レビュー

デュアルDAC/アンプで5万円台、コストパフォーマンスが光るハイレゾプレーヤーiBasso「DX90j」

 Astell&KernのAKシリーズや「Calyx M」、「Lotoo PAWGold」など、高音質パーツをふんだんに投入した高価なハイレゾプレーヤーが続々と登場。一方で、ウォークマンの新Aシリーズなど、手頃な価格のプレーヤーも増加し、屋外でハイレゾ再生を楽しむ製品の選択肢は拡大している。

iBasso Audioのハイレゾポータブル「DX90j」

 一方で、ハイレゾ再生も可能なスマートフォンも登場している。そんな状況下で、あえて単体のオーディオプレーヤーを買うのであれば、スマホよりも音が良い、ちょっと高級なモデルが欲しいと思うものだろう。だが、10万円、20万円といったモデルにはちょっと手が届かない、1万円、2万円といったエントリーではちょっと物足りない……そんな人が一番気になるのは、5万円程度の価格帯ではないだろうか? その価格帯で注目機種である、iBasso Audio製の「DX90j」を聴いてみたい。

 「DX90j」は7月から発売されており、価格はオープンプライス、実売は56,000円程度だ。同価格帯にある代表的なライバル製品には、5万円台の「Fiio X5」、Astell&Kern「AK100」、6万円台になるが同「AK100 MKII」などがある。今回はAKシリーズとの聴き比べも行なう。

デュアルDAC、デュアルオペアンプの豪華仕様

 iBasso Audioと言えば、ポータブルアンプ/DACのイメージが強いが、2012年にAndroidベースのハイレゾプレーヤー「HDP-R10」を投入するなど、ハイレゾプレーヤーにもいち早く取り組んでいるメーカーでもある。

 「HDP-R10」は実売88,000円で登場した高級モデルだが、今回紹介する新モデル「DX90j」は実売54,500円と、グッとリーズナブルになっている。にも関わらず、かなりハードウェアスペック的に“攻めて”いるのが特徴だ。

 DACにはESS Technology製のSABRE32 Reference Stereo DAC「ES9018K2M」をモノラルモードで2個搭載。L/Rの信号を個別のDACで処理するデュアルDAC構成にする事で、広いダイナミックレンジを実現したという。音量調整はES9018K2M内蔵の256ステップのデジタルボリュームを活用、ボリューム素子を信号経路に使用しない事で、音質の劣化を防いでいる。

 再生可能なデータは、PCMが192kHz/24bitまで。DSDは2.8MHzまで再生できるが、ネイティブ再生はできず、88.2kHz/24bitのPCMにリアルタイム変換しながらの再生となる。DSD 5.6MHzに対応していない事、DSDのネイティブ再生に対応していない事が、高級ハイレゾプレーヤーとの違いと言えるだろう。

 ただ、2.8MHzのDSDは再生できるわけで、DSD 5.6MHzの楽曲がまだ少ない事も考慮すると、この点は妥協しても構わないと考える人も多いだろう。一方で、USB DAC機能を備えていないのも注意点だ。

天面左側に光デジタル出力やmicroSDカードスロットを装備
底部にヘッドフォン出力、ライン出力、ゲイン切り替えスイッチを備えている
ディスプレイの下部に操作ボタンが並んでいる

 内蔵メモリは8GBで昨今のハイレゾプレーヤーとしては少ないが、micro SDHC/SDXC(exFAT対応)カードスロットを備え、メモリの拡張が手軽に行なえる。また、USB-OTG機能も装備しており、対応ケーブルを介してUSBメモリなどを接続すれば、メモリ内の音楽も再生可能だ。

 DACと同様、アンプ部もこだわっており、左右チャンネルそれぞれにTIのオペアンプ「OPA1611」と、高速バッファ「BUF634」を搭載。DACを含め、I/V変換やアンプ部にもモノラル構造を採用することでセパレーションと駆動能力を高めている。ヘッドフォン出力(16Ω時)は115mW×2ch(LO)、275mW×2ch(Hi)だ。

 アナログ出力はステレオミニのヘッドフォンと、ライン出力を各1系統、同軸の光デジタル出力も備えている。ヘッドフォンのバランス駆動には対応していない。

 なお、iBasso Audioは中国のメーカーだが、中国で販売しているモデルをそのまま持って来ているのではなく、日本向けモデル「DX90j」として、パーツを基板にマウントする際に通常モデル「DX90」の7倍以上の銀含有率を誇る無鉛銀入りハンダを採用。電気抵抗を少なくし、音質に磨きをかけているそうだ。製造は放送機器や計測器などを生産している信頼性の高い工場で行なっているとのこと。

