“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

 

第427回:日本にも3Dブーム? 「FINEPIX REAL3D W1」

~ 3D動画撮影も可能なコンパクトデジカメ登場 ~



■ 来るべき3Dブームに備えて

FinePix REAL 3D V1(左)と、FinePix REAL 3D V1(右)

 立体視というのは、過去何度もブームの勃興と衰退を繰り返している分野である。そもそも立体視の原理は古く、19世紀半ばには写真の発明とほぼ同時に、ステレオ・スコープが実用化されている。江戸末期にはすでに日本でもステレオ写真を撮影しているというから驚きだ。

 筆者が子どもの頃にも、実は3D動画ブームがあった。幼稚園か小学校低学年の頃だと思うので、今から40年ほど前になるが、「飛び出す冒険映画 赤影」というのが「東映まんがまつり」という映画興行でかかっていた。入り口で配られた赤と青のセロファンのメガネをかけて、見たものである。ちなみに当時の筆者には、全然立体に見えなかった記憶がある。

 最近の記憶では、'93~4年頃に出版を中心に立体視ブームがあった。書店には立体視の写真集が平積みになっていたものである。'95年には任天堂がバーチャルボーイという3Dのゲーム機を投入したが、これは上手く行かなかった。

 今3Dに熱心なのは、ハリウッドである。'03年にジェームズ・キャメロンが、実際に海底に沈むタイタニック号を追ったドキュメンタリー「タイタニックの秘密(Ghosts of the Abyss)」をアイマックスの3Dで制作した。筆者はこれをサンフランシスコのメトリオンで見たが、巨大スクリーンに映し出される3Dのドキュメンタリーという手法には驚かされた。今年12月には、キャメロン監督による新作3D映画「アバター」が公開になる。

 今年ハリウッドで公開予定の3D映画は実に19本にもおよび、現在制作中のものも含めると40本ぐらいになるそうである。今年のNABでは、パナソニックがデュアルレンズを付けて撮影するカメラのコンセプトモデルを展示したが、あまりにも問い合わせが多いので、本格的に検討することになりそうだという話を聞いたばかりだ。

 世界的な3Dブームを前に富士フイルムがいち早く投入したのが、コンパクトデジカメでありながら3D撮影ができる、「FINEPIX REAL3D W1」(以下W1)である。前面に2つのレンズを装備し、3Dの写真撮影のほか、動画撮影もできる。ポイントは背面の液晶を使って、裸眼で立体視ができるようにした点だ。ここまで可能なデジカメは、当然ながら世界初だという。

 静止画撮影機能に関しては僚誌デジカメWatchにお任せするとして、AV Watch班は例によって動画しか見てないという偏ったレビューをお送りする。ではさっそく、3Dの世界を体験してみよう。


■ 十分にコンパクトなボディ

若干横長なので、デジカメには見えない

 まずボディだが、レンズバリアを閉じたところは一見すると、HDD搭載のマルチメディアプレーヤーか、フォトストレージのような感じである。ボディが横に長いので、あまりデジカメには見えない。

 電源ボタンはなく、レンズカバーの開閉で電源ON/OFFとなる。左目側のレンズはかなり角に付けられているので、ボディを持つときは意識して下半分を握らないと、指が写ってしまう。2つのレンズ間は、それぞれのセンターを計ったところ、76mmであった。


左目のレンズは、角ぎりぎり右目は若干余裕がある

 3Dの世界では、2つのレンズ間は60mm~65mmぐらいが標準と言われており、人間の瞳の間隔もだいたいそれぐらいなので、よりナチュラルな立体効果が得られるとされている。W1はそれよりも若干広いが、そのあたりはソフトウェア的に処理するということだろう。なお撮影は、モード切替で普通の2Dも可能だ。

 レンズは35mm換算で35~105mmの、光学3倍ズーム。ただし3Dでは、視差の都合で若干画角が狭くなるようだ。3Dでは当然左右の絵がズレて写るわけだが、双方が重なった部分だけが3D映像部分となるため、必然的に狭く見えるのだろう。撮像素子は1/2.3型CCDで、有効画素数は1,000万画素。

 

撮影モードと画角サンプル(35mm判換算)

撮影モード

ワイド端

テレ端

動画

静止画

35mm

105mm

やや大きめのシャッターボタンと遠慮がちなズームレバー

 上部には大きめのシャッターボタンとズームレバー、赤外線ポートがある。赤外線は、別売の3D対応フォトビューワー「FinePix REAL 3D V1」へ画像を転送するときなどに利用する。

 背面はシンメトリックなデザインになっている。左右のボタンは、瓦状の凹凸が付いており、左右で別の機能が割り振られている。右中央部の縦長のボタンだけは、左右だけでなく上下にも押せる、十字キーとなっている。


