藤本健のDigital Audio Laboratory

第807回

ソニーのBluetooth伝送「LDAC」は本当に高音質なのか波形でテストした

昨年、Bluetoothで音を飛ばした際の音質の変化についての実験を行なった結果を何度か記事にした。そこではSBC、AAC、aptXの3種類のコーデックで、音がどう変わるのか調べたが、今回はその続きとして、ソニーが高音質コーデックとして展開している「LDAC」を使った場合、どうなるかをチェックしていく。

テストに使ったソニー「Xperia X Compact」(左)とSHANLING「M0」(右)

これまでは、LDACで伝送されてきた音を正確にキャプチャするための機材がなくて諦めていたが、先日SHANLINGの小型ポータブルオーディオプレーヤー「M0」がファームウェアアップデートしたタイミングで、「Bluetooth USBトランスポート機能」というユニークな機能が搭載され、LDACでの実験が可能になった。うまく行く保証があったわけではないが、面白そうなのでM0を1つ購入して試してみた。その結果を紹介していこう。

LDAC音声のUSB出力に何とか成功。伝送には予想外の仕組みも

「SHANLINGのM0というオーディオプレーヤーが、LDACの音質チェックの実験に使えるかもしれない」、そんな情報を知人からもらって調べてみたところ、先月22日に公開された2.5.1というファームウェアにアップデートすることで、Bluetooth USBトランスポート機能に対応したと書かれていた。これはBluetoothで受信したオーディオデータをUSB DACに出力するというもの。

M0自体はとっても小さなプレーヤーなのだが、ここからBluetooth信号を出力するのではなく、これがBluetooth信号を受信することができ、しかもその音をM0のヘッドフォン端子から出すだけでなく、M0とUSB接続したDACから音を出せるという、マニアックな機能が搭載されたのだ。

他のプレーヤーからBluetooth音声を受信してUSB出力が可能

そしてこのM0はSBC、AAC、aptXに加え、LDACに対応しているので、LDACの実験ができるかもしれない、と考えられる。LDACはソニー製品にしか搭載されていないものと思い込んでいた(近年はパナソニックやエレコムのヘッドフォンなど、複数のメーカーから対応製品が販売中)ので、サードパーティー製品で利用できるのに驚くと同時に、Bluetooth USBトランスポートなどという、ポータブルプレーヤーとしてはあまり考えつきもしなそうな変わった機能が追加されて不思議に思っていた。

さっそく購入して中身を取り出すと、なんとも小さなプレーヤーだ。小さすぎて、画面のタッチ操作自体がしづらかったり、ボリュームノブが操作がしづらいなど気になる点はあったが、機能面では非常に充実して機材としてはとっても面白そう。

SHANLING「M0」
手のひらにのるサイズ

さっそくファームウェアをアップデートした上で、ウォークマン(旧機種のNW-A16)を使って接続しようとしたのだが、ウォークマン側からBluetoothでペアリングしようとしても見つからない。試しにiPhoneから探してみると接続することができ、M0でiPhoneのプレーヤーをリモート操作できるのも確認できた。

最新ファームウェアを適用
なぜかウォークマンのBluetooth接続先としてM0が表示されなかった

さらにM0に光デジタル音声出力を持つ、オーディオテクニカのAT-HA40USBという小さなDACをUSB接続してみたところ、確かにDAC側から音を出せるのも確認できた。でも、肝心のウォークマンがうまくつながらないのでは話にならない。このウォークマン自体の問題ではないかと思い、AV Watchの編集部に行き、ウォークマン現行機種の「NW-ZX300」を借りて試してみたが、やはりダメ。とにかくM0がペアリング先として見つからないので、どうしようもなかった。

オーディオテクニカのDAC「AT-HA40USB」とUSB接続
DAC側から音を出せた

SHANLINGの代理店に問い合わせてみたところ、これはメーカー側も既知の問題であり、ウォークマンとの接続がうまくいかない例が報告されているとのこと。これでは、せっかくのLDACの実験ができず、暗礁に乗り上げそうになったが、試しにウォークマンではなく、ソニーのスマートフォン「Xperia X Compact SO-02J」で接続してみたところ、あっさりと接続することができた。そこでXperiaからBluetoothでLDACの信号をM0に送り、それをAT-HA40USBから光デジタルで音を出し、それをPCで受けてデジタル的に取り込むことで、LDACで受信したままの状態を劣化なく捉えることができそうだ。

