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Qualcommが次世代「Wi-Fi 6」で目指すもの。オーディオSoCもメッシュ対応

Qualcomm(クアルコム)といえば、スマートフォン分野ではSnapdragonに代表されるSoC、オーディオ分野ではデジタルアンプIC「DDFA」やaptXなどの音声コーデックで知られる企業。今回、一連の新製品発表に合わせて実施された技術セッションでは、最新の技術動向とともに同社のビジョンが示された。

Qualcomm本社ビル1Fのパテントウォール(特許登録証の展示)。隣の旧本社ビル1Fにまで渡って陳列されていた

Qualcommのこれまでと、今のビジネスを支えるもの

Qualcomm本社ビル付近は、20を超えるビルに1万数千人の従業員が勤務する“Qualcomm村”の風情だが、サンディエゴは映画「トップガン」の舞台として知られるように、米国海軍の基地を抱える軍港都市として発展してきた歴史がある。発表会開催前に案内された本社ビル1Fのミュージアムには、同社創業以来の主要プロダクトが陳列されていたが、最初期の同社を支えたのは「OmniTRACS」(輸送車とワイヤレス通信し配車を効率化するシステム)だという。

本社屋前。エンジニア部門が入居する左右のビルを抜けた先に眺めのいい社員レストランがある
ノースアイランドから市の中心地を臨む。左端に見えるのは空母ミッドウェイ(現在は博物館)
創業期のQualcommを支えた「OmniTRACS」(The Qualcomm Museumの展示)

90年代に入るとQualcommは、CDMA(Code Division Multiple Access/符号分割多元接続)の実用化に成功。これは3G携帯のベースとなるワイヤレス技術であり、同社躍進の起爆剤として記憶されている。

Qualcomm飛躍の原動力となった「CDMA」搭載の移動型電話機(The Qualcomm Museumの展示)
Qualcomm本社ビル付近に立つCDMA生誕の地であることを伝える記念碑。ポケストップにもなっていた

その後携帯端末部門を京セラに、通信設備部門をエリクソンに売却したQualcommは、いわゆる“ファブレス企業”としての道を歩み出す。現在も企業買収の結果グループ入りした生産部門はごく少数あるそうだが、全世界で3万人を超える雇用の多くはハードウェア/ソフトウェアのエンジニア職とのこと。SoCやアプリケーションプロセッサと呼ばれる半導体製品は、ICに組み込まれたソフトウェアにより機能が実現されるため、ハード/ソフトの両輪により生み出された知的財産ポートフォリオが、現在あるQualcommの姿だといえるだろう。

次世代コンシューマ向けネットワークのカギとなる「Wi-Fi 6」

世界各国の記者を招いて開催された技術セッションは、「Wi-Fi」と「オーディオ」、「コンシューマIoTとホームネットワーキング」という3つのテーマで実施された。その中から、今回は“Qualcommが提案する次世代のコンシューマ向けネットワーク製品”にフォーカスしてお届けしたい。

まずQualcommが強調したのは次世代Wi-Fi規格「Wi-Fi 6」だ。IEEE規格名では802.11axと呼ばれ、最大転送速度が9.6Gbps(理論値)と大幅に向上、802.11acの倍となる8×8のMU-MIMOをサポート。Wi-Fiデバイスが密集した環境でもスループットが大幅には低下せず、消費電力の低減も実現するという。

Wi-Fi 6に至るまでのロードマップ

Qualcommは2017年2月にルーター/アクセスポイント用SoC(System on Chip)「IPQ8074」を発表、2018年2月にもWi-Fi子機向けチップ「WCN3998」を発表するなど、いち早くWi-Fi 6対応を打ち出している。最新SoC「Snapdragon 855」にはWCN3998の機能が統合されているほか、ネットワークSoC「QCA6390」の出荷もアナウンスしている。これらチップはすでに出荷が開始されており、着々と“Wi-Fi 6レディ”の布陣が敷かれているというわけだ。

