藤本健のDigital Audio Laboratory

第850回

この機能と性能で2.4万円は競合つぶし!? アップル新DAW「Logic Pro X 10.5」を試す

“Logic Pro X発表以来、最大規模のアップデート”と謳う、新バージョン「Logic Pro X 10.5」

5月12日、アップルが“Logic Pro X発表以来、最大規模のアップデート”と謳う新バージョンの「Logic Pro X 10.5」をリリースした。誤解を恐れずにいえば、従来のLogicにAbleton Live的な機能を上手に搭載・融合したDAWに進化したという感じだ。

個人的には、Logicという製品自体がアップルによる民業圧迫ではないかとも思っている面もあるのだが、今回の機能強化でさらにそうした面が強まったようにも感じている。Logic Pro X 10.5でどんなアップデートが行なわれたのか、そしてアップルはどのような考えでLogicを推し進めているのかなども含めて紹介してみよう。

「Logic Pro X 10.5」のユーザーインターフェイス

バージョン10.5最大のポイントは「Live Loops」

Logic Pro Xは、2013年のリリース以降、10.1、10.2……と0.1ずつアップデートを繰り返しながら、7年目を迎える2020年に10.5となった。アップルによるとメジャーバージョンアップに相当する機能強化でありながら、10.4から10.5へのアップデートという位置づけなので、従来のLogic Pro Xユーザーは無償でアップデート可能だという(新規ユーザーの場合は、税込24,000円で購入可能だ)。

実際、筆者もLogic Pro X 10.4はインストールしていたので、リリース直後にMac App Storeでアップデートを図ったところ、あっさりとバージョンアップできてしまった。ちなみに、今回のアップデートは本当にかなり大規模なので、業務で使っている方などは、従来のLogic Pro Xのバックアップを取った上でアップデートするのが安全と思う。

既存ユーザは無料でアップデートできる

さて、今回のアップデートでは、さまざまな機能強化が図られているが、最大のポイントはLive Loopsという機能を搭載したことだ。この名前と画面を見て、おや? と思った方も多いと思うが、これはiOS版「GarageBand」に4年前に搭載されていた機能であり、独AbletonのLiveとソックリな機能といえば分かりやすいだろう。ご存知の通りiOS版GarageBandはiPhoneやiPadに無料で付属しているDAWアプリ。そのGarageBandに先んじて搭載されていた機能が、後から最高峰のLogic Pro Xに搭載されるという珍現象となっているわけだ。

10.5から新たに追加されたLive Loops
独AbletonのLiveとソックリな機能だ

もちろん、ただ単に同じ機能をそのまま移植したというわけではない。アップル担当者によれば、GarageBandより前からLogicへの搭載は検討していたが、Logicの従来からの機能とどのように有機的に統合するかが難しく、時間がかかってしまった、とのこと。そのため、単機能で利用可能なGarageBandが先行したという。

実際にLogic Pro X 10.5を使ってみると、本家Ableton Liveも驚くくらいによくできている。Live Loopsの画面と通常のトラック画面を横に並べたうえで、トラックにあるクリップをLive Loopsのセルへドラッグすれば、即ループ素材として使えるようになるし、セル上で録音すればオーディオでもMIDIでも、その場でループ素材を作成することができる。この辺のシームレスな設計は4年かけたというだけあって、すごくよくできていると感じる。

また、iOS版のGarageBandのLive Loopsにセットで搭載されていたRemix FXもほぼそのままの機能としてLogic Pro X 10.5にも搭載された。ちなみに、iOS版のLive Loopsとも互換性を実現しており、iOS版のGarageBandで保存したデータをAirDropを介してMacに送り、Logicで開くと、完全な形で再現することができた。

iOS版GarageBandのLive Loopsにセット搭載されていた「Remix FX」
10.5にもそのまま搭載されている

Live LoopsやRemix FXを使っていて、超強力だなと感じたのが、iPadやiPhoneで使えるLogic Remoteだ。

iPadやiPhoneで使える「Logic Remote」

Logic Remotoはその名の通り、LogicをiOSからリモートコントロールするための機能で、従来からも存在していた。が、今回のLogic Pro X 10.5のリリースと合わせLogic Remote 1.4へとアップデートされ、Live LoopsやRemote FXなどの新機能に対応し、使い勝手が進化していた。

Logic Pro X 10.5が入っているMacと同じLAN上にあるLogic Remoteを起動すると、すぐにお互いを認識し、簡単に利用できるようになる。

同じLAN上にあるMacとiPadが互いを認識

他社のDAWも含め、iPadなどでリモートコントロールできるのは珍しいことではない。マウス操作しなくても、再生や録音などのトランスポートコントロールができたり、複数のフェーダーを同時にコントロールできるというのがこの手のリモートコントロールアプリの特徴だが、Logic Remoteではトランスポートコントロールや、フェーダーコントロールができるのはもちろんのこと、まさにGarageBandを操作している感覚でLogic本体を操作できる。

フェーダーコントロール

実際Live Loopsを動かしたり、その結果を録音したり、両手でRemote FXをコントロールできるから、Mac本体をマウスで使うより圧倒的に操作しやすく感じる。また、iPadから音が出ているのか? と感じるほど、レイテンシーなく操作でき、Smart Controlのキーボードで演奏できたり、コードストリップでコード演奏ができるなど、よくできていると感じた。

iPadを使い、両手でRemote FXをコントロールできる
Macでのマウス操作よりも圧倒的に使いやすい
キーボード
コードストリップ

サンプラー音源EXS24が、新プラグイン“Sampler”へ

今回のアップデート内容は、Live Loopsの搭載だけではない。Logicの音源の代名詞ともいえるサンプラー音源EXS24が、まったく新しいプラグインSamplerに置き換わっている。EXS24は、20年以上の歴史を持つサンプラーで、アップルがもともとのLogicの開発元である独Emagicを買収する前からあったものだ。

