小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第889回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

どうなる? デジカメ動画の“30分制限”。「日EU・EPA」の影響

30分制限が消える?

日本とEUは、貿易や投資などの経済関係を強化するため、昨年10月に経済連携協定(EPA)を締結した。

外務省の日EU経済連携協定(EPA)説明ページ

そしてこの日EU・EPAが、今年の2月1日に発効(効力を発すること)した。これにより双方の工業製品にかかる関税が最終的に100%撤廃されるほか、農林水産物も最終的に品目数で約98%の関税が撤廃される。すでに大手スーパーではEPA発効記念として、輸入ワイン等がセールとなっていたりするので、ご存じの方もあるかもしれない。

話変わって、現在録画の連続記録分数が30分以内に制限されているデジタルカメラが多いのはご存じだろうか。この制限は、EUが設定していた関税対策だと言われている。

過去EUでは、ビデオカメラには関税をかけてきたものの、デジタルカメラに対しては関税を免除してきた。しかしデジタルカメラの動画機能搭載が増えてきた事を受けて、改めて一部のカメラをビデオカメラと再分類し、関税を適用するようになっていった。

これまでEUでは、ビデオカメラを2タイプに分類して、関税をかけていた。一つは「テレビビデオカメラ」、もう一つは「ビデオカメラその他」である。どちらに分類されるかで、課税率が違う。

テレビビデオカメラに該当するのものは、「ビデオの解像度が800×600ピクセル以上」、「フレームレートが23fps以上」、「連続録画時間30分以上」という、3つの基準をすべて満たすものは、上記のどちらかに分類される。

昨今のカメラの動画機能を考えてみると、解像度は少なくともフルHDは当たり前、フレームレートは最低でも24fpsは譲れないところだ。一般的に受け入れられるのは、30から60fpsだろう。そうなると3つの関税条件のうち、妥協するなら連続録画時間しかないわけだ。

ただし、3つの条件のうち1つが満たされないからといって、ただちに関税フリーだったわけではないようだ。1つ以上の条件を満たす場合は、主な機能や別の条件によって製品が分類され、何らかの課税対象となる。それでも30分制限をかけていたのは、ビデオカメラとしての関税よりも“そっちのほうがマシ”だったからであろう。

実際に「テレビビデオカメラ」への関税は、2016年の段階では4.1%だが、「ビデオカメラその他」に分類されると10.5%であった。その後、毎年引き下げが行なわれてきたが、今回のEPAで即時撤廃となった。

「日本製」の定義

日EU・EPAの関税撤廃は、当然ながら日本製の工業製品が対象となり、日本以外の国で製造された製品は対象外である。では、日本メーカーのデジタルカメラは、日本製なのか。

残念ながら、そういうわけにはいかないようだ。JETRO(日本貿易振興機構)が提供する資料によれば、工業製品の原産性の判断基準として、「品目別原産地規制(PSR)を満たす産品」が適用される。

これは、国外からの原材料を使っていても、国内での組み立てや加工等の結果として原材料に実質的な変更があった場合は、国内製品となる。例えば腕時計などは、ガラス、ウォッチムーブメント、バンドなどを国外で生産しても、日本で加工・組み立てを行なえば、日本製品となり、EPAの対象となる。パーツは国外でも、アセンブルが日本であれば、日本製となるわけだ。

デジタルカメラは、上記のようなケースが当てはまるのか。今回はキヤノン、ソニー、パナソニックに取材させていただいたが、どのメーカーも上記の条件には当てはまらず、むしろ逆パターンである事がわかった。つまり、レンズやセンサーなどの主要パーツは日本国内製造品もあるが、組み立てが海外であるため、日本製とはならない、というわけである。つまり、EUの関税には相変わらず“引っかかり続ける”わけだ。

それでも一部製品は、30分を超える録画時間を持つ製品もある。これらは、デジタルカメラとしてではなく、「テレビビデオカメラ」としての関税を支払っている。

一部報道では、2月22日より発売が開始されたソニーの「α6400」が30分制限を撤廃したことでEPAの恩恵だという憶測も出ているが、これは誤りである。ソニー広報に確認したところ、α6400の制限撤廃はあくまでも商品戦略としてそう設計したという事であり、EPA発効のタイミングと製品発売が重なったのは偶然だという。

APS-Cサイズのセンサーを搭載したミラーレスデジタル一眼カメラ「α6400」

もう一つ、パナソニックがこの春に市場投入するフルサイズミラーレス機「DC-S1」は、4K/30fpsでは時間無制限で撮影可能。「DC-S1R」もフルHDで時間無制限撮影できるが、これらも「テレビビデオカメラ」カテゴリーとして日本国外から輸出され、関税を支払っている。

