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Windows MRが変える“ディスプレイ”のカタチと可能性。AcerのHMDをテスト

 今回は、マイクロソフトが今秋に展開を予定している「Windows Mixed Reality Immersive Hedset(以下Windows MR HMD)」のレビューをお届けする。Windows 10の次期アップデート「Fall Creators Update」のリリースが10月17日に決定し、Windows MR HMDについても、この日以降、年内に一般向けの供給が開始される予定だ。

Windows Mixed Reality Immersive Hedset環境。HMDとしてはAcer製を使った

 8月末、AcerやHPから、開発者向けのものがようやく日本国内向けに供給されはじめた。筆者がレビューするのも、Acerの製品の開発者向けバージョンである。

AcerのWindows Mixed Reality Immersive Hedset。先行出荷された開発者向けバージョンだが、ハードウェアは製品版と同じ。一般市場向け製品版は年内には発売の予定

 現在、このHMDが「開発者向けバージョン」とされているのは、ハードウェアの問題があってのことではない。OS側・アプリケーション側の準備が追いついておらず、正式リリース前であるためだ。

 Windows Mixed Reality、特に、HoloLensではなく「Immersive Hedset」と呼ばれる、VR用HMDで体験できる部分については、きちんとした情報が少なく、巷の記事でも不正確なものが多いと感じる。実機を使い、「今秋以降、Windows 10ユーザーが使えるものとして、どういう環境が提示されるのか」「どういう便利さ・楽しさがあるのか」をお伝えしていきたい。

 VRといえばゲーム、という印象が強いが、VRを身近に使えるようになれば、仕事にもAV環境としても面白い可能性を秘めている。AcerのWindows MR HMDを使い、その部分をきちんと解説してみよう。

 なお、説明のため動画を入れているが、VRによる主観視点で撮影した映像であるため、視聴環境によっては「酔い」を感じる可能性がある。全画面での視聴時などは、その点に注意していただきたい。

Windows標準搭載の「Windows MR」は実質的なMS版VR

 まず、Windows Mixed Reality(以下Windows MR)について復習しておこう。

 Windows MRは、マイクロソフトが規定している「現実と仮想空間を並列に扱う仕組み」のことである。まず思い出すのは、HoloLensのように、現実にCGを重ねたAR的なものだが、今のMixed Realityはそれだけを指すわけではない。現実の映像を重ねない、いわゆるVR的なものも範疇に含む。HoloLensとは違う、VR的なものを、マイクロソフトとしては「Mixed Reality Immersive Experience(没入体験)」と呼んでいるわけだ。「どこがMixedなのか」「VRでもいいんじゃないか」とか、いいたくなるのはぐっとこらえよう。わかりにくいが、「マイクロソフトはそう定義している」という話である。だから、今回使う「Windows Mixed Reality Immersive Hedset」は、一般的な定義に照らせば「VR用HMD」そのものである。

 今後環境が整うと、HoloLensや他のWindows MR HMD、一般のWindows 10環境とともに「同じ空間で、同じものを見ながらコラボレーションしつつ仕事をする」ことが可能になる。それをマイクロソフト的には「コラボラティブ・コンピューティング」と呼んでおり、その「混在環境」こそ、Mixed Realityそのものといえる。だから、マイクロソフトの定義も故無きものではない(が、わかりにくい……)。

 それはともかく、事実として、これから一般的なWindows 10搭載PCには、標準機能として「Mixed Reality Immersive Experience」が搭載される。正確には、現在のバージョンである「Creators Update」に一部機能が搭載済みで、10月17日に行なわれるアップデート「Fall Creators Update」で正式な機能として搭載になる。共通項は多いものの、HoloLensと同じ機能が使えるようになるわけではないし、Windows MR HMDにも、現状は外界の映像をスルーしてVR空間に映す機能はない。カメラのようなものが本体についてはいるが、これはあくまで、位置把握用のセンサーである。

HMDの正面。カメラのように見えるものがあるが、これはあくまで位置把握用のセンサーだ

 平たくいえば「Windows 10にVR的なものを使う機能が標準搭載され」て、そのための標準的なヘッドセットが規定された……ということだと理解してもらえばいいだろう。現状、OculusやHTC Viveとは別物として存在しており、それらのHMDを持っていても、Windows MR向けには使えない。

