【レビュー】Shure初の開放型ヘッドフォン2機種を聴く

-モニター/音楽鑑賞をカバーする完成度の高さ


左から「SRH1440」、「SRH1840」

 コンシューマ市場ではイヤフォンメーカーのイメージが強かったShureが、密閉型のヘッドフォンを投入したのは2009年。「SRH840」などが話題を集めたが、2012年3月末から、いよいよ開放型ヘッドフォンも投入する。

 ラインナップは「SRH1840」と「SRH1440」の2機種。価格はどちらもオープンプライス。発売日と店頭予想価格は、上位モデルの「SRH1840」が4月11日で64,800円前後、「SRH1440」は3月28日で36,800円前後となっている。なお、発表されたのは昨年末で、当初は2月の発売予定だったが、ここまで延期されていた。


「SRH1840」「SRH1440」

 開放型ではあるが、コンシューマ向けだけでなく、録音エンジニア用のモニターヘッドフォンとしても訴求されているモデル。2機種の価格帯を考えると、「SRH1840」のライバルはAKGの「K701」(74,900円)や、開放型の定番的な存在であるゼンハイザー「HD650」(75,000円)あたりになるだろうか。ただ、ゼンハイザー「HD650」の場合、発売から随分経過し、現在では実売約4万円程度まで下がっている。価格的にはむしろ、下位モデル「SRH1440」のライバルと言った方が良いかもしれない。




■シンプルかつ高級感のあるデザイン

 どちらもメッシュ状のハウジングを備えた開放型。ユニットサイズは40mm径で共通しており、ドライバーにはネオジウムマグネットが使われている。なお、上位モデルの「SRH1840」では、左右のドライバーの特性を揃える事で、さらなる音質向上を図っている。

 また、「SRH1840」のユニットでは、振動板にマイラー素材を使用している。マイラー素材はダイナミック型マイクの高級機種でも使われているもので、音を収録するマイクと同じ素材をヘッドフォンの振動板に使う事で、原音再生を目指すという考え方だ。再生機器だけでなく、マイクも手掛けているShureならではのこだわりと言ってもいいだろう。

「SRH1840」。ハウジングはスリムな印象開放型で、メッシュ越しにドライバが見える
「SRH1440」。アーム部分のデザインが上位モデルと異なるこちらも開放型で、ハウジングはメッシュ
「SRH1840」の構成パーツ一覧。通気孔のあるセンター・ポールピースを備えたスチール・ドライバーフレームを採用している

 ドライバー部分には通気孔のあるセンター・ポールピースを使った、スチール製のドライバーフレーム(写真の銀色の部分)を採用。これにより、振動板の前面と背面の均一性が保たれ、音質が向上するという。

 両モデルのスペックは以下の通り。「SRH1840」はインピーダンスが65Ω。感度は96dB/mWと低感度であり、iPhoneのようなポータブルプレーヤーのヘッドフォンアンプで直接ドライブするのはちょっと難しい。例えばiPhone 4Sの場合、フルボリュームにして、そこそこの音量がようやく得られる状態。「うるさい」と感じるような音量は出ない。

 下位モデルの「SRH1440」は、インピーダンスが37Ω、感度が101dB/mWで、最大許容入力は1,000mW。上位モデルと比較すると鳴らしやすくはあるが、同じくiPhone 4Sのフルボリュームでも、1840より少し音が大きくなる程度。使えない事はないが、やはり据え置き型アンプとの組み合わせが基本になるだろう。


 

モデル名SRH1840SRH1440
店頭予想価格64,800円前後36,800円前後
ユニット40mm径
ネオジウムマグネット
※左右ドライバ特性を揃え済み
40mm径
ネオジウムマグネット
インピーダンス65Ω36Ω
感度96dB/mW101dB/mW
最大許容入力1,000mW
周波数帯域10Hz~30kHz15Hz~27kHz
重量
(ケーブル除く)
268g343g

 両方共開放型であるため、音漏れは激しい。例えば電車内などで使うのは厳しいだろう。あくまで室内で利用するものと考えたい。音漏れは「1840」と比べ、「1440」の方が少ない。

 デザインの主な違いはアーム部分。1840は細身のアーム2本で構成されており、ヨークの部分はアルミ合金。航空機にも使われている「6061-T6」という素材で、軽くて軽量だという。ハウジングのグリルにはステンレススチールを使用。全体の重量は268gに抑えられている。

ヘッドアーム部分。「SRH1840」は2本のアームで構成されている「SRH1440」はシングルアームとなっているヨーク部分とハウジングは水平方向に20度動く一体型ヒンジ
両モデルの比較。左が「SRH1440」、右が「SRH1840」大型のケースが付属する

 1440はシングルバンドのヘッドアームで、スチールフレームを使用。ヨーク部分とハウジングは水平方向に20度動く一体型ヒンジを使っている。重量は1840よりも重く、343g。これは装着感にも影響しており、1840は装着していないような軽さで、長時間着けていても苦にならない。1440も装着感も悪くないが、1840と比べると“頭に何かを乗せている”感覚は残る。

