新登場したウッドドームシリーズのインナーイヤーヘッドホン。「HA-FX850」「HA-FX750」「HA-FX650」の3モデルが同時発売された

 JVCのウッドドーム・ヘッドホンといえば、ボディだけでなく、振動板自身にも木材を使用した、ジャパンメイドならではの発想を持つプレミアムモデル。アコースティック楽器にピッタリのサウンドキャラクターは、ジャズファンやクラシックファンはもとより、ハードロックファンにも好評を博し、根強い人気を保ち続けてきた。そんなウッドドームシリーズに、ファーストモデル「HP-FX500」の登場から数えておよそ6年ぶりとなる、全面リニューアルが施されることとなった。

 入れ替わりの激しいカナル型としては、異例のロングセラーを続けていたウッドドームシリーズだが、あまりの変化のなさに、「もしかするとこのまま絶版になってしまうのでは!?」と心配した人が少なからずいたはず。しかしご安心あれ。新モデルでは、単なるデザインのブラッシュアップではなく、音質面でも根本的なクオリティアップが図られており、加えて、ブランニューのフラッグシップモデルまで登場することとなったのだ。

 ちなみに、新ウッドシリーズのラインナップは、「HA-FX850」「HA-FX750」「HA-FX650」の3モデル。型番からある程度推察できるが、「HA-FX750」は「HA-FX700」、「HA-FX650」は「HP-FX500」の後継に当たるようだ。実際、ユニットの口径が「HA-FX750」は10mm、「HA-FX650」は8.5mmと、先代とまったく同じサイズになっている。これに11mmの口径の振動板を持つ新フラッグシップ「HA-FX850」が追加された、と考えるのが良さそうだ。また、振動板や筐体はもちろん、デザインも共通するアイデンティティが与えられている3製品だが、そのいっぽうで、「HA-FX850」のみ着脱式ケーブルが採用されているなど、ディテールについては多少異なる部分が垣間見られる。ということで、今回は3モデルそれぞれに、特徴やサウンドを検証していこうと思う。

高級感ただようパッケージラインナップ

新フラッグシップモデルの「HA-FX850」

 まずは、全くのニューモデルであり、ウッドドームシリーズの新フラッグシップモデルとして誕生した「HA-FX850」から紹介していこう。まず振動板は、「HA-FX850」専用に新設計された、11mm口径のダイナミック型を採用。もちろん同シリーズのアイデンティティといえる、薄膜加工技術によってドーム型に加工された“ウッドドーム振動板”だ。加えて、振動板の前面には新開発の“ウッドディフューザー”を配置。さらにドライバーユニット後方には“ウッドダンパー”、ハウジング後端には“ウッドリングアブソーバー”もレイアウトされている。振動板だけでなく、随所に薄くスライスされた木材が使用されているのが特徴だ。ちなみに、ドライバーユニットの内側、振動板とマグネットの間にもウッドプレートが配置されているというから、その作りの細やかさには恐れ入るばかり。いっぽうで、ドライバーユニットの前面や収納部、ハウジング後端のエアダクト部分などには、ウッドパーツに組み合わせるカタチでブラス(真鍮)やアルミ素材を使用している。そう、単にヴァイオリンやウッドベースなど、弦楽器系にベストな音色傾向を作り上げるだけでなく、金管楽器なども響きの良いサウンドになるよう、「HA-FX850」は音質追求がなされているのだ。そういったコンセプトもあってか、もともとJVC製カナル型ヘッドホンは使用パーツ数が多い方なのだが、「HA-FX850」は他に類を見ないほど複雑な作りになっている。初採用となる、内壁のディンプルで音のにごりを抑制する“スパイラルドットイヤーピース”しかり。こういった加工技術の高さ、そして組み上げ精度の高さには、ただただ驚くばかりだ。