 Windows 10の標準機能になるが、実際には、グラフィックパフォーマンスなどの問題から、すべてのデバイスで使えるわけではない。サポートは「Windows Mixed Reality PC」と「Windows Mixed Reality Ultra PC」に分かれる。すごく簡単に言えば、前者が「第七世代もしくは第八世代のCoreプロセッサー搭載のPCで、統合グラフィックスのみのPC」であり、後者が「Direct X12世代のそれなりの性能を備えたディスクリートグラフィックスを搭載したPC」だと思ってもらえばいいだろう。詳しくはMicrosoftが紹介している条件を参照していただきたい。

 Ultra PCになるとHMDのリフレッシュレートが90fpsになり、そうでないと60fpsになるのが大きな違いだ。動きの大きなシーンや移動時などは、90fpsの方が「酔い」が少ない。快適な環境は当然Ultra PCの方であり、一般的に言われる「VR対応のゲーミングPC」であることに変わりはない。だがノーマルな環境は、最新のノートPCでも実現可能な範囲ではあり、特に高価なゲーミングPCを用意する必要はない。

 今回はテスト用として、普段VR関連のテストに使っているRazer Blade・14インチ・2017年モデル(GPUはNVIDIAのGeForce GTX 1060・6GB)を用意した。当然「Ultra PC」環境となる。そうでないものとして、試用中の「Surface Laptop」も使ってみたが、うまく動かなかった。

 現状、Windows MRの環境は、まだまだ不安定な部分がある。利用には、Insider PreviewのFast Ringを導入し、各種アプリケーションやドライバーも最新のものを用意していることが実質「必須」だった。それでも、不可解なアプリケーションの終了などが多発している。正式リリース版ではない、ということも影響していそうではあるが、とにかく今は「不具合があることを前提に使う」状況で、一般的な使用環境との共存はお勧めできない。そこも含め「開発者向け」なのだ。

 10月にFall Creators Updateが公開されたときに安定していることを期待したいが、おそらくはそれなりに時間がかかるだろう。「初日からすべての人が快適な環境を得られる」と思うべきではない。

 OSが標準サポートするのだから、今後安定度・パフォーマンスが改善することを期待できる……という前提を含んだ上で、以下の試用レポートをお読みいただきたい。

セットアップの簡単さが美点だが、見え方の調整には不満も

 ずいぶん前置きが長くなったが、ここからは、実際の使用状況をご説明しよう。

 Windows MR HMDは、他のVR用HMDに比べシンプルに出来ている。他のHMDは自らの位置を把握するため、多数の外部センサーを部屋に配置する必要がある。そのセッティングはなかなかに大変だ。筆者はPlayStation VRとOculus Rift(CV1)を持っているが、何度も再セットアップする気にはなれず、部屋にセッティングしっぱなしである。

 だがWindows MR HMDは、外部にセンサーを配置せず、HMDに搭載した画像系センサーからの情報で位置を把握する「Inside-Out」方式を採用している。そのため、セットに付属するのはHMD本体のみ。PCとの接続も、HDMIとUSBケーブルをつなぐだけでいい。

ケーブルはHDMIとUSBの2つのみ。これをPCに差し込むだけで使える。他のHMDに比べ、セッティングは著しく簡単だ

 椅子に座って、動き回らずに使うのであれば、特別なキャリブレーションなどもほとんどいらない。つないで「かぶるだけ」で終わる。この場合、VR空間内の移動にはゲームパッドを使う。製品版になってハンドコントローラーが提供されるようになれば、ハンドコントローラーでも移動できるはずだ。

 他のHMDでは、自由に歩き回って使う「ルームスケール」利用の場合、部屋の各所にセンサーを配置する必要があった。だが、Windows MR HMDの場合には、画面のメッセージに従い、HMDをもって部屋を歩くだけでいい。この時には、HMDの正面をPCに向け続けることだけご注意を。これを行うことで、移動可能な「境界」がVR空間内に作られ、その範囲内を自分が歩いて移動できるようになる。

椅子に座って設定する場合には、最初に「高さ合わせ」だけすればOK
移動しながら使いたい場合には、移動領域の設定が必要。これも、HMDをもって移動可能な範囲を動くだけでいい。

 センサーが外部にないと、精度や反応面で問題がありそうに思えるが、正直そこには問題を感じなかった。首を激しく振ったときなど、若干の遅延を感じる要素もあったが、普通に使う分には、満足できる性能といえそうだ。セッティングが簡単であることを加味すれば、十二分の性能といえる。

 他のHMDとの違いとして、HMD部にヒンジがあって「跳ね上げ式」になっていることが挙げられる。これにより、手元を見たり飲み物を飲んだりしたい時でも、HMDを完全に外す必要がなくなる。これは他のHMDでも採用して欲しい機構だ。

