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第390回:

新iPad現地速報レビュー。手ごろで「ちょうどいいiPad」

 アップルは27日、シカゴにて教育を軸に置いたイベント「Let’s Talk a Field Trip」を開催した。その場で、教育市場を想定した新しい「iPad」が発表された。製品を手に入れたので、まずはそのファーストインプレッションをお伝えしたい。iPadの基本仕様については、別記事を参照してほしい

2018年版iPad。試用したのはスペースグレイのWi-Fi + Cellularモデル。価格はWi-Fi版の場合、37,800円から

厚みは気になるが十分コンパクト、最大の特徴は「Apple Pencil」対応

 外観を見れば、iPadは「いつものiPad」だ。9.7型ディスプレイのモデルは、最新のiPad Pro(10.5インチと12.9インチ)とは違うもので、ボディの設計も過去の9.7インチモデルを踏襲している。筆者は普段10.5インチのiPad Proを使っており、すっかりそちらに慣れているから、という事情が大きいのだが、改めてみると、ディスプレイは一回り小さく、ベゼルは太めだ。

iPadのパッケージ。この辺は大きな変化がない
内容物。iPad本体・USB充電器(10W仕様)・Lightning−USB type Aケーブルと各種マニュアル。こちらもこれまでと同様だ
iPad Pro(2017年・シルバ−・10.5インチ)と、iPad(2018年・スペースグレイ・9.7インチ)を比較。iPad Proの方がひとまわり大きく、横のベゼルも細いものの、iPadが特に野暮ったく見えるわけではない
iPadの背面。セルラーモデルなので上部にLTEアンテナ内蔵を示す樹脂製の部分がある。

 厚みはiPad Pro(10.5インチが6.1mm)に比べ、7.5mmなのでかなり違う。手に持った時の違和感でいえば、面積の違いよりも厚みによるところが大きい印象だ。

左側がiPad Pro、右側がiPad。厚みの違いは、手に持った時もっとも感じる違いと言えそうだ

 昨年まで、iPadとiPad Proを分けるものは「ペン」だったわけだが、今回はiPadでもApple Pencilという優秀なペンが使えるようになった。

 実際、使い勝手はiPad Proとかなり近い。iPad Proはディスプレイのリフレッシュレートが120Hzで、その関係もあり、Apple Pencilでの書き味も、かなり遅延の小さい、なめらかなものだ。iPadは60Hz駆動であるため、比べてみれば確かに違う。スローモーションで比較すればその差は把握できるし、書き比べるとiPad Proの方が、素早いペンの動きへの追従性は良い。

iPad Pro(2017年モデル)とiPad(2018年モデル)のぺん追随速度を比較。差は明確にあり、少しの遅延にもこだわるならiPad Proの方が良い。しかし、iPadでも使い勝手が大きく劣るわけではない

 とはいうものの、60Hzでの描画は2016年のiPad Proと同じ性能である。それでも「ペン描画のなめらかさ」では業界トップクラスだったわけで、2018年版iPadでも、ほとんどの場合不満は出ないだろう。なによりもまず、そこが違う。「できないことができるようになった」わけで、多くの人にとってはここが重要だ。

確かに違うが価格差の前には「これでいい」と思わせる基本性能

 仕様的に言えば、iPadとiPad Proの差はディスプレイに関する部分が大きい。

 iPad ProはP3対応の高色域ディスプレイであり、周囲の色に合わせて色温度を調整するTrue Tone機能も持っている。OLED(有機EL)のiPhone Xを除くと、アップル製品でもトップクラスのディスプレイである。それに対し、iPadはsRGB準拠ではあるが、そこまで。色鮮やかな写真を見比べると、やはりiPad Proのほうが良いと思う。Netflixの映像配信(テストは海外で行なっているので、Netflixで比較している)を見た場合にも、iPad Proの方が色再現性は良く、特に「HDR的なダイナミックレンジの広さ」で比較するとけっこう異なる。

 とはいうものの、それらの点は「現在、市場でもっとも品質の高いタブレットであるiPad Proという高価なモデルと比較して」の話である。

 単体のタブレット製品としてみると、新iPadの完成度はかなり高い。率直に言って、他の低価格タブレットとの比較であれば、ディスプレイ品質・ペンの反応速度どちらの比較でも圧勝だと思える。

