大河原克行のデジタル家電 -最前線-

パナソニックの成長の鍵を握る戦略組織「GCM」とは?

~パナソニック・坂本俊弘副社長に聞く~


パナソニック・坂本俊弘代表取締役副社長

 パナソニックは、2012年1月に、グローバルコンシューマーマーケティング部門(GCM)を新設した。日本で成功したマーケティング本部の仕組みをグローバルで展開するものともいえ、同社が2018年に向けた中長期の成長戦略を描く上で、重要な役割を担う組織となる。

 グローバルコンシューマーマーケティング部門では、モノづくりを行なうビジネスユニットと、全世界のマーケティング部門と販売会社との新たな関係を構築することで、バーチャルコンシューマードメインをグローバルで確立。「グローバル展開を想定した企画・開発、生産・販売を推進」する。その中核的役割を担うのがグローバルコンシューマーマーケティング部門だ。同部門の総括担当であるパナソニック・坂本俊弘代表取締役副社長に、その狙いを聞いた。


■ 一気通貫のバーチャルコンシューマードメインを確立

2012年1月からのパナソニックの新組織体制

 パナソニックは、2012年1月に、三洋電機、パナソニック電工を一体化した新たな組織体制へと移行。既存の技術プラットフォームをベースとした5つのセグメントによるドメイン体制から、コンシューマー、ソリューション、デバイスという3つのビジネスモデル別事業体制へと再編した。

 コンシューマー事業分野においては、薄型テレビをはじめとするAVC製品を担当するAVCネットワークス社、白物家電を担当するアプライアンス社の2つのドメイン会社を持ち、ここで開発、製造が行なわれる。そして、これらの製品の販売、サービス、マーケティングをグローバルに展開するのがGCM部門となる。

 「これまでの商品縦割り、地域縦割り、業務重複による非効率性を排除し、開発、製造、販売までを一気通貫するバーチャルコンシューマードメインをグローバル規模で確立することになる」と、坂本副社長は1月からの新たな体制を位置づける。そのなかで重要な役割を担うのがGCM部門ということになる。

コンシューマー事業分野での3つの組織

 GCM部門には、AVCマーケティング本部、アプライアンスマーケティング本部、CS本部の3つの本部を設置。その下に、地域マーケティング会社が置かれる。日本の場合は、AVCマーケティングジャパン(AVM-J)、アプライアンスマーケティングジャパン(APM-J)の2つの地域マーケティング組織を設置。従来のマーケティング本部機能を継続する一方、北米ではこれまでバラバラだった米国とカナダのマーケティング体制をパナソニックコンシューマーマーケティングカンパニー オブ ノースアメリカ(PCMNA)に一本化。

 そのほか、欧州を統括するドイツのパナソニックコンシューマーマーケティングヨーロッパ(PCME)、アジア地域を統括するシンガポールのパナソニックコンシューマーマーケティングアジアパシフィック(PCMAP)、中国でマーケティングを行なうパナソニックコンシューマーマーケティング中国(PCMCN)の地域ごとの各マーケティング会社のほか、システム事業の拠点も兼ねる東欧市場向けのパナソニックコンシューマーマーケティングCIS(PMCIS)、ドバイのパナソニックコンシューマーマーケティングミドルイーストアフリカ(PMMAF)、パナマのパナソニックコンシューマーマーケティングラテンアメリカ(PMLA)においても、各地域におけるコンシューマー製品に関するマーケティング活動を行ない、それぞれの地域の販売会社と緊密な連携を取ることになる。

 「ソリューション事業分野、デバイス事業分野は最終ユーザーの顔が見えているビジネス。そのため、すでにグローバル規模での一気通貫の体制が構築できていた。しかし、コンシューマー事業分野は、パナソニックからは最終ユーザーの顔が見えにくい。なかなか一気通貫体制が構築しにくいという状況にあった。これを解決するマーケティングプラットフォームが、GCM部門となる。世界各地域の市場動向を的確に捉え、販売活動を行なうために、24時間365日、コンシューマー商品の成長戦略に特化して、マーケティングおよび営業活動を行なう組織。加えて、商品企画とマーケティング機能の抜本的強化が可能になること、スピーディー、シンプル、ストラテジックという3S経営の実践が可能になる」と坂本副社長は語る。