HMDは「跳ね上げ式」で、外さなくても周囲が見られる。また、内部には余裕があり、大きめのメガネをかけていても、そのままで楽にかぶれる

 ハードウェア的には、片眼1,440×1,440ドットの「VR用液晶ディスプレイ」を使ったデバイスで、レンズは厚みを抑えるためか、フレネル式が採用されている。

HMD内部。レンズはフレネル式で、迷光が若干目立つ

 VR用液晶は他の有機EL採用HMDに比べ発色で劣る印象だが、画素と画素の間の境目が細く、網目のように見える「スクリーンドア・エフェクト」が小さい。解像感も高く、トータルではかなり良好な品質といえる。

 なお、現状、Windows MR HMDではすべて同じデバイスが採用されており、正式なアナウンスはないものの、製造元はジャパンディスプレイであるようだ。ちょっと気になったのは、フレネルレンズであるため、レンズにどうしても同心円状の迷光が発生することだ。また、中央以外のフォーカスがずれやすく、視野の位置合わせがずれると不快感がある。ここは、他のHMDに劣る点と思えた。

 特に、瞳孔間距離(IPD)の調整がずれると不快になりやすい。IPDはソフトウェア的に、コントロールパネルから調整できるものの、その効果はさほど高くないように思える。

コントロールパネルからIPD調整を行なえる。しかし、調整の精度はそこまで高くない印象

 こうした特性はあり、標準設定のIPD(65mm前後)から大幅にずれる人には少し使いづらいHMDだが、画質そのものは決して悪くないし、付け心地も軽い。調整機能がより充実した製品が求められるので、同じ「Windows MR HMD」でも、メーカーによって差違が出てくることを期待したい。

OS内に「部屋」を用意、アプリもホームシアターも自由に設置

 とはいえ、HMDの良さだけではVR体験の価値は計れない。むしろ、どのようなVR空間体験が準備されているか、という点こそが重要だ。OculusにしろHTC ViveにしろPlayStation VRにしろ、そこではそれぞれ工夫を凝らしている。「WindowsというOSがサポートする」という点が最大の差別化なのだから、やはりその点の評価を抜きには語れない。

 すでに述べたように、HMDのセットアップは非常に簡素だ。PCにHMDをつなぐと、自動的に必要なソフトウェアのインストールが始まる。数GB分のソフトウェアがダウンロードされ、「Mixed Realityポータル」というアプリケーションと、「Mixed Reality」というコントロールパネル項目が追加になる。一時期「複合現実」という表記になっていたが、最終的には日本語版でも「Mixed Reality」に落ち着いたようだ。

Fall Creators Updateを導入し、Windows MRの利用環境を設定すると、コントロールパネルに「Mixed Reality」の項目が現れる(最下部)

 どのVR HMDを使う場合にも、まずはある種のポータル・アプリケーションが入り口となる。Windows MR HMDの場合には、それがMixed Realityポータルにあたる。他のVR HMDでは「アプリ起動のランチャー」をベースにした構成にイメージが近いのだが、Mixed Realityポータルはかなり違う。いきなり「謎の家」に飛ばされるのだ。

 この家は、内部的には「Criff's House」と呼ばれている(一部アプリ内にも「クリフハウス」の表記が確認できる)。自分が色々なWindows MRアプリを使うホーム環境であり、自分の作業環境を作り上げる、PCでいうところのデスクトップのような意味合いを持っている。要はこの空間にアプリを「配置」し、活用するわけだ。

これが「Criff's House」。Mixed Realityアプリを使うための標準的な環境である
PC上の画面では「Mixed Realityポータル」というアプリが動いており、その中の映像がHMDに表示されている格好になっている
Criff's House内を自由移動した様子を動画で。このように、アプリはウインドウになって空間や壁に「貼られる」感じになる

 Criff's Houseの中は自由に移動することができる。立って歩くことをベースに「領域」を設定すると、バーチャルな壁が表示されるのだが、それは無視して移動することも可能だ。基本的には、ゲームコントローラーで移動する。アナログスティックで移動するのだが、一般的なゲームと異なり、視界を大きく変える時には視野を狭めるようなエフェクトが入るし、前方に移動する場合には、移動地点を指定してそこへテレポートするようなイメージになっている。こういう移動方法になっているのは、普通に移動すると「酔い」につながりやすいからである。