 仕様をよく見ると、iPad ProとiPad(2018年モデル)には、「一般向けに低コスト化する段階でカットしたのだな」とわかる部分がいくつかある。

 iPad Proにはキーボードなどを接続するための「Smart Connector」があるが、iPadにはない。LTEモデルの場合、iPad ProにはSIMカードスロットの他、いわゆるエンベデッドSIMの仕組みを使った「内蔵Apple SIM」があり、旅行時などにそちらを使って通信をする……という仕組みがあるが、iPadにはなく、SIMカードを入れ替える必要がある。カメラも、iPad ProはiPhone 7と同じ光学式手ぶれ補正機能を搭載した12メガピクセルのものが使われている一方で、iPadは手ぶれ補正機能のない、8メガピクセルのものだ。

iPad(上)と、iPad Pro(下)の背面。カメラモジュールが違うため、iPadの方はカメラブに出っ張りがない。また、アンテナ部のデザインの違いから、設計・デザインの世代の違いも感じられる

 プロセッサーも、iPad Proは「A10X Fusion」であり、iPadは「A10 Fuison」。ベンチマークアプリの結果を見ると、メインメモリが4GBから2GBに、L2キャッシュが8MBから3MBへと減っているためか、マルチコアアプリケーションの動作速度では、iPad Proの約半分の速度しか出ていない。しかし、昨年モデルのiPadと2018年モデルのiPadでは、プロセッサー速度で40%、GPU速度で50%高速化している、とアップルは説明している。

 とはいえ、だ。

新iPadの「GeekBench 4」でのCPUベンチマークの結果。メモリは2GBのようだ
iPad Proの「GeekBench 4」結果。より高速な「A10X Fusion」を搭載しているので、iPadに比べかなり数値が良い。しかし、実際のアプリ動作速度ではそこまで体感できなかった

 確かにiPad Proとは違うのだが、最廉価モデル同士の比較では3万2,000円もの価格差になっているのに、このくらいの差に収まっていると考えると、正直、非常にお買い得に思える。iPad Proを日常的に使っている筆者であっても、「今iPadを持ってないなら、これで満足できる」という印象を強く持つ。

 例えばCPUは、ベンチマークではずいぶん差が付いた感じだが、iPad向けアプリの特性もあってか、速度差はそこまで大きくは感じない。アプリを複数切り換えた際などの挙動に違いは見られるものの、iPad Proが「プロやこだわりの人向け」、iPadが「一般向け」という位置付けであるならば、この差は許容しうるレベルかと思う。キーボードはBluetoothのものでも代替可能だし、内蔵Apple SIMにこだわる人は「iPad Proの価値がわかる」レベルの人かと思う。

 唯一「これは気になる」と感じたのが、スピーカーだ。iPad Proでは、縦持ち・横持ち両方でステレオ再生ができるよう、4つのスピーカーが搭載されているのだが、iPadはLightningコネクターのある側に2つだけあり、横持ちでは片側に音場が寄ってしまう。音楽や動画視聴の際に不自然で、残念に感じた。

Apple Pencilと棲み分ける「Crayon」の存在感

 iPadが低価格化された結果、目立ってしまうのが「Apple Pencilの価格」だ。Apple Pencilは単体で1万円を超えており、相対的に高く思えてしまう。Apple Pencilは、傾きや筆圧の検知といった「ペンとしての自然な使い心地」の部分をペン側の機能で実現している部分も多く、BluetoothでiPad本体と通信も行なう。そのため、どうしてもコストが高くなるのが否めない。

 そのこともあってか、今回、米Logitech(ロジクール)との協業により、Logitech製品として「Logitech Crayon(クレヨン)」という専用ペンが用意されることになった。

Logitech Crayon。教育市場向けに筆圧検知をなくした低価格版ペン、という位置付け。アメリカでは49.99ドルで夏に発売予定

 Logitech Crayonは49.99ドルと、Apple Pencilの半額程度の価格。だが、低遅延での描画や傾き検知など、Apple Pencilの持つ要素のいくつかをサポートする。

Logitech CrayonとApple Pencil。かなり長さやデザインが異なる。機能は異なる上に、Logitech Crayonは新iPadにのみ対応するので、単なる「低価格版Apple Pencil」というわけではない

 ただし、Apple Pencilと違い「筆圧」は検知できない。なぜなら、Apple PencilはBluetoothでiPadと通信することで筆圧などの情報を送っているが、CrayonはBluetoothを搭載していないからである。逆にメリットとしては、低価格であることに加え、Bluetoothでのペアリングが不要なため、複数のiPadの間ですぐに利用できる。

 これは、学校で「アノテーション」や「ノート書き」などに使うことを想定したもので、先生がすぐに生徒のiPadに書き込みが出来る……という使い方も考えている。

 日本での発売予定は、現地取材では確認できていないものの、アメリカでは今夏の発売を予定している。確かに、絵は描かないがペンは欲しい、という人には有用なので、日本でもニーズが高いのではないか、と思われる。なお、Crayonが使えるのは新iPad(第六世代iPad)のみであり、iPad Proも含めた過去のモデルには対応しないという。この点は少し残念だ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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