 電池の持続時間は約8.5時間、充電所要時間は約5.5時間。大きな特徴として、背面のパネルをスライドすると、ユーザーが別売バッテリ(IBASSO Li-ion 2100PSE)に交換できるようになっている。末永く使いたいという人には、魅力的な機能と言えるだろう。

バッテリ交換も可能

デザインと操作性

 外形寸法は100×64×17mm(縦×横×厚さ)、重量は140g。AK120を一回り大きくしたサイズだが、十分にコンパクト。片手で持ちやすく、ワイシャツの胸ポケットにも難なく入る。

左から「DX90j」、AKシリーズの「AK100MKII」、「AK100」、「AK120」

 フロントパネル、リアパネルは金属でヘアライン仕上げ。筐体全体が金属で作られている高級プレーヤーと比べると高級感は落ちるが、手にした時にヒンヤリとした質感の良さは感じられる。ボリュームは右側面。操作ボタンは前面ディスプレイの下部に「曲戻し/巻き戻し」、「再生/一時停止」、「曲送り/早送り」3つのボタンを備えている。

 ボリュームと操作系が独立したボタンになっているので、ポケットの中にプレーヤーを入れたまま、手探りで操作する事が可能だ。この点は、タッチパネル操作が基本のスマートフォンと比べ、単体プレーヤーならではの利点と言える。

右側面のボリュームボタンを操作しているところ

 イヤフォン出力は底部左側に備えている。使い始めてしばらくは、イヤフォンを無意識に左上のジャック(光デジタル出力)に挿してしまい、「あれ、ノイズが聞こえる……故障かな? あ、左下だった」という失敗を何回かしてしまった。

 また、前述した「ポケットの中でボタンをブラインド操作」する際、「ボリュームはイヤフォンが刺さっているのと反対の右側の側面」という覚え方をして、イヤフォンジャックが下部についている事を忘れ、ポケットの中で天地を逆にしてしまい、「あれ? ボリュームボタンが無いな」とやってしまった事もあった。このあたりは慣れが必要だろう。イヤフォン出力の隣にはライン出力も備えている。

 選曲などの細かな操作はタッチパネル仕様のディスプレイを使う。OSはAndroidではないようで、起動時間は6~7秒と比較的高速。ディスプレイは2.4型、QVGA解像度のIPSパネル。

音楽再生中の画面。ディスプレイの下部に操作ボタンを配置している

 再生画面は、上部に「24bit/96kHz」というように再生中の楽曲仕様を表示、中央にはシークバー、その下には曲戻し、再生/一時停止、曲送りボタンがある。ディスプレイの下にハードウェアのボタンも備えているのでぶっちゃけ「ディスプレイ側にはいらないのでは?」と思うが、ディスプレイをタッチしながら楽曲選択をしている時の、指の動きの範囲内で再生/一時停止ができ、親指を大きくのばしてハードウェアボタンに移動する必要がないのは便利だ。

 画面の下部分に「マイミュージック」というアイコンがあり、ここにタッチすると、フォルダ、プレイリスト、アルバム、アーティスト、といった楽曲選択用のメニューが現れる。元に“戻る”操作は左上のアイコンだ。アイコンやメニューの文字は小さめで、「誤認識しないかな?」と不安になりながらタップするが、精度は良好で、誤認識も無く快適に操作できる。反応もスピーディーで、ストレスは感じない。

アルバム選択画面
再生している画面の中の「+」ボタンを押すと、その楽曲をプレイリストに登録できる
プレイリスト画面

 「設定」アイコンでは、イコライザ、プレイモード、ギャップレス再生、曲情報の表示などが並ぶ。デジタルフィルタのシャープロールオフ/オンも選択でき、音質の違いが楽しめる。

 「USB Settings」画面では、USB接続した際に「ストレージモード」になるか「充電のみ」かが選べる……はずだが、項目内に「DAC」という文字を発見。USB DAC機能は搭載していないはずなので、説明書を調べてみると「USB DACとして使用する場合にはパソコン側にドライバーをインストールする必要があります。2014年7月現在、ドライバーのご用意できていないため、この機能は使用できません」とある。という事は、今後ドライバが公開され、USB DAC機能が利用できる日がくるのかもしれない。試しにUSB DAC機能をONにしてWindows 7 PCと繋いでみたが、利用はできなかった。今後の対応を期待したい。

デジタルフィルターのシャープロールオフ/オンも選択可能
USB接続時の動作選択が可能。USB DACという項目もあるが、現在は利用できない

音場が広く、センスの良い音作り

 音を聴いてみよう。なお、この製品はエージングの推奨時間を300~400時間としており、ユニークな事に、ヘッドフォンなどを接続しなくても通電してエージングできるエージングケーブルも同梱している。今回はそれほど時間がとれないため、200時間程度の状態で聴いている。ヘッドフォンは「MDR-1R」、カスタムイヤフォンの「UE 18 Pro」などを使っている。