 操作は視線に加え、マウスとキーボード、そしてゲームコントローラーを併用する形になっている。現在はハンドコントローラーがないため、移動操作などはゲームコントローラーが必須だ。また、ある事情でXbox Oneコントローラーがもっとも向いている。Windowsではおなじみの「スタートメニュー」を出す操作も必要になるのだが、これがXboxボタンで行なえるからだ。もちろん、Xboxボタンに該当するボタンを設定すれば、他のコントローラーでも問題はない。しかし、いきなりプラグ&プレイで適切な設定になっているので、やはりXbox Oneコントローラーが一番使いやすいことに変わりはない。

 Criff's Houseの中では、基本的に3種類のアプリケーションが使える。

 1つめは、Windows MRに対応したUWPアプリケーション。HoloLensやWindows MR HMDのために作られたアプリで、マイクロソフトのアプリストアであるWindows Store経由で配布される。すべてのHoloLensアプリが使えるわけではなく、個別対応が必要になるため、数はまだ非常に少ない。3Dを活かしたUIのアプリやゲームはこちらになる。Criff's Houseの一部を使うアプリもあるが、基本、Criff's Houseが消え、空間全体を使うアプリになる。

Windows MR専用アプリのひとつ「ホログラム」。3Dオプジェクトを空間に配置する。Criff's House自体が、こうしたアプリの集合体とも言える

 2つめは、UWPアプリ。Windows 10で一般的に使われている、Windows Store経由で配布されるアプリがそのまま使える。アプリが二次元のウインドウになり、それを空間に貼りつけて使うようなイメージだ。

UWPアプリのひとつであるウェブブラウザの「Edge」。もちろん、十分実用的な機能を備えている

 ウインドウの大きさや配置数は自由に変えられるので、空間全体をワークスペースにできる。これがひとつの差別化点だ。「無限マルチディスプレイ」のような使い方もできるし、Criff's House内のホームシアター的な場所に巨大な動画再生アプリを配置し、「バーチャルホームシアター」にもできる。もちろん、動画を再生している隣で仕事をしてもいいのだが。UWPアプリも質が揃っている……とは言い難いのだが、Netflixなどのサービス系アプリやSNSの公式アプリもあり、意外なほど便利に使える。

Criff's House内にホームシアターを作ってみた。Netflixのアプリを配置し、広大な星空の元でゆったりと映像を楽しめる。こういう形を自由に作れるのがWindows MRの美点だ

 ただし、動くのはあくまで「UWPアプリ」である。最近は、Windows Storeを経由して通常のPC用アプリ(Win32アプリ)も配布されるようになった。Spotifyのクライアントや秀丸などが代表格だろう。これらはUWPではないので、Windows MR上では使えない。

 これらUWPアプリは、基本的には「スタートメニュー」から呼び出して使う。もしくはCortanaから音声コマンドで起動することも可能だ。ただし、AcerのWindows MR HMDにはマイクとヘッドホンが内蔵されていないため、音声コマンドを使うには別途マイクをつける必要がある。HMD本体にはヘッドホンマイクをつける端子があるが、ちょっとわかりにくい場所になっている。

ヘッドホンマイクの端子はHMD側にある。iPhoneなどで使われている、一般的なものがそのまま使える

 そして最後が「デスクトップ」である。これは、Windows 10のデスクトップそのものをミラーリングして表示する機能だ。PCのディスプレイが仮想化され、Criff's House内に再現されると思っていい。その中では基本的にすべてのPC用アプリが使える。ただし「デスクトップ」というウインドウの中での動作に限られるので、UWPアプリとはちょっと位置付けが異なる。

左が「デスクトップ」で右が「UWPアプリ」。デスクトップの方では、PCで動くアプリがそのまま使える。デスクトップのウインドウ内にさらに複数のウインドウが表示されている点に注目

 なお、PCが元々マルチモニターであった場合には、「デスクトップ」もマルチモニターになる。物理的なディスプレイをVR空間に持ち込めるわけだ。逆に、PC側に能力があったとしても、PCで「モニターが複数つながっている」と認識していない状況では、マルチモニターにならない。その辺をだます方法もなくはないのだが、できれば「バーチャルマルチモニター」を公式に可能にする方法を用意して欲しい、と思う。

 これらの美点は、すべて「広大な仮想空間全体に、好きなようにウインドウを配置して使える」点にある。Windows MR HMDはまだ十分な解像度を持っていると言える状況にないが、視界から近い場所にウィンドウを配置し、正面で見ると想像以上に文字なども読める。また、すでに述べたように「ホームシアター」的な使い方も面白いだろう。

