2013年、シャープは、フルHD解像度の映像パネルを採用しながら4K相当の表示を実現できる「クアトロン プロ」技術を採用したAQUOS XL10シリーズを発表。そして今年、2014年秋、クアトロン プロ採用機はAQUOS XL20ラインへと進化した。
フルHDパネル採用で「4K相当表示」を実現する、液晶テレビの新ジャンルともいうべきクアトロン プロ採用機はどう進化したのか。クアトロン プロの原理を復習しつつ、AQUOS XL20ラインの進化ポイントを見ていくことにしたい。
AQUOS XL20ラインの液晶技術「クアトロン プロ」とは何か?
〜フルHDパネルで4K表示を行うメカニズムに迫る
シャープは他社に類を見ない独創の4原色パネル「クアトロン」を実用化している。一般的な3原色パネルでのサブピクセル構造は赤緑青(RGB)だが、4原色パネルのクアトロン液晶パネルでは、これに黄(Y)を追加したRGBYのサブピクセル構造をしている。
表現したい色空間に対して、従来のRGBカラーシステムの3原色の場合は、いわば三角形で囲むようにして色再現をしていた。これに対し、RGBYの4原色では四角形で囲むようにして再現する。黄(Y)の追加は、たしかに黄色方向への再現性を高めるが、実はそれだけでなく、色再現範囲を拡大する効果も大きい。
当初、シャープはクアトロンを広色域液晶パネルとして訴求していたが、実は4原色パネルには、もう一つの隠された性能があった。
それは4原色サブピクセル構造を、表示映像の解像度向上に応用する戦略だ。
現在、映像信号は色差信号と呼ばれる色信号と、輝度信号とを分離して伝送する方式を採用している。これは、色解像度を必要に応じて間引きし、輝度解像度だけをフル解像度で伝送するのに便利なためだ。
このアイディアは、人間の視覚メカニズムが「輝度変化には敏感だが、色変化には鈍感」という特性を応用したものである。輝度だけの映像とは何かと言えば、白黒映像であり、「輝度の強弱とは何か」を乱暴にいえば「白黒の度合い」ということができる。
ここで、今一度、液晶パネルの画素構造に着目してみる。
3原色パネルでは白を作り出すにはRGBの3つの画素が必要になる。黄(Y)を加えた4原色パネルではRGBの組み合わせ以外に、BYでも白が作れるのがわかるだろう。
シャープは、クアトロンパネルのこの特徴を応用し、RGBYの1ピクセルを、輝度に限っては2×2の4ピクセルとして駆動させることができる技術を開発した。これが「クアトロン プロ」と呼ばれる技術だ。
(※1)白を表示した際に、輝度の明暗を主に知覚するポイント。比視感度(光の波長に対する明るさの感度)が高い緑色や黄色が輝度ピークになる。
(※2)4原色とは、シャープ独自のディスプレイ上の色再現の仕組みであり、色や光の3原色とは異なります
なので、クアトロン プロは、液晶パネル自体はRGBYサブピクセル構造のクアトロンパネルそのものである。クアトロン プロは、クアトロンパネルを用いて、1ピクセルを輝度情報4倍ピクセルで駆動するトータルソリューション…という理解でいいだろう。
なお、細かいことだが、クアトロンパネルの写真を見てもわかるように、サブピクセルはBGR+Yの縦二段構造になっているので、これをこのまま各段、個別駆動すれば2倍の解像度が得られるように見える。しかし、液晶ピクセルの駆動回路設計上、実際にはそれが行えない。なので、時分割駆動で縦解像度(輝度)の倍化を行っている。水平方向はほぼ完全にBGRYを個別駆動できるが、実際のサブピクセル駆動ではBGR+Yによるフルカラー表現とBGR+YBによる白黒表現のバランスのいいところで画素を発光(発色)させることになる。
さて、今回新発売となったAQUOS XL20ラインは、このクアトロン プロ技術採用の第2世代モデルである。
クアトロン プロ技術採用の先代モデルとして昨年リリースされたAQUOS XL10シリーズがあるが、型番からもわかるようにAQUOS XL20ラインはその直系モデルである。AQUOS XL10シリーズについては、筆者の連載シリーズ「大画面☆マニア」にて46インチモデルのLC-46XL10を評価したことがあるので、XL10シリーズについての詳細はそちらを参照いただくとして、本稿では、AQUOS XL20ラインの進化ポイントに焦点を当てていくことにしたい。