音を出さなくても通電してエージングできるエージングケーブルも同梱
試聴開始

 192kHz/24bitの「イーグルス/ホテルカリフォルニア」を再生。一聴してわかるのは、音場が広く、各楽器の音像の配置や、音の余韻が広がる範囲が広大な事。見通しが良く、広い空間に音がのびのびと広がる。

 アンプが強力なプレーヤーの場合、音が勢い良く前へ飛び出し過ぎて、音がミッチリ詰まって、逆に音場の広がりが感じられない機種もある。「DX90j」は音場創成型で、1つ1つの音の張り出しはさほど強くないが、音場の広さや、そこに定位する音像の様子が良く分かる。中高域の抜けが良いヘッドフォン/イヤフォンと組み合わせるとマッチしそうだ。

 低域も過度に主張するタイプではなく、締まりがある。中低域はモコモコと不要に膨らまない。かといって低音が出ていないわけではない。ベースの音に注目すると、最低音は深く、ドラムのスネアもズシッと重い音で切れこんでくる。

 クオリティの高い低音により、音場の広さ、見通しの良さという特徴を維持しながら、ドッシリと安定感のある再生音が実現できている。人によっては「もっと低音の迫力が欲しい」と感じるかもしれないが、個人的な好みとしては現在のバランスは理想的だ。iBassoのポータブルアンプに似た音作りで、同じメーカーなのだから当然ではあるが、同社のアンプが好きな人は気に入る音だろう。

 iBassoらしいと言えば、高域において、過度な誇張や、エッジを強調したような描写をしない自然さもポイントとなる。「茅原実里/NEO FANTASIA」から「この世界は僕らを待っていた」(翠星のガルガンティアOP/96kHz/24bit)を再生すると、女性ボーカルのサ行がキツくならず、穏やかで、声の表情がしっかりと見えるサウンドになっている。

 微細な音までほじくり返して、むき出しにするようなモニターライクな音とは少し方向が違う。ゆったりとした気分で楽しめる音だ。ナローではなく、分解能自体は必要十分に高く、帯域にも偏りがないため、落ち着いて聴ける、飽きがこないサウンドだ。デュアルDAC、デュアルアンプなので、もっと音圧が高く、グイグイとせり出すサウンドを想像していたが、溢れるパワフルさを、節度を持って上手く“使いこなしている”のが良く分かる。

他機種とも比較

 「DX90j」の実売は56,000円程度だが、同価格帯や、少し価格が上となるライバルプレーヤーとも聴き比べてみよう。

左がAK100、右がDX90j

 まず、少し安いプレーヤーとして、5万円を切るAstell&Kernの「AK100」を用意。AK100に搭載している3dBブースト機能をONにした状態で、DX90jと聴き比べてみる。

 DX90jと比べると、AK100はかなりサッパリとしたサウンドだ。見通しは良いが、低域もスッキリしてしまうので、音圧と迫力が足りない。低音の沈み込みも浅く、ズシンと重い音がDX90jが上手だ。AK100は個々の音の輪郭も弱く、線がか細い。DX90jはデュアルDAC/アンプの効果で、音の細かさと、力強さが同居している。迫力や余韻の深さ、音圧が豊かな事によるグワッと胸に迫るような感動的な描写も得意だ。AK100も悪くはないが、DX90jと比べると素っ気なさを感じてしまう。

左がDX90j、右がAK100II

 AK100のイヤフォン出力を3Ω化した、“強化版”と言える「AK100 MKII」は実売6万円台。DX90jと比べると少し高価。しかし、DX90jの内蔵メモリ8GBに対し、AK100 MKIIは32GBも入っているので、単純に高価とは言えないだろう。

 AK100の時と比べ、AK100 MKIIとDX90jの音質差はグッと縮まる。AK100 MKIIはAK100と比べ、特に低域の沈み込みが深く、ドッシリとした安定感が生まれている。中高域の精密な描写はAK100と同じだが、そこにパワフルさが追加されている。

 ただ、それでもDX90jと比べると音圧は弱い。DX90jは、個々の音がイキイキと、強く描かれているのに対し、AK100 MKIIは淡白でアッサリした描写に聴こえる。スッキリした描写が好きだと言う人もいると思うが、オーケストラやアクション映画のサントラなどを聴くと、重なりあうストリングスや、大太鼓の「ズドン」と肺に響くような迫力、ロックの疾走感などでDX90jの方が旨味が強く、聴いていて気持ちが良い。

AK120

 実売10万円前後と“同価格帯”から外れてしまうが、「AK120」とも比べてみよう。搭載しているDACはAK100と同じWolfson「WM8740」だが、AK120はそれを2基内蔵したデュアルDAC構成になっている。つまり、DX90jと同じだ。内蔵メモリは64GBとさらに大容量になる。

