[BD]「キック・アス」

コスプレして街を勝手にパトロール
最強の11歳覆面ヒロインが大暴れ!


 このコーナーでは注目のDVDや、Blu-rayタイトルを紹介します。コーナータイトルは、取り上げるフォーマットにより、「買っとけ! DVD」、「買っとけ! Blu-ray」と変化します。
 「Blu-ray発売日一覧」と「DVD発売日一覧」とともに、皆様のAVライフの一助となれば幸いです。

 

■ 普通過ぎるヒーローが主人公

キック・アス

(C)2009 KA FILMS LP.
ALL RIGHTS RESERVED.
価格:5,985円
発売日:2011年3月18日
品番:TBR-21066D
収録時間:約117分(本編)+特典約138分
映像フォーマット:MPEG-4 AVC
ディスク:片面2層×1枚+特典ディスク
画面サイズ:16:9
音声:(1)英語
     (DTS-HD Master Audio 5.1ch)
    (2)日本語
     (ドルビーデジタル2.0ch ステレオ)
発売元:カルチュア・パブリッシャーズ
販売元:東宝
 スーパーヒーローと呼ばれる人は皆、何かしらの特殊能力や、人と違う特徴を持っている。スーパーマンや鉄腕アトムのような怪力だけでなく、バットマンやアイアンマンのようなケタ外れの金持ちだったり、やたらゲームがうまくて歯が出ていたり、運だけが強かったりというのも、立派な特殊能力だ。

 今回紹介する「キック・アス」の主人公は、そういったカッコいい特殊能力は全く無い。「唯一の超能力は、女の子から“見えていない”こと」というから泣けてくる。しかし、そんな主人公が、誰にも頼まれていないのに、夜の街の安全を守るためにヒーローのコスプレをして勝手にパトロールを始めるということから物語は始まる。

 原作は同名のアメリカン・コミック。作者は「ウォンテッド」の原作者でもあるマーク・ミラー。映画を知っている人は、手首をスナップさせて銃の弾道を曲げるという、ぶっ飛んだアクションが記憶に残っていることだろう。監督は、「スナッチ」などガイ・リッチー作品に製作として参加し、「レイヤー・ケーキ」で初監督を務めたマシュー・ヴォーン。

 日本では2010年12月に公開されたが、当初は上映がたったの4館。あまり知られていなかった作品だが、ネットでも徐々に話題が広まって、次第に上映館も増えていったという。特殊能力の無い主人公は、どうやって本物のヒーローになっていくのか。期待しながら再生した。


■ 笑顔のオタク紳士ニコラス・ケイジ

 主人公のデイヴは、父親と2人で毎日をなんとなく過ごす、コミックオタクの高校生。放課後、仲間にヒーローへの憧れを熱く語ったりするが、地元のワルに絡まれると速攻で財布を差し出してしまう、ある意味普通の男子高校生だ。

 そんなデイヴが、「なぜ誰もヒーローになろうとしない? 」という疑問を持ったことから、ネットで全身スーツとマスクを購入し、身に着けた自分をカッコいいと思い込み、自警団気取りで街のパトロールを開始。当然、中身はひ弱な高校生のままなので、簡単に返り討ちにあったりするのだが、ある日、決死の覚悟で戦う姿がYouTubeへアップロードされ、その時に名乗った「キック・アス」として一躍有名人になる。デイヴは、周囲の仲間には正体を秘密にしたままヒーロー活動を続けるが、以前から気になっていた女の子を助けて仲良くなるなど、今までとは正反対の自分に生まれ変わる。

 こうやって説明すると、「展開が都合良すぎるし、特徴の無いストーリーでは? 」と思うことだろう。実際、主人公はヒーローになった理由として「いままでのような傍観者でいたくない」という気持ちがあり、これは普通の高校生にはできないことだと感心できるのだが、彼がそうせざるを得ないような事件や、生い立ちがあるわけではない。「なぜ戦うのか? 」への答えが納得できなまま話が進んでいくことから、いまいち感情移入できないまま観ていた。詳細は書かないが、先ほどの美人の女の子と、割と早い段階で恋人になってしまうシーンも、唐突すぎて少し戸惑った。しかし、これは後で考えれば納得がいくものだった。

 ところで、この作品にはもう一つの重要なストーリーが存在する。主人公とは全くつながりは無いが、こちらもコスプレファイター気取りの親子。父親は、ある復讐の想いを秘めた元警官、娘は、父親から「誕生日に何が欲しい? 」と聞かれ「ベンチメイド製のバタフライナイフ♪」と笑顔で答える11歳。実は、この2人が物語の重要な存在となる。

 復讐に燃える父親は、幼い娘にあらゆる殺人術を叩きこみ、自らの相棒として仕立て上げる。娘の方も、父親の信頼に応えて成長し、すばやい身のこなしで双身刀のような武器を振り回しながら容赦なく悪人に制裁を加えていく。この父親は作品で唯一の有名俳優といっていいい、ニコラス・ケイジ。製作者としてブラッド・ピットとともに参加し、実生活でもコミックオタクを自認する彼が演じるこの男は、武器や戦闘に精通しているだけでなく、「ジョン・ウーの長編第1作は? 」などといきなり娘に出題するような、オタ知識も兼ね備えた豪傑だ。温和な笑顔の一方で、観る者に「こいつはホンモノだ」と警戒させる雰囲気を持っている。