AQUOS XL20ライン 画質進化ポイント解説
(1)リッチカラーテクノロジー
まず、XL20ではXL10に対して色表現が向上している。この色表現の進化に対してシャープは「リッチカラーテクノロジー」という技術名称を与えている。色域マップ上でいうと、XL20はXL10比で+12%広色域になっているとのことだ。具体的には、黄系がさらに良くなっているほか、赤系の伸びがさらに拡張している。
デジタル・シネマ・イニシアティブ(DCI)の色空間規格であるDCI-P3のカバー率も100%に肉迫するというからたいしたもので、当然、現行デジタル放送で採用されているsRGB相当のBT.709色空間カバー率は100%を達成している。
XL20においても液晶パネル自体はクアトロンパネルであり、XL10からの変更はないのだが、LEDバックライトシステムのLED材質の変更・改良と、映像エンジン側のアップデートにより、色再現性がXL10に対して大幅に良くなっているという。
映像エンジンは、上位モデルのリアル4KモデルのAQUOS UD20シリーズに搭載されているものをそのままXL20に採用しているのがポイントで、高画質処理のパイプラインを従来のYCbCrの色差ベースフルからRGBプロセス化した上で、4K映像のRGBYの4原色変換を実践している。
AQUOS XL20ライン 画質進化ポイント解説
(2)N-BLACKパネル
シャープは、蛾(Moth)の目(Eye)の表面のようなナノメートルサイズの微細凹凸を形成した光学フィルムを液晶パネルの表示面側に貼り合わせることで、外光反射を低減しつつ、映像側の光出力の損失低減までを両立させた「モスアイテクノロジー」を実用化している。モスアイパネルは先代のAQUOS XL10シリーズに採用され、今季モデルではリアル4KモデルのAQUOS UD20シリーズに採用されているが、AQUOS XL20ラインはモスアイパネルの採用は見送られた。理由は明らかにされていないが、ややコスト高となるモスアイパネルはハイエンドモデルのUD20に集中させた…ということなのだろう。
その代わりといってはなんだが、XL20の液晶パネルには、新技術「N-BLACK」が採用されている。N-BLACKは、モスアイとは異なる原理の光学フィルム技術だが、モスアイに迫る外光反射低減と映像出力光損失の低さを実践するという。
なお、現在はその光学メカニズムは非公開となっている。シャープ側の評価では「外光の映り込みはモスアイに及ばないが、映像のフォーカス力と黒の締まりはモスアイ以上」としている。
欧米と比較して、比較的家庭の照明が明るい日本では、映像表示面に情景が映り込みやすいため、日本のユーザーは外光反射特性を特に気にする傾向がある。
モスアイパネルはたしかに優秀なのだが、表示面のクリーニングにも専用のメンテナンスキットを使う必要があるなど、取り扱いに少々神経を使う。N-BLACKパネルは、そうした配慮もなく、普通に表示面のクリーニングが行えるため、一般家庭では扱いやすい。
AQUOS XL20ライン 画質進化ポイント解説
(3)HDMI2.0対応で4K60p対応
筆者個人としては、XL20の進化ポイントで一番歓迎したいと感じたのが「HDMI2.0対応」だ。
先代XL10でもHDMI接続で4K映像を映すことはできたが、HDMI1.4規格準拠だったため毎秒30コマの4K30pが限界だった。これが、XL20では、HDMI2.0規格準拠に対応したことで毎秒60コマの4K60p映像の表示が可能になったのだ。
先代XL10も、4Kコンテンツ表示に必要な著作権保護規格の「HDCP2.2」への対応はなされていたので、4Kチューナーを接続すること自体は可能だったが、毎秒60コマの4K60pコンテンツであってもコマを間引いた毎秒30コマの4K30p表示になってしまっていた。
XL20は、もちろんHDCP2.2対応であり、なおかつHDMI2.0による4K60p適応力も身に付けたので、毎秒60コマの4K60pコンテンツをコマ間引きなしで表示ができるようになった。
