西田宗千佳の
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映画会社2社に聞く、日本のiTunes映像配信ビジネス

~レンタルビデオ/既存VODとの傾向の違いは?~


iTunes Storeの映画(映像)配信のトップ画面。昨年11月にスタートし、現在は国内外の映画を中心に配信が行われている。レンタル(VOD)とセル、SD解像度とHD解像度それぞれで提供されている

 日本でiTunes Storeでの映像配信がオープンして、8カ月近くが経過した。すでに日常的に利用している人もいれば、まだ様子見、という方もいるかも知れない。

「配信はディスクメディアにとってかわる」と言われるが、実際に配信ビジネスをしている人々にとって、iTunes Storeでの配信はどのような意味を持っているのだろうか? 今回は、そんな人々の声を聞いてみた。

 取材に応じていただいたのは、ワーナー エンターテイメント ジャパンとアスミック・エース エンタテインメントの担当者である。彼らの言葉からは「配信」という言葉だけでくくれない、「iTunesビジネス」の一端が見えてくる。


 


■ ワーナー作品は「レンタルビデオ的」傾向。理由が見えない「トムとジェリー」突然のヒット

ワーナー エンターテイメント ジャパン マーケティング本部 ホームビデオ&デジタル・マーケティング デジタル・マーケティング アシスタント・マネージャーの中村珠恵氏

 ワーナー エンターテイメント ジャパン株式会社で、iTunes向けを含むネット配信ビジネスを担当する、マーケティング本部 ホームビデオ&デジタル・マーケティング デジタル・マーケティング アシスタント・マネージャーの中村珠恵氏は、iTunesでの配信について、次のような印象を持っているという。

ワーナー・中村氏(以下敬称略)iTunes Storeでの配信が開始されることになり、「ネットで有料コンテンツを購入するということが、一般的なものになる」と直感的に感じました。

 すでにいくつかのプラットフォームで配信を行なっていましたが、顧客にはまだまだ敷居がある感じでした。しかし、iTunes Storeは、皆が知っているプラットフォームであるためか、ハードルが下がった印象です。

 実際、弊社は大手ポータルサイト内などでも有料の配信を提供しています。しかし、そういった場では「コンテンツは無料でないと」という意識があるのか、サイトのアクセス数に比べて、購入に至る数はそう高くはありません。同様にPC系のサイトではいくつか配信していますが、同じような傾向があります。

 また、映画情報が充実していて、新作だけでなく過去作の情報があるサイトでも、いざ、有料コンテンツとなると「会員登録が面倒だから」といった理由で止めてしまう場合があります。

 しかしiTunesの場合は違います。すでに「iTunes上のコンテンツは有料である」と認識した上でやってくるので、購入比率が比較的高いように思います。

 作品の情報を得ようと思うと無料のサイト、でも、iTunesにはそもそも有料で購入する、レンタルするためにやってくる、という意識が強いと感じます。

 では売れている映像の傾向はどうだろうか? 「完全に把握できているわけではないですが」と断った上で、中村氏は次のように説明する。

中村:売れるコンテンツの傾向としてはアクション系が強いです。ただ、アクション系が強いのは事実なのですが、他のジャンルも売れてきています。

 他のプラットフォームと比べると、傾向はやはり異なります。他のプラットフォーム、例えばゲームコンソール系の配信では、男性の好むコンテンツにより偏る傾向にあります。それと比較すると、幅広く売れているという印象はありますね。

 現在弊社では、VOD(レンタル形式)とセルスルー(購入)の両方を手がけていますが、VODは新作の回転率が圧倒的にいいです。やはりお手軽感があるのでしょう。

 我々は、iTunesなどの配信についても、パッケージ版もレンタルも、同じ日に、すべて同時発売でやっています。ですから、新作の情報が行き渡っているのでしょう。そもそも、物理的な媒体と市場を食い合っている、という印象はないです。むしろお客様は「かぶっている」のではないでしょうか。

 HD版とSD版の比率については、まだ圧倒的にSDが多いです。他のプラットフォームにはHDが多いものもありますが。もしかすると、Apple TVの利用者はHDが多いのかとも考えますが。このあたりも、VODがレンタルビデオの感覚で利用されているからかと思います。

ワーナーも驚いたヒット作となった「トムとジェリー シャーロックホームズ」。家族で楽しめるアニメがまだ少ないため、との分析もあるが、ヒットの理由はまだ分析しきれていないという