新開発の口径11mmウッドドームユニットと着脱式ケーブルを採用するフラグシップモデルHA-FX850。価格は4万円前後 ウッドのボディとほんのりピンクがかった金属素材の外観はどことなく上質感が漂う イヤーピースの内壁にディンプルを設けてにごりを抑制する新開発スパイラルドットイヤーピースを付属
HA-FX850分解図(新開発のウッドパーツが細部に渡り効果的に配置されている) 振動板の前側には新たにウッドディフューザーが組み合わされている JVC独自の薄膜加工技術で作られたウッドドーム振動板。その薄さは向こうが透けて見える程

 実際のサウンドも、狙い通りのものといえる。低域の質感がとてつもなく良く、高域まで自然に伸びてくれるため、ジャズなどを聴くと、ウッドベースがとても印象的に感じられる。弦の響きは立ち上がりは鋭く、それに続いて「上質な木製ボディだったらこう鳴るはず」といったイメージの余韻が絶妙な量感を伴って自然に広がっていくため、まるで目の前で演奏してくれているかのような錯覚をおぼえてしまう。実際の録音は、ここまで“ウッディ”ではないので、これは「HA-FX850」だからこそ感じられるリアル。まさに、これぞ原音再生という言葉がふさわしいサウンドなので、ハイレゾプレーヤーやポータブルアンプと合わせて使うと、「HA-FX850」の魅力が倍増するだろう。

 いっぽう、金管楽器の音も良好だった。鋭さや派手派手しさはやや抑えめながら、ほんのり艶やかな響きがのびのびと広がってくれるため、存在感はしっかりと保たれている。特にトランペット系が、リアルな音色に感じられる。このあたりは、ブラス素材をチョイスした恩恵かもしれない。結果として、ピアノの演奏がとてもリアルに感じられた点も興味深かった。ハンマーが金属の弦をたたいている様子や、その打音が筐体のなかを響き渡り、そののちホールへと広がっていくさまが、手に取るように感じられるのだ。ここまでピアノの音が細やかに、リアルに感じられるカナル型ヘッドホンはそうそうない。それだけでも、充分に価値のある製品といえる。

 さらに興味深かったのが、ハードロックやメタル、いわゆるエレキ系の演奏だ。生演奏と打ち込みの音色がハッキリと描き分けられ、エレキギターの音にもちゃんとウッドボディの鳴りが感じられるようになるのだ。これはベースやドラムも同様で、音に凝っているバンド、楽器に凝っているバンドになればなるほど、リアルさやライブ感が高まってくれる。これは面白い。いっぽう、打ち込み系がダメかというと、そういったわけではなく、元の音色を尊重させつつも、耳障りの良い美音へとシフトしてくれるため、かなり聴きやすくなる。刺激を求める人には物足りないかもしれないが、こういった美音系に纏め上げられた打ち込み系もなかなかにいいと思えた。

 正統派なチューニングで音質的なクオリティは高く、死角のないオールラウンダーなサウンドが特長で、響きのいい美音を楽しませてくれるのが、「HA-FX850」の魅力といえるだろう。MMCX端子採用の着脱式ケーブルも、耐久性、リケーブルの両面で長く楽しみ続けられるという点ではありがたいかぎりだ。

HA-FX850のみ着脱式ケーブルとなる。端子はMMCXを採用する スパイラルドットイヤーピース、低反発イヤーピース、クリップなどの付属品

グルーブ感が高い「HA-FX750」

 3モデルの真ん中に位置する「HA-FX750」は、先代に当たる「HA-FX700」と同じ10mm口径のユニットを採用しているものの、木製ボディはデザインを一新。スモークチェリーのような濃いめのウッドハウジングや、シャンパンゴールドに彩られたアルミパーツなどにより、ずいぶんと上質さが高まったイメージだ。

HA-FX700の後継といえるHA-FX750。価格は3万円前後 デザインに関してはHA-FX850とほぼ同じ。ケーブルが直出しになっている分すっきりした印象を与える ハウジング後端にはアルミ製エアダクトが配置される。その内部にはウッドリングアブソーバーを配置して不要な振動を吸収している

