西田宗千佳の
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3D対応したPS3 Ver.3.30の狙いとこれから

~開発者が語るOSの3D対応と、Blu-ray 3D対応への意気込み~


SCE SVP 兼 ソフトウェアプラットフォーム開発部部長 の豊禎治氏(右)、同開発部 次長の縣秀征氏(左)
※画面はデモ用のもの

 既報のように、本日(4月22日)、プレイステーション3(PS3)の「3Dテレビ対応アップデート」となる、「システムソフトウェア 3.30」へのアップデートがスタートした。

 3Dテレビ対応は以前から公表されていたものの、その詳細はこれまで語られることはなかった。今回は、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE) SVP 兼 ソフトウェアプラットフォーム開発部部長である豊禎治氏と、PS3の画質・AV系システムソフトウェア開発を統括する、SCE ソフトウェアプラットフォーム開発部 次長 の縣秀征氏に、「PS3での3D対応」が、具体的にどのような形で、どのような機能として行なわれていくのかを聞いた。

 その内容は、「3.30」で行なわれたゲーム向けの機能だけでなく、将来予定されている「Blu-ray 3D」への対応も含まれる。実現すれば「最大の3Dプラットフォーム」となるが、SCEはどのような形で、PS3の3Dテレビ対応を進めていこうとしているのだろうか?

 なお、ゲームにおいては、いわゆるCGによる映像を「3D」と呼んでいた時期も長く、現在注目されている「3D立体視映像」と並列で書くと分かりづらい面がある。本記事では、「3D」と書いた場合、単なるCGの描画手法のことではなく、すべて「3D表示テレビ/プロジェクタへの対応」の事を指す。今後もこの方針で執筆していくつもりなので、ご留意願いたい。 


■ まずは「3.30」で「3D Ready」に。「テレビサイズ」を取得して3D効果を最適化

 具体的な解説に入る前に、PS3の3Dテレビ対応について、今までに同社およびソニー本社がどのような情報を提供してきたかを整理しておこう。

 最初にPS3の3Dテレビ対応について、公式の場で明言されたのは、2009年11月19日に行なわれた、ソニー本社の経営方針説明会でのことだ。この場にて、SCE社長である平井一夫氏が、「すべてのPS3が、ソフトウェアのアップデートにて3Dテレビに対応する」とのコメントを発表した。その後、CES開催前日である2010年1月7日の夕方(現地時間)に開かれた会見にて、Blu-rayディスクの3D規格へも対応する、と公表された。

 今回のソフトウェアアップデートは、これらを受けた、具体的な施策の第1弾、ということになる。

PlayStation 3(CECH-2000A)2009年11月の経営方針説明会で、全PS3を3D対応にする方針を発表
SCE SVP 兼 ソフトウェアプラットフォーム開発部長の豊禎治氏

豊氏(以下、敬称略):3Dは非常に重要なテクノロジーで、PS3の魅力をさらにアップするような、非常に強い訴求力を持っています。ですので当然我々も、3Dへは非常に力を入れて開発をしています。

 まずは、22日の「3.30」へのソフトウェアアップデートにて、PS3が「3D Ready」になります。PS3で3D対応の映像を「出力できる」ようになるわけです。これをやることによって、3D対応のソフトウェアの開発をすすめることができるようになります。

 では、具体的に、アップデート後の「PS3」はどうなるのだろうか? 実は目に見える変化は、かなり小さなものになる。

 今回のアップデート「3.30」で、PS3は「3D Ready」にはなるものの、ユーザーの目には、特に大きな変化は感じられない。例えば、メインメニューとなるXMBなどは、3Dテレビと接続しても、飛び出して表示されるわけではない。

豊:今回のアップデートは「3D Ready」、コンテンツを作り込んでいただくための準備です。ですので、3Dに関し、ユーザーの方に、機能としてなにかが提供されるわけではありません。ユーザーさんの側で3Dを楽しんでいただくには、コンテンツ・ゲームの登場をお待ちいただくことになります。

