鳥居一豊の「良作×良品」

第82回

もう“非現実ではない”85型。ソニー「KJ-85X9500G」の大画面と音で「アリー/スター誕生」

地上アナログ放送終了前の薄型テレビへの買い換え期からおよそ10年。来年には東京でのオリンピック開催もあって、薄型テレビの需要が増加している。大型量販店のテレビ売り場を見ていると、50型や60型がずらりと並び、32型や40型はさほど大画面とは感じにくくなってしまった。今後10年の間、ずっと満足度の高いままで使えるテレビを考えると、清水の舞台から飛び降りる気持ちで、75型や85型を検討するのも悪くないと考える。価格はそれなりになるが、10年どころかそれ以上の期間を愛用できるならば、決して高すぎることはない。

ソニーの「KJ-85X9500G」

そこに着目して、液晶の大画面を強くアピールしてきているのがソニーとシャープ。シャープは現在では唯一の8Kテレビを60~80型でラインナップ。ソニーは、他社が薄型テレビのハイエンドを有機ELと位置づけるなか、有機ELと液晶のそれぞれでハイエンドモデルを展開。特に液晶テレビではスタンダードモデルにも75型を用意するなど、さらに大きな大画面を積極的にアピールしている。

実際、僕がその立場だったら激しく頭を抱える選択として、60万円ほどの予算があったら、「65型の有機ELと75型の液晶のどちらを選ぶか?」という選択に今でも答えが出せない。画質至上主義である筆者でさえ頭を悩ませてしまうことになった原因が、今回紹介するソニーの「KJ-85X9500G」(実売75万円前後)だ。これが75型となると実売で60万円ほどとなる。もちろん、価格は高い。だが、20年以上前なら、数百万円の三管式プロジェクターで、10年以上前なら100万円超のプロジェクターや液晶テレビで実現していたサイズと考えると、ずいぶんと現実的な価格になったと思える。

65型以上の大画面を強く推す、ソニーの大画面テレビ戦略

製品を借りるのはなかなか難しいサイズなので、今回はソニー社内の展示スペースをお借りして視聴取材した。ソニーマーケティング プロダクツビジネス本部 ホームエンタテインメントプロダクツビジネス部の児島良樹氏から、商品説明をしていただいたのだが、改めてソニーが75型や85型を視野に入れた“大画面推し”をしていることがよくわかった。

ソニーの商品説明で使われた書類での、部屋の広さに合わせた画面サイズの選択のすすめ。部屋の広さごとにおすすめのサイズを提案している
児島良樹氏。ご自宅では、5畳のスペースに65Z9Dを設置しているという強者だ

ハイビジョン以降の高精細な薄型テレビでは、画素が細かくなることを根拠に最適視聴距離はどんどん短くなっていった。4Kテレビでは1.5H(Hは画面の高さ)だ。85型でさえ1.5mほどが最適視聴距離となる計算で、サイズが小さくなるほど最適視聴距離は短くなる。ほとんどの人の感覚にはフィットしないことがわかるだろう。

現実的には、ここ10年のリビングにおけるテレビの使用実態から、テレビのサイズが大きくなっても、視聴位置はあまり変化していないことに注目した。広い部屋ならば3mくらい、一般的なリビングの広さでは2mくらいというのが、一般的なテレビの視聴距離だろう。

そこで、視聴距離を固定してさまざまなサイズの薄型テレビを設置してみると、画面サイズが大きいほど大画面感(つまり満足度)が高まるという当然の結果になる。そこで、部屋の広さに合わせた画面サイズの提案をしてみたわけだ。

ここで、75型や85型なんて大きな画面サイズのテレビは、部屋に入らないのではないか? そもそもマンションには搬入できないのではないか? という疑問を持つ人が出てくるだろう。10年前は65型でさえ、搬入ができるか、設置ができるかを検討するためにメーカーが見積もりを兼ねて購入予定者の家を訪問していたこともある。これは当時の薄型テレビが大きく重かったため。今ではフレームのスリム化や軽量化も進んだし、梱包自体もかなり小型化したので、85型でさえほぼ一般的なエレベーターに収まるという。

