西田宗千佳のRandomTracking

第465回

「疫病の中でニコニコ動画にできること」原点回帰を目指す「ネット超会議」

ドワンゴ専務取締役 COO兼niconico代表の栗田穣崇氏

新型コロナウイルスの影響は、生活のあらゆる側面から切り離せない状況下にある。その中で、エンターテインメントは大きな岐路に立たされている。一方、こんな時期だからこそ、オンライン・エンターテインメントが人々に貢献できることはたくさんあるはずだ。

この状況の中で、プラットフォーマーはどんなことを考えているのだろうか?

そんなことを思いながらTwitterを見ていたら、ドワンゴ専務取締役 COO兼niconico代表の栗田穣崇氏が、自身のTwitterアカウントで次のようにつぶやいていた。


これはまさに、筆者が今疑問に感じていることであり、重要だとも考えていることだった。

ドワンゴは、niconicoは今、プラットフォーマーとして現状にどう対処しようとしているのだろうか?

栗田氏にインタビューしてきた。取材したのは、4月12日から開催される「ニコニコネット超会議2020」の詳細が発表される直前のことだった。同社は「大型イベントを中止した立場」でもあるので、その視点からの話もうかがっている。

新型コロナウイルス禍にniconicoはどう対応したのか

政府からイベントなどの自粛要請が出されたのは2月26日のことだった。niconicoはすぐに対応を開始した。

栗田氏(以下敬称略):政府からの要請が、状況が切り替わるひとつのきっかけだと思います。学校の一斉休校開始、ということもありますが。我々はすぐに動いて、27日からもう無観客公演を始めています。水曜日(注:2月26日は水曜日)にご連絡をいただき、その週末にはもうイベントを行なっていた、という感じでしょうか。

我々は有料化もできるプラットフォームなので、主催者さん側に話をしに行って、「無料だけでなく有料でもできますよ」というお話をさせていただいています。当然、ギフト(注:有料で購入するアイテムを視聴者からプレゼントする形で、動画配信者へのマネタイズをサポートする仕組み)も合わせて、ということですが。

有料配信といっても、いろいろな形が採れるんですよ。途中まで無料で途中から有料とか、何日かの通し視聴権の設定とか、有料チケットを買った人だけに物販を提供するとか。いろんなパターンはできるようにしてあるんですね。あとは「チャンネル化」して継続的にファンの方へのサービスとマネタイズを継続する、という形でしょうか。

同時に打ち出したのが、休館する美術館などのコンテンツをオンライン配信する「ニコニコ美術館」を展開するための無料サポートだ。美術館の展示を識者や学芸員の解説付きで動画配信する、というもので、過去からniconicoが提供していたサービスなのだが、今回、美術館側をサポートする目的で、無料による配信サポートが行なわれることになった。こちらについてもすでに何件か実施されており、これはニコニコ側からの「完全な持ち出し」(栗田氏)で行なわれているという。

・ニコニコ美術館
https://ch.nicovideo.jp/niconicomuseum

・ニコニコ美術館の「ネット展示配信」無償実施(ニコニコニュース)
https://originalnews.nico/240212

こうした状況は社会にとってマイナスだし、それはniconicoにとっても変わらない。だが、動画のプラットフォーマーとしてはある種のチャンスでもある。過去より同社はプラットフォーマーとして様々な形での配信をサポートしてきたが、過去の知見を生かし、これまでは配信にそれほど興味を持っていなかった人々にもビジネス化の機会を提供することを、積極的に行なっている状況だ。

動画配信自体へのニーズも高まっている時期だ。栗田氏は「3月については、プレミアム会員の入会数も、通常の時期よりも高い値で推移している」と話す。

トラフィックの増加について、ドワンゴは公式なコメントを出していないが、3月13日にIIJ技術研究所より、IIJのフレッツサービスに対するトラフィックの影響について、詳細なレポートが示された。そのレポートでは、「主要なコンテンツ配信プラットフォームに対するトラフィック増加は、平日で10~15%の増加。毎日が日曜日のトラフィックになったようなそのレポートでは、「3月2日を境に明らかに平日昼間のトラフィックが増えている。平日の1日のトラフィック量でみるとアップロードで6%、ダウンロードで15%程増。1日のダウンロードで15%増というのは、平日と休日の違いぐらい」(レポートより引用。筆者による要約)とされているが、niconicoも同様の傾向と考えるのが自然だろう。