背面はシンメトリックなデザインボタンの形状が面白い

 液晶モニターは2.8型/約23万画素で、2D、3D両方が表示可能。3D表示では、映像を左右に分けるのではなく、一枚に合成した状態で左右別々の映像を送り出す「ライトディレクションコントロール」により、裸眼でも立体視が可能だ。

 端子類は非常に少なく、ACアダプタとUSB/アナログAV兼用端子があるのみ。底面にはバッテリとSDカードスロットがある。

右側にACアダプタとUSB/アナログAV端子底面にバッテリとSDカードスロット

 撮影可能なフォーマットは、2D動画ではMotion JPEGのAVI、3D動画ではAVIを独自に拡張した3D-AVI形式で、1ファイルの中に動画を2ストリーム格納している。このファイルは通常のAVIとしてPC上でも再生できるが、この場合は左目のストリームだけが見える。

 静止画は2Dでは一般的なJPEGだが、3Dでは新しく策定された「マルチピクチャーフォーマット」のMPOファイルとなる。これはW1付属のビューワー「FinePixViewer」で見ることができるが、これも左目だけを表示する。

 現状W1で撮影した3Dの映像は、W1上で見るか、別売の3D対応フォトビューワー「FinePix REAL 3D V1」で見るしか方法がない。

MPOファイルは付属ビューワー「FinePixViewer」でブラウズ可能3D対応フォトビューワー「FinePix REAL 3D V1」

■ CCDだからなぁ、の動画

 では早速、3Dの動画撮影をテストしてみよう。2D、3Dの撮影ができるが、双方とも640×480のVGAサイズである。VGAが撮れる程度ならば今さらレビューするまでもないが、3Dとなれば話は別だ。

 W1の撮影モードは、動画/静止画と2D/3Dでマトリックス的な組み合わせになっている。2Dと3Dは液晶画面の表示が全然違うのですぐわかるが、動画と静止画は画面表示がちょっと似ているので、間違いやすい。実は動画を撮影しているつもりで、必死にPANなどしていたが、実は静止画だったということが何度かあった。アイコン表示だけでなく、色が違うなどしてくれると、もっとわかりやすかった。

 さすがに元々デジカメらしく、静止画にはマニュアルや絞り優先など沢山の撮影モードがあるが、動画には撮影モードがない。動画撮影時にうっかり撮影モードのメニューを出してしまうと、そこから先は自動的に静止画モードに切り替わってしまうのも、動画と静止画を間違えて撮ってしまう要因であろう。

 3Dの見え方を調整する「視差調整」は、本体左側のボタンでも可能だが、メニューで「オート視差調整」をONにしておけば、シャッターを半押ししてAFを動かしたときに、自動的に適切な視差に調整してくれる。

 いろいろ撮ってみたが、近景やテレ端では、視差が大きすぎてオートでは難しいこともあった。したがって動画を撮影する前には、シャッター半押しで視差を確認したのち、3Dに見えない場合は手動で視差調整を行なう必要がある。これをやってから撮影しないと、わけのわからないものが撮れる可能性がある。

 おそらくもっとも自然に立体に見えやすいのは、ワイド端で2~3mの被写体をメインに撮った場合だろう。人物撮影などは、比較的人間の特性として焦点が合いやすいこともあって、かなり自然に3Dが体験できる。

 一方、草花や遠景などが自然に立体に見えるように撮るには、かなり細かく視差調整を行なう必要があった。だが液晶モニターでは撮影時でも3Dの確認ができるので、いろいろな被写体に向けて練習していくうちに、コツが掴めてくるだろう。ただし液晶モニターは、真正面からきっちり見ないと立体に見えないので、大胆なアングルはモニタリングに苦労することになる。

 また動画の撮影中には、ズームができない。さらにカメラを動かして被写体との距離が変わっても、視差調整が自動的に追従するわけではないので、普通のビデオカメラのように振り回すと、撮り始めはいいが撮り終わりは立体に見えないということも起こる。ある程度カメラの動きは制限されるものと考えた方がいいだろう。

 動画に対する手ぶれ補正は入っておらず、歩きながらの撮影はイマドキのビデオカメラのようにはいかないので、注意が必要だ。また撮像素子がCCDということもあって、スミアが結構出る。このあたりは、ビデオカメラではすでにCMOSによるスミアレスを実現しているので、違和感を感じるところがあるかもしれない。

 音声はリニアPCMだが、サンプリングレートが11.02kHz/16Bitなので、それほど高音質でもない。人の声はまあまあ入るが、多少ギスギスした感じである。

 

 


d1172.avi(25.2MB)

 


d1201.avi(45.9MB)

手ぶれ補正はないので、歩き撮りには技術が必要(オリジナルファイル)音声の品質はあまり高くない(オリジナルファイル)
編集部注:再生環境はビデオカードや、ドライバ、OS、再生ソフトによって異なるため、掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、編集部では再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。