 他方、セルスルーについては、定期的に売れているのはカタログ作品(筆者注:新作以外で、評価の定まった作品)ですね。例を挙げれば、「ダークナイト」や「ショーシャンクの空に」などです。作品に対する意識の高いお客様が、こだわって購入されている、という印象です。

 iTunes Storeでの配信をはじめてみて、意外な作品が売れ始めたのに驚いた、と中村氏は話す。

中村:ゴールデンウィークの頃なんですが、突然「トムとジェリー シャーロックホームズ」という作品がものすごい勢いで売れ始めたことがあります。過去の実績から行くと、あまり配信向きの作品とも思っていなかったこともあり、お恥ずかしい話ですが、なぜそうなったのか、確実なところは我々でも把握できていませんが、いい意味での怪現象です(笑)。まだアニメが少なかったかもしれません。ただ、こういった作品が伸びる裏には、ファミリーで楽しんでいただいている傾向はうかがえます。


 


■ スマッシュヒットになった「イヴの時間 劇場版」。幸運のつながりがヒットの要因に

iTunes Storeでの映像配信の、初期のヒットタイトルとなった「イヴの時間 劇場版」。今もセールスのトップ30以内を維持するロングセラーとなっている

 iTunes Storeでの映像配信がスタートした直後、あるタイトルが人気を博し、注目された。そのタイトルの名は「イヴの時間 劇場版」。アスミック・エースの配給するアニメ作品である。著名なハリウッド映画や邦画が並ぶなか、テレビ放映されたのでもない、インターネット発のタイトルが長期的にランキングの上位を占めたのは、アスミック・エース自身にとっても意外なことであったようだ。

 アスミック・エース エンタテインメント株式会社 映画・映像事業本部 副本部長の大橋淳氏は「分析しきれていない部分がありますが」と前置きした上で、「イヴの時間 劇場版」を中心とした、iTunes Storeでの配信の状況について、次のように解説する。


アスミック・エース エンタテインメント 映画・映像事業本部 大橋副本部長

アスミック・エース 大橋:「イヴの時間」については、ネットでスタート、劇場で限定公開後にBDやDVDを販売し、iTunesで配信する、という順番でした。率直に言って、ことiTunesでの展開に関しては、ウインドウ(筆者注:映像作品の公開・販売順序のこと)のタイミングとして、意図したものでなかったですし、戦略的に位置づけたものでもありません。

 そもそも、配信する権利があるもの、素材がそろえば、可能なものは全部だそうと考えていたんです。邦画はライセンスがクリアできないものがけっこうあります。洋画はライセンス契約時に「配信」が入っていないと、権利を行使できません。そういったことを一本ずつ確認していきました。その中で、「イヴの時間 劇場版」はOKだったから、配信した、ということです。

 ただどうやら、作品のプロデューサーも「作品にあった販売展開」を考える中でiTunesには注目しており、iTunesでの映像配信がローンチするタイミングを待っていた、という事情もあったようだ。すなわち、制作側と配給側であるアスクミック・エース、双方の意識が合い、しかも、ローンチ時期と配信時期がマッチした、幸運な巡り合わせであった、ともいえそうだ。

大橋:用意した配信タイトルのうち、DVDのセル・レンタルで上位にあるタイトルは、やはりiTunes Storeでも上位にくるだろう、と予想していました。そこに「イヴの時間 劇場版」が入ってくるとは、正直ノーマークでした。

 「イヴの時間」はウェブ発信のコンテンツで、トラディショナルな展開ではありませんでした。特にネットのお客様との親和性が高かったのは事実でしょう。コンテンツのもっている特質、相性がiTunesにマッチしたのか、と考えています。「イヴの時間」の名をきいたことはあったけれど、気になっていたけれど、見たことない人がiTunes Storeを使ってみて、「この中で『イヴの時間 劇場版』なら見てみようか」という選び方をしていただけたのではないか、と分析しています。

 iTunesのお客様はリテラシーの高い層です。そしてアニメファンのお客様も、他のコンテンツを含めても、リテラシーが詰まっている方々です。双方のマッチが良かったのでしょうね。

 また当初、iTunesの品揃えの中に日本のアニメが少なかったことも理由の一つでしょう。日本のアニメを見たい人がたくさんいて、消去法で「イヴの時間劇場版」を見た人も多かったのだろうと思います。

 「イヴの時間 劇場版」にとってさらに幸運であったのは、iTunes Storeでの映像配信開始について紹介される際に、「イヴの時間 劇場版」という作品そのものが配信作品の代表例として語られることが多かった、という点も指摘しておきたい。単に作品が紹介されたからといって、視聴行動に結びつくほど単純なものではない。だが、元々ネットユーザーの間で知られており、「機会があれば見てみたい」と思っていた人々の前に露出した……と考えれば、ヒットに結びついたことも不思議ではない。

 では、アスミック・エースの場合、他にどんな作品が見られているのだろうか?