Xperia X Compact SO-02J
M0をレシーバーとして接続できた

さっそくこの環境で試してみたところ、DACのヘッドフォン端子からは確かに音は出ているのだが、そのデジタル出力をRolandのUA-101で受けてみたところ、デジタルロックがかからず、音を取り込むことができない。試しにLDACではなくSBCやaptーXで接続すると、こちらはうまくロックして、音を出すことができる。もしかして、プロテクトがかかっているのか? とも思ったがプロテクトとはちょっと違う挙動なのだ。試しに44.1kHzではなく、48kHz、88.2kHz、96kHzと、US-101のサンプリングレートを上げていくと、96kHzでロックがかかり、音がPCへと届いた。でも、Xperiaで再生しているのは44.1kHz/16bitのWAVファイル。どうもXperia内で96kHzにアップコンバートされた上でLDACで送信されているようだ。なお、Xperiaに搭載されている“ハイレゾ相当”への変換機能「DSEE HX」はオフの状態でテストしている。

96kHzだと接続できた
DSEE HXはオフの状態でテストした

ソニーのLDAC説明ページを読んでも、その辺のことはあまり言及されていないが、すべて96kHzで伝送していると考えても矛盾はないようだ。ただ、それがLDACの方式なのか、XperiaとM0の接続でたまたまそうなっているのかは判然としない。現時点では、他に方法がなさそうなので、これで実験を進めることにした。

しかし、そのまま96kHz/24bitで録音してみると、妙にレベルが小さい。以前aptXで送ったら6dB下がるという問題が生じたがそれよりもさらに小さく、何かがおかしい気がする。デジタル伝送なのでレベルは0dBで固定かと思い込んでいたが、そうではなかったのだ。チェックしてみると、XperiaもM0もボリュームが下がっており、これを最大に上げると、-6dBのサイン波が-6dBで入ってくることが分かった。これでうまく行きそうだ。

XperiaとM0のボリュームを最大に上げてチェック

M0には3つのモードが用意されている。990kbpsで伝送する「音質優先モード」、660kbpsの「標準モード」、そして330kbpsの「接続優先モード」だ。XperiaとM0の間でも、この3つのモードを切り替えることができた。接続優先モードにすれば44.1kHzになるのでは……とも思ったが、3つのモードとも96kHzであることは変わらないようだった。また接続を切り替えるたびに、Xperiaの出力音量が下がってしまうため、手動で最大にしなくてはならないのが面倒ではあったが、3つのモードそれぞれで、以前と同様の実験をしてみた。

3つのLDAC接続モード

その実験とは、1kHzのサイン波、20Hz~22.05kHzのスウィープ信号、それに音楽データのそれぞれを再生し、それをBluetoothを介した結果をキャプチャして波形分析したり、差分をチェックするというものだ。

LDACを使った結果、強制的に96kHzにアップサンプリングされてしまっていたため、このままではSBCやAAC、aptXと同様の比較ができないし、差分を取り出すこともできない。そこで、差分チェックなどにはできるだけ音質劣化がない形で96kHz/24bitのデータを44.1kHz/16bitに変換した上で確認していくことにする。この録音および変換はすべてMAGIXのSound Forge Pro 12を使っており、リサンプリングは高精度でアンチエリアスフィルタをかけた形で実行。また、16bit変換はPOW-rのディザーをかけた形で行なった。

Sound Forge Pro 12でリサンプリング
16bit変換はPOW-rのディザーをかけて行なった

元の音源との差分をチェック

まずサイン波から見ていくと、96kHz/24bitのままWaveSpectraで周波数分析をかけた結果は音質優先モード、標準モード、接続優先モードとなっており、どのモードであっても高音質に伝送していることが見て取れる。

