小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第847回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

なぜ今ラジカセ? カセットテープをハイレゾ再生!? 東芝「TY-AK1」を聴く

音楽の入り口だったラジカセ

 この季節、全国で入学式が行なわれているところだと思う。今どきの子供達は、中学生になったらまず第一に欲しいものは自分用のスマートフォンだろう。まあ気持ちはわからなくもない。

東芝エルイートレーディングの「TY-AK1」

 筆者が中学生になったのは今から40年ほど前になるが、当時中学生になったときに欲しかったものは、ラジカセだった。家庭内には父親のオーディオセットはあったが、子供には簡単に触らせてくれなかった。またセット全体が大きかったので、リビングにしか置けなかった。自分の部屋で、ラジオを聴いたり音楽を聴いたりするには、ラジカセが必要だったのだ。

 ちなみに当時、ミニコンポなるものは存在していない。当時のコンポは、今で言う19インチラックの半分が埋まるほどのサイズだった。そんなものをねだっても当然買っては貰えないが、ラジカセだったら、という妥協点であったわけだ。

 無論、当時でも2~3万円したラジカセは親にとっては決して安い買い物ではなかっただろうが、入学祝いということで買って貰ったのを覚えている。おそらく今の40代以上であれば、ラジカセを知らないという人はいないだろう。

 そして今、ラジカセの新製品ニュースが注目を集めている。東芝エルイートレーディングが3月下旬から発売を開始した、「TY-AK1」がそれだ。価格はオープンプライスで、実売は27,000円前後。カセットデッキを省き、BluetoothやPC接続機能を搭載した「TY-AH1」というモデルも4月下旬に発売される。

 この「TY-AK1」、機能的にはまごう事なき“CDラジカセ”である。だが加えてハイレゾへのアップコンバート機能を搭載した。カセットとハイレゾという、「どういうことそれ」的な組み合わせを実現したTY-AK1の魅力に迫ってみよう。

まずはラジカセとカセットテープのおさらい

 若い読者の中には、そもそもラジカセを知らない人も多いと思うので、いったんここでラジカセの歴史をおさらいである。

 ラジカセの歴史は古い。そもそもアナログのコンパクトカセットテープ(Cカセット)はオランダのフィリップスが1962年に開発し、1965年に基本特許を無償公開したことで大きく普及した。それ以前は、オープンリールの時代である。

コンパクトカセットテープの発明は、半世紀以上前

 翌年には録音・再生が可能なカセットテープレコーダが商品化されているが、ラジオと一体化したテープレコーダこそが、ラジカセの原点だ。その登場はWikipediaの記述を信じるならば、1968年のアイワ「TPR-101」となっている。後にテレビとビデオを合体させた「テレビデオ」でも一山当てるアイワは、当時から合体させてシナジーを得るのが得意なメーカーであった。

 ラジカセの歴史は、ラジオの歴史ともリンクする。ステレオFM放送の実験放送が開始されたのが1963年。本放送へ移行したのが1969年の事である。AMよりも音楽向けであったFM放送は、ラジカセの存在感を際立たせた。

 '70年代のラジカセは、当時の青少年にとっては音楽への入り口であった。無料で聴ける音楽ソースはFMラジオ放送であるが、放送では1回こっきりしか聴けない。そこでラジオ放送をカセットテープに録音して聴くという、「エアチェック」文化が生まれた。当時はエアチェックするために、ラジオ放送番組表を完全網羅する専門誌が普通に売られていた時代である。

 '70年代初頭は大型ウーファを搭載したモノラルラジカセが主流だったが、70年代半ばにはFMステレオ放送の普及とともに、ラジカセのステレオ化が起こった。ウォークマンの登場は1979年だが、録音機能を持たなかったウォークマン用のカセットを作るのは、もっぱらラジカセの役割だった。したがってウォークマンとラジカセは、両輪のような格好で成長していった。

 '70年代後半には、カセットデッキを2つ搭載した、いわゆる「ダブルカセット」が登場した。2台同時録音ができるだけでなく、テープからテープへのダビング編集が可能になった。ここから、マイベストのオリジナルテープを作って彼女にプレゼントするみたいなことが大流行した。執拗な執念を以てインレタ(知らない人はググってください)を使ってテープのインデックスを作り、オレの好きな曲を聴け的にプレゼントされた方もいい迷惑だっただろうが、当時はイケてるとされていたのだった。

昔はこのインデックス紙をいかに綺麗に作るかの技術が問われたものだった

 '80年代に入る直前、カセットテープは新たな展開を迎える。カセットテープは元々ステレオ2トラックを録音し、テープの端までいったらひっくり返してまた録音できるよう、合計4トラックを持っている。

