本田雅一のAVTrends

第184回

Masterを名乗るソニーBRAVIA高画質の秘密。新有機EL「AF9」と液晶「ZF9」

 ソニーは欧州向けに4K BRAVIAシリーズの最上位となる「Masterシリーズ」を追加。7月に米国で発表(日本では未発表)だが、OLEDと液晶、それぞれについて最新映像プロセッサの「X1 Ultimate」を搭載したモデルを用意した。

 OLEDモデルは「AF9」で55インチ(2,999ユーロ予定)と65インチ(3,999ユーロ)、液晶モデルは「ZF9」で65インチ(2,999ユーロ予定)と75インチ(4,999ユーロ予定)が用意される。それぞれ従来の上位モデルに比べ500ユーロ程度高い想定だ。

 日本での発売予定は発表されていないが、おそらく同様に既存上位モデルに比べ5万円程度、想定売価が上がる程度で購入できるのでは? と考えられる(ただしテレビは戦略的に価格が決められる場合もあるため実質的な価格差はもっと大きくなる可能性もある)。また、従来のネーミング規則から類推すると、日本でのモデル名はそれぞれ「A9F」「Z9F」となるだろう。

 なお、OLEDと液晶は、それぞれ異なる長所と短所がある。両者の画質レベルを可能な限り合わせ込み、長所を活かした作りとするとのこと。つまり、どちらが上位といった関係性ではない”ダブルエース”体制と言える。

 スペックなどは、メーカーページなどを参照いただくとして、視聴レポートと、ソニービジュアルプロダクツ・企画マーケティング部門長の長尾和芳氏のコメントを交えながら、両製品について掘り下げていこう。

長尾和芳氏

“普通の映像”を“高精細・HDR化”するX1 Ultimate

 今年はMasterシリーズにのみ展開されるX1 Ultimateは、名称と簡単な比較デモのみが1月のCESで公開されていたが、製品発表に伴ってより詳しい内容が伝わってきた。

BRAVIA MasterのAF9、ZF9

 “美しいプレミアム映像を制作者の意図通り”という映画モードのような作りは基本だが、そうした高精度の絵作りに加え、一般的な放送・ストリーミングコンテンツに対して、よりリアリティのある映像表現を行なうための映像処理が、X1 Ultimateの進化のポイントとなる。

 そもそもX1という映像プロセッサは、HDR時代を見据えて開発されてきたもので、Masterシリーズ以外に採用されているX1 Extremeも目標は同じだ。

 それは、ノイズ処理の精度を上げ、高まっているパネル解像度に合わせてより良い超解像処理を行ない、そして撮影時に圧縮されている輝度ダイナミックレンジを復元することで、より現実世界へと映像を近づけていくということだ。

 X1プロセッサの進化とは半導体の規模が大きく、処理能力が上がるに従って高まり能力を使い、上記のコンセプトをより高精度に実行していくことだ。汎用プロセッサではないため、必ずしも”何倍”という処理能力が、すなわち画質進化ということではない(より効率よく目的を達成する方法もあるため)。

 X1に対するX1 Extremeは1.4倍、X1 Ultimateはさらに2倍の処理速度というが、内部の映像処理を並列に走らせるよう考慮して設計するなどの工夫がされているという。

 長尾氏によると、画質を向上させる上でもっとも大きな鍵となっているのがノイズリダクションの精度向上だ。

 X1 Extremeでは高周波成分(細かなテクスチャやエッジがある領域)と低周波成分(ボケている領域や空など)、それぞれ別々の映像データベースを持っていたが、そのデータベースをさらに磨き込んだ上で、X1 Ultimateでは映像分析の精度が上がっている。

 その結果、映像の特徴を抽出する精度が向上。どのような映像が映し出されているかを把握した上でノイズ処理するため、平坦部に対してより積極的なノイズリダクションをかけることができるようになった。X1 Ultimateでは高周波成分と低周波成分を、それ並列に認識しながら、それぞれの特徴に合わせたノイズ処理を行なっていく。

 こうして元映像の質を高めた上で、オブジェクト認識超解像をかける。

 これまでの超解像は、映像特徴を分析した上で全体に対して超解像をかけていたが、X1 Ultimateは「ひと」「動物」「草原」「空」「海」「森」などのオブジェクトを認識した上でグルーピングし、それぞれのオブジェクトの質感を活かした超解像処理を行なう。

 たとえば草原ならば、草のひとつひとつの精細感をエッジを強調させることなく引き出し、動物の毛並みを固くせずソフトで自然に表現するといった具合だ。この処理はマス目に分けたものではなく、オブジェクトそのものに対して行なわれるとのことだ。