栗田:問題は同時にコンテンツへと突入する際の負荷なのですけれど、こちらは特に増えていません。今後もコントロールできるかは注視する必要がありますが、無観客イベントが増えていくこともありますし、努力していきます。

一方で、あまりに動きが急であり、全体の状況を見通すのは「まだ難しい」という。なにしろ、こうした展開が始まってからまだ1カ月も経過していないのだ。我々の感覚値としては大変な変化だが、事業者としてみれば、日々の変化への対応が優先であり、状況を俯瞰するには至っていない、という事情もある。

栗田:1カ月ですから、まだ見えない状況ではありますね。しかしこういう厳しい状況ですから、「少しでもマネタイズしたい」という事業者さんもいらっしゃいまして、そこに対してはこちらも一生懸命提案させていただいている段階です。当然常に一緒にやらせていただいているので、主催者側がやりたい、ということに合わせて、当然「有料でやりたい」というところは有料化のサポートをし、「この時期だから無料で」というところには無料に向けてのサポートを、という形でやっています。千差万別ですね。

これが長期化するとなると、各事業者さんが「今後どうしようか」と考え始めるのではないか、と思っているのですが、今はまだ、変化を語る・考える時期ではない、と思っています。

ただ、美術館さんやクラシックコンサートのように、「そもそもネットを使うソリューションがあることを知らなかった」というところもあります。そういう方々が「こういうやり方もあるのか」という気づきがあった、ということが、まず見える効果としては大きいのではないか、と思います。

今回については、各事業者さんに対して、こちらから初動の段階でガッと動かせていただいた部分があります。そうやって、26日のあと、すぐに実績を作らせていただいたことが、その後の他の方々との関係につながっている部分はあります。特に美術館の方々にはそう思っていただけたようですね。

イベントのマネタイズと、それを支える「会員サービス」

そもそもドワンゴは、映像配信プラットフォームの一つとして、新型コロナウイルス騒動のようなことがなかったとしても、「公演・イベントのオンライン化」「多様なマネタイズ手段の提供」をビジネス化してきた部分がある。今回素早く初動から展開できたのは「日常業務の延長線上にあったことだから」という部分が大きいだろう。

栗田:イベントのオンライン対応とマネタイズ、という意味で昨年から成功していたのが「VTuber系」のイベントですね。もともとniconicoの利用者との相性がいい、ということはあると思うのですが、niconicoでネットチケットを売ると非常によく売れる、と言っていただいています。

niconicoの場合、コメントを使って演者ともコミュニケーションを取りやすいので、普通にライブに行っても楽しいけれど、ライブに行けない人も楽しい、同等の価値を提供できています。ネット配信が「代替」ではなく同等の価値を持つものとして理解されていました。そういう文脈はあると思いますね。

一方でもちろん「(現実の)サブ」というパターンもあって、こちらは有料配信でライブの売り上げを補う、というものですね。あと、「チャンネル」連動。ファンサービス+より広い層へのアピールとして捉えていらっしゃる方もいます。YOSHIKIさんなんかがそうですが。

ある意味今やっているのは、そういう「これまでniconicoがやってきたこと」を見つめ直し、広げていくという方策だ。

栗田:今は非常時です。震災の時もそうでしたが、こういう状況だからこそ、niconicoに来て誰かと繋がれる場としていただきたい、というのはあります。楽しいとか、誰かと一緒にいられるとか。

「ニコニコ美術館」やクラシックコンサートは無料で見ていただいています。これはパートナーの方々の意向、という部分もあるのですが、こちらとして「niconicoだからこういう体験ができるということを知っていただく」という考えもあります。だからプロモーション的な意味合いはすごく強いです。

「ただ、」

栗田氏はそう付け加えた。

栗田:クラシックコンサートの最後に「提供:プレミアム会員」って出したんですよ。

そうしたら、ユーザーの方々から「プレミアム会員ありがとう」とか「俺プレミアム会員だよ」というコメントが続くムーブメントがあって。

これ、ちょっと前だったら叩かれていたような気もするんです。しかしこういうときに我々が身銭を切って、「でもそれはもともとプレミアム会員の皆さんからいただいていたものなので」ということを示すことで、エンターテインメントへの貢献になっている、プレミアム会員に支えられているniconicoである、ということを見ていただけたのは、すごく意義があったんではないかと思っています。

