第256回:[BD]スカイ・クロラ ブルーレイ

シアタールームがフライトシム化
素直に楽しめる新感覚・押井映画

 このコーナーでは注目のDVDや、Blu-rayタイトルを紹介します。コーナータイトルは、取り上げるフォーマットにより、「買っとけ! DVD」、「買っとけ! Blu-ray」と変化します。
 「Blu-ray発売日一覧」と「DVD発売日一覧」とともに、皆様のAVライフの一助となれば幸いです。


 

 

■ とっつきやすい押井映画?



スカイ・クロラ ブルーレイ
 通常版



(c)2008 森 博嗣/「スカイ・クロラ」製作委員会

価格:8,190円
発売日:2009年2月25日
品番:VPXV-71014
収録時間:約122分(本編)
映像フォーマット:MPEG-4 AVC
ディスク:片面2層×1枚
画面サイズ:16:9(ビスタ) 1080p
音声:(1)日本語
     (ドルビーTrue HD 6.1ch)
    (2)日本語
     (DTS-HD Master Audio 6.1ch)
発売/販売元:バップ

 毎朝、朝食を食べながら日テレの情報番組「スッキリ!!」を眺めているのだが、日本テレビ開局55周年作品である押井守監督のアニメ「スカイ・クロラ」の公開前は、連日その情報が紹介され、なんとなく居心地が悪かった。

 押井監督は大好きだし、DVD/BD/小説/書籍など大抵のものは持っている。このコーナーでも監督作を嬉々としてレビューしてきたので情報自体は嬉しい。だが、全国ネットの、しかも朝の番組で押井作品の話を延々とされると、あまりに自分の中のイメージと真逆で、なんというか、いたたまれない気持ちになってくる。私が「押井作品=アニメファンの一部が喜ぶマニアックな作品」という古い考えにとらわれているからだろう。

 気持ち悪いちファンの心情はともかく、「笑っていいとも!」へのゲスト出演も果たした監督。活発な宣伝活動の裏には、アニメファン以外の若い人達にも作品を観て欲しいという強い想いがあったようだ(声優・小清水亜美ゲスト時に負けないほど冷静に観られなかったが)。

 そんな「スカイ・クロラ」。実は最近の押井作品の中では最も期待していた1本だ。最大の理由は、森博嗣の原作小説をベースに、「世界の中心で、愛をさけぶ」で行定勲とコンビを組んだ伊藤ちひろが脚本を担当していること。

 個人的な考えとして、押井監督本人が原作や脚本を担当すると、同氏のメッセージ性が強くなりすぎて、“マニアックだけど面白い”というバランスが崩れ、“マニアック”な部分だけが残るような作品になりがち。パトレイバーや攻殻機動隊など、既に存在する設定や物語を“押井流”にアレンジすると、名作が生まれやすいのではないかと勝手に予想しているのだ。

 そういった意味でこの作品は、難解な“押井節”は極力抑えられ、“とっつきやすいが、深く考えるとキリが無い”という、不思議な映画に仕上がっている。アニメや押井作品に詳しくない人にはもちろん、押井作品を見慣れた人にとっても要注目の作品と言えるだろう。


 


■ よくわかりませんが戦います

 主人公の函南優一(カンナミ・ユーイチ)は、戦争請負会社ロストックに所属する戦闘機パイロット。前線基地「兎離洲(ウリス)」に配属された彼は、過去の記憶が曖昧だ。わかっているのは自分が思春期の姿をとどめ、大人にならない“キルドレ”と呼ばれる特殊な存在であること。空で戦うことが彼の全て。戦闘機の操縦は体に染みついており、彼は兎離洲のエースパイロットとなっていく。