 イヤーパッドは2モデルともベロア素材で、肌が触れると高級感がある。1440のヘッドパッド部分には低反発素材が使われている。

イヤーパッドは2モデルともベロア素材


■2機種ともケーブル交換が可能

 高級ヘッドフォン/イヤフォンではよく見る機能になってきたが、1840/1440共にケーブル交換が可能。モニターヘッドフォンでもある以上、断線などに備えて簡単にケーブル交換ができるのは嬉しいポイントだ。

ケーブルは着脱可能。端子は「MMCXコネクタ」だが、同社のイヤフォンとは互換性が無いのが残念

 ケーブルは両出しでOFC。端子は「MMCXコネクタ」と呼ばれるもので、仕組みとしてはShureのイヤフォンで採用されているものと同じだ。しかし、端子としては同じなのだが、プラグの根元部分の形状が異なるため、残念ながらイヤフォンと互換性が無い。まったく違う端子/サイズならば致し方ないが、これは統一して欲しかったところだ。

 もし互換性があれば、例えばイヤフォン用に、サードパーティーから発売されているケーブルを購入した場合、同じケーブルがヘッドフォンでも使えるわけで、一つのウリになった事だろう。今後のモデルではぜひ統一して欲しいポイントだ。


■音を聴いてみる

 試聴環境として、ヘッドフォンアンプにラトックのUSBデジタルオーディオトランスポート「RAL-2496UT1」を使用。Windows 7のPCと接続し、再生ソフトは「foobar2000 v1.0.3」。プラグインを追加し、ロスレスの音楽を中心にOSのカーネルミキサーをバイパスするWASAPIモードで24bit出力している。

 ●SRH1840

「SRH1840」

 「SRH1840」で特徴的なのは音場の広大さだ。他の開放型ヘッドフォンと比べても、音の広がる範囲が非常に大きく、制約を感じない、伸びやかなサウンドが心地良い。同時に、ヴォーカルの口が開閉する時の細かな音や、発声の合間のかすかな息継ぎもリアルに再現する情報量の多さも兼ね備えている。

 低域を過度に主張するバランスではなく、むしろ控えめではあるが、注目して聴くとしっかりと厚みと締まりのある、質の良い低音が出ている事がわかる。「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best OF My Love」を再生すると、アコースティックベースの弦をつまびく時の、指先の「カツ」、「カツ」という小さな音もよく聴こえる。同時に、うねるようなベースの低域も表現できており、量感と解像感が両立できている。ベースの低域の裏にある、「パコカコ、パコカコ」というパーカッションの細かな音も歯切れが良い。

 描写が繊細で情報量が多いため、ボリュームを上げてもうるさく感じない。むしろもっと上げたくなるクオリティの高さだ。

 高域の描写も丁寧。「山下達郎/アトムの子」のドラム乱打や、「坂本真綾/トライアングラー」などは、高域の描写が雑な製品だと、高い音が耳に突き刺さるようで痛みを感じるが、「SRH1840」では痛くなる一歩手前で踏みとどまり、破綻せずに描写できている。「キマグレン/LIFE」も、音離れが良い。パーカッション、ギター、ボーカルが一体となりつつ、それぞれの楽器の境界はキッチリ描写されており、音離れの良さが快感でもある。

 クラシックも再生してみる。「展覧会の絵」(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)から「バーバ・ヤーガの小屋」を再生すると、コンサートホールの広大さが良く再現されている。しかし、「ズズン」、「ドドン」という巨大な空気の塊がこちらに倒れてくるような、この楽曲ならではの圧倒的な迫力を体験するには、ちょっと中低域の量感が薄い。そのおかげで、低域がどのような楽器で構成されているかは良く見通せる。このあたりが、モニターヘッドフォンでもある証拠と言えるだろう。

 ●SRH1440

「SRH1440」

 「SRH1440」に切り替えると、上下のレンジが若干狭まり、音場のスケールも縮小。空中に、分離して定位していた楽器の音像が、耳の近くに集まってきて、個々の楽器の境目が見えにくくなる。

 低域は沈み込みが若干“浅く”なり、中低域のボリュームも控えめになる。印象としては「よりさっぱりしたサウンド」だ。これはこれで、聴いていると清々しい気分になる良い音だが、奥行きの描写が上位モデルよりも曖昧で、音場の立体感は乏しい。

 高域の抜けの良さは上位モデル譲り。ハウジングの制約を感じさせない、ストレスの無いサウンドだ。だが、中低域の厚みが薄くなったこともあり、高域の音像も薄くなり、もう少しヴォーカルや楽器の音像に立体感が欲しい。全体的には腰高なサウンドで、女性ヴォーカルのサ行のキツさも目立つ。高音の質感もカサカサしており、「SRH1840」の艶やかさには届かない。

 全体的にコントラストが低く、高域が耳に残る。「山下達郎/アトムの子」では、うねるような低域はそれなりに描写されているのだが、量感が乏しいため迫力が薄く、あまり意識に残らない。逆にシンバルの「シャンシャン」という音の元気が良さが耳に残る。