ちょっと面白いのが、児島氏に教えてもらった、「85型の大画面テレビが家に置けるか、搬入できるかを手軽に試す方法」。それは「ベッドに敷くマットレスで試してみる」というものだ。KJ-85X9500Gのディスプレイ部のサイズは幅191cm、高さ109.9cmで、ダブルベッドのサイズはおよそ195cm×120cm。あくまで目安で、また実際にダブルベッド用のマットレスを購入して試す必要はないが、ダブルベッドのマットレスが搬入できたなら、KJ-85X9500Gを設置できると考えられる。

実物を見ると85型はかなり大きいが、部屋に入らないほど大きいわけではないとわかる。実際、一般的な窓よりもちょっと大きい程度だ。

また、最近ではAR(仮想現実)を応用し、スマホのカメラで映った場所に同寸のサイズ比で製品を表示するスマホアプリも登場している。こうしたものを使ってもいいし、実際にメジャーなどで測って確かめてもいい。多少窮屈な感じになるだろうが、無理をすれば6畳間に85型を設置することだって不可能ではないことがわかるはずだ。もちろん、今では搬入や設置についてのノウハウを販売店や発送業者が豊富に経験を重ねているので、心配な人は店頭で相談すればきちんと対応してもらえるはずだ。

KJ-85X9500Gとご対面。

さて、いよいよソニーの展示スペースで、KJ-85X9500Gと相まみえることになった。そこはリビングを模した展示スペースで、商品の展示や商談を行なうための場所だ。そこをお借りしてじっくりと実力をチェックした。

目の前に現れたKJ-X9500Gはさすがに大きい。設置のための台も適当なものがなく、同じタイプのローテーブルを2台使って設置していた。購入を検討する場合は、部屋の設置スペースの問題よりも、テレビを設置する台やラックは新たに用意する可能性が高いことを考えた方が良さそうだ。

ソニーの展示スペースにて、KJ-85X9500Gを前に説明を受ける筆者。児島氏との比較でもかなりの大きなサイズだとわかる
画面下部のスタンド部。スタンドはかなりスリムだが強度は十分。画面下も含めてベゼルはかなり細く、スピーカーの存在感は皆無だ
画面上部のエッジ部。ベゼルも細枠だが、両サイドもかなり薄く絞った形状になっている

まずはX9500Gシリーズについて簡単に説明しよう。X9500Gシリーズは、液晶テレビの高級モデル。ハイエンドテレビとしては昨年から継続販売のZ9Fシリーズがある。このモデルは近い将来には、8Kテレビの後継モデルに切り替わると筆者が勝手に予想している。そのため、X9500Gシリーズは高級テレビとはいえ、非現実的な価格設定にはなっていないのは、冒頭で説明した通り。

それでいて、ハイエンドのZ9Fシリーズの資産をかなり貪欲に継承した欲張りなモデルでもある。まず、高画質エンジンは、Z9Fシリーズや有機ELテレビのハイエンド機のA9Gと同じ「X1 Ultimate」を搭載。リアルタイム処理能力を約2倍に向上させ、高い映像分析能力で高精細かつ低ノイズな映像表現を可能にする。HDRの表示も含めて、高い実力を持った映像エンジンだ。

4K液晶パネルは、120Hzの倍速表示タイプで、詳細は非公表だが筆者の見立てではVA型と思われる。ここにエリア駆動対応の直下型LEDバックライトを組み合わせている。これにより、液晶パネルながらも高いコントラストを実現している。

これに加えて、85型と75型では「X-Wide Angle」と呼ばれる機能を搭載。これは液晶パネルの表面処理などを含めた独自の光学設計によるもので、液晶の弱点である視野角の制限を実用上ほぼ解決してしまった優れた技術だ。

液晶テレビの視野角はそれなりに改善が進んでいるが、やはり斜めから見るとコントラスト感の低下や色が薄くなるといった視野角による画質の変化が生じる。しかも特大画面のテレビでは画面の中央に居ても、特大画面ゆえに左右の両端で視野角の影響が出てしまうことがある。そのため、特大画面である75型と85型にハイエンドモデル譲りの技術を盛り込んだというわけだ。

液晶テレビは、長い実績を持つこともあって生産効率が高く、低価格化しやすいことが大きなメリットだ。しかし、大画面になるほど方式上の弱点が目立ちやすくなってくる。大画面テレビをリーズナブルな価格で製品化するだけでなく、液晶の弱点もきちんと克服してきているところが、ソニーの液晶テレビの大きなアドバンテージだ。ただ値頃感が出てきたからというだけで、安易な大画面推しをしているわけではないのだ。