サンプラー音源EXS24が“Sampler”に変わった
Emagicがアップルに買収された直後、2002年当時のEXS24

非常に幅広く使われてきたサンプラーだけに、Native InstrumentsのKONTAKTと並ぶサンプラーの二大フォーマットの1つとなっているほどで、実際Logic Pro Xのインストゥルメントの一覧の中からはEXS24がなくなり、戸惑く人も多いだろう。

アップルの担当者によると、EXS24はプラグインの中でも非常に重要な位置づけであり、業界標準ともなってきたファイルフォーマットの資産を壊しては絶対にならない。そのため、今回のSamplerはEXS24に対して完全な形で後方互換性を実現した、という。

画面は大きくなり、波形で見ながらループポイントを設定できたり、フィルターやエンベロープの設定ができるだけでなく、MOD MATRIXという機能が搭載されて、各モジュールを自由にパッチングして音作りができるようになっている。もっとも、何かすごいものがここで誕生したというわけではなく、最近のサンプラーとしては、ごく普通の機能であり、EXS24との互換性を保ちつつ、今風の音源に進化したという恰好だ。

一方、Samplerとともに、Quick Samplerというプラグイン音源も追加されている。これはさまざまなサウンド素材をより簡単に音源にして、すぐ演奏できる加工ツール。手持ちのWAVファイルやAIFFファイルなど取り込んで、自動的にループポイントなども設定した上で使えるという便利なものだ。ビートのあるリズム素材などはスライス機能によって、自動的にスライスされ、キーボードに割り振られる。まあ、昔からあるPropellerheadのReCycle! をLogicに取り込んだといってもいいもので、やはり目新しさはないが、使い勝手の良さは秀逸だった。

Samplerとともに、Quick Samplerというプラグイン音源も追加された

そのほかにも、Drum Synthというドラム音源が搭載されたり、Drum Machine DesignerというエレクトロニックドラムのキットをLogicでつくるためのツールが搭載されたほか、今ごろか? という感じでステップシーケンサが搭載されるなど、さまざまな点で強化されており、まさにLogic Pro X発表以来最大規模のアップデートと言える。

ステップシーケンサが(ようやく)搭載

これだけの機能と性能を持ったDAWはほかに無い。2.4万円は反則でしょ、アップルさん

ここまで見てきてもわかる通り、Ableton Live的なLive Loopsやサンプラー、ステップシーケンサなど、いずれもEDM系の音楽制作に寄った機能が追加された形であり、これまでのLogicのコアである部分はそれほど大きく変わったわけではない。

もっとも、今回のLogic Pro X 10.5を入手すると、オリジナルコンテンツとして、ビリー・アイリッシュの楽曲「Ocean Eyes」のマルチトラックプロジェクトが付属するのは、ビリー・アイリッシュのファンならずとも、多くの人にとって嬉しいポイントだろう。

ビリー・アイリッシュ「Ocean Eyes」のマルチトラックプロジェクトが付属する

著名楽曲を第三者がコピーしたプロジェクトデータが流通することは、これまでもあったし、ビートルズなどのマルチトラックテープのデータが流出するということはあったけれど、本家のプロジェクトデータをDAWメーカーが配布するというようなことは、これまでなかったように思うので、これもアップルだからこそなせる業。非常に面白い試みだと感じられた。

このビリー・アイリッシュのプロジェクトデータの配布についてはともかくとして、改めてLogicに対して感じるのは、民業圧迫だな、ということ。当然アップルも民間企業なので、民業圧迫という表現が正しくないのは承知の上だが、これだけの機能、性能を持ったDAWをコンピュータメーカーであり、OSメーカーであるアップルが競合他社より安い価格24,000円(税込)で販売するのは、やはり反則だと思う。

しかも7年間マイナーバージョンアップという扱いで無料バージョンアップを続けていることを考えると、5,000円以下の値付けにしていると言っても過言ではないだろう。しかも、3月末からは90日間フリートライアルというキャンペーンも行なっているし、教育機関向けにはMainStageのほかFinal Cut Pro、Motion 5、Compressor 4とセットで24,000円で出しているので、ほとんどタダに近い配布だ。

無料配布しているGarageBandもそうだが、Macのプロモーションのためのソフトといってもおかしくない状況。もちろん「ソフトウェアはこう作ることで大きなメリットを出せる」とお手本を示したうえで、各ソフトウェアメーカーに開発を促すとかアドバイスを行うというのであれば、素晴らしいと思うが、今回のLogic Pro X 10.5を見る限りは、他社製品のアイディアをLogicに搭載したというものであって、新規性はあまり感じられない。もちろんユーザービリティが抜群にいいのは、さすがアップルだと感心させられるところではあるが……。

学生を含めユーザーの立場から言えば、良いものを安く提供してもらえるというのは嬉しいことだとは思う。「競合いじめである」という指摘に対しては、GarageBandを出したときから、多方面から言われてきたが、その結果、他社のDAWも安くなり、以前は10万円近くしたものが、半額以下になったのはLogicのおかげであるとも思う。

またDAWがここまで進化した中、抜本的な進化なしにプラグインを追加した程度で毎年バージョンアップ料金を取るメーカーのスタンスにも問題はありそうな気もする。とはいえ、アップルももう少し業界全体を見たエコシステムの構築を考えてくれないと、全体が疲弊して、結果的にユーザーに不利益を与える時代がくるのでは……と心配が杞憂に終わることを願いたい。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto