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ソニーはなぜゲーミング市場に参入したのか。ゲーマーを導く新たな“ゾーン”

ソニー ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ事業本部 モバイルプロダクトマーケティング部門 部門長 兼 ゲームビジネス推進室 室長の北島行啓氏

ソニーがゲーミングモニターとゲーミングヘッドセットを投入する。ゲーム実況の人気などで、コンテンツとしてゲームの人気がさらに高まる現在、それを快適に楽しむゲーミングギアにも注目が集まっているが、そのゲーミング市場に、テレビ/オーディオ市場の巨人であるソニーが参入するのは、大きなインパクトだ。

新たに「INZONE(インゾーン)」というブランドを立ち上げ、ブラビアやヘッドフォンの1000XMシリーズなどで培った技術をゲーミングモニターとヘッドセットに投入した。

なぜソニーという名前ではなく新ブランドを立ち上げたのか? ゲーミング市場でどのように存在感を発揮していくのか? PCゲーマー向けとしているが、PS5との連携は? など、疑問点も多い。そこで、ソニー ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ事業本部 モバイルプロダクトマーケティング部門 部門長 兼 ゲームビジネス推進室 室長の北島行啓氏に話を聞いた。

インタビューからは、“勝つためのツール”であるゲーミングギア市場に、勝利だけでなく“没入”という要素を持ち込み、ゲーマーを新たな世界へいざなおうとする、ソニーならではの狙いが見えてきた。

4K/144Hz対応のゲーミングモニタ「M9」

なぜゲーミングギア市場に参入したのか

製品の詳細は、先日ニュース記事で掲載した通り。簡単に振り返ると、INZONEブランドのゲーミングモニタとして、4K/144Hz対応の「M9」、フルHD/240Hzの「M3」を発表。

さらに、ゲーミングヘッドセットとしてワイヤレスでノイズキャンセリング(NC)搭載の「H9」、ワイヤレスで非NCの「H7」、有線の「H3」の3機種も同時発表した。

ゲーミングモニタの背面
ゲーミングヘッドセット。左からH9、H7、H3

ソニー、ゲーミングモニタ参入。ブラビア技術も投入した「INZONE」

ソニー、ゲーミングヘッドセット参入。強力NC、1000XM5の技術も投入

気になるのは、なぜソニーがこのタイミングでゲーミングギア市場に参入するのか? だ。北島氏は背景に2つのポイントがあると言う。1つは、eスポーツ大会の盛り上がりに代表されるPCゲーマーの増加と、そのプレイをライブストリーミングで鑑賞するオーディエンスの急増だ。

Newzooの調べでは、全世界のゲーム市場規模は、2022年に2,031億ドル、2024年には2,226億ドルへと伸長する見込み。その中でPCゲームは、ブラウザー用ゲームも含めると、2022年に20%ほどを占める。

eスポーツのファンは2022年に2億6,120万人、彼らを含めた総視聴者数は5億3,200万人にも登るという。視聴者は10代、20代など、35歳までの若者が中心。女性視聴者も増加傾向にあり、今後市場として大きな成長が期待できる。

もう1つは「技術の進化」だ。ゲームコンテンツを作るクリエイター達のクリエイティビティが劇的に進化していることや、コミニュケーションツールの進化を背景に、従来は“余暇を楽しむもの”だったゲームが、世界中の人と繋がりながら、感動や情熱を生み出すものへと変化した。

こうした背景の中で、北島氏は「我々ソニーはこれまで映像と音響の技術を培い、ブラビアや1000Xシリーズなどの商品を皆様に提案してきましたが、その技術と提案を、PCゲーマーや、盛り上がっているゲーミング業界、そのお客様に向けて、ゲームクリエイターが目指したコンテンツを忠実に再現する事で、PCゲーマーが求めるプレイをサポートしながら、新たな体験と感動を提供したいと考えました」と語る。