 これまでの体制では、地域縦割りとなっていたことで、海外販売会社が売り上げ予算を達成するために、大規模なシステム商談があった場合にはそちらを優先させ、コンシューマー製品の販売活動、マーケティング活動が後回しになったり、リソースが割けなかったりといった問題がたびたび発生していた。

 「コンシューマー製品の販売、マーケティングだけを考える組織を確立することで、グローバルにコンシューマー製品を継続的に成長させることができる体制が整う」というわけだ。

 GCM部門の陣容は、全世界で1万5,750人。そのうち約半分に当たる約7,600人が日本人だが、残りの半分は外国人。とくに海外では現地の外国人社員が、現地に密着した形で販売、マーケティング活動を行なうことになる。

 従来の地域ごとの販売会社、マーケティング組織による縦割り体制に比べると、重複していた機能を排除することで、15%程度の人員を削減したが、海外における陣容は5割も増加しているという。

 海外市場において、コンシューマー製品で戦う体制を整えたともいえる。


■ 10年前に設置したマーケティング本部の成功を展開

 では、なぜGCM部門がパナソニックの成長戦略において、重要な役割を担うのか。

 それを理解するために、いまから約10年前となる、2001年に日本国内に設置したマーケティング本部の役割を知っておくことがいいだろう。

 パナソニックが創業以来初めて、マーケティングの名を冠したこの組織は、AVC製品のマーケティング活動を行なうパナソニックマーケティング本部と、白物家電製品のマーケティング活動を行なうナショナルマーケティング本部で構成され、それは今回の新たな組織でも、AVCマーケティングジャパン、アプライアンスマーケティングジャパンとして引き継がれている。

 この組織は、従来の事業部中心のモノづくりを破壊する役割を担った点が特徴だった。パナソニックのかつての体制は、事業部が開発した製品を、販売会社が売るという、いわば「主従関係」があった。極論すれば、事業部が作った製品が優先され、売れないのは営業が悪い、という構図だったのだ。

 だが、マーケティング本部では、事業部が開発した製品でも、市場で売れないと判断したら仕入れなくてもいい、という関係を構築した。つまり、事業部側は、市場の声を知るマーケティング本部が、首を縦に振らないような製品を作ることは不可能となり、結果として、作り手主導のシーズ型モノづくりから、顧客起点のニーズ型モノづくりへと転換することに成功したのである。

 さらに、それまでは事業部ごとに宣伝予算が計上されていた体制も見直された。従来は、テレビ事業部などの売り上げが多い事業部では大規模な宣伝が可能だが、売り上げの小さい部門や新規参入する事業においては、効果的な宣伝投資ができないという環境を生んでいたのである。

 しかし、マーケティング本部が事業部を横串にしたことで、宣伝予算を戦略的製品へも投資できるようになり、同時に新規製品にも大規模な宣伝予算を投入することができるようになった。

 当時、その効果が最も発揮されたのがデジタルカメラのLUMIXであった。パナソニックにとっては新規参入分野であり、しかも市場では後発であったデジタルカメラは、従前の体制では、大規模な宣伝予算は計上することができなかったのは明らかだ。

 だが、マーケティング本部の体制へと移行していたことで、発売にあわせて、歌手の浜崎あゆみさんを起用した大々的なプロモーションを展開。これだけの宣伝予算を新規製品に投入したのは、マーケティング本部の存在抜きには成し得なかったのだ。

 新設されたGCM部門の役割もこれと同じだ。日本で展開し、成果を収めた仕組みをいよいよグローバル規模で展開する仕組みとなる。

 各国の販売会社やマーケティング会社から集約した要求をもとに、新設したAVCマーケティング本部や、アプライアンスマーケティング本部は、日本と同様に、開発、製造を行なうビジネスユニットと商談を行ない、製品を仕入れて、全世界の販売会社を通じて展開することになる。

 日本におけるこれまでの仕組みと異なるのは、為替の影響や各国ごとの制度に準拠した取引が発生している点。そして、業績評価については、マーケティング本部とドメイン会社の売り上げ、利益の総計によって行なわれるという点。「マーケティング本部が黒字でも、ドメインが赤字であれば、マーケティング本部の業績評価は下がる。お互いに緊張感を持った関係を維持していくことになる」という。