 最初の3D対応ゲームの発売は、ソニーの3D対応テレビが市場に出てくるタイミングと同期して、ということになります。ゲームデベロッパーのみなさんには、ソフトの開発を積極的に行なっていただきたい、と考えています。

 (ユーザーから)目に見える違いは、「設定」くらいでしょうか。3Dのテレビを接続すると、設定の中に「テレビのインチサイズ」を決める画面が現れるようになります。3Dの場合には「視差」を使っていますので、インチサイズに合わせて最適な視差を実現できるようにするためです。

Ver.3.30以降では、対応テレビ接続時の自動設定で、テレビ側のインチサイズを自動取得できる10~1,000型までの任意のディスプレイサイズに変更できる
ソフトウェアプラットフォーム開発部 次長の縣秀征氏

縣:これは、ゲームにとっては結構大切なことなんです。ゲームでは3Dの映像をリアルタイムに作ります。リアルタイムに計算するわけですから、ゲーム制作者の考えた「一番見やすい視差」で表示するのは簡単なんです。そのためには、OSの側で「テレビサイズ」を設定しておき、その値をゲーム側で取得し、演算時に利用する必要が出てきます。実は、我々が開発の早期にこの話が出てきて、「ディスプレイサイズを取得できれば、最適な調整がしやすいよね」という結論に至りました。40インチのテレビで遊ぶ時、60インチのテレビで遊ぶ時、100インチのプロジェクタで遊ぶ時、それぞれで最適な視差量を設定できるようになっているのです。

 少し補足解説をしておこう。

 現在の3D映像は、映像制作者が「どのくらいのサイズのディスプレイで」「どのくらいの距離で」見ると想定して作ったのかで、見え方が大きく変わってくる。例えば、同じ映像を同じ視聴距離で見た場合でも、ディスプレイサイズが大きいと、視差は拡大し、飛び出し量が大きくなる。

 Blu-rayや放送の場合、映像は当然ながら「事前に作りあげた、収録済みの3D映像」だから、視差の調整による立体感や飛び出し量については、映像を製作する段階で決定される。再生する際、制作時の想定とディスプレイのサイズが違っても、機器の側でそれを大幅に補正するのは難しい。映像機器側でも「微調整」はできるが、効果はあくまで限定的だ。ある程度「よく使われるサイズ・視聴距離」を想定して制作することになるし、ディスプレイサイズの違いによる悪影響が極端なものにならないよう、無理な飛び出し量設定は行なわれない。

 だが、ゲームのように「リアルタイムに3D映像を生成する」ものは、事情がちょっと異なってくる。

 人間の「視差」というのは、両目の間隔を元に生み出される。両目の間隔はおおむね5.5cmから6.5cmと言われていて、どんな人でもさほど変化がない。多くの人が「適切な視聴距離」で見ると想定すれば、視差を決定するために必要なパラメータは「ディスプレイのサイズ」ということになる。

 リアルタイムに3D映像を生成する際、仮想的なカメラ距離などを元にレンダリングするわけだが、その際の視差量決定にディスプレイサイズを反映させると、ユーザーが利用しているのが、どのようなディスプレイサイズであっても、「制作者が想定したものに近い視差・飛び出し量」を実現しやすくなる。

 これは、リアルタイム生成という特質を生かしたものであり、刺激が求められやすいゲームにて、「制作者の想定を超える極端な視差・飛び出し量」になることを避ける、という意味合いもあるのだろう。映画とゲーム、どちらの手法が良い、という話ではなく、それぞれのメディアで「視差・突出量の調整の方向性が異なる」と考えるべきだ。

縣:テレビにHDMIで接続すると、EDID(筆者注:ディスプレイ接続時、ディスプレイの機種名・メーカー名やインチサイズを伝える機能。HDMIでも規定されている)を使ってディスプレイサイズを自動的に取得します。設定のデフォルトは、この値になります。

 ディスプレイサイズは、手動で10インチから1,000インチの間で変えられます。実はこれは、投射距離で表示サイズが変化するプロジェクタでの利用を考えてのことです。我々もイベントなどでプロジェクタと組み合わせてPS3を使います。その際にも、大きな画面をきちんと利用できれば……という発想です。最大値を1,000インチにしているのは、ちょっと極端だと思われるかも知れませんが(笑)。

 接続されたテレビの側が3D Readyだとわかると、ここで得られたインチサイズ情報をソフト側に返し、3D映像の生成に利用するのです。

設定確認画面。720p(3D)と、1080p(3D)が新たに追加されている

 映像出力設定後の画面に注目してください。従来は下の2つ、「720P(3D)」と「1080P(3D)」はありませんでしたが、今回のアップデートで追加されます。これは、HDMIの3D対応規格にて定められた「フレームパッキング方式」(筆者注:左右の視野向けの映像をセットでHDMI伝送する方式)の出力のことです。この新しい伝送方式に対応することが、3D Readyにするために必要な機能となります。

 今回は、HDMIでの3D出力にマンダトリ(必須)とされている、すべての方式に対応しました。具体的に言えば、「フレームパッキング・1080P/24fps」と、「フレームパッキング 720P/50fpsもしくは60fps」です。

 ディスプレイサイズを変えると、当然突出量も変化することになるだろう。しかし、それは「画質調整」として用意されたものではなく、あくまで「快適な3D映像」を生成するパラメータとして用意されたものなので、「正しいディスプレイサイズから変更したからといって、望みの効果が得られるとは限らない」(縣氏)という。

縣:「もっと飛び出させたい」、「もう少し立体感を抑えたい」というのは、あくまでソフトウェア側(ゲーム側)で行なうこと、と考えています。OS側で用意するのは、「見やすくするため」の仕組みです。ユーザーが、実際に使っているTVサイズと異なる数値を設定して、視差を調整するのはお勧めしていません。

豊:ディスプレイサイズの設定を入れたのは、これまでの3D映像を「基準」として、より良くすることはできないだろうか、という研究の成果とお考えください。PS3向けのソフトではリアルタイムに3D映像を生成するので、ディスプレイサイズを入れることで、より自然な表現にすることができる、と考えています。

 なお当然ながら、PS3での3D対応は、3D対応テレビと「HDMIで接続した時」のみに有効になる。アナログ接続には対応しない。HDMIで出力する際にも、ディスプレイサイズを除けば、接続される機器の側によってPS3から出力される映像に、違いが出るわけでもない。

縣:HDMIからは、規格通りフレームパッキングで出力します。その相手がプラズマなのか液晶なのか、といったことは意識していません。その先の絵作りはテレビに任せる、という形です。

 ただしゲームの側では、絵作りの可能性があると思っています。液晶とプラズマでは、絵作りの形が違うのかな、と考えているところです。我々もまだ、他社のテレビでは十分なテストが行なえていないので、今後いろんなことを考えていこうと思います。ですが、それはもうファームウエアというよりは、アプリケーション側・コンテンツ側の世界の話ですね。 


■ 3D動画配信に向けた準備も進む、Blu-ray 3D対応は「年末までは待たせない」

 ここで、PS3の3D対応について、行程を確認しておこう。

 すでに述べたように、4月22日のアップデートにてまず「出力のための基盤整備」が行なわれる。この時点では3Dのコンテンツはない。

KDL-60LX900

 6月に、ソニーが3D対応BRAVIA「KDL-LX900シリーズ」の発売を予定しているが、この時期にあわせ、3D対応のゲームが発売されることになる。

豊:まずはゲームを作る基盤としてのOS。その次のタイミングというのがBRAVIAの発売日で、ゲームタイトル、という形です。

縣:ゲームの他、3D動画コンテンツのネットワーク配信も検討しています。もちろん実際には、そこに対してコンテンツをご提供いただかなくてはならないので、当社だけで時期や実現性を決定できるわけではないのですが。その時に、PS3で3D動画の再生ができれば、と考えています。