新型コロナウイルスとは関係ない話として、もともと同社は、2020年を「攻めの年」としていた。いろいろなアップデートも準備していたという。だが、現状そうしたことよりも、現状への対応が優先されている部分があるという。ただ、今年注力しようとしていたことの一つとして、「プレミアム会員の位置づけを見直す」ということはあったようだ。

会えないからこそ「niconicoで」。原点回帰を目指す「ネット超会議」

そして、「こんな時だからこそniconicoに」という発想のトップに、と考えているのが「ネット超会議」だ。

例年同社は、4月にリアルイベントとして「超会議」を幕張メッセで開催しているが、今年は新型コロナウイルスの影響もあり、中止になった。改めてそのネット版といえる「ネット超会議」が4月12日から開催されることになったのだが、この狙いはどこにあるのだろうか?

【訂正】初出時、「ネット超会議」の日程が誤っていたため修正しました(31日11時19分)

栗田氏は本来niconicoというネットサービスの責任者であり、超会議はドワンゴ専務取締役CCOの横澤大輔氏が務めている。元々超会議は「ドワンゴ社員全員参加」のイベントで、それはネット超会議になっても変わらないのだが、今回は「横澤と私が完全に、一緒になって進めている」(栗田氏)と話す。

栗田:中核メンバーで話をしたのですが、「こういう形でしかできないものを作ろう」という思いになったんです。

いままでの超会議でも配信はやっていて、たくさんの方にご来場いたただいています。しかしこれまでは「リアルの会場をネットでも観られる」という感じでした。

また、現在の超会議は、来場者のうち、ニコニコのユーザーが半分くらい、残りの半分は、アーティストの方やVTuberなど、お目当てのものがある人々でした。そういう人々は、お目当てのものを見るために来場しつつ、他のものにも触れて「イベントとしての楽しさ」を味わいにきていたのでしょう。

今度はリアルがなくなっちゃいます。「超歌舞伎」などは無観客で配信しますが、ステージイベントなどは、モノによってはなくなってしまいます。

これはまだ超会議に来ていただけていないユーザー、niconicoに来ていただけていないユーザーに来ていただくチャンスです。いかに面白いと思っていただけるか、考える必要があります。

ですから、「ネット超会議」は8日間にしました。いかに単発で終わらせないか、ということを重視したんです。別の言い方をすれば、「ニコニコ生放送」が8日間続くようなものです。シナリオ通りに作ったものを流すのではなく、その場で考えて運用していきます。

この時期に、人が出会うことで生まれる「many to many」な環境はなかなか作りづらい。しかし、同好の士が集まる、というのは楽しいものです。

ですから、ネットでもその流れをすかさずキャッチするように心がけます。たとえば、火曜に盛り上がった話題を木曜のイベントの中に組み込むとか、そういうイメージですかね。隙間の埋め方も臨機応変に考えています。

そのためには、他のSNS、特にTwitterの力も使うしかありません。ハッシュタグ「#ネット超会議2020」で流れをとにかく追いかけ、セレンディピティ(思いがけない出会いや発見など)を実現していきます。

「真ん中のニッチ」を狙うniconico、クリエイター奨励プログラムの認知を強化

ネット超会議はniconicoのサイトをのっとるような形で行なわれる。それは、niconicoを運営するドワンゴという会社のお祭りである、ということをだけを示していない。niconicoというサービスが、本来どういうものであったのか、という原点に立ち返るためのものでもある。

栗田:動画プラットフォームにはコミュニティが重要です。niconicoはタグを使って動画でコミュニケーションするメディアである、ということが重要で、他とは少し違います。一方で、コミュニティとしての価値が広くリーチしていない、とは考えています。

ネット超会議を、その「コミュニティとしての価値」が再度広がるきっかけにしたいと思っています。

「niconicoなんて使わず、YouTubeでいいじゃん」という声はあります。確かに、画質がキレイなサービスならば、他にもいっぱいあります。しかし、「なぜniconicoなのか」といえば、やはりコミュニティ部分があるから、だと思うのです。Twitterでも流行りは醸成されますが、情報の寿命が短く、流れてしまいやすいです。