大橋:顧客属性はまだはっきりとわかりませんが、体感的には、従来のVODとの違いがあるのかな、とつかめてきています。

 実は、売れ筋が当初思っていたものと違うんです。弊社が配給する作品としては、DVDレンタルでも上位にくるアクション性の強い、「トランスポーター」シリーズや「TAXi」シリーズが上位に来るかと考えていました。

iTunes上の配信でスマッシュヒットしている「オーケストラ!」。2009年制作のフランス映画。見た人の評価が非常に高い作品で、こういった作品が発掘されるのも配信らしい特徴

 ところが、音楽的な要素が強い作品が上位にきているんです。JPOPやクラシックをフィーチャーした作品ですね。興行収入とは関係なく上にきています。例えば「オーケストラ!」という作品は、単館公開で興収3億円の作品ですが、iTunesでは好調です。

 想像でしかないですが、iTunesのお客様は、それ以前は音楽を聴く方、そのためにIDを持っている人でしょう。他のVODはインフラにひも付いているため、どうしても年齢層が高く高収入。個人でやっているというより「家庭で加入している」というところでしょう。

 おそらく、究極まで普及すると、レンタルビデオのお客様とは層がかなり変わるでしょう。サービス特性をそのまま反映している印象です。

 iPhoneが女性にも買われているので、当然女性率も高い。それに対してレンタルビデオは男性寄りの市場で、動いているものも男っぽい作品が中心です。現在のiTunesもそこまで女性比率は多くはないですが、レンタルビデオとは異なるものになるのではないでしょうか。


 


■ 「販売結果」がすぐ見える! 既存のVODとは異なるビジネスへの影響

 配信する映像や、配信する企業の運営方針によっても異なるだろうが、「映像を売る場」として見た時に、iTunes Storeはどのような特質をもっているのだろうか? 両社の答えは非常に興味深いものとなった。

ワーナー 中村:作品の「出方」が、購入に繋がりやすいように思います。他のプラットフォームでも、「ラブコメ特集」などの特集展開などは行なっておりますが、iTunesストアでは他のスタジオさん作品ラインナップも合わせて、ワンクリックで購入できるフローが明確だと思います。また、オススメコンテンツを購入時に教えてくれる機能も、素晴らしいと思います。

 またなにより我々のような立場としては、販売の数字がデイリーで把握できるということが、非常に大きいです。

 STBを中心としたいままでのサービスでは、各配信事業者様に映像を納め、その先で販売する形です。そのため、全体での売り上げはわかるのですが、タイトル毎の販売の数字の動きがタイムリーになかなか見えてこないんです。もちろんレポートは行なわれているのですが、多くは月次、場合によってはそれ以上という、大きなリードタイムがあるため、タイムリーな情報の把握が難しい状況にあります。

 このことは、iTunesでの配信だけに関わるものではない。同社にとっては、「映像ソフトウエアの販売戦略」全体に関わる大きな武器となり得るという。

「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1」。現在劇場ではPART2が公開中ということもあってか、iTunes Storeでのセールスも好調だ

ワーナー・中村:例えば先日(筆者注:発売は4月21日)「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1」の配信についても、iTunes Store上でプレオーダーを行ないました。この結果についても見ることができたんです。そこからは、売り上げがどのように立つのか、購入意思をどのように高めればいいのか、といった情報が見えてきます。少なくともハリーについては、いい結果をもたらしてくれたと考えています。

 正直なところ、配信だけで大規模なテレビスポットを打つ、といった広告宣伝は難しいでしょう。しかし、テレビスポットの効果がどのように働くのかは読み取れるのです。

 劇場では「ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える」を公開中ですが、その影響もあってか、iTunes Storeでも前作「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」がランキング上位にいます。そういう数字が見えてくれば、他の配信やレンタルなどにプロモーションをしかけることもできます。

7月27日現在の、iTunes Storeでの映画セールスランキング。劇場でヒットしている作品の「前作」が多くランクインしているところに注目

 社内での営業を行なう際にも、こういう数字がある、というビビットな動きを示せると、追加の広告をどうするのか、といった具体的な動きを考えることもできるようになります。今後さらなる検証が必要ですが、iTunesでのセールスの状況を知ることで、トレンドの先端を見せていただいている、といってもいいでしょう。