そのためのブランドとして新たに誕生したのが“INZONE”。由来は「我々ソニーの画音質技術で、PCゲーマーの皆さんに新しい体験をしていただきたい。ゲームを楽しむゲーマーを“ゾーン”に導きたいという願いからつけました」(北島氏)。

INZONEが掲げるコンセプトは、イマージョン(没入)とビクトリー(勝利)。「PCでゲームを楽しむお客様を、我々の画音質を活かしてサポートすること、ゲームシーンに特化した製品だとお伝えすると共に、ゲーミング業界に参画し、業界そのものをサポートし、一緒に盛り上げていきたい、そうしたコミットメントも含めて新たなブランドを立ち上げました」(北島氏)。

単に「流行っているから参入する」のではなく、そこにソニーならではの新しい価値を提供できると考えた結果、参入を決定したというわけだ。

INZONE:ゲーミングギア「INZONE」誕生(30秒)【ソニー公式】

ゲーミングギアにおけるソニーの付加価値

では、ソニーならではの価値とは何か。

北島氏はまず、ゲーミングモニタの4K/144Hz対応モデル「M9」のバックライトを挙げる。M9は直下型LEDのバックライトを採用して、ゲーミングモニタとしては珍しく、このバックライトは部分駆動に対応している。

この技術は、映像の明るさに応じて、LEDバックライトの発光をエリア毎に緻密に制御するものだ。例えば、映像の中の暗い部分では、その背後にあるバックライトを減光させることで、黒浮きを抑え、黒の深みを表現し、コントラスト豊かな映像を表示できる。

これを実現するためには部分駆動の精密な制御技術が必要となる。だが、液晶テレビのブラビアではお馴染みの技術であるため、ソニーは既にその技術を持っている。実際に、このM9開発には、ブラビアのエンジニアも参加しているそうだ。

これにより、従来のゲーミングモニタでは難しかった、暗部の黒潰れを抑え、コンテンツに忠実な濃淡の表現が可能になり、「見えなかった障害物や、影の中で黒つぶれしていたモノが見えるようになります」(北島氏)という。

筆者も実際にゲーム画面でM9の画質を体験したが、ヌルヌルとしたゲーミングモニタらしいハイフレームレートな表示と同時に、黒浮きを抑えたハイコントラストな映像も実現。それでいて暗部の階調性も豊かで、バックライト部分駆動の強みをしっかりと感じられた。画面全体のユニフォミティも見事で、「さすがはブラビアの技術が入ったゲーミングモニタ」という印象だ。

ヘッドセットの特徴は、ゲームの7.1chサウンドを、PC用ソフトウェアで2chの擬似的な立体音響に変換。それを再生する事で、2chのゲーミングヘッドセットながら、立体的な音像の定位を実現。「障害物の影に敵が隠れている時に、敵の足音でそれを感知できます」(北島氏)。

さらに、ヘッドセットの上位機「H9」には、ヘッドフォンの1000Xシリーズで培ったアクティブノイズキャンセリング機能を搭載。PCのファンノイズなどを、強力にキャンセルできる。これもまた、ソニーならではの強みだ。

こちらもH9を実際に体験すると、NC性能はなかなか強力で、PCのファンノイズやエアコンの動作音程度ならキレイに消してくれる。特筆すべきは音場の広さと、定位のクリアさで、バーチャルでの再現が難しい、背後の音や、斜め後ろの音も、かなり明瞭に描写。それでいて、必要以上の強調したようなキツイ音にはなっておらず、ヘッドフォンとしての“素の音の良さ”も感じさせる。ゲーミングヘッドセットとしてかなりクオリティの高いものになっていた。

ヘッドセットの上位機「H9」

北島氏は、このモニターとヘッドセットを“同時に発売する事”も重要だと語る。「ゲーミングモニタとゲーミングヘッドセット、どちらもPCゲームには必需品だと我々は考えておりますが、どちらか一方ではなく、モニタとヘッドセットを合わせて体験していただく事で、今まではできなかった、新しい体験をしていただけると考えています」。