 Criff's House内では音声もきちんと立体構造になっており、音が鳴るオブジェクトが配置されると、きちんと「その場所」から鳴っているように聞こえる。音楽を再生するアプリのウインドウから離れると、音の定位もずれるわけだ。こうなると逆に、「どこにいてもおなじように聞こえる、ポータブルオーディオ的なアプリ」も欲しくなる。今は動画を再生しても、サラウンドにはならない。だが、そういうアプリが出てくれば、「バーチャルサラウンドを備えたバーチャルホームシアター」も作ることができるようになるだろう。

ソフト不足・環境整備が課題、HMDの価格競争がここから激化

 このように、Criff's House内で生活しつつ、アプリを配置して作業できることがWindows MRのひとつの形である。現状ではそれなりにCPU・GPU負荷も高く、本体のファンはかなりけたたましく動いていた。Windows Mixed Reality Ultra PCでのテストだったが、これがスタンダードPCだとどんな感じになっただろうか。後日環境を整えて再テストしてみたい。

Windows MR動作中の負荷をチェック。CPU・GPUともに、それなりの負荷がかかっている。VRはやはり重い

 非常に面白く、可能性も感じる世界だが、欠点も逆に明白である。

 Criff's House内での操作は意外と面倒で、日常的に使うならもう少しシンプルな方がいい。Criff's House内の家具は配置を自由に換えられるが、一方、Criff's House自体の部屋の構造や壁紙などはカスタマイズできない。あの家が気に入らなくても、引っ越しはできないわけだ。その部分は個性演出の意味も込めて、改善が必要かと思う。

 UWPのアプリは、Windows MR対応のものはもちろん、そうでないものもまだ数が足りない。なにより、マイクロソフトが主張する「コラボラティブ・コンピューティング」を体感できるアプリがないことも残念である。すでに述べたように、「デスクトップ」のマルチモニターは、物理的にマルチモニター環境でなくても使えるようにすべきだ。

 アプリについてはこれから充実してくるのだろう。そこも含めて「開発者版」である。が、10月には一般消費者向けに売られることを考えると、もう少しアプリの充実を急ぐべきだ。多くの消費者にとっては「ここまで環境を整えたのに、なにもすることがない」と思われそうだ。

 また構造的な問題として、マウスやキーボードの「位置がわからない」という点もある。これらがそのまま使えて、PC上の作業が問題なく出来ることは美点なのだが、HMDで視界が覆われているため、物理的なキーボードやマウスは当然見えない。タッチタイピングである程度まではカバーできるが、やはり「どこにあるか」が大まかにわからないと、作業するのは現実的ではない。解決策はシンプルである。キーボードやマウスに、Windows MR HMDのセンサーが反応する印(おそらく、高反射性のシールのようなもので大丈夫なはずだ)をつけ、それを使い、VRの視界にキーボードを表示すればいいのだ。マイクロソフトがWindows MRを「次の世代の作業環境」と位置づけるなら、そうした配慮が必須である。

 アプリの少なさへの対応として、先日、Windows MR HMDが「SteamVR」に対応する、との発表がなされた。SteamVRはValveとHTCが共同開発したVR規格で、HTC Viveが利用している。また、アップルもmacOS HighSierraから、「SteamVR for macOS」を搭載するため、一種のデファクトスタンダードになりつつある。

 ただし、Windows自体のSteamVR対応は「発表された段階」に過ぎず、OSの中に実装される時期はまだ公開されていない。また。SteamVRはあくまでSteamVRでありWindows MRとは別個の存在だ。HMDを無駄にしない、魅力を増す施策ではあるが、Windowsとしての環境整備にどう関わってくるか、不透明な部分もある。

 このように、Windows MRは多分に「見切り発車」なところがある。しかし、「物理的なディスプレイから離れた作業環境」には、非常に大きな可能性と魅力があるのは間違いなく、そこにマイクロソフトが注力していることも、また見逃せない事実である。

 OculusやHTCがVR HMDを相次いで値下げし、PlayStation VRも、海外では実質的な値下げが行なわれている。一部報道では「売れていないから」と言われているが、それは正しくないだろう。むしろ、Windows MR HMDが低価格かつOS標準としてやってくるのに対し、先行勢力が価格で対応した……と考えるのが正しい。結果的に、半年前はHMDだけで10万円近く必要だったPCのハイエンドVRのコストが、6万円程度にまで下がるという競争が起きている。逆に、価格を売りにしたかったWindows MR HMDは、魅力を多少減じる結果になっているが、これこそが「競争」である。

 筆者としては、マイクロソフトに「環境整備」で競争軸を作って欲しいと考えている。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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