 そして、これまでもアドバンテージのあったHDRリマスターも大幅にリファインされている。従来はフルーツバスケットが映し出されている場合、「パイナップル」「ぶどう」「イチゴ」などは認識していたが、今回はイチゴの実の部分とへた、パイナップルの葉の部分と実、ぶどうの粒ひとつひとつ、といった細かな単位で被写体を見定める。

 その上で、パイナップルの葉ならば、このようにダイナミックレンジが圧縮されているはず……と類推してダイナミックレンジ復元をかける。

 この処理はオブジェクト認識による被写体に対する処理ではなく、マス目ごとに被写体を認識した上での処理とのことだが、そのマス目を大幅に細かくしたことで、オブジェクトごとの個別処理に近い復元精度を実現できたという。

 これらの処理は映像モードごとに最適化されており、個々の効きの強さは個別に調整するのではなく、他のパラメーター(たとえばNRや超解像などの効き具合)に連動して変化するものの、直接触れるわけではない。

 しかし、開発最終段階の映像を確認した際、日本の地上デジタル放送の映像もチェックさせてもらったが、解像感、HDR感ともに適切でリアリティのある映像に仕上がっていた。

 特にS/Nが悪いシーン、たとえば音楽アーティストのギラギラとした派手な衣装のテクスチャが、ガビガビとモアレを伴って見にくくなるといった場面でも、衣装の質感を伴ったままなめらかな見え味に仕上がっていた。

 その上でダイナミックレンジの復元もより積極的に行われ、顔、人の姿、楽器など、それぞれの立体感、奥行きがより高まって見える。”積極的な映像処理”には副作用がつきものだが、たとえば手前から奥に向かって緩やかに僅かなボケを伴いながら映る風景の中でも、どこかに強調された輪郭などは現れず、空間周波数がスムースに変化していく様子が見て取れた。

 UHD BDなどの高画質素材が美しく見えるのは当然だが、今後もしばらくは主流であり続けるだろうフルHD/SDRの映像ソースをより美しく、リアリティをもって再現するところに新LSIの良さを感じた。

AF9とA8Fの違いとは?

 このように映像処理プロセッサの世代進化が、今期Masterシリーズ最大の進化点ではあるが、今年発売されたA8Fは同じOLEDパネルを使うことになる。もちろん、X1 Ultimate搭載で画質は向上しているが、それだけかと言うと実は他にも違いがある。

X1 Ultimateを搭載したZF9

 それが「ピクセルコントラストブースター」だ。

 現在、テレビ用に生産されているOLEDパネルは、いずれも輝度を伸ばす際に白色画素を併用する。このため白画素が光り始める輝度レンジではだんだんと色域が狭くなる。これは原理的なもので避けられないが、さらにパネルと組み合わせるコントローラの制御が入り、白画素が光り始めるときにRGB各画素の輝度が下がって色純度がさらに下がってしまう。

 OLEDテレビとはこういうものだと思っていたのだが、実はそこに手を加えましたということらしい。

 この狭くなる領域は、実はかなり高い輝度領域なので、暗室での画質評価ではほとんど気づかないレベルだ(と筆者は思う)。しかし、一般的な家庭で照明を明るくしている、あるいは昼間に観るといったシーンで、前述したHDリマスターが働いた映像を存分に楽しもうという場合は、そうした高輝度領域での色再現も可能な限り引き出したい。

 具体的にどのようにしているのかは不明だが、白画素が光り始めたあとも、可能な限り広い色域が出るようにドライブするのだという。

 また画面全体をスピーカーにするアコースティックサーフェイスも、大幅なアップデートを果たした。

 A8Fでも低域ユニットとのクロスオーバーが下がり、音の自然さが増していたが、今回はアクチュエータの改良を加えた上で、中央にもアクチュエータを追加。画面上に3つの音源を形成する。

 加えてウーファーも背面放出で壁の反射を使うタイプではなく、左右に配置して画面の左右両端から回折させる方式を採用し、壁との距離や配置に依存しない低域再生を実現した。つまり3.2チャンネル構成のスピーカーシステムとなり、内蔵するバーチャルサラウンドを併用すると、単体でも立体的な音響を楽しめる。以前には残っていた歪みっぽさもかなり軽減されており、落ち着いた聞きやすい音になっていた。

 加えてホームシアターを構築したい方に活用を勧めたいのが、センタースピーカーモード。AF9の画面全体をセンタースピーカーとして利用するもので、このためにスピーカーとしての(AVアンプなどからの出力を受ける)入力端子を備えている。

 このセンタースピーカーモードでは、アクチュエータの駆動方法も少し変え、より音質が高まるというオマケもある。サラウンドシステムを組まない場合でも、左右のスピーカーを追加するだけで、セリフ位置が画面のど真ん中に来るのはうれしい。

