レビュー

ダイナミック型イヤフォンのイメージを変える!? テスラ技術+超薄型振動板のbeyerdynamic「AK T8iE」

 一昔前は、高級イヤフォンと言えばバランスドアーマチュアユニットを多数搭載したモデルばかり。片耳に3個、4個、6個、10個……と、個数を競うように進化。カスタムイヤフォンブームも手伝い、多数のBAを搭載したカスタムを作る事がある種の憧れになった。

beyerdynamicの「AK T8iE ブラック」

 現在も、マルチウェイのBAイヤフォンが高級モデルの主流である事に違いはない。その一方で、ダイナミック型イヤフォンを見直す動きが活発化している。ダイナミック型とBAを両方搭載し、両者の“いいとこ取り”を狙うモデルだけでなく、振動板の素材を見直したり、配置を工夫するなどして、従来のダイナミック型とは異なる音を追求しようという動きだ。

 例えば、JVCの「HA-FX850」は振動板に“木”を採用。オーディオテクニカは、2基のダイナミック型ユニットを対抗配置するモデルをラインナップしている。今回紹介するAstell&Kernとbeyerdynamicがコラボした「AK T8iE ブラック」(AK-T8IE-BLK)も、ダイナミック型ながら独自の工夫を施したイヤフォンとなる。価格はオープンプライスで、直販価格は149,980円(税込)とハイエンドなモデルだ。

高級モデルだけあり、パッケージもゴージャスだ

強力な磁気回路で超薄型振動板をドライブ

beyerdynamicのヘッドフォン「T1 2nd Generation」

 beyerdynamicと言えば、個人的にはヘッドフォンのイメージが強い。磁気回路にこだわりがあり、1テスラ(=10,000ガウス)を超える強力な磁束密度を生み出すテスラテクノロジーを搭載した「T1」や「T5」などが人気だ。

 これらのヘッドフォンは、当然ダイナミック型ユニットを搭載しているが、強力な磁気回路を搭載し、駆動力を高めている。そのため、ダイナミック型ながら、BA型を連想させるようなトランジェントの良い、ハイスピードなサウンドを実現している。聴いたことのある人はおそらく、軽やかで抜けが良く、さわやかなサウンドという印象を持っているだろう。こうした技術をイヤフォンに投入したのが「T8iE」となる。

「AK T8iE ブラック」

 「T8iE」には、テスラテクノロジーを導入したリング型マグネットが採用されている。ヘッドフォンのリファレンスモデル「T1」に使っているものと比べると、当然サイズは約1/16と小さいが、サイズを考慮して比較すると、磁力としてはT1/T5よりもむしろ強力になっているそうだ。インピーダンスは16Ω、音圧レベルは109dB。許容入力は10mWだ。

T8iEに搭載しているドライバ
内部構造

 ユニットはダイナミック型で、サイズは11mm径。この振動板にも大きな特徴がある。それは、1/100mmと極めて薄い事。髪の毛の1/5の薄さというから驚きだ。つまり、この非常に薄い振動板を、強力な磁気回路でドライブするというのが基本的な構造だ。再生周波数帯域は8Hz~48kHzで、ハイレゾ再生にも対応している。

豆のような形状に不思議な仕上げ

 外観も見ていこう。ユニークなのはハウジングの仕上げだ。表面に銅とクロムを使っているというが、その他に企業秘密の素材を使った3層コーティングだという。発色だけを見ると金属のように見えるが、触ると冷たくはなく、つるつるした樹脂のような何かでコーティングされている。そのため、見た目的な高級感がありつつ、寒い季節に装着してもヒヤッとしにくい。

 形状はなんとも形容しがたい……“豆のような形”と言えばいいだろうか? マルチウェイのBAイヤフォンや、13mm径のような大型ダイナミック型ユニットを搭載したモデルよりも小さく、耳に挿入しやすい。筐体が耳に触れる部分も少なく、なおかつツルッとしているので“耳に大きなものをはめ込んでいる”という異物感は感じないはずだ。

豆のような不思議なカタチだ

 付属のイヤーピースにも特徴がある。コンプライタイプも3サイズ同梱しているが、それ以外に独自デザインのシリコン製ピースが5サイズ付属する。この独自ピースがユニークで、通常のシリコンタイプよりも背が低く、キノコの傘のような形をしている。

 それゆえ、耳穴奥まで挿入する感覚は薄く、「耳の入り口を少し塞ぐ」程度の装着感となる。カナル型の耳栓のような装着感が苦手という人にはマッチするだろう。ピースの挿入は浅めだが、ハウジングは軽量なので、首を振っても抜けにくく安定感はある。なお、ケーブルの装着は耳の裏を通す、いわゆる“Shure掛け”タイプだ。

独自デザインのシリコン製ピースは背が低い独特の形状
コンプライタイプも3サイズ同梱している

 ケーブルは着脱可能でMMCX端子を採用。通常の3.5mmステレオミニに加え、AKシリーズ向けに2.5mm/4極のバランスケーブルも同梱している。というのも、この製品がAstell&Kernとbeyerdynamicのコラボモデルであるためだ。

ケーブルは着脱可能でMMCX端子を採用

 なお、バランス接続でのチューニング時には、iriverのチームも参加。その際にはハイエンドポータブルプレーヤーの「AK380」がリファレンスとして使われたそうだ。