 そんな彼が気にしているのは、基地の女性司令官・草薙水素(クサナギ・スイト)の事。彼女もかつてエースパイロットとして空で戦った“キルドレ”の1人だというが、他者を寄せ付けない性格のため、詳細はわからない。「ユーイチの前任者を殺した」、「瑞季(ミズキ)という妹がいるが、実は娘らしい」など、噂が絶えない彼女に、なぜか惹かれていくユーイチ。だが、そんなユーイチにスイトは「私を殺してくれる? さもないと私たち、永遠にこのままだよ」という思いがけない言葉を口にする……。

 あらすじだけだと、パイロットを主役にした戦争映画に見えるが、実際はファンタジーに近い。舞台は日本ともヨーロッパとも定まらず、時代も不明。主人公達が駆る戦闘機「散香」は、第二次大戦末期に作られた帝国海軍、幻の戦闘機・震電(しんでん)に似ているし、戦う相手もフォッケウルフっぽいので科学技術レベルはその頃を想像するが、ナウシカに出てくるバカガラス(大型輸送機)みたいな重爆撃機も出てきたりと、わりと“なんでもあり”な世界観のようだ。

 興味深いのは戦争をしているのが国家ではなく、戦争請負会社であること。と言っても、現代の民間軍事会社とは異なり、侵攻前に相手に事前通告を行なったり、被害が大きくなりすぎると途中で戦争を“中止”したりする。つまりどちらかが勝利するために戦っているのではなく、“戦うこと”そのものが目的の、“戦争ショー”に近い。だが、ゲームと言うわけではなく、使われている兵器は本物。大人にならないキルドレも不死身ではなく、キッチリ死ぬ。淡々と描かれているが、なかなか酷い設定だ。

 そもそもキルドレとは何か? なぜ必要のない戦争をしなければならないのか? 大人にならないキルドレが子供を産むとはどういうことか? これらの謎が作品に引き込まれるポイントとなる。だが、この作品が独特なのは、そうした謎が積極的に解明されないことだ。

 主人公のユーイチは記憶が曖昧なためか、とらえどころのない青年で、何事にも感心が薄い。その心情を反映してか、映像の色味も全体的に薄く、世界が希薄なイメージだ。一応「キルドレってなんだろう? なんで戦争しなくちゃならないんだろう?」と疑問に思ってくれるが「とりあえず今日は寝ます」という感じでなかなか話が前に進まない。観客は仕方なく、登場人物の何気ない一言や仕草などから、隠された背景を類推する必要がある。原作小説を彷彿とさせる演出で、想像力を働かせて楽しむ姿勢が重要になる。逆にそれを放棄すると日常描写があまりに淡々としているので眠くなりそうだ。

 というのも、待ち構えていても“巨大な陰謀”や“影の黒幕”が現れないのだ。キルドレの殺し合いは日常の風景の1つとして、喫茶店に置かれたテレビで薄く流れるニュースの1つとして埋もれていく。浮き彫りになる、平和に暮らす普通の人々が“戦争は大変だねぇ”、“私の周囲は平和で良かった”と思うためだけに存在する“戦争ショー”という図式。陰謀や黒幕よりもある意味残酷な状況が、この作品の核と言っていい。

 押井監督は講演などで「戦争が無くならない要因の1つに、人間が“他人の戦争”を楽しいと感じる事がある」と語っている。スカイ・クロラの世界の人々が、戦争ショーを娯楽として楽しんでいるかは不明だが、気の毒な戦場の情報をテレビや新聞から得ることで、自らの“平和”や“生”を実感しているような描写は随所にある。仮に現実世界で恒久平和が実現したとして、「娯楽としての戦争が人間にとって必要になるか?」 はわからないが、“戦争はテレビの向こう側で起こるもの”と考える人に向けた強烈なメッセージであるのは間違いないだろう。


 

■ シアタールームがフライトシムに

 全体として“静”のシーンが多く、叙情的な映画だが、合間に挿入される戦闘シーンは迫力満点だ。3DCGで描かれたレシプロ機によるドッグファイトは、自由なカメラアングルを活かし、操縦席の一人称視点、機外からの遠景へと自在に移動。機銃掃射で蜂の巣になる場面ではストップモーションが活用される。優美なフォルムの戦闘機と合わせ、非常に美しいドッグファイトだ。