ゲーミングモニタやヘッドセットは既に様々なメーカーが手掛けているが、その両方においてハイクオリティなモデルを開発し、組み合わせて提案できるメーカーは少ない。その組み合わせで体験できる世界がINZONEが導く“ゾーン”であり、ソニーならではの付加価値というわけだ。

こうした製品の誕生には、“ソニーの中のコアなPCゲーマー”の存在も大きかったと北島氏は語る。「モニタとヘッドセットのプロジェクトリーダーは、もともとコアなPCゲーマーでして、彼らが日常的にPCゲームを楽しむ中で、例えば“暗闇で見えなかった敵を視認したい”“足音から敵の位置を感知したい”という実体験に基づき、立体音響など、ソニーの技術を使ってそれを実現していったという経緯があります」。

つまり、ガチなPCゲーマーが“自分たちの欲しいギア”として作り込んだのがINZONEの製品というわけだ。

プロジェクトリーダーやエンジニア達が製品を説明しているSony Showcase of INZONE Products
スタンドの形状を工夫する事で、キーボードやマウスを奥へ設置しやすくしている。細かいポイントだが、ゲーマーのニーズに対応するポイントだ

目指す“画音”もテレビやオーディオが目指しているものとは違う。「音楽用のヘッドフォンでは、音楽を聴くものとして、テレビであれば色々な映像を見るための製品として、性能を研ぎ澄ませています。INZONEは、PCゲーマーに向けて、ゲームを楽しむ時に“今まで見れなかったもの、感じられなかったもの”に研ぎ澄ませている。そういった意味で、ブラビアや1000Xシリーズなどとは“カニバらない”と考えています」。

Perfect for PlayStation 5

INZONEが、PCゲーマーをメインターゲットとした製品である事はわかった。一方で、ソニーはPlayStationブランドでコンソールゲームを市場を牽引するメーカーでもある。北島氏も「プライマリーはPCゲーマーですが、セカンダリーとしてもちろん、PlayStationを楽しまれているお客様にも、我々のゲーミングギアを使っていただきたいと思っています」と語る。

そのメッセージは、製品の仕様にも現れている。「Perfect for PlayStation 5」と名付けられた機能群を用意しており、ゲーミングモニタのM9では、PS5と接続すると、PS5側が接続されているディスプレイを認識し、自動でM9に最適なHDRに調整。白飛びや黒つぶれを防ぎ、豊かな色彩を表示できるという。

コンテンツ連動画質モード機能も用意しており。PS5で楽しむコンテンツに応じて、ゲームプレイ時はM9側も「ゲーム1モード」に、映画の視聴時は「シネマモード」に切り替わる。

ゲーミングヘッドセットのH9/H7では、PS5とワイヤレス接続すると、PS5の画面上にヘッドセットの音量、バッテリー残量、マイクミュートのステータスが表示される。ヘッドセット側の操作で、ゲーム音とボイスチャット音のバランス調整も可能だ。

PS5の画面上にヘッドセットの音量、バッテリー残量、マイクミュートのステータスが表示される

体験の場や、ゲームタイトルとの協賛も

今後は製品を販売に加え、「ソニーとして、eスポーツのゲームタイトルと協賛させていただき、ゲーム業界を盛り上げ、ゲームカルチャーに貢献していきたい」(北島氏)という。

具体的には、ライアットゲームズのFPS「VALORANT」、TencentのFOS「クロスファイア」、ValveのMOBA「Dota 2」、格闘ゲーム大会「The Evolution Championship Series(Evo)」との協賛を予定。

販売店だけでなく、イベントなどでもINZONE製品に実際に触れられる機会を増やし、その魅力をゲーマーへ訴求していく考え。6月29日~7月31日にかけては、ソニーストア 銀座・札幌・名古屋・大阪・福岡天神で、INZONE特別体験会も開催される。

ソニーストア 店舗 INZONE特別体験会

山崎健太郎