画面上部の左上に目立たない配色で「BRAVIA」のロゴがある
画面下部中央のソニーロゴも控えめ。下部には動作状態を示すインジケーターもある
背面の接続端子部。垂直に端子を接続する形状で、ケーブルが邪魔になりにくいようにしている
付属のリモコン。ややタテ長の形状で、主要な動画配信サービスのボタンが豊富に用意されているのが大きな特徴だ

OSとしては「Android TV」を搭載。アプリの起動時間の高速化なども果たし、より軽快に使えるようになっているのはハイエンドモデルと同様。動画配信サービスにも多彩に対応するほか、音声による操作やAIアシスタント機能に対応し、見たい番組を音声で検索するなど、より快適な操作が可能だ。

内蔵するチューナーは、4K衛星放送チューナー×2、地デジ/BS/110度CSチューナー×2となる。4K衛星放送を見ながら他の4K衛星放送を裏録画することも可能。これは地デジなどの2K放送も同様だ。内蔵スピーカーは、詳細は後で詳しく紹介する「アコースティックマルチオーディオ」を搭載。Dolby Atmosに対応するほか、独自のフロントサラウンド機能を備える。駆動するアンプは独自のデジタルアンプ「S-Master」。このように、4K衛星放送対応を含めて機能的には最新鋭だし、画質的にはハイエンドモデルに匹敵する実力を備えていることがわかる。昨年発売のZ9Fシリーズと比べると価格・機能ともにかなりお買い得になっていることがわかるだろう。

歌声の力強さに痺れる!「アリー/スター誕生」を特大画面で鑑賞

さていよいよ上映だ。今回は「アリー/スター誕生」を選んだ。これは、1937年の「スタア誕生」の4度目のリメイク作品。監督はブラッドリー・クーパーで、レディー・ガガとともに主演もしている。基本的なストーリーはオリジナル作とほぼ同様だが、時代は現代となっているし、作品中で歌われる曲のプロデュースなどにレディー・ガガ、ブラッドリー・クーパーも参加するなど、映画として、音楽作品として、実に完成度の高いものとなっている。

リメイクも回数を重ねるほどにオリジナルから劣化していくなどと、皮肉な物言いをしがちな筆者だが、本作の出来は予想以上で驚いた。なによりも歌がいい。抜群の歌唱力は言うまでもないのだが、物語にフィットした歌詞と心情を見事に表現している。本編中で登場する楽曲のすべてが傑作と言いたくなるくらいの出来映えだ。

上映の前に、いつもどおり一通りの設定を確認。本作はDolby Vision収録なので、プレーヤーとして用意していただいた「UBP-X800M2」の設定でDolby Vision出力をオンにした。プレーヤー側での設定は基本的にはこれだけだ。Dolby Vision再生は、ドルビーの厳格な再生基準に従って行なわれるので、特に画質面での調整はほとんどできなくなる。

「UBP-X800M2」は実売約5万円ほどのユニバーサルプレーヤーで、UHD BD/BDはもちろん、CD/DVD、SACDやDVDオーディオ再生も可能。シャーシの改良や電源部の改善などにより、振動対策とノイズ対策を徹底し、さらに画質と音質を練り上げてきている。比較的安価なUHD BD対応プレーヤーとしてはかなりの実力だ。唯一の難点が初期設定でDolby Vision再生をオンにすると、すべてのUHD BD再生がDolby Vision扱いとなってしまうこと。タイトルごとにいちいちDolby Vision再生に切り替えなければならず、これが少々面倒だ。これはぜひとも改善してほしい。

視聴で使用したUHD BD対応BDプレーヤーの「UBP-X800M2」。薄型デザインで、背の低いKJ-85X9500Gの足元にきれいに収まった
UBP-X800M2でのDolby Vision出力の設定。Dolby Vision収録の再生時にはこれを「入」にする
Dolby Vision出力時の注意文。プレーヤー側の画質設定と3D再生ができなくなる
UBP-X800M2の映像設定の項目。モニター別に画質設定が用意されている
同じくUBP-X800M2の映像設定。4Kアップコンバートは組み合わせるテレビに合わせて、自動1と自動2を切り替えて使用する