 モニターヘッドフォンとしては、中低域をあえて薄めにして、低音の動きを見やすくするバランスが求められる事もある。このバランスがニーズに合うという人もいるだろう。開放型と密閉型で方式がまるで違うが、どことなくソニーの「MDR-CD900ST」を連想させる、ストイックなサウンドだ。



■他社のヘッドフォンと比較

ゼンハイザー「HD650」

 他社機種とも比較してみよう。まずは、高級オープンエアヘッドフォンの定番となっているゼンハイザー「HD650」だ。参考までに、3月28日時点でヨドバシカメラの通販サイトでは40,900円の10%ポイント還元で販売されている。

 「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best OF My Love」を再生すると、「HD650」ではたっぷりとした中低域の、重心の低い音が出てくる。一般的にオープンエアのヘッドフォンと言うと、「スッキリと開放的な音」というイメージがあると思うが、HD650の場合は中高域は確かにスッキリしているが、中低域には厚みと密度があり、密閉型のような迫力が感じられる。これは同社ハイエンドモデル「HD800」にも共通する特長だ。

 「SRH1840」と比べると、中低域の量感はHD650の方がタップリと出ており、重心が低いバランス。ただ、SRH1840の低音が出ていないかというと、最低音の沈み込みはキチンと伸びており、アコースティックベースの「ズーン」という低音はキッチリ鼓膜を振動させてくれる。その上にある中低域の盛り上がりがHD650の方が膨らんでおり、Shureは控えめという“バランスの違い”という印象だ。

 音場はSRH1840の方が広く、広大な音場に音像が浮かぶ。HD650は低音の迫力が強いこともあり、音像が近く、音場の広さはそれほど感じない。音像が近いため、ヴォーカルの口の開閉など、細かな描写は良く見える。SRH1840は音が全般的に軽く、コントラストが低い。好き嫌いの問題ではあるが、HD650の方が“わかりやすい“サウンドだ。

 一方、音色の色付けの無さ、ニュートラルさでは「SRH1840」の方が優れていると感じる。全般的に硬質で、高解像度なサウンドだが、HD650が高域に若干のこもりを感じさせるのに対し、「SRH1840」は余分な色がついたり、高域の頭を抑えられたような感覚は無く、音がストレートに出ていると感じる。ギターの弦の金属質な描写と、筐体の木の響き、人間の声のリアルさも1840の方がレベルが高い。

 全体のイメージとしては、ニュートラルで中高域の動きが見やすく、最低音もキッチリ出せる「SRH1840」と、開放型の抜けの良さがありながら、中低域の量感もあり、迫力と分かりやすさを兼ね備えている「HD650」という印象だ。


AKG「Q701」

 次に、同じく開放型でお馴染みのAKGから、「Q701」をチョイス。3月28日時点の、ヨドバシカメラの通販価格は59,800円で10%ポイント還元だ。

 「HD650」や「SRH1840」と比べると、SRH1840に似たサウンド。高域のニュートラルは流石で、SRH1840の硬質な音と比べると、より自然に感じる。同時に、高域に独特のしなやかさというか、気品を感じさせるのがAKGらしい。ただ、Q701はエージングが進んだ状態なので、「SRH1840」も鳴らし込んでいけば高域の緊張感はほぐれていくと思われる。

 一方、「Q701」の中低域は「SRH1840」よりもさらにアッサリしており、迫力のある音を楽しみたいというニーズにはマッチしない。コントラストの高さや、低域の沈み込みの深さは「SRH1840」に軍配が上がる。同じ開放型高級機でも、こんなに違いがあるのかと、比べて聴くととても面白い3機種だ。

 なお、下位モデルの「SRH1440」は、「1840」よりも音が軽くなり、低域は「1840」よりも薄味で、AKGの「Q701」に近づく。高域の抜けの良さは上位モデル群と比べても健闘しているが、音像の薄さが若干気になる。総じて”余裕が足りない”印象だ。




■まとめ

 SRH1840とSRH1440の音質を比べると、総合的にはやはり1840が優っている。後は倍ほど違う価格差をどう考えるかだが、個人的には2機種で悩む場合、思い切って1840を選んだ方が良いと感じる。

 他社製品との比較でも、SRH1840はレンジの広さや、色付けの少ない音色、スッキリとしていながらも、必要な低音はシッカリ出ている事など、完成度の高さが好印象。音楽鑑賞にも、モニターライクな粗探しにも使えるオールマイティーさが光っている。HD650比較すると、shureの方がどちらかというとマニア向けで、派手さを追わない渋いバランス。逆に言えば“地味でそっけない音”だが、この価格帯のヘッドフォンを購入検討する人であれば、“1840ならではの良さ”に魅力を感じる事もあるだろう。

 1440はモニターヘッドフォンとしては、解像度の高さや、中低域の見通しの良さを兼ね備えているが、音楽鑑賞にも適したオールラウンドプレーヤーか言われると、ややモニター寄りというイメージを受ける。ただ、今後も鳴らし込んでいくことで高域のしなやかさや、低域の量感が深まれば、聴きやすいバランスにはなっていきそうだ。

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SHURE SRH1440
SHURE SRH1840

(2012年 3月 29日)

[ Reported by 山崎健太郎 ]