 現状、Playstaion Network(PSN)で映像配信が行なわれているが、可能性としては、ここに3D映像もラインナップされる、ということになるだろう。とはいえ、このあたりの対応は、SCEだけで決定されるものではなく、ソニーピクチャーズやソニー本社の動きとも連動するもの。だから、現時点でどのような形で、どのようなコンテンツが、正確にいつから配信される、という事情が確定しているわけではない。

縣:3D動画を配信する際には、解像度の落ちない「フレームパッキング方式」でできないか、と検討していますが、まだ正式な決定ではありません。少なくとも、技術的な基盤は準備しました。日本のような回線が速い環境と、そうでない国とでは事情が異なります。回線が日本ほど高速でない国では、サイド・バイ・サイドやトップ・アンド・ボトムといった形式での配信を検討することになるかも知れません。

豊:少なくとも、システムソフトウェア側でそれらの映像を表示する能力を組みこんでいます。ただし、すべての3D映像送信方式に対応するわけではなく、ある程度限定することになるとは思います。

縣:具体的には、放送方式としてそのまま送信できるもの、すなわち、サイド・バイ・サイドやトップ・アンド・ボトムには対応します。正確には、これらの形式ならば「そのまま」表示しますので、3D対応テレビならばそれが「3D表示」になる、ということです。これらの形式は(HDMIの)3D伝送の仕組みを使わなくても表示できますから、我々として排除する必然性はない、ということです。

 サイド・バイ・サイドやトップ・アンド・ボトムは、「2画面分の映像を1画面分のフレームに押し込める」ような仕組みなので、既存の2D向けフォーマットを変更せずに伝送できる、という強みがある。だから放送系はこれらの形式を採用するのだが、他方で、横方向もしくは縦方向の解像度が半分に劣化し、ディテールと立体感が失われやすい。「配信はフレームパッキングで」とSCE開発チームが希望するのは、高速回線を使い、画質劣化の少ない状態で3D映像配信を実現したい、という考えからくるものだ。

 ちなみに、スカパー!HDの放送をネットワーク録画し、DLNA経由で再生した場合にも、3D放送の表示に対応する。形式がサイド・バイ・サイドなので、従来のスカパー!HD録画の再生と同様に、PS3で問題なく再生される。当然、普通に見ると「左右に映像が並んだ形式」だが、3D対応テレビに表示すれば「3D」になる。

縣:そして、さらに次の段階が「Blu-ray 3Dへの対応」と考えていただいてかまいません。「年末までに」と発表させていただいてはいますが、そこまでお待たせすることはないでしょう。

豊:お客様の期待も大きいと思いますしね。注目の高いところからやっていくことになります。

縣:その他、3D対応カメラで撮影した映像・静止画への対応、ということもあると思います。ただし、現状(3.30)では対応していません。製品が登場してくれば、その段階で対応アプリケーションを検討していくことになると思います。

 現状CIPA(一般社団法人 カメラ映像機器工業会)では、3Dのように「複数の視点を持つ静止画」のフォーマットとして、マルチピクチャー・フォーマット(MPフォーマット)が規格化されている。現在ある製品としては、富士フイルムの3D対応デジカメ「FinePix REAL 3D W1」で、拡張子「.MPO」ファイルが利用されているが、これがMPフォーマット形式のデータである。現状ではまだ確定ではないが、PS3においてもこうしたフォーマットの対応を計画しているようだ。 


■ 3Dゲーム開発は「720P・60fps以上」ならば意外と簡単?!