ちなみに、同じソニー製ということもあり、BRAVIAリンクの親和性はなかなか
優秀で、基本的にはテレビ側のリモコンだけで、BDソフトのメニュー操作も含め
て操作が可能だ。画面表示をすると操作メニューが現れるので、これらを選ぶこ
とがリモート操作が可能になる。また、再生中はクイック設定で画質や音質など
の機能を呼び出すことができ、操作がスムーズ。メニュー操作のレスポンスも良
く、従来のモデルに比べてよりスムーズに使えるようになっている。

KJ-85X9500G側のリモコンで、UBP-X800M2を操作しているところ。画面に操作アイコンを表示でき、テレビ側のリモコンでも手軽に操作ができる
クイック設定で、各種の設定画面を呼び出した状態。設定メニューを開くだけでなく、画質モードや音質モードなどを直接呼び出せるのが便利
ホーム画面の表示。アプリは初期値では登録アプリが少なめだが、必要に応じてアプリを追加できる
追加したアプリの選択画面。多彩な動画配信サービスのほか、音楽やゲーム、ショッピングなどのアプリもある
新機能の入力切り替え画面。専用のインターフェースがポップアップ表示され、手軽に各種入力への切替が可能

続いて、KJ-85X9500G側でも設定を確認。Dolby Vision出力時は、画質モードは専用のDolby Visionダーク、Dolby Visionブライトの2種類から選ぶようになる。スタンダードやシネマといった画質モードを選べないのはドルビービジョン再生時の仕様で、他社製テレビも同じ仕様だ。画質設定は自由に調整することは可能だが、調整値を見てみると、いわゆる独自の高画質機能の類はほとんどが「切」になっていた。テレビ側での映像の加工を最小限とするモニター的な設定だ。

画質設定の画面。画質モードは暗い環境向けの「Dolby Visionダーク」を選択。明るさと色は調整が可能だが、そのほかの設定は「切」となっていた
画質設定の詳細設定にある「明るさ」の設定画面。基本的な画質調整は可能だが、黒伸張や自動コントラスト補正などは「切」(手動で「入」にもできる)
画質設定の詳細設定にある「色」の設定画面。こちらも基本設定は調整可能。高画質化を行う機能は「切」となっている
画質設定の詳細設定にある「くっきりすっきり」の設定画面。映像の精細感を高める「リアリティークリエーション」も「切」。ノイズリダクションもすべて「切」だ
画質設定の詳細設定にある「動き」の設定画面。動画補間を行なうモーションフローは、初期値は24コマ表示に忠実な表示をする「シネマドライブ」が初期値。手動でモーションフローを「カスタム」にすれば動画補間を加えることもできる
画質設定の詳細設定にある「映像オプション」の設定画面。UHDブルーレイの映像フォーマットへの対応を選ぶもので、これは初期値のまま「オート」でいい

視聴では、画質モードを「Dolby Visionダーク」を選び、そのほかの設定は初期値のままとした。これがドルビー推奨の画質だが、テレビ側の画質調整自体は行なえるので、必要があれば好みに応じて調整するといいだろう。筆者の印象としては、明るさやコントラスト感は初期値のままでまったく問題がなかった。

視聴中は部屋の照明を落としているが、全暗ではなく薄暗い程度としている。画面の明るさに余裕があり、明るい環境で良さが出る液晶テレビでは、無理に映画館のような全暗にこだわらず、ちょっと照明を落とす程度の環境の方が黒浮きも目立たず、良好な映像を楽しめる。薄型テレビのパネルの個性に合わせて視聴環境を整えるのも、より良い画質で楽しむためのコツだ。

酒浸りの人気ギタリストと、アリーとの運命的な出会い

本作はいきなり渋いカントリー・ロックのライブシーンから始まる。力強いリズムやベースの骨太な鳴り、ギターの音色も表情豊かだが、なによりも歌がいい。そして、昼間の屋外ステージだけに、陽光の明るさが力強い。明るいシーンの階調感の良さはもちろんだが、映像が実にパワフルだ。このサイズの有機ELテレビは存在しないので比較は難しいが、絶対的な画面の明るさ感では液晶の方がパワフルに感じる。85型の特大画面となると、画面が明るい方がより好ましい印象になる。プロジェクター投影に近いサイズ感だが、画面の明るさでは比較にならない。プロジェクターには映画的な感触とか、映画館で見ている雰囲気こそあるが、映像的にはこちらの方が見応えがある。これは直視型ディスプレイならではの持ち味だ。