■ 横串にすることで可能になる新たな展開

新興国攻略においても、グローバルコンシューマーマーケティング部門が果たす役割は大きい

 坂本副社長は、「これまでの組織体制では、ドメインの実力以上のことができず、結果として、海外向け商品が弱かったという反省がある。GCM部門は、商品企画とマーケティング機能を抜本的に変える組織」と語る。

 では、ここでいうドメインの実力とはなにか。坂本副社長は次のように説明する。

 「従来の体制では、地域の販売会社がこんな製品を欲しいといっても、地域ごとの縦割り組織だったため、一定の数量がまとまらないと製品化できないという問題があった。結果として、戦略的な製品を、タイムリーに投入することができず、海外市場で遅れをとる要因にもなっていた」

 ドメイン中心の体制が、市場が要求する製品を作りにくい状況を生み出していたともいえる。だが、これが横串となるGCM部門によって解決される。

 各国の販売会社、マーケティング会社から吸い上げた情報をもとに、グローバル規模での調達量をベースとした商品企画の提案が可能になり、ドメイン側も、数量がまとまることで、戦略的製品をタイムリーに開発、生産できるようになる。

 具体的な成果は、GCM部門設置前の試行段階で、すでに出ている。例えば、パナソニックが2011年4月に中国で販売したマイコン炊飯器は、現在、26カ国で販売。計画値に対して3割増という販売台数を記録したヒット商品となっている。

 もともと中国向けに開発した製品を、26カ国に同じ筐体で展開しているが、フロントパネルに設置された4つのワンタッチボタンのうち、「標準白米」、「白米快速/蒸し」、「お粥/スープ」という3つのボタンは統一したものの、最後のひとつは、国の事情にあわせて変更できるようにした。中国では「雑炊」となり、アジアでは「玄米」となっている。炊き方をマイコンで制御することで、その地域に最適化した形での商品化を実現。さらに、市場を横断して大量生産したことで、53ドルという価格帯では1ランク下の炊飯器並の価格を実現した。これは今後、日本でも展開することになるという。

インド向けの32型の液晶テレビ「TH-L32C33」

 さらに、横串の成果はこんなところにも出ている。

 インドでは、32型の液晶テレビとして、バックライトの蛍光管を一本とすることでボリュームゾーン向けの価格を実現した「TH-L32C33」を発売。インド市場における32型液晶テレビの販売台数を前年比8割増とした。この成功事例を、同じ需要が期待できるナイジェリアで展開する一方、蛍光管部分をLEDに置き換えた省エネモデルを日本に展開。これは現在、パナソニックの国内における32型液晶テレビで、最も販売台数が多い製品となっている。

 これまでは特定の地域に限定されていたものが、製品の横展開という形で広がりをみせているのだ。

 また、プロモーションなどでもグローバルでの横展開が開始されている。

 理美容製品であるPanasonic Beauty製品群では、現在、台湾、香港、韓国へとアジア展開を加速しているが、その際に、日本での成功事例をそのまま活用している。現地のタレントなどを起用するのではなく、アジアでも高い人気を誇る仲間由紀恵さん、亀梨和也さんをそのまま起用。日本と同じメッセージを活用しながら展開を開始した。

 同様に空気清浄機やヘアドライヤーに搭載しているナノイー製品についても、中国、アジアに展開する際に、20代女性をターゲットに「群」展開を行なうとともに、キャラバンカーを利用した体験型販売を実施するなど、やはり日本での成功事例を活用したプロモーションを開始している。これも、ノウハウが共有できなかった地域縦割組織では成し得なかった取り組み事例のひとつだといえる。

 パナソニックでは、今後、「エコナビ」をグローバルに訴求する考えを示す。ここでもGCM部門が果たす役割は大きいといえそうだ。


■ 生活研究をグローバルに展開

 もうひとつ、見逃せないのが、コンシューマーリサーチセンターの設立である。

 パナソニックは、現地のスタッフを中心に、実際に家庭に訪問して、どんな生活をしているのか、どんな家電製品の使い方をしているのかといったことを調査する「生活研究」を各地で行ない、それを商品企画に反映させ、地域密着型のモノづくりを推進してきた。