 この4トラックを、片道だがいっぺんに録音できるというデッキが登場した。TEACの「TASCAM PORTASTUDIO 144」である。これは4chぶんのミキサーとカセットデッキが一体となったもので、当時音響工学を学ぶ学生であった筆者らにとっては、これで音楽制作の基礎であるマルチトラックレコーディングを、学校の実習以外で思う存分実験する事ができるようになった。

 CDが登場したのは、1982年である。学生だった筆者は、メーカーのご厚意により、当時の東芝EMIのCDレコーティングスタジオを見学させてもらったことがある。CD登場後は、LPレコードから大幅にメディアがサイズダウンしたことを受け、ミニコンポが隆盛を極めたが、「CDラジカセ」という形でラジカセは生き残った。CDからカセットテープに録音する、最小システムがCDラジカセだったからだ。

 1992年にMDが登場する。アナログのカセットテープに変わるモバイルメディアとして、特に学生達に人気を博したが、それでもラジカセはなくならなかった。なぜならば、CDMDラジカセという、超合体化を成し遂げたからだ。要するに音楽メディアのオールインワン化である。

 ラジカセに引導を渡したのは、MP3プレーヤーに代表されるデジタルプレーヤーだろう。iPodの本格普及は2号機からで、2002年以降という事になる。録音の母艦はラジカセではなく、Windows 98以降インターネット普及の波に乗って般家庭に広く普及した、パソコンになった。

 デジタルプレーヤーの普及は、ラジカセに限らずMDやカセット式ウォークマンも道連れにした。ただラジカセは完全に死滅したわけではなく、英語学習用やシニア向けオーディオ製品として健在である。その多様性故に、MDやカセットウォークマンとは違う道を歩むことができたということであろう。

何でも鳴らせるラジカセ

 前置きが長くなったが、TY-AK1の機能をチェックしておこう。再生可能なメディアは、AM/FMラジオ、CD、カセットテープ、SDカード、USBメモリー。加えてステレオミニの外部入力もある。このうちSDカード、USBメモリーに関しては、ハイレゾ音源が再生できる。対応フォーマットはMP3(~192kbps)/FLAC(192kHz/24bit)/WAV(192kHz/24bit)だ。ハイレゾ音源再生時には、正面のHi-Res表示が点灯する。

最先端!? ラジカセ、TY-AK1
左肩の「Aurex」は、東芝のオーディオブランド
天面にCDドライブを搭載
カセットデッキ部は前面
懐かしのテープヘッド。定期的にアルコールを湿した綿棒で掃除していただきたい

 なおハイレゾ音源ではない場合、ラジオだろうがカセットだろうが、ハイレゾ相当へのアップコンバート機能が使える。どこまでアップサンプリングするのかは、資料がない。

非ハイレゾソースには、アップコンバート機能が使える

 また録音できるメディアは、カセットテープ、SDカード、USBメモリの3種。カセットの音源をデジタル化したい人にも朗報だ。ただし、カセットの音をアップサンプリングしながらのデジタル化はできず、MP3の192kbpsでデジタル化するのみである。一応LRのレベルメーターもあるが、録音レベルを自分で決められるわけではなく、オート録音となる。

3つのメディアに録音できる
右下にメディアスロット
レベルメーターはあるが、録音レベルが決められるわけではない

 スピーカーの構成も見ておこう。6.4cmコーン型ウーファ×2、2.0cmドーム型ツイーター×2、20W+20Wで合計40W出力となる。背面に大きなバスレフポートを備えるなど、さすがハイレゾ対応だけあって、ラジカセにはあまりない構造となっている。

6.4cmウーファと2.0cmツイータを搭載
背面には大きなバスレフポートが

 電源に関しては、コンセント直差しとなっており、乾電池駆動はできない。さすがに40Wを乾電池で鳴らすのはしんどいということだろう。

電源はAC駆動のみで、乾電池では動作しない

 ラジオに関してもう少し補足しておこう。本機は2014~15年あたりから徐々に整備が進んできた「ワイドFM」に対応している。ワイドFMはAM放送もFM帯域で受信できるようにしたもので、AMに比べて音質も向上し、ステレオ放送となる。

ワイドFMに対応するFMチューナ

 本機に地域設定を行なうと、自動的にその地域で受信できる放送局がプリセットされる。ロッドアンテナは3段で、長さは60cm。アンテナの向きによって受信状態が変わるわけだが、昔のラジカセには受信状況をメーターの振れでわかるようになっていたので、どの方向がよく受信できるか探しやすかった。あいにく本機にはそういった機能はなく、耳で聞いた感じで探すしかないのは残念だ。