ライブが終わると、酒浸りの生活を送るジャクソンは帰り道でバーに立ち寄る。そこは場末のドラァグ・バーで、要するに女装した男性が歌や踊りを披露するバーである。ジャクソンが立ち寄ったとき、ステージに立っていたのは女性のアリーだった。歌は「ラ・ヴィ・アン・ローズ」。この歌声がジャクソンに認められ、スターへの道を進むことになるというわけだ。それだけに、歌声は凄い迫力だ。ドラァグ・クイーンもたじたじになるようなパワフルな声量で情感たっぷりに歌い上げ、女性らしいセクシーさもアピールする。

ジャクソンは閉店後にアリーを連れだし、彼女に歌の才能があることを伝える。場所はドラッグ・ストアの駐車場だ。色気などまったくない場所で色気たっぷりにふたりの出会いが描かれる。

この夜の場面で、液晶テレビで気になる黒浮きの具合を確認してみた。LEDバックライトの部分制御の度合いを調整し、HDRの高いコントラストを表現する「X-tended Dynamic Range」を試してみた。調整では「切/弱/中/強」の4つを選ぶことができ、薄暗い環境で確認したところ、「切/弱」では黒浮きが生じていることがわかる。「中」(初期値)になると黒浮きの感じはほぼなくなるし、夜の駐車場の暗さもしっかりと出る。同時に街灯の強い輝きもしっかりと出て、LED部分制御がしっかりと働いていることがわかる。「強」を選んでみると、暗い部分はほとんど変化がなく、街灯の明るさもあまり変わらない。昼間のシーンなどで見ると、明るいシーンがより明るく、とくに眩しい陽の光のような高い輝度の光がより力強く再現された。とはいえ、薄暗い環境ではやや眩しいくらいだったので、全体的なバランスも含めて「中」が良いと感じた。より明るい環境で楽しむ場合には「強」を選ぶといいだろう。

バックライト分割制御の設定。弱→中→強とコントラスト感が上がっていくが、「中」になると黒浮き感があまり目立たなくなる。

アリーは歌には自信があったが、過去のオーディションでは大きな鼻や顔の造作が理由で落選し、今ではホテルで働きながら趣味で歌うことに満足していた。しかし、ジャクソンに半ば無理矢理に彼のステージに引っ張り出され、歌手としての道を歩き始める。当然ながら、さまざまな場所で繰り広げられるライブ・パフォーマンスがたっぷり楽しめる映画だが、夜のステージの明滅するライトや影の部分の階調なども実に豊かに描いている。情報量の豊かなUHD BDだから明滅するライトでノイズが出るようなことはまったくないが、それ以上に精細感が豊かでステージの臨場感が味わえる。

Dolby Visionは、昨年の後半あたりからUHD BDソフトもタイトルが増えはじめているが、初期の作品はダウンコンバート表示のはずのHDR10出力の方がバランスが好ましいと感じることが少なくなく、よりハイコントラストを主張してギラギラと派手な映像になる傾向があると思っていた。それが、昨年末あたりからずいぶんと派手さが抑えられ、ハイコントラストでかつバランスのよい映像になっていることが増えてきた。今やHDR10出力で見ると、暗部の階調が苦しくなるし、明るいシーンでは白も飛び気味になるなど、Dolby Visionの方が良好だと感じるタイトルが増えている。

「アリー/スター誕生」もそんなタイトルのひとつだ。 そんなハイコントラストで肉眼視に一層近づいた映像がより大きな画面で堪能できる。これはライブを生で見ているような体験に近い感覚がある。HDRに対応したドルビーシネマの映画館も少しずつ増えてきているが、HDR制作された映像は大画面になるほど見応えが増す。ディスプレイの能力としては有機ELの方が優れた点が多いことは事実だし、過去の作品から最新作まであらゆる作品で評価していくと有機ELの方が総合点は高いだろう。

しかし、HDR作品に限ると同じ価格でワンサイズ大きなサイズが手に入る液晶の方がパワフルで見応えがあると感じる。厳しく評価をすればサイズの小ささを補って余りある表現力が有機ELにはあるが、画面の大きさは思った以上に感性に訴えてくるものがある。本作のような情熱的なライブパフォーマンスたっぷりの場面の多い映画は特に。