【サイン波】

音質優先モード
標準モード
接続優先モード

では、44.1kHz/16bit変換したものを元のサイン波との差分をとってみると、SBCやaptXなどで混入していたノイズではなく、わずかなレベルではあるけれど、サイン波となっている。これもリサンプリングなどの過程でズレが生じた可能性が高そうだが、なぜか標準モードは、ほぼ差分ゼロという結果に。

【元のサイン波との差分】

音質優先モード
標準モードは、ほぼ差分ゼロだった

拡大して見てみると、やはりなんらかのズレから来たであろうサイン波の残骸的な波形が残っていたが、いずれにせよノイズなどは混入しておらず、非常にキレイな音のようだ。

サイン波の残骸のようなものが残っていたが、ノイズなどは無さそう

では次にスウィープ信号を見てみよう。44.1kHz/16bit変換したものについて、ピークを記録した状態を見てみると、音質優先モードも標準モードもほぼ同じだが、接続優先モードが一番高域までしっかり音が出ているという不思議な結果になった。

音質優先モード
標準モード
接続優先モード

差分で見てみると、高域になるほど差分が大きくなり、音質優先モードより標準モード、標準モードより接続優先モードが損失している成分が大きいのが見て取れる。

【オリジナルとLDACの差分】

音質優先モード
標準モード
接続優先モード

サイン波もスウィープ信号も試験的な信号なので、必ずしもこのコーデックの特性を表しているとはいえず、勝負となるのは音楽でどうなるか、という点。これについても、まずは3つのモードとも96kHz/24bitのまま聴くことができるようにしているので、興味のある方は聴き比べてみて欲しい。

【サンプル音源の96kHz/24bit音声をキャプチャしたもの】
音質優先モード
ldac1.wav(17.81MB)
標準モード
ldac2.wav(17.86MB)
接続優先モード
ldac3.wav(17.87MB)
※編集部注:編集部ではファイル再生の保証はいたしかねますのでご了承下さい

上記のサンプルを、他のコーデックと比較しやすくするように44.1kHz/16bitに変換した結果を分析した。この結果を見た限りでは、今回使ったサンプル音源では、どのモードもあまり大きな違いは見られなかった。

【サンプル音源を44.1kHz/16bitに変換した結果】

音質優先モード
標準モード
接続優先モード

なお、オリジナルのWAVファイルとの差分も取って調べた。つまり、これがBluetoothで飛ばしたことによって失った成分ということなのだが、これも3モードとも大きく変わらず。

【サンプル音源のオリジナルとLDACの差分】

音質優先モード
標準モード
接続優先モード

聴いてみると、特殊なノイズ的なものではまったくなく、ほぼ原音を小さくしたものであり、高域成分が削れていたために、EQでハイを持ち上げたようなサウンド。そもそも、このリサンプリングなどの過程で、なんらかのズレが生じていた可能性を考えれば、音量変化以外、ほとんど音質は変わっていないといえそうだ。

【オリジナル音源との差分】
音質優先モード
d_ldac1.wav(5.45MB)
標準モード
d_ldac2.wav(5.44MB)
接続優先モード
d_ldac3.wav(5.44MB)
※編集部注:編集部ではファイル再生の保証はいたしかねますのでご了承下さい

以上の結果を見る限り、やはりLDACはSBC、AAC、aptXと比較しても、高音質なコーデックであるといえそうだ。また44.1kHz/16bitのフォーマットであれば、3つのモードでそれほど大きく音は変わらないように思える。一番驚いたのは、強制的に96kHzにアップサンプリングされているという点。これがLDAC対応の機材すべてに共通なのかは分からないが、そうだとすればCDフォーマットの音でもハイレゾでも、受信機(ヘッドフォンやスピーカー)側は、いちいちサンプリングレートの切り替えなどをする必要がなく、効率のいいシステムとなるので、その可能性は高そうだ。今回は、ほかとの比較のため44.1kHz/16bitのファイルを再生した場合のテストをしたが、できれば96kHz/24bitの場合どうなるのかなどの実験も改めて行なってみたい。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto