小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第636回:音楽撮影専用! ソニー「HDR-MV1」

“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第636回:音楽撮影専用! ソニー「HDR-MV1」

広角/高音質。既存技術を上手くまとめた逸品

ミュージックビデオレコーダ登場

 10年ほど前からICレコーダの市場は徐々に変化してきて、最近ではリニアPCMで録れるものが主流になりつつある。元々は会議録音などに使うようなものだったが、次第にアマチュア楽器演奏者が自分の演奏を録音するという需要が増えていった。おそらくそのきっかけを作ったのは、2004年のローランド「R-1」ではなかったかと思う。

 その後ICレコーダ分野は、音楽録音をターゲットに、楽器メーカーの参入が相次いだ。さらに補助的に動画が撮れるモデルなどが市場に投入されてきた。ただ、どうしても市場的にはニッチな感じから抜けきれないでいたこともまた事実である。

 一方、音楽撮りにビデオカメラを使う人も多かったが、マイクの性能がイマイチだったり、狭いスタジオで撮ると全員入らないといった問題もあった。また、スマートフォンは気軽だが、音質・画質ともに満足できるものでもない。そのあたりのニーズをすくい取るものとして、先日もキヤノンが「iVIS mini」を発売したばかりだ。

 一方でソニーも「ミュージックビデオレコーダ」と銘打って、ビデオカメラからの視点でこの分野に参入してきた。コンパクトながら広い画角、高品位マイクを備えつつ、店頭予想価格を3万円前後に抑えた。ビデオカメラの世界はアクションカムの登場で、小型カメラはもう2~3万円という状況になりつつあるが、その流れも感じさせる値頃感だ。

 新提案、ミュージックビデオレコーダこと「HDR-MV1」(以下MV1)の実力を、早速テストしてみよう。

アクションカムとICレコーダの融合?

 まずボディだが、アクションカムほど小さくはないものの、片手で軽く持てるサイズ。重量も約165gと、見た目のゴツさからすればかなり軽い。ちなみにソニーXPERIA Z1が約171gなので、ほぼスマホ並みの軽さということになる。

アクションカムのASシリーズより大きいが、片手で軽く持てる

 レンズはカールツァイス テッサーで、35mm換算18.2mm/F2.8の広角単焦点。レンズ径などは同社アクションカムのHDR-AS15/30とよく似ており、カメラ部分はASシリーズの技術がベースになっているようだ。AFはなく、約30cm~無限遠までのパンフォーカス。

 ただ本機では、ASシリーズにはなかったレンズキャップが付いている。元々ASシリーズは付属のウォタープルーフケースに入れるのが前提だったため、レンズキャプは不要とされていたが、MV1はこのまま使用するため付けられたのだろう。

レンズはASA15と同スペック
被せ式のレンズキャップ付き

 イメージセンサーは1/2.3型 “Exmor R”CMOSセンサーで、総画素数1,680万画素、有効画素数は840万画素となっている。センサースペックもASシリーズと同じだが、本機は静止画を撮る機能がないので、総画素は使わないままということになる。

 このレンズとセンサーの組み合わせで、ASシリーズは最大170度の範囲が撮影できるが、MV1は若干狭めの120度となっている。ASシリーズでは手ぶれ補正をONにすると画角が120度になるので、その仕組みを利用したという事だろう。ただ本機には手ぶれ補正は搭載されていない。

X-Y配列のステレオマイク

 前方のマイクは、ビデオカメラのマイクとしてはかなり大型で、以前の高級レコーダ「PCM-D1」を彷彿とさせるX-Y方式のステレオマイクとなっている。マイクユニットは単一指向性で、X-Y方式の配列は音の中抜けを防ぐために有効とされている。

 周囲120度の範囲が集音可能ということで、この特性とカメラの画角を合わせたということだろう。幅を狭くするために、上下に積まれた格好になっているのもユニークだ。マイクの角度は固定、周囲のガードはマイクを破損から守るためのものである。

 液晶モニタは2.7型、23万画素のクリアフォト液晶で、タッチパネルではなく、横の十字キーでメニュー操作を行なう。上部には電源ボタンと録画ボタンがある。逆側はバッテリで、ASシリーズ同様「NP-BX1」を使用する。