 父親は「ビッグ・ダディ」、娘は「ヒット・ガール」としてコンビで悪人退治をするのだが、その目的は、あくまでもある男への復讐というだけあり、スーパーヒーローとは無縁のダークな存在。敵をやっつけた後には、落ちている金をせっせとバッグに詰め込み、夜の街に消えていく。



■ 11歳の“かわいい殺し屋”に瞬殺

 さまざまな偶然も重なり、ヒーローとなったキック・アスだが、地道に体を鍛えるシーンや、時々サマになるセリフがある割に、戦い方は相変わらず頼りない。コミックオタクということで、その知識を活かした戦いでもすれば盛り上がる気もするが、ほとんどが不意打ちみたいな戦い方で、一生懸命さは十分伝わるが、お世辞にもカッコいいとは言えない。演じたアーロン・ジョンソンの「体を鍛えるな、というオーダーがあった」との言葉通り、見事なダメっぷりだ。

 一方で、ビッグ・ダディとヒット・ガールは目の覚めるようなアクションや、予想外の戦法などで、観る人に爽快感を与える。敏腕の元警官だったビッグ・ダディはどう見てもバットマンそのものだが、こちらは単なるコスプレではなく、ムダの無い身のこなしで次々と相手を仕留める。ヒット・ガールも、さすが英才教育を受けただけあり、その小さな体からは想像できない動きで、大男たちをなぎ倒していく。短い時間ではあるが、リベリオンばりのガン=カタ風アクションも見どころだ。2人がキック・アスと手を組んで戦い始めると、より一層、2人の洗練された戦い方が際立つ。

 こうして観ているうちに、実はこのヒット・ガールこそがこの映画の主人公であり、スーパーヒロインなのでは? と思い始めた。口汚い言葉で悪人どもを罵りながら、容赦ない攻撃で血祭りに上げていく姿は、現実社会だったら全く褒められたものではないが、登場人物の中で一番カッコいいのだから仕方がない。

 ヒット・ガールを演じているのは「悪魔の棲む家」や「(500)日のサマー」に出演したクロエ・グレース・モレッツ。ほとんどのアクションを自分でこなしたとのことだが、“天才子役”に特有の大仰な演技ではなく、子供らしい一面ものぞかせるところが、彼女も普通の女の子であることを強く印象付ける。誕生日プレゼントにもらったバタフライナイフを器用に操りながらも、実はよく見ると“薄目”になっていたり、ピンチで泣きそうになっているところなどは素直にかわいい。一方で、芯が強い彼女は、主人公からちょっと助けられたぐらいでは、好きになってしまったりはしない。美人に気に入られてすぐ付き合う主人公は、とても人間らしいのだが、11歳にして孤高のヒロインとなったヒット・ガールはそれと対照的に描かれていて、存在が際立っている。

 ニコラス・ケイジはクロエについて「彼女には、愛さずにはいられない生来の魅力がある。演技ではなく、ただ好きになってしまうんだ」とストレートに表現している。この映画を観て11歳の覆面暴力少女を好きになってしまったとしても、自分のことを心配する必要はまったくない。

 このように、映画のほとんどは、ヒット・ガールのカッコいい戦闘シーンを引き立たせることに注力されている。そもそも、監督のマシュー・ヴォーンは初監督作「レイヤー・ケーキ」で、配給会社の目を盗んで別バージョンのエンディングを作って、結局そちらが採用されたという過去がある。今作も、キック・アスという主人公を一応は立てておきながらも、実はヒット・ガールの活躍を描きたくてたまらない気持ちが随所ににじみ出ている。なお、既にお分かりの方もいると思うが、残虐なシーンや乱暴な言葉がこれでもかとばかりに登場する、R-15指定だ。苦手な人は最後まで観られないかもしれないので、注意してほしい。



■ 音楽へのこだわりも作品を盛り上げる

 作品の魅力は、ヒット・ガールの他にもある。作曲家が4人も参加したという音楽だ。キャストを見ても高い予算とは思えないこの作品だが、実は随所で音楽がいい役割を果たしている。ヒーローものだけに、「スーパーマン」風の勇壮な曲が流れたと思えば、クラシック、ウエスタンと、場面ごとに大きく雰囲気が変わり、予測がつかない楽しさがある。残虐極まりない戦闘シーンで、ノリの良いガールズパンクが流れるというように、あえて“外した”選曲も心地よい。また、マルチチャンネルのスピーカー間を行き交う銃声など、戦闘時の効果音も迫力がある。

 既報の通り、この作品はBlu-ray発売に当たり、一度仕様の変更が発表されていた。当初は本編BDの仕様を片面1層としていたが片面2層に変わり、英語音声がDTS 5.1chから、DTS-HD Master Audio 5.1chのロスレスに変更された。最初の発表時は、なぜDTSのみ? と疑問に思っていたが、容量が増えたことでこの作品の魅力の一つである音声をより楽しめるようになったので、この仕様変更は歓迎したい。

BDのジャケット。センターを張るのがヒット・ガール(C)2009 KA FILMS LP. ALL RIGHTS RESERVED.