 AK120に変えると、音圧が一気にパワーアップ。音楽が躍動的になり、DX90jと同じ土俵に立ったという感覚になる。音像の輪郭がクッキリ描写され、音像そのものにも厚みが生まれ、ミュージシャンや楽器が立体的に感じられる。

 高域のキツさも無く、サウンド全体の重心が下がる。AKシリーズは「AK100II」、「AK120II」、「AK240」と言った第2世代モデルが話題で、AK120は“昔のモデル”という印象を抱きがちだが、サウンド自体は現時点でも一級品だ。

 AK120とDX90jと比べると、実に面白い。両者の音はかなり肉薄しているが、DX90jは音場のサイズが広く、AK120よりも空間描写が優れている。輪郭は柔らかで、カリカリした描写ではない。前述の通り中低域の膨らみはタイトに抑えられ、最低音をキッチリ出していくタイプ。

 AK120は、個々の音の音圧がDX90jよりも強く、音が耳に向かって元気よく飛んでくる。そのため、音場の広がりが見えにくい。ステージを見渡しながら、音像とある程度の距離を置いて音楽鑑賞したい人にはDX90j、ステージに首をつっこんで、ダイレクトに飛んでくる音を頭から浴びたいという人にはAK120がマッチする。

 AK120の方が、音像が近いという意味でモニターライクであり、個々の音の粗は聴き取りやすいかもしれない。そのため、AK120からDX90jに切り替えた瞬間は、DX90jの方が“大人しい音”に聴こえる。

 だが、低域の深さや、ゆったりとした響きが広がる描写範囲はDX90jの方が広大。ゆったりと音楽鑑賞するのに向いている。AK120は、ダイレクトで緊張感のあるサウンドだ。甲乙つけがたい比較ではあるが、価格差を考えるとDX90jのコストパフォーマンスの良さが光る。

AKシリーズ第2世代の「AK100II」

 最後に、AKシリーズ第2世代の「AK100II」とも比べてみよう。AK100IIは、Androidベースで、DACは「CS4398」に変更されている。個数は1基で、その点はAK120に劣っている。内蔵メモリは64GBで、AK120と同じ。実売は10万円を切り、9万円台だ。

 DX90jと比べてみると、こちらも面白い。AK100IIの音場サイズは広く、DX90jと肉薄。極めてレベルの高い戦いだ。デュアルDACのDX90jは音の輪郭がハッキリしていて、躍動感がある。AK100IIはクールで、メリハリは少なく、やや平坦。サッパリとした描写だ。

 音圧が豊かなため、音像の奥行きもDX90jの方が分厚い。AK100IIでは、ボーカルやギターの像が“薄く”感じるシーンがある。ただ、AK100IIには独特の清涼感、見通しの良さがあり、細かな音が聴き取りやすい。ハイレゾならではの細かな音が逃さず耳に入るので、AK100IIの方が“ハイレゾの醍醐味”を味わいやすいプレーヤーだ。

 だが、AK100IIはややハイ上がりのバランスであるのに対し、DX90jは中低域のドッシリ感が安定感に繋がっており、「この世界は僕らを待っていた」のような疾走感のある楽曲を聴くと楽しく、魅力的だ。このあたりは好みの領域に入ると思うが、細かな音を分析的に楽しみたいのであればAK100IIを、音楽をうまみタップリに、ノリノリで楽しみたいのであればDX90jという印象。欲を言えば両方揃えて気分に合わせて使い分けたいところだが……。

 なお、AK100IIにはUSB DAC機能や、2.5mm 4極のバランス出力機能も搭載されており、機能面では2枚ほど上手だ。

コストパフォーマンスが光るハイレゾプレーヤー

 内蔵メモリは8GBと、ライバルプレーヤーと比べて少なめだが、micro SDXC/SDHCスロットを備えているのでライブラリや予算に合わせたメモリの拡張が可能だ。USB DAC機能が利用できず、DSDがPCM変換再生になるなど、市場のハイエンドプレーヤーと比べると見劣りする部分もあるが、このあたりには目をつぶれるという人も多いだろう。

 こうした点を踏まえても、実売56,000円程度という価格は非常に魅力的だ。再生音はレベルが高く、デュアルDAC/アンプの利点がよく出た、情報量がありながら、旨味の多いサウンドに仕上がっている。音だけで勝負するならば、10万円台のプレーヤーとも対等に渡り合えるコストパフォーマンスの良さが最大の魅力だ。

 同時に、物理ボタンによるブラインドでの操作や、シンプルだがわかりやすいディスプレイでのタッチ操作など、操作性の面でも目立った弱点は無い。ウォークマンやAKシリーズと比べると、知名度や、見た目のインパクトに乏しいのは否めないが、“中身で勝負”できるお買い得ハイレゾプレーヤーだ。

山崎健太郎