そして、大きな画面なのに細部のノイズ感が目に付かず、ディテールの再現性も優れていることにも関心する。このあたりは映像エンジンの実力の高さがよく表れている部分だろう。「X1 Ultimate」は昨年の初登場時から高く評価しているが、この実力の高さは特大画面を想定したものだとはっきりと実感できた。やはり大画面テレビほど画質の良さが重要になってくる。

大画面に相応しい音とは? 「アコースティックマルチオーディオ」の実力を確認

ジャクソンとともにライブ・ツアーに参加するようになったアリーの元に、彼女を歌手としてデビューさせようと敏腕マネージャーが現れる。それはアリーの輝かしいスターへの道を拓くものだったが、ジャクソンとアリーの男女としての関係性に大きく影響していく。シンプルに歌だけに徹するジャクソンだが、マネージャーはさらなるヒットを期待して、彼女にダンス・パフォーマンスをさせ、外見のイメージもより派手なものへとしていく。彼女の人気はさらに高まっていくが、その一方でジャクソンで彼女に距離を感じ、酒とクスリへの依存を高めていく。

本作は優れた歌唱力と音楽の力で描いたスターの成功物語だが、それ以上に実に純粋な恋愛映画でもある。レディー・ガガは歌はもちろんだが、まさしくアリーになりきったかのような演技を見せ、そこで歌われる曲の多くも恋愛を中心に女性の生の気持ちをうたうものが多い。グラミー賞の新人賞に輝くほどに成功しても、夫となったジャクソンへの愛はまったく揺るがない。ジャクソンが酒とクスリでボロボロになっても決して彼を見捨てることはない。レディー・ガガの半生を描いた映画なのでは? などと思ってしまうほど、作品内のアリーとレディー・ガガの一体感がハンパない。

そんなふたりの愛情が実に美しく歌われるのが、「シャロウ~『アリー/スター誕生』愛のうた」。このシーンで、本作でもっとも重要な“音“をチェックした。

視聴では、KJ-85X9500Gの内蔵スピーカーである「アコースティックマルチオーディオ」で音を聴いている。内蔵スピーカーで85型の特大画面にふさわしい音は得られるのか?

まずは「アコースティックマルチオーディオ」について詳しく紹介しよう。スピーカー構成としては、一般的な薄型テレビと同様に画面の下から音を出すフルレンジスピーカーが2つ。そこに音の定位と音場感を高めるために、画面の両サイドの高い位置に「サウンドポジショニングトゥイーター」を2つ加えた4スピーカー構成だ(KJ-49X9500Gのみ、一般的な2スピーカー構成)。

ちょっと意外だが、高級テレビではよくある背面のサブウーファーの搭載はない。アンプ出力も10W+10Wと大出力とは言いにくいものだ。

だから、ライブステージの迫力やスケール感は残念ながら画面の大きさに比べればコンパクトだ。Dolby Atmos対応で前方中心ながらも高さ感のある音の広がりが得られるので、それなりのステージ感はある。サラウンド感も含めて薄型テレビとしては十分に優秀だが、「アリー/スター誕生」を映像に相応しい音で楽しめるかというと、正直なところ実力不足。85型という特大サイズを考えても、5.1chの本格的なサラウンドシステムと組み合わせたいのが本音だ。

音質の設定メニュー一覧。音質モードの選択をはじめ、音質調整を行なえる
音質モードの設定画面。スタンダードやシネマなど、6つのモードがある。今回はシネマを使ったが、ミュージックを選ぶのも良さそうだ
音質調整の画面。サラウンドを「入」にするとサラウンド効果を調整できる。設定値の「6」は後方への音の再現は目立たないが不自然さがない聴きやすかった
スピーカー特性の設定画面。スタンド設置と壁掛け設置に合わせた2つのスピーカー特性を選べる
イコイラザーの調整画面。7バンドのグラフィックイコライザーで、好みに合わせた調整も行なえる

しかし、肝心要の歌がなかなか良いのだ。以前は筆者も含めて多くの人が“薄型テレビの音は良くない”と言い続けていたが、中~高級機の価格帯の製品では音質的には不利なインビジブルタイプのスピーカーもずいぶんと音質が良くなった。

音声を補正する技術なども盛り込まれ、不利なスピーカー配置でも明瞭な音を再生する技術もずいぶん進んできたと感心する。なによりも素晴らしいのは、「画面から音が出ている」と感じること。