パナソニック「LUMIX S1」

つまり、日EU・EPAの恩恵として、デジタルカメラの30分制限が原則撤廃されるかというと、それはない、というのが真実だ。30分以上撮影できるかどうかは、メーカーが関税を払っても撮れる必要があるかどうかという、商品戦略の問題である。

ただし、朗報もある。今回のEPAとは関係なく、WTO(世界貿易機関)での協定の一つに、ITA(情報技術協定)というものがある。オリジナルは1997年発効だが、その拡大協定が2016年7月に発効し、発効から3年をかけて、品目ベースで89%の関税が順次撤廃されていく予定だ。これには、デジタルビデオカメラも含まれる。

これは日本とEUはもちろん、アメリカ、中国、ロシア、インド、韓国、台湾など82カ国・地域が含まれるので、該当地域で生産されたデジタルカメラの関税も順次撤廃される事になる。ただし中国のみ、若干撤廃のタイミングが遅れるとの報道もある。

「30分以上」の必要性

では振り返って一般のユーザーは、本当に30分以上の動画を連続で撮影する必要があるだろうか。

今もなお録画ニーズの多い子供の成長記録を考えてみると、例えば運動会の競技は1種目5分から15分程度だ。音楽会での発表にしても、1クラスの出演時間は10分程度だろう。しかも多くの人が手持ち撮影であることを考えれば、30分を連続で撮影するケースは、コンシューマではほぼないと考えられる。

逆に30分以上が必要な撮影とは、例えば野鳥や野良猫といった動物の定点観測や、YouTubeに投稿するためのトークやゲーム実況の収録といった用途である。いわゆるクリエイター向けだ。

もう一つ、我々のようなジャーナリストとしては、1~2時間程度の製品発表会やプレスカンファレンス、インタビューなどを丸ごと動画で撮るケースも考えられる。あるいはお祭りや舞台をドキュメンタリーとして通しで撮影するといった用途もあるだろう。こちらは業務・ビジネス向けだ。こうしたユーザー層に訴求するカメラであれば、商品企画として30分以上撮影できるように設計されるという事になる。

例えばパナソニックの「DC-S1」では、4K/60pでの連続録画時間は29分59秒に制限されているが、これは関税とは関係なく、放熱、あるいはバッテリー容量の問題から、30分程度を一つの目安としてリミットを決めた、という事だろう。つまり30分という枠は、最初は関税制限から始まった話ではあるが、それ以上撮れるようにするかどうかを判断するには、ちょうどいい長さと言えるのではないか。

個人的な予測では、低価格あるいはコンパクト商品では、30分程度撮れるのは妥当な線として、関税問題とは別にコストの問題でしばらく残ると思う。一方クリエイター・業務向け製品では、時間無制限が主流になるだろう。あるいは「当社の製品は全部制限なし」といった、ブランドイメージ向上のための営業戦略として、機能撤廃を売りにするところも出てくるかもしれない。

ITAによる関税撤廃後において、30分以上か未満かは避けられない制限ではなく、ユーザーの選択基準の一つとなっていくだろう。

総論

日EU・EPAによって、日本製のカメラに関税がかけられなくなるのは事実だが、現実としてはどのメーカーもほぼ日本国内でカメラを製造していないので、EPAで関税がなくなるカメラもほぼない。それよりも、WTOのITA拡大協定のほうが対象国が広いので、重要だ。こちらのほうを根拠に、ビデオカメラ関税が順次撤廃される事になる。

ただ、30分制限は関税だけが根拠なのではなく、放熱等の問題で30分程度を妥当な線として設計するカメラもあるだろう。特にセンサーが大きくなる傾向にあるデジタルカメラでは、高解像度での連続動作は消費電力の面でも厳しくなる。ただそれも技術革新によって電力効率が上がっていけば、数年かけて徐々にこうした制限はなくなっていくのかもしれない。

むしろEPAやITAによる貿易自由化の恩恵は、国内外の自社工場間でパーツをやりとりする工業製品の流通コストが大幅に下がる事にある。流通コストが下がれば、全体的に製品価格が下がっていく点は期待できるだろう。

ワールドワイドで見ても、2国間のFTA(自由貿易協定)や、TPP11(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)のような国際協定により、風向きは貿易自由化の方向にある。グローバル化した日本企業ほど、こうした関税撤廃は大きな追い風になる。

デフレ脱却が日本経済の喫緊の課題である中、さらに商品価格が下がって大丈夫かという懸念もあるが、AV製品に関しては単価が高いために需要が喚起しづらいという側面がある。高級機器の価格が数%でも下がれば、それだったら買えるという判断も出てくるだろう。

加えて消費がモノからコトへと言われている中、モノの魅力がどこまで訴求できるか。それはメーカーのみならず、我々モノ系のメディアやライターも協力して、引き続きモノの魅力をお伝えしていく必要があると思う。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。