■ コンテンツをどう作るか

 撮影した動画は、本体もしくはフォトビューワーのV1でしか鑑賞できない。当然本体だけでは編集などもできないわけである。しかしそれではあまりにも撮影した甲斐がないし、読者の皆様にもサンプルが見せられないので、なんとか編集してみることにした。

 撮影された動画ファイルを真空波動研で解析してみたところ、次のような結果となった。

640x480 24Bit Motion JPEG(MJPG) 30.00fps 330f 18436.19kb/s
PCM 11.02kHz 16Bit 2ch 352.77kb/s
「3Dを分割する」機能を使って、左右の映像に分離できる
 1ファイルに2ストリームあるという状況は把握できないが、通常のMotion JPEGファイルとして扱えるようである。

 本体に付属のビューワー「FinePixViewer」では、3Dで撮影した動画ファイルを、右目用と左目用に分割する機能がある。これを使って左右別々のMotion JPEGファイルを作ることができる。ファイル名は連番の最後に「l」「r」が付いたものが、2つできるという寸法だ。



sample.mpg(58.3MB)
オリジナルファイルを左右に分割したのち、EDIUS Pro 4で編集後、MPEG-2にエンコード
編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。
 これを使って、平行法で立体視できる動画サンプルを作ってみた。オリジナルは640×480だが、そのまま横に並べても左右が空きすぎて立体視できないので、見える程度ということで35%縮小して左右に並べた。

 そんなわけでサンプルは解像度があまりなくて申し訳ないが、こんな感じにVGAサイズで見えると想像していただければ幸いである。

 ちなみに、「むっちゃんのステレオワールド」というサイトで、公開されている「ステレオムービーメーカー」と、「ステレオムービープレーヤー」がいち早く、FINEPIX REAL3Dのファイル形式に対応している。

 裸眼立体視(平行法、交差法)や、グレースケールアナグリフ、カラーアナグリフ、液晶シャッターメガネ用などで表示できるので、FinePix REAL 3D V1を持っていなければ、こちらを利用すればお手軽に楽しめる。


 

■ 総論

 ディスプレイによる裸眼立体視は、これまでいくつかの方法論が提示されてきたが、現在の問題点は解像度が出ない点である。W1の動画撮影機能にハイビジョンを求める声もあるが、ただ撮影するだけなら、技術的ハードルはそれほど高くはないだろう。しかし現時点ではディスプレイのほうが、そこまでの解像度が出せるまでに至っていない。

 立体視に関しては、現在メガネ式のほうが主流になりつつある。映画などでは解像度が必要だし、立体視をするのに特別な訓練が不要で、誰でも見られることから、見る側にとっての難易度が低い。ただ、長時間偏光メガネをかけているのは、慣れていない人には苦痛であることから、コンテンツの時間に制限が出てくる。

 裸眼立体視は、偏光メガネの必要がなく、映像を左右に並べる平行法や交差法のような訓練がいらないことから、現在はデジタルサイネージなどの分野で検討が始まっている。

 現在のデジタル化された3D技術は、まだプロフェッショナルのものだが、それをコンシューマで手軽に撮影できる第一歩という点で、W1のリリースは英断であった。本体もしくはフォトビューワーのV1を使って、写真だけでなく動画も3Dでディスプレイできる点は、魅力的だ。

 さらに静止画であれば、富士フイルムのほうで専用紙にプリントする有料サービス「3Dプリント」も実施している。データだけあってもな、という方でも、紙で残るのならまた違うだろう。いわゆる昔ながらの紙焼き写真ビジネスではあるが、現在でも量販店のデジカメプリント機は人気で、意外に写真を紙に出すというニーズはなくならないものである。

 BDやテレビなどのAV機器は、ハリウッドの影響もあって、近いうちに3Dを仕掛けて来るものと思われる。しかしPC業界にまでは、3Dの波が来ていないこともあって、撮った動画で何かを作る、見るというソリューションが少ないのが残念だ。ディスプレイは現在のものでもドライバ次第でなんとかなると思うが、ディスプレイと同期する偏光メガネが廉価でリリースされれば、もう一歩先に行けるのではないかという気がする。

 W1は、正直カメラとしての実力はあまり高くないが、専用ディスプレイを搭載し、動画も含めて自己完結した状態で、ネットではすでに実売4万円代という価格になってきており、相当戦略的に仕掛けてきたなという印象である。

 アメリカでの異常な盛り上がりに日本では若干ヒキ気味の感がある3Dだが、自分で作れる楽しみを世界一早く提供してくれるメーカーがあるというのが、日本の強みである。3D映像に興味がある人は、研究用として1台確保しておくと、後々の財産になるだろう。

(2009年 8月 26日)

= 小寺信良 = テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。

[Reported by 小寺信良]