スマートフォン向けSoC「Snapdragon 855」にも、いちはやくWi-Fi 6の機能がインテグレートされた

Wi-Fiメッシュ化で変わること

「Wi-Fiメッシュ」も重要なキーワードといえる。Qualcommでは、今年から本格化するとされている5G商用サービスに向け、6GHz以下の「sub-6」とミリ波という周波数の電波に対応した宅内機器の展開を準備しているが、そこで同社の技術資産を活かそうという考えだ。

なお、sub-6は3G/4Gと同じく“センチ波”に分類され電波特性に大きな違いはないが、ミリ波は使える帯域に余裕がありスループット向上を期待できる。その反面、ミリ波は光に近い特性を持ち直進性・指向性が強いため建造物の影に回り込みにくく、家庭内ではトイレや廊下のような奥まった場所では電波が届かない可能性がある。

Qualcommは、Wi-Fiを利用した独自のメッシュネットワーク技術「Wi-Fi SON(Self-Organizing Network)」を擁しており、その技術に対応したWi-Fi子機はアクセスポイントと中継器を兼ねる。つまり、Wi-Fi SON対応のWi-Fi子機を宅内に複数設置すれば網目状(メッシュ)のネットワークを構築でき、スループット向上につながるという提案だ。「ASUS Lyra Voice」や「Orbi Voice」といったWi-Fi SON対応スマートスピーカーが登場しているように、製品ジャンルがネットワーク機器に限らない点も新しい。

Wi-Fi SONを利用した家庭内Wi-Fiネットワークの概念図。35%ものスループット向上を期待できるという

さらにWi-Fi SONに対応する通信SoCとして「IPQ4019」を用意するほか、今回発表されたオーディオSoC「QCS400シリーズ」でもオプションとしてサポートする。高周波(RF)を発して人間や動物を検知し、その動きを追跡したり家屋の周囲に“RFフェンス”を巡らしたりといった技術の製品化も後押しするとのことで、通信速度以外の優位性も追求するという総合力を備えた半導体企業らしい提案といえる。

高周波(RF)を利用し、人間や動物を検知する技術が開発されている
家庭内メッシュネットワークと連動するRFフェンスのコンセプト

Snapdragonシリーズなど小型デジタル製品向けのSoC/アプリケーションプロセッサで知られるQualcommだが、その祖業は通信であり、技術セッションのテーマも通信で一貫していた。最新のスマートフォン向けSoC「Snapdragon 855」にWi-Fi 6対応チップ(WCN3998)の機能をインテグレートしたことも、通信における優位性・先進性を重視した結果なのだろう。

他の半導体企業との差別化という点でも、Qualcommはユニークな展開を見せる。ビットレート可変型のオーディオコーデック「aptX Adaptive」、完全ワイヤレスイヤフォン向けの「TrueWireless Stereo Plus」というBluetoothオーディオ関連技術はまさにそれで、スペックでは比較できないクオリティ軸での土俵を用意している。こちらでも通信がその土台にあることが興味深い。

5G/Wi-Fi 6ではミリ波を使用することもあり、家庭向けネットワーク機器のリプレイスは大きな波となるはず。通信に軸足を置きつつもアプリケーション/ユーティリティの開発力に強みを持つQualcommの動きは、我々オーディオ&ビジュアル機器の愛好者にとっても要注目といえそうだ。

スマートフォン向けSoCも“速い”だけでなく、クオリティ面で光る部分のあるところがQualcommの強み

海上 忍

IT/AVコラムニスト。UNIX系OSやスマートフォンに関する連載・著作多数。テクニカルな記事を手がける一方、エントリ層向けの柔らかいコラムも好み執筆する。オーディオ&ビジュアル方面では、OSおよびWeb開発方面の情報収集力を活かした製品プラットフォームの動向分析や、BluetoothやDLNAといったワイヤレス分野の取材が得意。2012年よりAV機器アワード「VGP」審査員。