 では、ゲームの対応はどうなるのだろう?Blu-ray 3Dももちろん大切だが、まず我々が体験できるのは「ゲーム」ということになる。

「PS3が全数、ゲームでの3Dに対応する」との発表がなされた当初、一部では「既存のゲームもそのまま3D対応テレビで見れば、飛び出して見えるようになる」といった報道もあったようだが、それは間違いだ。

 今回のアップデート後も、PS3で「3Dテレビ対応のゲーム」をするには、きちんと「3Dテレビに対応したタイトル」で遊ぶ必要がある。

 問題は、その対応が簡単かどうか、すぐに3Dテレビ対応のゲームが登場するのかどうか、という点だ。

「左右の目」に合わせて映像をリアルタイム生成することになると、生成せねばならない映像のフレームレートは単純に「倍」になる。処理能力・メモリ帯域の点で厳しいのでは、と言われることも多い。

 だがこの点について、SCEは「意外と条件は緩い」と考えているようだ。

縣:まずゲーム開発者向けに、「どの場合は楽、どの場合は相応の作り直しが必要」といったことを判断するためのフローチャートを作成しました。

 3Dでは「フレームパッキング」を利用しますので、映像は右目・左目の両方を描く必要があり、より帯域が必要です。

 ですのでフローチャートの最初では、「あなたのゲームは1080P・60fpsで動いていますか」というのを聞いています。1080p/60fpsのゲームの場合、720P・60fpsのフレームパッキングとして出力すれば、帯域はほとんど変わらないので、対応は楽です。

 次に「二画面分割での対戦や協力プレイに対応していますか」という事を尋ねています。こちらもできているなら、メモリの量的にも問題ありません。これら2つの条件が整っているなら、パラメータを変えるだけで、すぐに3Dテレビ対応ができてしまいます。ゲーム中の負荷もほとんど変わりません。

 では720Pのゲームはどうなるか、という点ですが……。一つの選択肢として、現状60fpsで動いているならば、それを30fpsのフレームパッキングにする、という手法があります。フレーム数は減っていますが、実際の映像は(フレームパッキングで両目分表示するため)60fps出ていますので、単純に「クオリティが落ちた」ようには見えないはずです。立体感が出る分、30fpsになってもそこそこクオリティが維持できるのではないか、と思っています。

 あとは、3Dに合わせてオブジェクトを多少減らす、といった処理が必要になる場合もあります。しかし、それは「二画面分割対応」と同じような手間、と考えていただければいいでしょう。ただし実際の3D対応では、二画面分割対戦などと違い、両目用の映像で「同じオブジェクト」を表示すれば良いので、メモリへの負荷が低く、技術的な難易度は低くなっています。

 極端な言い方をすれば、720p/30fps以下で動いているゲームの場合には、なんらかの工夫をしないと大変である、といえるでしょう。

豊:実際、ゲームクリエイターの方々は、3D対応に非常に注目しています。お問い合わせも多い。現状「クオリティの高いゲーム」を作っているところであれば、3D対応は簡単で、ハードルは決して高くありません。すでに発売済みのゲームでも、短期間で「3D対応アップデート」を行なうものが出てくるでしょう。

縣:ゲームメーカーの方に話を聞くと、3Dは「投資に対して得られる効果が非常に大きい」という反応が返ってきています。さきほど述べたように、720p/30fpsが出せないタイトルでは厳しいのですが、そうでなければ、ほとんど追加作業が発生しない。実際条件が整っていれば、一週間もあれば3D対応はできてしまうんです。

 我々がデモで、「グランツーリスモ」や「ワイプアウト」など、いくつかのレースゲームを展示していますが、あれらのソフトは、元々クオリティの高いタイトルなので、すでに挙げた「3D対応の条件」が整ってしまっていたんですよ。だから、簡単に3D対応が行なえた、という事情もあるのです。

 他方で、「なんの対応もなく、自動的に3Dテレビ対応する」ならば、もっと楽ということもできる。この点はどうだろう?