これは、画面の上側の両サイドに設置された「サウンドポジショニングトゥイター」の効果だ。視聴位置では特にツイーターが鳴っているような突出感はないが、テレビの側に寄ってみると、それなりの音量で高域の音が鳴っているのがわかる。これによって、音場全体の高さを持ち上げ、ボーカルやダイアローグの定位が画面の位置になる。

画面サイドの上部にあるトゥイーターの音の出口。内部にあるトゥイーターの音が専用設計されたダクトから放出される仕組みだ

ツイーターの音は専用に設計されたダクトから放出される構造で、実は画面サイズごとに形状や配置も異なっている。適切な広がり感や画面と一致した音の定位のための専用設計なのだろう。配置も画面の両サイドというよりは裏側に近いのだが、両サイドを細く見せる斜めにカットした形状を利用し、音がやや前方に放出されるようになっていると思われる。スピーカーの存在を感じさせず、下部のスピーカーとの良好な音のつながりを実現している点もなかなか良い仕事だ。

大画面ならではの大きく映し出される表情の、その口元から声が出ていると感じさせる画と音の一体感はなかなか説得力のあるもので、基本的な素性のよい音質もあってなかなか表情豊かに歌声を聴かせてくれた。

アリーがスターの頂点へと登っていくのに対し、ジャクソンは陰を深めていき、ふたりの間にできてしまった溝を埋めようとアリーが苦悩する場面でも、その声の情感がしっかりと伝わる。

はっきりと言ってしまえば、映画の音としては低音は物足りない。しかしライブシーンでのベースやドラムスの低音感はなかなかがんばっているし、なにより声を中心とした帯域が充実していて、大きな不満を感じない。内蔵スピーカーとしてはなかなかよく仕上げられた音だ。

そのため、肝心の歌の素晴らしさやふたりの言葉がしっかりと聴きとれる。大画面にふさわしい音とまでは言いにくいが、思った以上に満足度は高かった。残念ながら、KJ-85X9500Gには、ハイエンドモデルのような“センタースピーカー端子”はなく、内蔵スピーカーをセンタースピーカーとして活用することはできない。音質的にも力不足という判断はあったと思うが、それでもセンタースピーカー端子があってもいいと思った。

なぜならば、5.1chの本格的なスピーカー構成でも、センタースピーカーは画面の下に置かれてしまうので、画面の下から声が聴こえてしまうのだ。これが解消できるだけでも、「センタースピーカー」として使える方がありがたい。

いずれにしても、画面から音が聴こえると感じるのは、大画面になるほど価値のあるものだと実感した。薄型テレビの音質はずいぶんと良くなってきたが、今後はこうした画面との一体感を意識した音が重視されていくと思う。この点でも、4K/8K時代の大画面テレビの画と音をよく考えたソニーの「大画面推し」は、実によく出来ていると思う。

リラックスした姿勢で、気持ち良く映画の世界に入り込める特大画面の楽しさ

筆者は自宅では120型の4Kプロジェクター(HDR非対応)と、55型の有機ELテレビを使い分けているが、UHD BDでの購入が増えている今では有機ELテレビの使用率が高まっている。55型では大画面と感じにくいというのも贅沢な話だが、ほんの1m先にある55型にさらに近づいて見ていることが多い。画面にぐいぐいと吸い込まれる感じだ。集中的に好きな映画を見るにはいいが、それなりに疲れるのが少々難点。それが85型ともなると、リラックスした姿勢のままで気持ち良く映画を楽しめる。映像との向き合い方は人それぞれだが、リビングで日常的に使うテレビならば、KJ-85X9500Gで感じた距離感が個人的にはちょうどよいと感じた。

テレビはとりあえずONになっているが、実はスマホでSNSをチェックしていた……というような「ながら視聴」ではなく、気持ち良く映画の世界に浸れる。これは特大の画面サイズならではの余裕ではないかと思う。4Kや8Kの時代は大画面こそが最優先すべき要素なのだと言いたくなってしまう。

85型や75型が10年後には当たり前のサイズになるとまでは言わないし、誰にでも特大画面をおすすめするつもりはない。しかし、もしも今薄型テレビの買い換えを考えているならば、一般的に言われる「現有のサイズよりワンサイズ上」ではなく、実際に置けるか心配になるくらいのサイズを検討してみてほしい。もしもそれが実際に自宅にやってきたときには、きっと価格を超えた驚きと喜びが味わえるはずだ。

鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。