西田宗千佳のRandomTracking

第424回

ラジコのデータから何が見える? TBSラジオが進める「可視化」と、変わる番組作り

1月30日にTBSラジオが行なった発表が、放送業界でちょっとした驚きをもたらした。それは、ラジコで聴取するリスナーの推移が1分単位で分かるデータダッシュボード「リスナーファインダー」を、社内の生放送スタジオなどに設置すると発表したことだ。精度向上のため3月末まで試験運用し、4月以降本格サービスインを予定している。

TBSラジオ

「社内システムがどうした」と思われるかもしれない。だが、これが面白いのだ。どう面白いか、どのようにラジオ局を変えうるシステムなのかを知るには、放送局の、ラジオの「今」を理解する必要がある。

ラジコのデータから「リアルタイムの聴取状況」を把握

リスナーファインダーは、電通とTBSラジオが共同開発したシステムだ。中で使われているのは、インターネットによるサイマルIPラジオ放送である「radiko.jp」(ラジコ)の聴取データと、電通の「PeopleDrivenDMP」と呼ばれるツールだ。PeopleDrivenDMPは、インターネットなどの過去の行動履歴を蓄積し、解析してマーケティングに生かすための「DMP」と呼ばれるデータ解析プラットフォームで、そこにあるデータ基盤とラジコの聴取ログデータをもとに、「ラジオを聴いているリスナーを解析する」ことができるようになっている。

リスナーファインダーの画面例。ラジコの聴取データを元に、「いまどれだけの人が聞いているか」、「どこで聞き始めたか」、「どこで聞くのをやめたか」、「番組はどのタイミングでシェアされたか」などを可視化

そういうと難しいものに見えるが、結果は意外とシンプルなものである。リスナーファインダーによって、TBSラジオ社内では、放送中のラジオを「ラジコで何人が聞いているのか」、「その男女構成比、年齢構成比がどうなっているか」、「どの地域の人が聞いているか」などの情報を、1分単位で、ほぼリアルタイムに把握可能になっている。リスナーファインダーは、TBSラジオのあらゆる場所にすでに設置されている。社内の事務関連部門はもちろん、スタジオのディレクター席の隣にもだ。

TBSラジオ社内の至るところにモニターがあり、リスナーファインダーの数字が確認できる
スタジオの調整室にあるディレクター席の隣には、大きなディスプレイが。ここに毎分での聴取データが表示され、見ながら制作する

そうやって、関係者が常に「いまやっている番組の状況はどうか」、「過去に放送した番組と比較してどうか」といった数字を見ながら、ラジオ番組を制作するようになっているのである。

このことは、ラジオにとってきわめて大きなインパクトを持つ。「ラジオの聴取率に変わるものなのではないか」と、放送業界が騒然となったのだ。

テレビには「視聴率」があるように、ラジオにも「聴取率」がある。ただ、両者は調査の頻度がまったく異なる。テレビは毎日毎分が計測されているものの、聴取率は基本、2カ月に1回、1週間分の調査を行なう。ラジオを聞いていると「スペシャルウィーク」などの言葉を聞くことがある。これは聴取率調査を行なう週のことで、ここでいい数値を出すことは、当然、番組の評価につながっていた。そのため、スペシャルゲストを呼んだりプレゼントキャンペーンを行なったりすることが多かった。

だが、TBSラジオは昨年12月より、この「スペシャルウィーク」を止めている。そして、1月からは「毎分」でデータがわかるリスナーファインダーを導入した。

TBSラジオが、長年ラジオ業界が使ってきた聴取率を捨ててネット指標に!

たしかにこれは、テレビで視聴率を捨てるのに近い。そのため放送関係者の間では、一時そんな風に騒がれたのである。

聴取率は不要じゃない! 狙うはラジオの「デジタルトランスフォーメーション」

だが、である。

結論からいえば、そういう理解は間違っている。

リスナーファインダーの開発を担当する、TBSラジオ メディア推進局・インターネット事業推進部 部長の萩原慶太郎氏は次のように話す。

萩原氏(以下敬称略):「聴取率の代わりにこれを使うんですか」と言われるんですが、全然、まったくそんな意図はないんですよ。ビデオリサーチの聴取率も見ていますし、もちろんリスナーファインダーも見ます。

設計思想として、リスナーファインダーには「他局比較」が一切ありません。それに、ラジコのデータは8割がモバイル(スマートフォン)からのもので、偏りもあります。だから、聴取率と両方見なければいけません。

TBSラジオ メディア推進局・インターネット事業推進部 萩原慶太郎部長

リスナーファインダーのラジコ聴取ログデータは聴取率より多量で密なデータだが、性質上、どうしても偏りもある。だから「ラジコデータだけ」というわけにはいかない。言われてみれば当然の話である。

一方で、ラジコの単純な聴取データだけでなく、さらに解析処理を加えたデータを「常に見ながら番組を作る」ことには、ラジオの置かれた現状を変えていくために「必要なこと」でもあった。

萩原:我々は、いままで「放送」を何十年もやってきたわけですが、その中で、聴取率「しか見ていなかった」んです。その数字からは、たしかに何万人が聞いている。という情報は得られます。それはマス(多数の人々)ですが、1人1人がどのような体験をしているのか、その体験価値を浮き彫りにすることはできませんでした。