 サウンドクオリティについても、かなりのスープアップが施されている。振動板の口径は違えど、構成パーツはほぼ「HA-FX850」と同じ。ウッドドーム振動板、ウッドディフューザー、ウッドダンパー、ハウジング後端のウッドリングアブソーバー、それぞれに組み合わされるブラスパーツ、さらにはドライバーユニット内側のウッドプレートまで、すべて同じパーツ構成となっている。構造的には、先代に対して格段に複雑な作りとなった。「HA-FX850」と比べて、ハッキリと分かる違いは、振動板サイズとケーブルが直出しになっていることくらい。逆に、僅か1mmながら振動板が小口径になった分、ハウジングがほんの少し細くなって、軽快さが増しているというメリットもある。

 それなのに、音質に関してはやや傾向が異なっているというのがとても興味深い。音数の多さ、解像感の高さは(差はあるものの)健在なのだが、音色がややドライで、低域がタイトな印象に仕上げられているのだ。おかげで、ベース系の楽器がさらに印象的になる。アタックも響きもリアルそのもの、金属弦の振動と木製ボディの響きが絶妙なアンサンブルを奏で、確かな存在感を主張している。チェロの音も特徴的で、弦の響きがボディに伝わり、共鳴管を通って響き渡る様子がしっかりと感じられる。ここまでリアルな音色を感じさせてくれるヘッドホンは、そうそうない。それでいて、全体的には丁寧で細やかな、優しい表現に感じられるのだから面白い。ここまでグルーブ感が高く、それでいて耳ざわりの良いサウンドというのは、初体験だ。

 いっぽう、空間表現、広がり感に関してやや「HA-FX850」に譲るところがある。総じてロック系やアンプラグド系、小編成のクラシックなどがオススメだ。

フロント側にもエアダクトが設けられている。こういった構造上、多少ながらも音漏れはするがそれも音質のため 振動板の内側、ドライバーユニットの内部にもウッドプレートが貼り込まれている細やかさは驚きだ

耳ざわり良く聴き疲れしない「HA-FX650」

 末弟である「HA-FX650」は、8.5mm口径のウッドドーム振動板を搭載。構成パーツに関しても多少簡略化されているが、ウッドディフューザーやウッドダンパーなど、キモとなるパーツは健在だ。また、シリーズで統一されたデザインアイデンティティによって、高級感もしっかり持ち合わせている。外観的に一番“グレードアップ”したのはこの「HA-FX650」かもしれない。いっぽう、ハウジングが一番小柄なため、2人の兄貴分に比べて装着感が軽快なのも「HA-FX650」ならではのメリットといえる。

初代HP-FX500の後継ともいえるHA-FX650。価格は2万円前後
ハウジングが小柄で装着感が軽快 スパイラルドットイヤーピースに加え、低反発イヤーピースも付属する

 サウンドキャラクターについては、「HA-FX850」に近いイメージ。解像感や音のキレ、帯域バランスの優良さは上位モデルに譲るものの、音の広がり感の大きさと、そのスムーズさはなかなかのもの。高域がしっかりと伸び、それでいて自然な音色のため、ボリューム感の高い低域が下手に中域をスポイルすることなく、ヴォーカルがとても際立っている。特に女性ヴォーカルは、声に勢いと張りがあって、良く通る、エネルギッシュな歌声を楽しませてくれる。それでいて、耳ざわりの良さを持ち合わせているのは、さすがウッドドームといったところ。一般的なヘッドホンだと聴き疲れする、もうちょっと聴き心地の良いヘッドホンが欲しい、と思っている人は意外とはまりそう。外観、サウンド共に完成度の高さは、かなりのレベルといえる。

 このように、新ウッドシリーズ3モデルは、同じデザインアイデンティティ、同じサウンドコンセプトを持ちつつも、それぞれに“ちょっと”個性的なサウンドキャラクターを持ち合わせている。ゆえに、人によってどの製品がベストなのか、おのおの異なってくるはず。ぜひ実際に試聴して、自分にとって一番イイ“ウッドドーム”を選び出して欲しい。


(野村ケンジ)

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