 そんな映像にグッと現実味を与えているのは音。スロットルの操作で咆哮をあげるエンジン音、風にガタガタと軋む機体、風防に叩きつけられる雨のパタパタという音など、細かなサウンドがクリアで生々しく、幻想的な外の風景と、機器がひしめくコクピット内の狭さが、映像と音で同時に表現される。

 約100インチのスクリーンを、2m程度の近距離から鑑賞していたので、一人称視点では完全に自分で操縦しているような気分になった。ハイクオリティな3DCGで描かれているので、気分は次世代ゲーム機でプレイするフライトシミュレータ。眼下に滑走路が近付いてくる着陸シーンでは、地面を求めて無意識に足がピーンと突っ張ってしまった。

 個人的には陸軍好きなので戦闘機はそれほど詳しくないのだが、双発のプッシャー(プロペラが機体後部に設置された形式)など、個性的なフォルムの機体が多く、「押井監督が好きそうな機体ばかりだ(笑)」と見ていて飽きない。プロペラに切り刻まれないよう、パイロットの脱出時にはプロペラが自動で爆散するなど細かい描写もマニアックで、その手のマニアも楽しく観られるだろう。個人的にはチャプター15の大規模侵攻シーン、空を覆う大編隊の格好良さだけでBDに払った値段のことは忘れてしまった。


 

■ サウンドと映像は極めてクリア

  前述のようにサウンドのクオリティは非常に高い。空戦シーンでは前後左右のスピーカー間を戦闘機が飛び回り、三次元的な動きで繰り広げられるドッグファイトの怖さを巧みに表現している。日常描写では音の数こそ少ないものの、室内の暗騒音や冷蔵庫の開け閉め、格納庫の反響音など、細かい音の使い方が上手く、その場の広さが音でよくわかる。

 音声フォーマットはドルビーTrueHD 6.1chと、DTS-HD Master Audio 6.1ch。どちらもロスレスなのでサウンドクオリティ的には同じはずなのだが、聞き比べてみるとDTS-HD Master Audioの方が若干中域の張り出しが強いように聞こえる。大きな違いではなく、機材によっても異なると思うので、どちらで楽しむかは好みの問題だろう。

  映像はHDCAM-SR 1080/24pのマスターから直接AVCエンコードされており、輪郭線やキャラクターの単色部分がとてもクリア。昨今の押井作品では珍しく、フィルムグレインも少ない。そのままだと2Dのキャラクターと3DCGの飛行機の融合に違和感を感じそうだが、全体的な色調が白っぽい、淡い色調で統一されているため、それほど気にならない。ただ、どちらが上手くごまかせていたか? と問われると、「イノセンス」のほうが融合感は高かったように思う。

 青空も抜けるような美しさだが、空気中の塵やゴミによる霞も薄く描かれており、空気感がある。プロジェクタの輝度を若干落とし、コントラストを若干上げると質感とメリハリが良好なバランスで鑑賞できた。雲が全面に広がるシーンなどで調整すると良さそうだ。

 声は、ユーイチを加瀬亮、クサナギを菊地凛子が演じている。最近はアニメの声優を俳優が担当すると聞いただけで貧乏ゆすりが激しくなるほどなので、偏見たっぷりで鑑賞していたが、なかなかどうして、加瀬亮の声は悪くない。誇張を排除した淡々とした語り口は、抑えに抑えたキャラクター達の感情表現とマッチしている。英語も堪能なので、戦闘中の無線での英語も違和感が少ない。

 さらに驚いたのが、お調子者な相棒・トキノを演じた谷原章介。休日に半分寝た頭で「王様のブランチ」を観ていた時には端正なルックスに邪魔されて気付かなかったが、声の表現が非常に豊かで、明るさの中にも秘密を含んだトキノのキャラクターを見事に表現している。クサナギ役の菊地凛子は、余裕の無い女クラス委員長のような“いっぱいいっぱい感”は良かったが、常時“いっぱいいっぱい”な感じだったので、素なのかもしれない。もう少し演技に幅が欲しかったところだ。 