ラジオも媒体広告費が減ってきていて、「ラジオなんてオワコンじゃないか」といわれることもあります。一方、広告主の方々からは「どんな人々に番組がアプローチできているのか」、エンゲージメントを聞いてくる人も多くなっています。もちろん、聴取率は弊社での営業指標にはなっていました。しかし、聴取率の数字だけではビジネスにならなくなっています。すでにデータを活用する、という意味では、ラジオ局よりも広告主の方がずっと先を進んでいる。

ビジネスとしてラジオを見直していくには、なによりもっとリスナーを知らないといけない。可視化しないといけないんです。

そもそも、一般的な商品メーカーなどでは、1つのデータだけでマーケティングの判断をすることはないでしょう? 聴取率とリスナーファインダーの両方を見るのは、それと同じです。

とはいえ、こうした施策が「ラジオ局」として大胆なものであることに変わりはない。導入が決まったきっかけは、昨年7月、TBSラジオの社長が三村孝成氏に交代したことにある。三村氏は「放送ビジネスのデジタルトランスフォーメーション」を旗頭に改革を推し進めており、その一貫としての「データ活用」がある。聴取率だけに依存する体制を脱すること、その道具としてリスナーファインダーが使われはじめたわけだ。

リスナーファインダーでは、興味関心・趣味趣向などのデータと聴取傾向を組み合わせ、状況を番組制作側も把握できるようになっている。番組の一部だけを聞いた人と大半を聞いた人での聴取状況の比較、といったことも可能だ。現場ではすでに、「先週とこう違うのか」、「ここで数が変わるのか」といったことが話し合われているという。

萩原:まずは2カ月に1回(聴取率の場合)だったものが毎日になっただけで大きな変化です。そこに制作側がどう反応するのかも含めて見ています。上下に一喜一憂することよりも、あくまで、リスナーの可視化に価値があると考えます。

制作現場にリスナーファインダーのような表示を置く例は、海外で聞いたことはあります。しかし、すべての場所に本格的に導入したのは、我々が初めてだと思います。

放送の未来を走る「ラジオとラジコ」、だからこそ「検証」が必要

こうしたことが可視化できたなら、実際にはどんな風になっているのか、みなさんも気になるのではないか、と思う。どの番組はどう視聴者が変化するのか、数字が実際にわかれば面白い。

だが、今回、数字の開示にはNGが出た。それはなにも、TBSラジオ内での機密だからではない。数字自体は、他社を含めた関係者もTBSラジオに来れば、すぐに見られるものだからだ。

それでも「今は」公開されない理由は「いくつかの指標の一つであること」、「本当にこの数字が妥当なものか、検証が必要だから」と萩原氏は話す。数字だけが一人歩きすると、その解釈に誤解を招く可能性がある。

萩原:リアルタイムでの聴取状況の表示は「パート1」です。今はリアルタイム聴取だけですが、SNSでのシェア数、タイムフリー(ラジコのタイムシフト聴取)についてもやっていきます。

この先に、色々とやるべきことはあります。まず重要なのは、リスナーファインダーで提示される数字の精度を上げることです。聴取率は業界全体での指針として使われていましたが、それは「信頼性」があったからです。同様に、このようなデータが業界の方々に信頼していただけるかどうか、きちんと検証していく必要があります。

ラジオの将来を考えると、インフラ・データ・マネタイズの方法に仕組みなど、全部見直すのは当たり前。ですから今はトライ・アンド・エラーの真っ最中です。色々な角度からの仮説が必要で、リスナーファインダーによって、ようやくそれを試す基盤ができた、と言えます。

開発体制も、電通の開発チームと密に連携し、制作現場から必要な要素をヒアリングしながら進めていけるように、アジャイル開発(素早く短い時間で改善を積み重ねる手法)を採っています。例えば、前回との聴取量の比較は「分」がいいのか「人」がいいのか。「見やすさ」はどうなのか、いろいろと検討しているところです。

リスナーファインダーは、別に弊社だけで抱え込むつもりはありません。なにか具体的な話があるわけではありませんが、他局と共有することを前提に設計しています。しかし、今必要なのは「スピード」と「検証」です。ある程度、基盤ができた段階で、検証には多数の人が関わり、知見を集めるべきですから。

検証して業界内での信頼を得ることは、たしかに重要だ。ビジネス指標として使うなら必須のことである。だが、萩原氏が「信頼」を重視する理由は、今回のような指標を使える「ラジオとラジコ」という関係が、放送ビジネスにとっては「先を進んでいる」状態にあるからだ。

萩原:ラジコは非常に特殊な位置付けにあります。2,900万ダウンロードされ、700万のユニークユーザーがいる、活発にアクティブに使われているサービスです。月間のべ聴取時間は46億分。そして、8割がモバイルからの利用です。

現状、地上波の常時サイマル放送を提供しているのはラジオだけです。未来においては、テレビの地上波も、ネットでなんらかのものが観られるようになるかもしれません。そこでどういう風に番組が楽しめるのか? 広告モデルはどうあるべきか? そういう部分を、すでに多くの人がサイマル聴取しているラジオは先行できるんです。シェアラジオやタイムフリーは、未来の放送はこうあるべきだ、という部分をラジオで先行しているところがあります。

ラジオというビジネスは厳しいが、それだけに、先に走っている部分がある。だからこそ、その中で「データ指標」、「分析」、「提案」など、可能なことを試みている。萩原氏のいうように、そのためには、「試行錯誤」と「信頼性の検証」が重要、ということなのだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41