昨年、ちょっとした調査を行ないました。

YouTube・Twitter・niconicoのそれぞれで、流行った話題がどのくらい持続したのか、ということを調べたのですが、Twitterだと2、3日で流れてしまうものが、niconicoだと1カ月続きます。

たとえば、ビリーバンバンさんの件も1月の話ですけど、まだ続いていますから。

栗田氏のいう「ビリーバンバンの件」というのは、アーティストのビリーバンバンが、「アイドルマスター」関連の楽曲「薄紅」の「歌ってみた」動画をniconicoにアップしたことだ。

ファンの間で話題となり、スポーツ新聞などにも当時とり上げられたが、一般には話題が流れてしまっている。しかしniconicoの中ではファンとビリーバンバンの交流が続き、動画の再生も増え続けている。こうしたコミュニティが持続しやすいことがniconicoの特徴であり、それを今後も拡大していきたい、というのが栗田氏の考えだ。

一方、動画投稿を増やしていかなければ、プラットフォームであるniconicoは厳しくなっていく。YouTubeという圧倒的な存在があり、PVに伴う収益化でも優位にある今、niconicoはどうするのだろうか?

栗田:たしかに、ピラミッド構造の上の方、とにかくたくさん視聴が集まるもの、マスの視聴を集める力があるクリエイターの方にとっては、YouTube優位である点は揺るがないと思います。また、なかなか視聴を集められない人にとっては、YouTubeでもniconicoでもあまり変わらない。

一方でそうでない真ん中の部分、ニッチなコンテンツなどは、コミュニティや検索生がないと埋もれがちになります。niconicoはそこで優位ですよ、という認知を広げて行きたいです。事実、今も「クリエイター奨励プログラム」によってそうなっているのですが、もっと認識を高めていきたいです。

「モチベーションの基本はコメントや仲間づくりなんだけど、もう少しリターンも」という風な機能を、今後入れていきます。要は、月に10万・20万円稼げれば十分ですよ、という人々にniconicoを選んでいただけるように、認知を高めていきたいです。

そうした攻めの改善を、同社は今年行なう予定で進めていた。ただ現状は、新型コロナウイルスに伴う影響への対策が優先となり、なかなか進んでいないという。しかし、単純な改善でなく「進化」を目指している、というのは間違いないようだ。

疫病が去っても「変わらざるを得ない我々」

新型コロナウイルスの影響は、長期化が予想されている。この影響が落ち着いても、人々はもはや元には戻らないだろう。9.11や3.11で人々が受けたのと同じ、なにか不可逆な変化が起きるのは必然だ。

今後のビジネスに、現在の状況はどう影響してくるのだろうか?

栗田:どのくらい影響が続くかにもよります。夏まで続くなら、影響は大きいでしょう。連休明けで収束するなら、新しい意識は醸成されないのではないでしょうか。

どちらにしろ、リアルのイベントには、ネットの逆ブレが起きます。(新型コロナウイルスの影響が)長くなると、リアルイベントの価値はもっと高まります。きっと次のイベントは盛り上がるとは思います。

ただ世の中の変化で言えば、イベントがトリガーではなく、「仕事」がトリガーになるでしょう。

世の中「リモートでもある程度いけるよね」と思っていたものが、試されて結果が出た。これでも世の中回っているわけです。オフィスの圧縮やテレワークの流れは変わらず加速するでしょう。

そこで弊社として良かったのは、存在するサービスを実際に見ていただくことができたからです。「N高」にしても、「N予備校」を公開することで、こういうものだと実体験で学んでいただけました。単に映像を流して講習するのではなく、ちゃんとインタラクティブなもので、他と違う、と認識していただけたはずです。

イベントどうこうより、会社などがリモートになっていく、という状況が加速していけば、イベントなどにも結局影響が出るでしょう。

だから我々は、変わらざるを得ないんです。

誰もが過酷な状況に置かれつつも、こうした状況が追い風になる企業もある。ドワンゴもその一つだ。だが、それはなにも自然にプラスになる、ということではなく、「社会が変わっていくことに適合しないと置いていかれる」ことに付随するものでもある。現在同社が対応を早めているのは、「新コロナウイルス後に、変わってしまった社会」を見据えてのことでもあるのだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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