これはPCとの接続を考えるときにもメリットが大きい。既に多くのPCゲームが4K対応になってきており、NVIDIAのGeForce GTX970/980のような最新のGPUは、HDMI2.0対応で毎秒60コマの4Kグラフィックスを表示できるようになってきている。XL20は、そうした最新の4K対応PCゲームコンテンツの表示用途にも対応できることになった。
静止画、あるいは毎秒30コマ以下の映画コンテンツだけでなく、毎秒60コマのゲーム映像や一般的なビデオコンテンツの4K表示までが可能になったことは、XL20の活用の幅を広げてくれるはずである。
AQUOS XL20ライン、その他のチェックポイント
スピーカーは、先代XL10から引き続き、このクラスのテレビとしては大出力の総出力35W(10W+10W+15W)で、スピーカーユニットは3ウェイ、5スピーカー構成。しかも、昨今のテレビでありがちなデザイン重視の下向きインビジブルデザインではなく、音質を重視した正面向きのレイアウトを採用している(ウーハーユニットは背面レイアウト)。これはいわゆるアンダースピーカーデザインともいえるべきものだが、画面の大きさと比較すればコンパクトにまとまっており、音質重視設計であることの主張もしつつ、デザイントレンドから大きくは逸脱していない。
この他、先発シリーズで好評を博したMiracastなどスマートフォン連携機能を搭載するほか、ダブル録画・長時間録画モードにまで対応したUSBハードディスク録画機能も備えている。
さらに、一部のメーカーは3D立体視の機能をサポートしなくなっているが、シャープは3D立体視のサポートを継続中で、XL20も当然3D対応している。3Dメガネは別売りだが、それさえ購入すればすぐに3D立体視が楽しめる。ちなみに、3DメガネはBluetoothによる電波方式なので遮蔽にも強い。
シャープは他社に先駆けてクラウドゲーム「Gクラスタ」機能を内蔵したことでも話題を呼んだが、今回のXL20では、このGクラスタに加え、テレビとスマホの両方を使った遊びながら学べる知育アプリ「テレビーナ」に対応した。これはゲームメーカーのセガが提供するサービスになる。「目のつけどころがシャープでしょ?」はひと昔前のシャープのCMメッセージだが、依然、あの精神は生きているようである。
「4K表示相当」画質の実力は?
“輝度情報主体で描かれる細い草木や葉々の描写は、ほぼリアル4Kパネルのような精細感をともなって見える”
実際に、52インチモデルのLC-52XL20で4Kコンテンツを視聴し、画質を評価してみた。
まず視聴したのは4K試験放送で放映されたコンテンツ「BS-TBS THE世界遺産 4K PREMIUM EDITION ‐ハイビジョン版‐」だ。
輝度情報主体で描かれる細い草木や葉々の描写は、ほぼリアル4Kパネルのような精細感をともなって見える。岩肌のような模様も同様で、明らかにフルHD以上の解像感が実感できる。輪郭表現や文字表現などもクアトロン プロによる4K表示が得意とする分野で、なめらか、かつ細い線分表現ができていた。
前述したように、XL20ではHDMI2.0対応がなされたことで、4K映像表示時も毎秒60コマ表示が可能となったわけだが、実際、動きのある映像がとてもスムーズになった。わかりやすいのはカメラがパンするような表現で、横に流れる映像のカクつき感がなくなっている。今回は視聴していないが、サッカーを初めとしたスポーツ中継などは、この4K60p対応化で随分と見やすくなることだろう。逆に言えば、XL10ユーザーはもっとも悔しくなるポイントかもしれない。
続いて、フルHDコンテンツを視聴した。この評価にあたっては、比較対象として、同画面サイズの3原色パネル採用フルHD機「LC-52W10」を横に並べて見比べながら視聴した。
視聴したのは旅番組で、沖縄の風景や民家などが映っているシーンだったが、超解像処理されて4K化された垣根の茂みや屋根の瓦の材質感は、XL20の方がリアルに見える。4K映像視聴時と同様に、輝度主体のテクスチャ表現が高精細となることがその大きな要因だとは思うが、1ドット前後のハイライト表現が鋭くなったことも影響しているのかもしれない。
“フルHDコンテンツであっても、画面がよく動く映像においては、XL20は映像を見やすくする「隠れた性能」があるといえそうだ”