 先に触れたインド市場向けの液晶テレビも、壁掛けの比率が32型では90%以上と高いことから軽量化したり、映画好きが多いという国民性を反映して、音にこだわった仕様とする一方で、バックライトの蛍光管を一本とし、購入しやすい価格を実現した。これもインドでの生活研究を反映したものだ。

 現在、ドメインが持つ生活研究拠点は、上海、インド、ドイツ、インドネシア、マレーシア、フイリピン、台湾、タイの8カ所。地域の販売会社が持つ生活研究拠点はベトナム、インド、ブラジル。さらに、現地のニーズにあわせたデザインを行なうデザイン拠点が、ロンドン、ニューヨーク、上海、マレーシアに設置されている。

 「ドメインでは、商品軸からの生活研究を行ない、地域販売会社ではローカルな顧客および商品からの生活研究を行なう。また、デザイン拠点では感性軸からの生活研究を行なっていた。これらの活動を、グローバルな生活研究ハブ拠点とするのが、コンシューマーリサーチセンター。顧客軸からの生活研究を行ない、事業横断、地域横断でのグローバル生活研究を行なう。重複してそれぞれに研究、調査をしていた内容は、コンシューマーリサーチセンターに集約し、顧客視点の商品企画をより効率的に行なえる体制とする」という。


■マーケティング部門が変革と成長のトリガーとなるか

「海外テレビ事業はコンシューマー製品全体で3分の1を超えていたが、将来的には3割弱となる一方で、白物家電の構成比が拡大していくだろう」と話した

 GCM部門は、薄型テレビ事業を、ブランドの顔として継続的に取り組む一方で、付加価値戦略へと移行。これを支える組織と位置づける。また、新興国市場の開拓や、チャネル開拓の尖兵として、エアコンを柱に位置づける方針を示す。

 さらに、エアコンのほか、冷蔵庫、洗濯機といった大型白物家電のグローバル展開を「エコナビ」を中心としたエコマーケティングで強力に訴求。日本の理美容製品、調理小物、電池、照明といったパナソニックが強みを発揮する製品をグローバルに加速する役割を担うという。

 「海外のテレビ事業の構成比はコンシューマー製品全体において3分の1をはるかに超えていた。これが将来的には3割弱となる一方で、白物家電の海外構成比が拡大していくことになるだろう。将来的には日本と同じく、海外のコンシューマー製品の売上高の約半分を白物家電が占める可能性もあるだろう」と語る。

 日本において、マーケティング本部が設置された2001年は、「破壊と創造」と呼ばれた中村邦夫社長(現会長)による大規模な構造改革のさなかであった。2001年度には、当時の中村社長が「創業以来の大赤字」とする4,310億円の最終赤字を計上。創業者である松下幸之助氏が築いた事業部制を破壊し、新たなモノづくりの体制を創造するなかで、マーケティング本部が大きな役割を果たしたといえる。

 いまパナソニックは、2011年度の業績見通しで、過去最大となる7,800億円の最終赤字を計上すると発表。薄型テレビ事業を中心とした構造改革に乗り出しているところだ。その一方で、創業100周年を迎える2018年には、「エレクトロニクスNo.1の環境革新企業」を目指し、「既存事業偏重からエナジーなどの新領域へ」、「日本中心から徹底的なグローバル志向へ」、「単品志向からソリューション・システム志向へ」という3つのパラダイムシフトに挑むことを掲げている。

 そのなかで、GCM部門が果たす役割は大きいといえよう。マーケティング本部の設置から約10年を経過し、いまここで大きな転換が迫られるパナソニック。10年前と同様に、新たなマーケティング部門の存在が、変革と成長のトリガーとなりそうだ。

(2012年 3月 15日)

[Reported by 大河原克行]


= 大河原克行 =
 (おおかわら かつゆき)
'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、20年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。

現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、クラウドWatch、家電Watch(以上、ImpressWatch)、日経トレンディネット(日経BP社)、ASCII.jp (アスキー・メディアワークス)、ZDNet(朝日インタラクティブ)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下からパナソニックへ」(アスキー・メディアワークス)など