縣:ものによるかとは思います。CPUに余裕がなければどうにもならないのですが、例えば軽めのゲームについては、ライブラリーの側で3D対応を行なうことも技術的には可能です。

 CPUの処理能力が余っている状況、例えば、PS1のタイトルをエミュレーション中などは、マシンパワーに余裕があるので、3D対応をすることもできなくはありません。ただし現状では、そういった計画はありませんが。

 実際のところ、例えばソニーの3D対応BRAVIAには、2D映像を3Dに変換する機能がついています。ですから、そのような機能に力を入れて開発するのが効率的なのかどうか……。別の判断軸が必要かとは思います。

 とはいえ、「3Dを1から自分たちで作り込む」人々と、「簡単に3D対応を済ませたい」人々の両方に対応できるよう、準備を進めているところではあります。

豊:現在のゲームでは、(開発環境メーカーが作成した)「ゲームエンジン」を使って開発を行なう、というタイトルも増えています。そのため、ゲームエンジンの側で3D対応を行なう、という計画はいくつか伺っています。ゲームエンジンの開発メーカーが3D対応の環境をもっていただけるようになれば、開発効率はより高まるでしょう。

 我々もここまでで(3D対応の準備は)終わりだとは思っていません。まずは3D対応、というレベルで、最初の条件、出力の部分を整える、といった段階だと考えています。

 ですが相当数のスタジオは、これで3D化ができてしまいます。とはいえ、それもある程度「3D対応がしやすい、技術力のあるゲームスタジオ」に限られてしまっていますので、今後はもっと簡単にできるように、ライブラリーとドキュメントの整備を進めていきます。

縣:フレームパッキングでの対応は、そんなに技術的には難しいものではないですからね。ゲームスタジオ側での追加作業というのは、あまり無いと思います。先ほど条件として挙げた、「二画面分割対戦のためにメモリを空けて準備を整える」開発工程の方が、ずっと難しいんです。

 ただ、より良い3Dを目指そうとすると、これまでにないノウハウの固まりになるので、そこはどんどんやっていかないといけない。

 わかりやすい例で言いますと、現在のCGの作り方では、遠くのものは「書き割り」にすることが多いんです。遠景の木などは、板ポリゴンを2枚十字に組み合わせただけ、といった場合もあります。普通に見る分には目立たないのですが、これが立体になると、違和感がとても目立つんです。リアルに見えるだけに、抜いたところがはっきりしてしまう。そこをどうするのか、というのは、まさにノウハウだろうと思います。

 


■ Blu-ray 3DではPS3の「フルパワー」活用、実は完全に作り直しで対応

 気になるのは、やはり「Blu-ray 3D」への「対応度」だ。Blu-ray 3Dでは、コーデックがMPEG-4/MVCになり、出力時の情報量は単純に倍になる。また再生のための処理負荷も、2Dの時よりもさらに大きなものになる。Blu-ray 3D再生時の負荷について、縣氏は苦笑いしながら次のように答えた。

縣:正直なところ、開発の難易度はゲーム(の3D対応)の比ではありません。なので、申し訳ありませんが、ゲーム向けの3D対応と同時にはご提供が難しいんです。

 処理については、もう、ギリギリですね。ついにPS3が、映像再生時にもフルパワーで動作することになります。現在、最後の追い込みをしているところです。

 PS3を開発して、もう3年以上が経過しています。BDプレーヤー機能についても、ここまでメモリ容量や、CPU負荷を減らし、最適化を行ないながら、様々な機能を追加してきました。

 そうやって空いたすき間をつかって、なんとか入れ込んでいる、というところでしょうか。現在の段階では、処理能力的にもメモリ的にも、ギリギリで実現できる、というめどが立っています。そのめどがついたので発表した、ということなんですが。3年半前のハードで最新のものに対応していくというのがどのくらい大変か、なかなかご理解いただけないかもしれませんが。もちろん我々の側でも、誰も「やらない」という回答はするつもりはなかったんですけど(笑)

 とはいえ、解像度も落としませんし、画質処理を省くこともしません。もちろん、2Dと3Dでは絵作りの部分は違ってきます。場合によってはダイエットが必要になるかも知れません。「2Dでは大切だけれど、3Dでは本当に必要ですか?」と思われる部分を、最終的にはカットする可能性もあります。

豊:実際には、BDプレーヤーの機能は、3D対応のために、ほとんど1から作り直しているんですよ。OS部を「3D Ready」にするための準備は、継続的に行なっている改良・改善の一環ですが、BDプレーヤーについては、新たに対応アプリケーションを作った、という形に近いです。