面白かったのが、カメラがパンするシーンでの垣根の茂みの見え方。フルHD機W10の方は、茂みの映ったシーンが横スクロールする際に、茂みを構成する葉々の輪郭がチラチラと明滅して見えるのに対し、4K表示化されたXL20ではそうしたアーティファクトが見られなかったのだ。
W10でチラチラと見えたのは、葉々の輪郭やハイライトを表現する各ピクセルにおいて、あるフレームでは1ピクセルで描かれ、あるフレームでは2ピクセルで描かれるような、時間方向のピクセルシマー(Pixel Shimmering)現象が起きていたからだと思われる。4K表示のXL20でチラチラとして見えないのは、超解像によって4K化されたことで、誤差拡散のような効果が得られたためだと思う。
フルHDコンテンツであっても、画面がよく動く映像においては、XL20は映像を見やすくする「隠れた性能」があるといえそうだ。
続いて、4KマスタリングされたフルHD映画コンテンツとして、ブルーレイ版の「サウンド・オブ・ミュージック」を視聴。XL20はフルHDテレビとしてTHXディスプレイ規格認証を取得しており、THX規格で制作された映画コンテンツを、同じくTHX認証取得の映画館と同様の画質で視聴することができる。
照明を絞った暗がりの環境で映画ブルーレイなどを楽しむ際には「AVポジション」(画調モード)を「THX」とするのがシャープのお奨めとのことだ。なお、THXモード時は、クアトロン プロ技術による4K表示はオフのフルHD表示となり、リッチカラーテクノロジーも実力をセーブしたBT.709(sRGB相当)となる点には留意したい。
XL20ラインの実力をあますことなく体感したい…という向きには、THXモードではなく、シャープ自身が作り込んだ「映画」モードを選択することになる。というのも、映画モード時はクアトロン プロの4K表示機能が有効化され、なおかつ色再現もDCI-P3色空間にまで広げる処理が行われるためだ。
実際、各モードで映像を見比べてみると、THXモードもよかったが、映画モードの方がキセノンランプ搭載のプロジェクタライクな映像が楽しめて、お得感が高いと感じた。色域拡大によって全ての色の彩度が上がるようなことはなく、薄い繊細な色表現はそのままに、濃い色の表現やその周辺では色深度を深める方向性でDCI-P3色空間を活用しているようだ。肌色のグラデーションも、黄味や赤味の強調や変な変移もなく自然であった。
見慣れている映像ほど、4K表示のオン/オフ、色域拡張のオン/オフは、見比べると楽しそうである。オーナーとなった暁には、この2要素のオン/オフの組み合わせを楽しむといいかもしれない。
おわりに
「4K」というキーワードが踊るテレビ売り場。4K放送の試験放送は始まったが、まだ、主流のコンテンツはフルHD(1920×1080ピクセル)クラスのものである。
メーカーとしては、4Kテレビを「4Kコンテンツを見ることのできるテレビ」と訴求すると同時に、「フルHDコンテンツを、より高画質に見るためのハイスペックテレビ」という立ち位置でもアピールしている。映像エンジンで色再現性を高めたり、階調をなだらかにしたり、コントラストにメリハリを付けたりするのと同様に、フルHD映像に超解像処理を施して4K化し、解像感を高められるのも4Kテレビの重要な性能というわけである。
フルHDコンテンツを4K化して楽しむのを主目的とするならば、4Kテレビはやや高価かな…と感じる人はいることだろう。とはいっても、4Kコンテンツがこれから盛り上がりを見せた場合のことを考えると、4K対応の性能は気になる。
そんな迷えるユーザー心理をガチっと捉える製品が、まさにこのAQUOS XL20ラインだろう。
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執筆: 西川善司
大画面映像機器評論家兼テクニカルジャーナリスト。大画面マニアで映画マニア。本誌ではInternational CES他をレポート。僚誌「GAME Watch」でもPCゲーム、3Dグラフィックス、海外イベントを中心にレポートしている。映画DVDのタイトル所持数は1,000を超え、現在はBDのコレクションが増加中。ブログはこちら