ZF9の注目はX-Wide Angle

 一方、液晶のZF9の最大の注目点は、なんと言っても広視野角を実現したX-Wide Angleだ。ちなみに「X-Wide Angle」は単一の要素技術を指すものではなく、液晶テレビで必要となる複数の光学的要素を組み合わせることにより、トータルの視野角を拡大しているという。

X1 Ultimateを搭載したZF9

 このため、今後は新たな技術要素を加えたり、あるいは現在使っている技術をアップデートすることで、さらに進化させていく可能性はあるとのこと。

 実際にその映像を観ると、視野角のあまりの広さに誰もが驚くに違いない。VA型液晶の場合、大型になると視線入射角が右と左、上と下で変化するため、人肌のホワイトバランスが変化してしまうなど、単に正面から観ればいい……という以上の問題を引き起こしていた。

 しかし、X-Wide Angleが組み込まれたZF9は、よほど端からのぞき込まない限り、視野角を意識することはない。IPSパネルと比較してもZF9の方が、ずっと安定した見え味と断言できるほどだ。

 “複数の光学技術の組み合わせ”ということで、今後はコストを下げられるのか?といった問題はあるかもしれない。しかし、4K液晶パネルの市況で、70インチ台の大型パネルも下がってきていることを考えれば、ここまで視野角が見事に改善されるならコスト競争力もあるのでは? と思わせる。

 この製品が市場に出回れば、他社も何をやっているのかを分析し始めるだろう。しかし、長尾氏は「もともとソニーは上位モデル向けのパネルに関して、液晶基盤だけを購入してきて、バックライトや前面フィルタなどの組み立て工程は自分たちの工場でやってきました。高画質に大きく関わる部分だからです。X-Wide Angleは、単なる技術の組み合わせだけでなく、組み立て方法など様々なノウハウがあって実用化されたものです」と話す。

 なお“視野角が広い”=“より光が拡散する”ため、従来よりも多くのバックライト光量が必要となるが、LEDの発光効率向上や光利用効率の向上などで消費電力を増やさず、むしろピーク輝度は従前の直下型LEDバックライト機よりも上がっているとのことだ。

 液晶には黒浮きや局所コントラストの低さといった課題がある一方、ピーク輝度の高さ、明部の色再現域の広さ、全黒からの光り出しのなめらかさといった長所もある。そして何よりも大画面化しやすい(同じ直下型LEDバックライトコンポーネントを使っていれば、大画面化すれば分割数も増える)となれば、OLEDではなく液晶の方が良いというケースもあるだろう。

「液晶でもOLEDでも、それぞれの方式で可能な限りの高画質化を、同じ映像処理の品質で用意しました。あとは予算と欲しい画面サイズ、あるいは導入する部屋やニーズに応じて選んでもらえればと思います」(長尾氏)

“謎”の新モード「Netflix Calibrated Mode」

 Masterシリーズには「Netflix Calibrated Mode」が加わっている。これは新しい画質モードとして機能するもので、他社に観られたTHXモードとよく似たアプローチと言えるが、実はその経緯や目的はかなり異なる。

 THXは規格としての測定基準を設け、設定されたテストに合格することで得られる認定だ。そしてTHXモードとは、そのテストを通過するためにメーカーが作り込む。しかし、ディスプレイの癖などを考慮しているわけではないため、しばしばTHXモードの方が画質の印象がよくないといった問題も引き起こす。

 一方、Netflix Calibrated Modeは映像制作会社としてのNetflixと、ソニーが共同で画質調整を行なったモードだ。Netflixは4K/HDRでほとんどのオリジナル作品を制作しており、内部に映像制作からポストプロダクションまでをサポートする技術部隊も抱えている。なにしろ年間数1,000億円規模の投資をしているのだから当然だろう。

Netflix再生時の画質をNetflixが監修

 そのNetflixの技術チームから「このテレビならば、自分たちのワークフローでこだわってきた映像が、そのままの形で楽しめる」という民生用テレビセットが欲しいとリクエストを受け、彼らに画質調整パラメータやツールを開放した上で生まれたのがNetflix Calibrated Modeだ。

 HDR映像を映す場合のロールオフ特性などは同じだろうだが、色再現や明暗のトーンはNetflixのエンジニアの手によるものだという。このモードは規定値ではオフとなっているが、映像オプションでオンにすると、Netflixアプリを立ち上げた際に自動的に適用され、Netflix以外の映像では自動的に元の映像モードに戻る。

 ロストインスペース プロデューサーのザック・エストリン氏は、こだわって細かなディテールまでCGで再現し、映像表現を追い込んできた映像が制作課程で観てきたそのままの雰囲気で再現されることに感激したという。

 ソニー謹製の映画モードと比較するのも一興かもしれない。

本田 雅一

PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。  AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。  仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。  メルマガ「本田雅一の IT・ネット直球リポート」も配信中。