縣:BDプレーヤー機能は、機能制御であるとかメモリの排他制御であるとか、一つ一つを全部見直して作り直しています。実際には、我々アプリケーション側の開発チームもそうですが、PS3のOSをやっているチームも、コーデック部分をやっているチームも、みんなが少しずつ少しずつ最適化をすすめてやってきたんです。

豊:結局は、やっぱりCellというプロセッサーのポテンシャルが、それだけ高かった、ということなんです。ソフト屋さんが必死になって最適化をすすめていけば、3年半前のハードウエアでもここまでできるんです。

縣:逆に言えば、最適化するだけの環境が整い、我々もそういうアプリケーションが書けるようになってきた、ということなんです。最初は使いこなせていなくて余裕がなかったんですが、今は違います。

 とはいえ、Blu-ray 3Dの再生については、1080Pの「24fps」だからなんとかなった、というところはあります。フレームパッキングで倍になっても48フレームですから。1080/60P(プログレッシブ60fps)に比べれば負荷は低く、まだちょっと余裕があります。

 ある時期には、我々も「ごめんなさい」と言って(アップグレード対応を)あきらめる時期が来るかも知れませんが、できる限りはやっていきたいと考えています。

 3Dならではの高画質化についても、もちろん研究中です。まだ確たる結果がお話できる段階ではないので、その内容はご容赦願いたいのですが、2D時代とも違うアプローチで、研究を続けています。



■ アップデートは無料、「ソニー全体」で利用が大前提

 ここまでの説明でおわかりのように、PS3の「3D対応」は、最低2段階のシステムソフトウェア・アップデートと、ゲームソフト発売、コンテンツの提供などのステップを経て、年末に向け準備が進むことになる。最後のステップが「BDプレーヤーの対応」だとすれば、その時期は年末商戦より早い時期と見て良さそうだ。

 大規模な計画であるだけに、SCEがソフト開発などにかけているリソースも相当な規模になっていると予想される。

 だが、システムソフトウェアのアップデートは、今回も「無料」(豊氏)で行なわれる。(コンテンツやゲームなどの対応はその限りではない)

豊:3Dを楽しんでいただければ、トータルでは問題ありませんよ。

縣:大変ですが、ゲームや映像ソフトを買っていただき、楽しんでいただければそれでOKです。我々の仕事は、みなさんに楽しんでいただいてナンボですから。

 PS3については、ゲーム事業トータルでの収益性に厳しい意見が投げかけられることが多い。その観点で見ると、筆者も楽観的に見られる状況ではない、と考える。だが、今回の3D対応を見ると、すでにソニーグループは、PS3を「全グループの資産」として生かし始めているのがはっきりと見て取れる。総力戦だからこそ、ここまで力を入れた開発が行なえるのだ。それが吉と出るか否かは、今後の各製品の「クオリティ次第」と考える。

 なお、3Dと直接の関係はないが、今回の「3.30」にて、今後のソニー製PC「VAIOシリーズ」にて、「リモートプレイ」に対応することが発表されている。現時点ではテストできていないので、そのクオリティについて言及するのは避けるが、PSPと同様のことがモバイルPCなどでもできるようになれば、確かに面白い。

 どのようなPCで利用可能になるか、今後「PC以外の機器」や「ソニー製品以外での展開」については「ご案内できることはない」(SCE広報)という。このあたりも「総力戦」を思わせる。ストリンガー会長が会見などで語ってきた「ソニー・ユナイテッド」という姿勢が、商品戦略の「大枠」という形で、ようやく見えてきた、といったところだろうか。

(2010年 4月 22日)


= 西田宗千佳 = 1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、PCfan、DIME、日経トレンディなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「iPad VS. キンドル日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)、「iPhone仕事術!ビジネスで役立つ74の方法」(朝日新聞出版)、「クラウドの象徴 セールスフォース」(インプレスジャパン)、「美学vs.実利『チーム久夛良木』対任天堂の総力戦15年史」(講談社)などがある。

[Reported by 西田宗千佳]