 

■ 疑問が残る商品ラインナップ

 BDビデオ版で残念なのは商品ラインナップ。特典DVDを3枚同梱した「コレクターズ・エディション」が用意されているのだが、これには戦闘機のフィギュアやブックレットなども同梱されており、価格は43,050円と強気の設定。しかも、それ以外のバージョンは本編ディスクのみの通常版(8,190円)しかない。

 押井作品なので、特典ディスクで語られる細かなこだわりやメッセージなども観賞したいところなのだが、「押井ファンならこの価格でも買うだろう」ということなのかもしれないが、この時世、正直言って映画1本に43,050円は手が出ない。フィギュアの出来もかなり良さそうだが、冷静に考えるとPLAYSTATION 3よりも高価なわけで、相当なファン以外は購入の検討すらしないだろう。

 また、BDビデオ通常版のシンプル過ぎる仕様にも驚いた。ケースを開けると本編ディスクとアンケートへの協力を促す紙が1枚入っているだけでライナーノーツすら入っていない。唯一の特典(?)はジャケットがリバーシブルになっていることぐらいだ。本編ディスクに収録された特典映像も予告編のみと極めてシンプル。日本のアニメ映画なので高いのは覚悟しているが、「これで8,190円か……」というのが正直な感想だ。

 特典映像を満載した特別版を、BDビデオ版にラインナップしてくれるのはありがたいのだが、8,000円か4万円かの2択は流石に辛い。通常版を6,000円台にして、特典DVDを1枚くらい加えた中価格版を8,000円~9,000円台で出した方が、多くの人が幸せになれたと思うのだが……。 

BD版 コレクターズ・エディション付属の「散香」のフィギュア「1/72スケール

コレクターズ・エディションの特典ディスクやフィギュアは、主人公が所属するロストックから支給された真鍮製の用具箱をイメージしたケースに入れられている


 

■ 押井映画の新しい形

 「若い人に観て欲しい」という作品だけあり、キルドレ達の姿は現代の若者に重なる部分がある。そんな彼らが大空で殺し合いをしている時だけ、“生”を実感しているような活き活きとした表情になるのは、観ていて色々と考えさせられる。そんな日常の中で、救いを求めるように描かれるラブシーンは美しくも哀しい。西尾鉄也氏が描くキャラクターは性的なものを越えた耽美さを備えているので、女性にも受け入れられそうだ。

 個人的には「イノセンス」の消化不良感を払拭して、久々に「面白かった」と素直に言える押井作品になった。マニアックと面白さのバランスはとれているが、マニアックさが薄まったので、過去の作品と比べると“勢い”が弱いのは確かだが、新しい押井映画の形を垣間見せてくれるのが嬉しい。ただ、“とっつきやすい”と書いたが、かといって万人向けの作品かと言われると判断に迷う。何気ない一言や、無音の“間”に隠された意図を汲み取らなければ存分に楽しめない押井作品であるのは、良い意味で“いつも通り”。エンドロールで席を立ったりディスクを取り出したりすると、重要な要素を見逃すこともあるだろう。

 映像と音声のクオリティを考えると、Blu-rayでの鑑賞は必須と言いたいところ。パトレイバー1、2のオープニング、攻殻の多脚戦車など、時折無性に見返したくなる押井作品は多いが、「スカイ・クロラ」もそんな1枚になりそう。鑑賞後にあーでもない、こーでもないと感想を話し合える人と楽しみたい作品だ。

 

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前回の「攻殻機動隊 2.0 Blu-ray BOX」のアンケート結果
総投票数1,095票
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439票
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買いたくなった
356票
32%
買う気はない
300票
27%
 
 
(2009年2月26日)

[AV Watch編集部山崎健太郎 ]