 映像はMPEG-4 AVC/H.264の1080iで、ビットレートは40Mbps前後で推移する。ギャングが頻繁に登場し、夜のシーンも多いことから、全体的には「ダークナイト」のような寒色系のシーンが目立つが、放課後などのシーンでは明るい肌色が目立ち、対照的な効果を持たせている。

 BD版には特典DVDも付属。「等身大ヒーローメイキング」、予告編集、「ヒット・ガール 初! 来日オリジナル映像」を収録している。さらに、ブックレットとトレーディングカードも同梱。アウターケースも付属する。こうした特典付きで価格が5,985円というのは、映画を気に入っている人なら決して高く無いが、初めて観る人に対して、気軽には勧めにくい。

 メイキングでは、監督の音楽へのこだわりや、スタッフ全員が純粋に「ヒーローが大好き」という想いが伝わる。また、ここでも皆がヒット・ガールを大好きだということが十分わかる。来日記念の映像特典というのも、主人公やニコラス・ケイジではなくヒット・ガール。この作品の魅力のなんたるかを、企画側がしっかり把握している。単にスケジュールの問題だったのかもしれないが。なお、BD/DVDのジャケットでもセンターにいるのはヒット・ガールだ。作品を知らなければ、左上で微妙なキックをかましている緑が主人公だとは誰も思わないだろう。



■ “主人公以外”がとても気になる作品

 「キック・アス」という言葉は単語だけで見るとあまりいい印象ではないが、“クール”、“活躍する”といった意味で使われる言葉だ。主人公が劇的なパワーアップをするか、しないかは観てのお楽しみだが、ある事件をきっかけに、大きな決断をして、本物のヒーローへと育っていく過程が見どころ。

 「特殊能力が無くても、人はヒーローになれる」というのがテーマの本作。主人公が無力すぎるという点で、ヒーローものとしては異質だが、最終的には主人公の強い意志が周りに力を与える、極めて王道のストーリーがベースに据えられている。バットマンやスーパーマンなどを少しでも知っていると楽しめるセリフなども随所に出てくるが、小難しい設定や、アメリカ人だけが受けそうなネタは少ないので、アメコミ原作はちょっと……という人にも勧めたい。

 特典のメイキングでは、撮影監督が「この作品は、ヒーロー映画へのオマージュなんだ」と語っている。撮影風景や音楽の制作などを見ると、スタッフはみんなヒーローが大好きで、自分の好きなヒーローを形にしたい、という気持ちが伝わってくる。

 一方で、残虐なシーンも多く、特に小さな子供が下品な言葉を口にしたり、大人から暴力を振るわれたりする姿は、立て続けに観ると気分のいいものではない。ただ、監督もそうした非難を受けることを承知していたという通り、これらの行為は作品の中で“悲しい現実”として描かれているが、決して正当化されてはいない。ヒット・ガールは自分を殺しのエキスパートに育てた父に対しても、自分への愛情を感じていたことを明かすシーンがある。歪んだ形なのだろうが、これは他人が立ち入れない、本人たちだけの感情だ。

 さて、これまで詳しく触れていなかった悪役だが、ヒーローのふりをしてキック・アスに近づき、彼らを陥れようと企むギャングのボスの息子、クリスの存在にも注目したい。キック・アスに勝るとも劣らない弱さなのだが、彼には金と権力がある。ロックスターのように髪を逆立てて「レッド・ミスト」と名乗り、フォード・マスタングにスーパーチャージャーをつけたバット・モービル風のクルマを乗りまわす、気持ちのいいドラ息子ぶりだ。

 演じているクリストファー・ミンツ=プラッセは、デビュー作が「スーパーバッド 童貞ウォーズ」であることを知らなくても十分インパクトが伝わる、味のある風貌と演技。いかにも空回りしそうな点では、完全に主役を食っている。ボスである父に憧れる一方で優しいところもあり、つるんでいるうちにキック・アスを友達だと思ってしまうようないいヤツなのだが、彼が本物の悪としての自覚に芽生えていく姿も興味深いポイントだ。彼らは最終的に対決するわけだが、実は既に「Balls to the Wall」というタイトルで続編の製作も決定している。成長したヒット・ガールの活躍はもちろんのこと、ダメヒーローVSダメ悪役の今後の戦いにも、大いに期待したい。



●このBD DVDビデオについて
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前回の「天空の城ラピュタ Blu-ray」のアンケート結果
総投票数2,076票
606票
29%
1267票
61%
203票
9%
(2011年3月22日)

[AV Watch編集部中林暁 ]