 ケーブルはケブラー素材で強化され4万回の屈曲を想定。プラグ部分も、10万回の屈曲テストを行なったという。TPEによるタッチノイズ低減も図られている。

AKシリーズ向けに2.5mm/4極のバランスケーブルも同梱している

音を聴いてみる

 「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best of love」のハイレゾ(96kHz/24bit)を再生する。プレーヤーにはAK JrやAK 380を使った。まずはアンバランスで接続している。

 音が出た瞬間驚くのは、ヘッドフォンで聴き慣れた“テスラテクノロジーっぽい”サウンドがイヤフォンからもそのまま出てくる点だ。トランジェントが良く、パーカッションのキレが良く、ハイスピードでハキハキした描写だ。

 中低域も軽やかで、もたついた印象がまったくない。かといって量感が薄いというわけではなく、1分過ぎから入ってくるアコースティックベースの響きは非常に豊富。ズズンと響く深さと、胸を圧迫するような音圧の豊かさを兼ね備えている。

 かといって、それが膨らみ過ぎてボワボワと不明瞭になる事がない。中高域のトランジェントの良さが、低域までしっかり貫かれており、ベースの野太い音も、その中でブルンと弦が震える様子まで見通せる。

 音圧と解像度の高さは、BAイヤフォンでも両立できる製品は存在するが、マルチウェイBAの場合、音圧や低音を出そうとすると各ユニットが担当する帯域の張り出しが強くなり、ガチャガチャして大味な音になる事もある。T8iEの場合は、低域の張り出しの裏でもヴォーカルの輪郭はキッチリ描写されていながら、低域内、そして低域と高域の繋がりが滑らかで自然に聴こえる。音の余韻も描写が丁寧で、階調表現が上手い。

 「μ's/僕らのLIVE 君とのLIFE」(48kHz/24bit)のような楽曲では、疾走感のあるベースのラインがゴリゴリと描写されながら、その上に存在するヴォーカルをキッチリと解像、個々の声の違いもシャープに描写してくれる。聴力が良くなったように、微細な音が聴き取れるので使っていて気持ちがいいイヤフォンだ。

 こうしたタイプのサウンドは、やり過ぎると音が固く、薄く聴こえる事がある。例えば女性ヴォーカルの声から艶やかさが抜けてガサガサしたり、ギターなど木の響きが温かいはずの楽器が、プラスチックで作られているかのように安っぽく聴こえたりする現象だ。
 しかし、T8iEは響きを排除したり、低域を絞ったりしているわけではないので、音像が薄くは感じず、艶やかさもしっかりと伝わってくる。筐体には金属も使われているが、筐体の鳴きで艶を加えるようなタイプではないので、響きにも不自然さは無く、木の楽器が金属質で硬い音に聴こえたりもしない。モニターライクな解像力を持ちながら、音楽も楽しめるサウンドに仕上がっていると感じる。

 次に、2.5mmの4極バランスケーブルを使い、AK380と接続してみた。

 バランス接続にすると、テスラテクノロジーを使ったヘッドフォンの音に、より似てくる。チャンネルセパレーションが向上した事で、音場が広がり、頭内定位が緩和されるからだ。μ'sのメンバーが横に並ぶ様子が、グイッと広がり、メンバー間の空間が知覚でき、スッキリと聴ける。しばらく聴いていると、イヤフォンを装着している事を忘れそうになる音だ。

 広がりだけでなく、低域の沈み込みと量感もアップ。ベースラインの切り込みがより鋭くなり、トランジェントがアップしたようにも感じる。アンバランス接続時に、全体のバランスが悪いとは感じなかったが、バランス接続にすると低域のドッシリ感に磨きがかかり、安定感が増すので、こちらの方が好ましく感じるようになった。AKのバランス出力対応モデルと組み合わせるのであれば、文句なしでバランス接続がおすすめだ。

ダイナミック型の新しいサウンドを示す1台

 気になるのは直販149,980円(税込)と、非常に高価なモデルである事。カスタムイヤフォンのハイエンドモデル並と言っても良いだろう。ただ、安いモデルでも1~2万円程度はするMMCXの2.5mm 4極バランス接続ケーブルが標準で付属しての値段という事は考慮しておく必要がある。

 カスタムイヤフォンと比べると、遮音性や装着安定性が落ちるのは仕方のない事だが、逆に言えば耳にしっかりと蓋をされるような感覚が苦手だという人には、カスタムよりもT8iEの方が好ましく感じられるだろう。バランス接続時の音場の広がりや開放感という面では、ヘッドフォンが好きだけどイヤフォンは苦手という人にもオススメしたい。

 サウンドの面では、大きな不満点が浮かばないよく出来たイヤフォンだ。このモデルを気にするような人は、既にダイナミック型のある程度高価なモデルや、マルチウェイのBAイヤフォンを所持していると思われるが、そうした人にこそ聴いてみて欲しい。「これがダイナミック型の音か!?」と驚くだろう。端的に言えば「BAとダイナミックの“いいとこ取り”」だが、それだけに終わらない新たな扉を開くサウンドと感じる。

 とは言え、消費者心理的には「ダイナミック型1基のイヤフォンで約15万円は高い」と感じるだろう。音を聴くとそうでもないとは思うが、このイヤフォン向けテスラテクノロジを導入した、より購入しやすい下位機種の登場にも期待したい。

AV Watch編集部

av-watch@impress.co.jp

山崎健太郎