抜けが抜群。こもった感じは一切無い。低音に負けじと、高域を突き抜けさせるために、カリカリシャープにして、無理矢理低音の海を突破させるイヤフォンも存在するが、CKR10/9の高域にはそういった過度な先鋭化は感じられず、自然な音だ。

 まるで、ヴォーンという低音の海の上にゴムボートを浮かべて、その上にヴォーカルやギターが立っているようだ。低域はパワフルなのに、繊細な中高域も綺麗に同居している。低域をダイナミック型に任せ、中高域はBAが担当するハイブリッド型も似たような音は出せるが、CKR10/9は全ての音がダイナミック型ユニットから出ているので、音色の違いが無く、低域と高域のつながりも自然だ。

 今までダイナミック型イヤフォンはいろいろ聴いてきたので、「これだけ低音がパワフルだと、高域はこうなるだろう」という経験則から来る予想ができるのだが、それがまったく当てはまらず、良い意味で戸惑う音だ。最近デジタルカメラで、白飛びや黒つぶれを抑えながら画像の情報量を増加させるために、露出を変えた写真を合成して、明るい場所も暗い場所もどちらもよく見えるようにしたHDR(ハイダイナミックレンジ)撮影機能が流行っているが、CKR10/9を聴いていると、なんとなくHDR写真を思い浮かべてしまう。

 高解像度な高域と、音圧豊かな低域が両立できているマルチウェイ、マルチユニットのBAイヤフォンを聴き慣れた人にはあまり驚きがないかもしれない。ダイナミック型が好きで、今までいろいろ聴いて来たという人はきっと面白いと感じるだろう。今までにない音なので戸惑う人がいても不思議ではない。個人的には可能性にワクワクするサウンドだと感じる。

CKR9

 CKR10と9の違いは、疾走感のあるロックなどで聴き比べるとよくわかる。最近アニメの「弱虫ペダル」にハマっているので「弱虫な炎/DIRTY OLD MEN」を聴いてみたところ、ドラムの刻み込むような低音の描写がかなり違う。

 CKR10は中低域のコントラストが深く、トスントスンというドラムのハイスピードな低音の輪郭がクッキリ鮮やかに聴き取れる。CKR9は量感は豊かなのだが、締まりがCKR10より一歩及ばず、ボンワリしがちだ。そのため、疾走感とドッシリした安定感はCKR10の方が上手。CKR9は迫力はあるものの、腰が座らず、キレが弱いため、音数が多くなるにつれ、悪く言うとガチャガチャした音に感じてしまう。

 ただ、逆に言うとCKR9の低域の方がボワッという大きなカタマリになって吹き寄せてくる迫力があるため、比較でイヤフォンを交換した直後は、CKR9の方が低域が豊富に聴こえる。CKR9の吹き寄せるような派手な低音をとるか、タイトな締まりがあり動きが見やすいCKR10の低音を気に入るか、このあたりに2機種の違いがあると言えそうだ。モニターライクさという意味ではCKR10だろう。

 ただ、CKR10はチタンハウジングを採用しているだけあり、高域に若干チタンっぽい、綺羅びやかな響きが乗っているのがわかる。クセの少ない、爽やかな響きなので悪い印象は受けず、むしろ清々しく、気持よく音楽が楽しめる。この高域をどう感じるかも2機種で迷った時の判断ポイントになりそうだ。

“新しい音”に挑戦する意欲作

パッケージ
パッケージを開けたところ

 どちらもワイドレンジな再生と、情報量の多さを持っており、基本的な再生能力は十分高い。ただ、マルチウェイのBAやハイブリッド型など、イヤフォン市場は音質的にかなり成熟しているので、同価格帯のライバル機と比較した場合、BA特有の解像感の高さや、音場の精密さなどの面では一歩及ばないと感じる部分もある。ダイナミック型ならではの低域の量感とパワフルさにどれだけ魅力を感じるかが、CKR10/9の魅力を左右するだろう。

 同社製品で近い価格帯と言えば、BA3ドライバの「IM03」(実売4万円前後)や4ドライバの「IM04」(6万円前後)などがあるが、どちらも隙が無い、非常に完成度が高いモデルだ。新方式採用イヤフォンの第1弾であるCKR9/10にいきなりそこまでの“こなれ具合”を要求するのは無茶だろう。ただ、今までのダイナミック型では味わえなかった、そしてBAイヤフォンのそれとも違う“新しい音”を出している点を評価したい。

 ダイナミック型らしい低音のパワフルさと、高解像度の両立を求める人にマッチするモデルだ。同時に、ピンポイントなニーズだけでなく、今まで様々な方式のイヤフォンを楽しんできた、既存の方式では満足できなくなってきたという人にこそ、聴いてみて欲しい意欲作だ。

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山崎健太郎