ロッドアンテナは60cm
AM受信用のループアンテナも付属

 面白い機能としては、再生スピードの可変機能があることだ。これは語学学習などの際に、ゆっくり聞けるようにと工夫されたものだが、CD、USBメモリ、SDカードの再生時に使える。+-5段階で、最高2倍速、最低1/2倍速まで可変できる。

 またカラオケプレイもできるよう、Voice Down機能がある。外部マイクも使えるので、簡易カラオケに、という事なのだろうが、それだったらマイクにエコーも欲しいところである。

マイク入力も装備
リモコンも付属。EQやミュートなどリモコンでしか使えない機能もある

柔らかいトーンのサウンド

 では実際に音を聴いてみよう。まず音楽CDだが、ハイレゾアプコンなしだと中音域を中心に盛り上がった、独特のクセのある音だ。もっともこのラジカセを手に入れたらアプコンで聴かないと意味がない。

 アプコンでは、中低域のボリューム感が増し、全体的に音の腰が下がるといった印象。中音域固有のクセは減り、全体的に立ち上がりのいい音に変わる。その一方で、中低域の情報が過多になるきらいがあり、もう少し分離感が欲しいところだ。高域に関しては、ポーンと高いところに音がセットされる印象。もう少し中音域からの繋がりがよければ、明瞭感が上がったと思うが、そのあたりが惜しいところだ。

 そうはいっても、ラジカセとは気軽に音楽と付き合う事を前提とした商品なので、あまりピュアオーディオ機器のように音質云々を言い始めても仕方がないところではある。むしろこのサイズで、かなりの音量が歪みなく出るところは評価したい。

 注目のカセットの音質を聴いてみよう。あいにく筆者が昔録音したカセットは3年前に処分してしまったため、1つも残っていない。昔のテープがどんな音で甦るのか検証したかったところだが、あと3年早く商品化して欲しかったところである。

 そこでCDからノーマルテープに録音し、その音をアップコンで聴いてみた。ノイズリダクションがないので、テープ固有のシャーノイズが消えるわけではないが、パッと聴いた限りでは、CDでの再生と遜色ない印象だ。ただよく聴くと、ピアノの高域の部分にビスビスした歪みを感じる。それでもたぶん言われなければ、ほとんどの人はテープだと気がつかないのではないだろうか。

カセットテープは今でも入手可能

 もちろんこれは、録音したてなので、特性がそれほど落ちていない。昔録音したテープは当然経年変化で特性が落ちているので、それをどれだけ救えるかがポイントになってくる。昔のテープを捨ててしまったことが悔やまれる。

 なおテープはノーマルに加え、ハイポジションテープも再生できるが、録音できるのはノーマルテープのみだ。

 SDカードに移したハイレゾ音源を再生してみた。ソースがハイレゾ相当の音源では、自動的にアップコンバート機能はOFFになる。かなり尖った波形を再生する事もあるのか、ボリュームを上げるとボディ全体でビビリが出るのが気になった。

 全体の操作感は、ボタン類がほぼ同じ形をしているため、パッと見て役割がわかりにくい。使い込んでいけば自然に手が動くようになるのだろうが、ボリュームやラジオのチューナーなどは、昔ながらの円形ボリュームが欲しかったところだ。

 また操作体系として“ソースを選んで再生コントロール”という使い方になるので、例えばラジオを聴きながらテープを巻き戻す事ができない。いったんテープに切り換えて巻き戻しを開始ししても、ラジオに戻すと巻き戻しも停止してしまう。ハードウェア的には難しいことではないと思うのだが、インターフェースの都合上こうなってしまうのかもしれない。

ソースを選択してから動作を選ぶため、平行操作ができない

総論

 アナログレコードが再評価されるブームの中、本機は誰に向けての製品なのか、色々考えさせられる。未だカセットを大事に保管している人にとっては、音源を復活させる貴重な機会となることは間違いない。

 加えてCDの音をもう一度聴きたいという人にも朗報だろう。パソコンでも光学ドライブを使わなくなって久しい。これだけネットから音楽が降ってくる時代、実は意外に皆さん、CDプレーヤーを持っていないのではないだろうか。

 もう一つアイデアとして、音楽に興味を持ち始めた小学生に与えるというのも、いいことじゃないかと思う。メディアを変えることで音楽が変わる、音楽がパッケージ化されているという状態を理解させないと、いきなりネットから音楽聴き放題と言うのでは、自分がやってることの意味がわからないままになってしまうのではないかと心配になる。

 もう一つ大事なポイントは、音質だ。イヤフォンでもなく、スマホやタブレットのスピーカーで音楽を聴いて満足している子供達がいかに多いことか。ああした音質で、「これが音楽だ」と思って欲しくないと思うのは、筆者だけではないと思う。

 デジタルネイティブ世代だからこそ一周回って面白い、そういう製品ではないかと思う。

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小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。