液晶モニターは2.7型
上部に電源と録画ボタン
逆側はバッテリ収納部

 端子類はすべて背面にあり、上からイヤフォン端子、USBマイクロ兼用のMulti端子、HDMI出力、マイク入力となっている。底部には三脚穴とメモリーカードスロットがある。使用可能なカードは、メモリースティックマイクロ(Mark2)、microSD/SDHC/SDXCメモリーカードとなっている。

多彩な端子を備える
メモリーカードスロットは底部
別売のキャリングケース(LCS-MVA/3,675円)も用意されている

中味は本格派

 構造的には“ASシリーズにデカいマイクを付けただけ”と言えそうだが、中味的にはかなりASシリーズとは違っている。まず設定画面が、普通のハンディカムに近い構造になっている。設定がほとんど何もなかったASシリーズに比べると、かなり細かいコントロールが可能だ。

 まず撮影画面で大きく違うのは、オーディオレベルがかなり細かく表示されることである。製品の方向性からすれば当然とも言えるが、ピークホールドが見やすく、またdBの数値までもリアルタイムで細かく表示されるので、メーターの見た目に頼らず、ピーク値を見極めることができる。

 画面左側には3つの「マイボタン」が登録できる。録音レベルなどを割り付けておくと、すぐにレベル調整ができるなど、なかなかよく工夫されている。

メニューは普通のハンディカムと変わりない
撮影中の画面。オーディオの表示がかなり細かい
マイボタンで録音レベルの呼び出しが一発で可能

 録画機能としては、ハンディカムでは標準的な「ホワイトバランス調整」、「シーンセレクション」、「自動逆光補正」なども備えており、このあたりもASシリーズとは全く違う。音楽を撮りたいだけという層からすれば、ちょっとカメラ機能が多すぎのようにも思えるが、ほとんどはオートにしておけばカメラ側が上手いことやってくれるので、「わからないならオート」と思っておけばいいだろう。

 録画フォーマットはMP4の1,920×1,080/30pか、1,280×720/30pの2択。ただ音声はAAC LC 48kHz/128kbpsと、リニアPCM 16bit/48kHzが使用できる。また映像なしの音声だけを録音するモードも備えている。動画と音声のビットレートは以下のようになっている。

カメラ設定も従来のハンディカムと遜色ないレベル
録音フォーマットが別個に選べるところがポイント
映像音声合計ビットレート
1080AAC16.2Mbps
720AAC6.2Mbps
1080リニアPCM17.6Mbps
720リニアPCM7.6Mbps
屋外撮影のサンプル。風があると集音は厳しい
動画サンプル:outside.mp4
(95MB)
リニアPCM音声:outside.wav
(8.77MB)
※編集部注:編集部では掲載した動画・音声の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 今回の撮影は、すべて1080/リニアPCMで行なっているが、編集ソフトにはMP4ながら音声だけリニアPCMというレンダリングフォーマットがないため、サンプルは音声がAAC 384kbpsになっている。別途音声のみリニアPCMで書き出したファイルも掲載しておく。なお本機のユーザーには専用の編集ソフト「MVR Studio」が無償提供される予定だが、今回のレビューではまだお借りできなかった。

 まず何気なくいつものように屋外で撮影してみたのだが、マイクの性能が良すぎる事もあり、風でマイクが吹かれてしまって、音はまともな収録ができなかった。ウインドスクリーンも付いていなので、風がある日の屋外ではあまり使えないということになりそうだ。

ローカットフィルタも装備されている

 一応ローカットフィルタがあるが、それを入れても低域に固定周波数の風切り音が入る。おそらくマイクをガードしているフレームの風切り音ではないかと思われる。屋外で撮影などしないと割り切れれば問題ないが、楽器演奏だけでなく、普通の用途でも使おうと思っていた方は、注意した方がいいだろう。

内蔵マイクによる収録。さすが室内の集音性能は抜群
動画サンプル:mic.mp4
(113MB)
リニアPCM音声:mic.wav
(10.5MB)
※編集部注:編集部では掲載した動画・音声の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 一方室内での撮影では、iVIS miniと同様に、内蔵マイクで電子ピアノの演奏を撮影してみた。カメラ位置は鍵盤からおよそ50cm上、演奏者のおでこのあたりだが、そこからでも88鍵のうち、左右数鍵を残してほぼ入っている。

 音声を聴くと、内蔵マイクの性能はかなりいいことがわかる。ただ性能が良すぎるのも考え物で、このカメラ位置だと演奏者の鼻息まで入る。また鍵盤に爪が当たる音も結構入っている。バンド演奏などの大音量の収録では問題ないだろうが、ソロのアコースティック楽器の収録は、カメラ位置がベストのマイク位置とは限らないので、別途マイクを使った方がいいだろう。

入力端子にコネクタを挿すと、マイクなのかラインなのかの選択画面が出る

 なおMV1ならではのポイントとして、マイク入力だけでなくLINE入力にも対応している点は、民生機のビデオカメラとしてはなかなか珍しい。入力端子にコネクタを接続すると、マイクなのか他の機器なのかの選択画面が出てくる。ここで他の機器を選ぶと、LINE入力が可能になる。

 ただLINE入力にすると、カメラ側のレベル調整が利かなくなるので、収録レベルの調整はミキサーなどをかませて行なう必要がある。通常民生機のLINE出力は-10dBだが、電子楽器などは-20dB~-30dBぐらいなので、楽器を直接繋ぐと多少音量が小さくなる。

ライン録りによる収録
動画サンプル:line.mp4
(108MB)
リニアPCM音声:line.wav
(10MB)
※編集部注:編集部では掲載した動画・音声の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 今回電子ピアノから直でLINE入力収録してみたが、マイクに比べるとS/Nは当然いいものの、音のレベルが低い。LINE入力でもカメラ側で多少ゲインアップできたら、助かるケースもあるだろう。

 なぜか手が3本映ってるのは、撮影アシスタントがオーディオレベルに気を取られて、見切れているのに気がつかなかったからである。まあそれだけ従来のカメラでは考えられなかったほど、広角で映るということである。

スマホでWEBにアップ

 昨今のトレンドに違わず、MV1もWi-Fiを搭載し、スマホとダイレクト接続することで様々なコントロールを可能にしている。このあたりは先の「DSC-QX10/100」のレビューでもご紹介したところだが、スマホアプリのPlayMemories Mobileを使って、録画中の映像を離れたところからモニターすることができる。

 MV1の液晶モニターは横に貼り付いていて動かせないので、画角を確認するためにはこの連携は必須だろう。ただPlayMemories Mobile画面上には、レベルメーターや水平・垂直を見るためのグリッドは表示されない。できるのは記録モードの変更と、録画の開始・停止だけだ。

 一方再生モードでは、MV1で撮影した映像をWi-Fiでスマホに転送できる。いったんスマホに転送してしまえば、あとはスマホ上で編集してWebにアップロードも可能だ。MP4+リニアPCMで録画したファイルをiPhone 5に転送し、iMovieで編集したのちFacebookにアップロード、という作業も簡単にできた。ただ音声をリニアPCMで記録したMP4ファイルは特殊なので、すべてのスマホで再生できるとは限らないだろう。

再生モードでは動画ファイルの転送に対応
iMovieで編集、アップロードが可能
カメラ側にクリップのトリミング機能はない

 一方、MV1本体側には、トリミングしたりといった編集機能はなく、ファイルの削除やプロテクトといった基本機能があるのみだ。以前はカメラ本体を使わなければ、フルHD動画の編集などはスマホでは難しかったものだが、ほんの2~3年でらくらく可能になった。上手い具合にスマホのリソースを利用したコンセプトだと言える。

総論

 デジタルカメラ市場の盛り上がりからすると、ビデオカメラはすでに毎年新製品が出るようなものではなくなって、いわゆる“動画専用のカメラ”の必然性が薄れているように思える。しかし考えてみれば、これまでビデオカメラ市場はあきらかに入卒業式と運動会という季節商品でしかなく、それ以外の需要、例えば写真のように作品を作り、それを個人の表現として確立させるという方向の種を捲いてこなかった。

 その活路はどこにあるかと言えば、ニッチ市場への特化であるように思う。音楽を撮りましょうという市場はそこそこ大きいと言われつつも、そこにジャストフィットした機器は存在しなかった。何かしようと思うと、プロ機 or スマホみたいなことになってしまっていた現状がある。

 ソニーの参入は、実はそういうニーズがあり、そこに向けての製品があるということを世間に広く知らしめるという意味がある。このカメラの登場によって、何かのアイデアを持った多くの人に「気づき」が訪れ、いろんな使い方のアイデアが爆発するに違いない。

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小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチボックス」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。