 同じようなことは、アスミック・エースの大橋氏の口からも発せられた。iTunes Storeができてビジネスが変わったか、との筆者の問いに、大橋氏は「明らかに変わった」と明確に答える。

アスミック・エース 大橋:iTunesは完全なレベニューシェアモデルなので、お客様が明らかに「そこにいる」と認識できます。これまでのVODはB2Bのニュアンスが強い取引が多く、お客様の動きがはっきりわかりませんでした。弊社としても、VOD事業者の先のお客様、すなわち実際に映像を見る個人のお客様より、VOD事業者からの評価に目がいっていた、という部分があります。しかし、iTunesではコンテンツ提供者が、能動的かつ即時に売上データを把握できるシステムを持っているため、弊社としても見方が変わってきました。

 我々は、iTunes Movie Storeのスタートに合わせ、セルスルーのタイトルをいち早く出した会社のひとつです。実験も含めてやってみよう、と考えたのが理由です。

 金額にすると、わりとセルスルーがあったことによって売り上げが伸びています。トランザクションの数にすると、VOD(レンタル)はセルの10倍くらいの数になっています。しかし、金額はイーブンくらい。もちろんその中には、セルの割合が高い「イヴの時間 劇場版」があるから、という可能性も高いのですが。

 セルスルーは、価格設定をパッケージよりやや安く設定しています。基本的には、「パッケージより3割安いがコンセプト」。iTunesさんとの話し合いの中で、その考え方に賛同したんです。

 結局、どの手段で見るかはお客様が選択するものです。ウインドウ展開も、パッケージと配信が同時に選べるように、同時期に行ないます。

 ディスクはモノとしての価値、初回版だとかジャケット、箱などの付加価値を出せるので、別のものとして、配信は「持ち出す」ということも可能なので、ポータブルでも見られるものとして。最終的にBDなどとは使い方が違うだろう、と思っています。

 一方、コンテンツホルダーにとっては、いろんな収益機会をもてることが望ましいのではないでしょうか。

 とはいえ大橋氏は、iTunes Storeによるビジネスのパイはまだ大きくない、とも話す。ただ「小さい」中でも、ビジネスの中で確実に評価できる、はっきりとした手応えは掴んでいるようだ。

アスミック・エース 大橋:まだまだ「おやつ」といったところでしょうか。弊社内でも売り上げ規模の大きな作品の中で考えると、配信の占める比率は小さいです。

 ただし、インディペンデントな規模の作品では、徐々に大きなものになってきています。

「イヴの時間 劇場版」は作品の内容についてもポジティブな評価をいただいていますが、実際、弊社の配信分の中でも、この作品の売り上げがしめる割合は大きく、かなりまとまった金額にもなっています。元々(イヴの時間の監督である)吉浦康裕監督は、作品のクオリティの面でも高い評価を受けていたのですが、配信で金銭的な利益を得られたことで、さらに評価が高まりました。

 逆にいえばこれで「配信できっちり稼ぐことができるね」という判断が出来たので、今後はビジネス全体の計画の中に組み込むことができるようになったといえます。

 ワーナー中村氏は、今後の可能性として「テレビドラマ」の配信を挙げる。ワーナーは多くのドラマ作品を手がけており、これらが配信できるようになれば、より利用者が広がると期待しているようだ。

ワーナー 中村:今後オンライン配信では、テレビドラマなどの作品の方が動くのでは、と考えています。iPhoneなどのポータブルな機器で見ていらっしゃる方も多いようですので。現在はまだ実現できていませんが、はやくテレビシリーズを販売できるよう、アップルと共同で環境を整えていきたいと考えています。

 アメリカ市場でも、ドラマは特に人気のコンテンツだと聞いている。日本でも早期に実現できることを期待したい。

(2011年 7月 28日)


= 西田宗千佳 = 1971 年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、PCfan、DIME、日経トレンディなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「メイドインジャパンとiPad、どこが違う?世界で勝てるデジタル家電」(朝日新聞出版)、「知らないとヤバイ!クラウドとプラットフォームでいま何が起きているのか?」(徳間書店、神尾寿氏との共著)、「美学vs.実利『チーム久夛良木』対任天堂の総力戦15年史」(講談社)などがある。

[Reported by 西田宗千佳]