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三菱電機 DIATONE 家庭用スピーカーがまさかの復活……!? 熱烈な期待とともにDIATONEの70年を振り返る

連日の猛暑でいささかグッタリしていた 8月上旬、DIATONEが家庭用スピーカー復活に向けて動き始めたとのビッグ・ニュースが筆者の耳に飛び込んできた。すでに小型2ウェイ機の試作モデルが完成し、東京・九段下にある三菱電機エンジニアリング(株)の試聴室でその音が聴けるというので、さっそく出かけてみることにした。

三菱電機の試聴室に鎮座するDIATONE スピーカー試作機

DIATONEは、筆者にとってとても馴染み深いスピーカー・ブランド。試作機のファースト・インプレッションを記す前に、まずはその個人的な思い出を綴ってみたい。

1958年生れの筆者は、70年代半ばから80年代初頭にかけて高校、大学時代を過ごした。当時大好きだったロック・ポップスに強い影響を受けて高校時代にバンドを始め、以降音楽ざんまいの青春をおくるわけだが、その頃のぼくたち音楽好きにとっては、どういうオーディオ・システムを揃えるか、単品オーディオコンポをどう組み合わせるかはとても重要なことだった。

音楽サークルの部室では、今月出た新譜レコードは何を買うかという話と同じ熱量で、オーディオ話で盛り上がった。別にマニアでもなんでもない二十歳前後の音楽好きが集まって、このスピーカーとこのアンプの相性はどうだろ? なんてことを話していたなんて、今の若い人にはとても信じてもらえないだろう。

当時のぼくたちにとって、オーディオ機器の最大の情報源はFM雑誌だった。レコードを好きなだけ買うことなんてできない東京で暮らしている学生にとって、当時たった2局しかなかったFMから流れてくる新譜レコードの全曲放送はとても貴重なもので、FM誌で放送予定を隈なくチェックしてカセットテープに録音、ちょっと凝ったラベルを作成して友人と見せ合ったりしていたのである。

1980年前後にFM誌4誌で計100万部も売れていたなんてこともウソのようなホントの話。今の雑誌出版社にしてみれば夢物語だろう。ぼくのヒイキは当時小学館から発行されていた「FMレコパル」で、番組表の後ろのほうにオーディオ機器の試聴記事が掲載されていて、「このスピーカーでイーグルスを聴いたらいいんじゃないかな?」などと頭の中で妄想を繰り広げていたのだった。

1979年にソニーからウォークマンの初号機が登場し、外を歩きながらいい音が聴けるということで発売後すぐに若者の間で大人気となった。ぼくは2号機を買ったが、それでもぼくたち熱心な音楽ファンは、ウォークマンはあくまでも戸外で楽しむもの、部屋ではスピーカーで音楽を聴くのが当たり前だと思っていた。

大学に入って独り暮らしを始めたぼくは、まず秋葉原に出向いてオーディオコンポを買い揃えた。FMレコパルで仕入れた情報を元に購入したのは、テクニクスのレコードプレーヤーとトリオのアンプ、それにDIATONEのスピーカーだった。FMチューナーとカセットデッキは高校時代からの愛用品を実家から持ち込んだ。親戚からもらった入学祝いと大学に入る前の春休みのアルバイト代はすべて消えたが、ぼくは大満足だった。

スピーカーは絶対DIATONEと心に決めていた。パイオニアやオンキョー、ヤマハ、テクニクス、ソニーなどの国産スピーカーメーカーも人気が高かったが、DIATONEが当時愛聴していたFM放送のポップスBEST10番組のスポンサーだったことで親近感を抱いていたし、なんと言っても日本ならではの最先端の素材研究成果がそのスピーカーに活かされているという技術面に対する憧れが大きかったからだ(こういう知識はもちろんFM誌から仕入れていた)。

ぼくが買ったスピーカーはDS-261。25センチ・ウーファーの密閉型3ウェイ機で、近くのホームセンターでセメントブロックを買ってきてその上に載せた。しかし、六畳の狭いアパートに高さが55センチもある重さ12キロのスピーカーをよく持ち込んだものだと思う。だけど、それがぼくたち当時の音楽好きの「常識」だったのである。今なら「ちょっと変わったヒト」と思われるのは間違いないが……。

その後、社会人になって米国製のJBL 、ウェストレイク、そしてセレッション、ハーベスなどの英国製スピーカーを使うようになり、ぼくはいっぱしのオーディオマニアになっていくわけだが、やはり「初恋の女性」であるDIATONEのスピーカーは常に気になる存在だった。

しかし、音楽聴取スタイルの変化、すなわち本格的なスピーカーで音楽を聴く人が激減し始めた20世紀の終わり頃、DIATONEは家庭用スピーカーの開発を終えてしまう。そのニュースを聞いたときのショックはとても大きかった。レーザーホログラフィーによる振動解析とか物性値に優れたピュアボロン振動板の開発など、DIATONEは常に技術競争で世界のトップを走っていた印象を持っていたので、オリンピックで常勝していた日本チームが新興国に負けたときのような、そんな残念な気持ちをぼくは隠すことができなかったのである。

そんな声が三菱電機にも多く寄せられたのだろう、2006年には受注生産でDS-MA1という家庭用スピーカーが発売されることになる。これはピュアボロンを用いた75ミリ・ミッドレンジドライバーと30ミリ・トゥイーターに、アラミド繊維と紙をラミネートした30センチ・ウーファーを組み合わせた本格的なフロア型3ウェイ機。往年のDIATONE・ファンから熱い視線が注がれたが、受注生産ゆえ、このスピーカーはオーディオ・ショップに並ぶことはなく、一般的な関心を得ることはできなかった。

車載用DIATONE

いっぽうで、DIATONEの遺伝子は思わぬところに飛散し、その生命を長らえていた。カーオーディオ用スピーカーとしてである。とくに2011年に実用化されたNCV振動板の採用が大きな話題となり、DIATONE・カーオーディオの高音質ぶりは多くの人の注目を集めることになる。

NCV(ナノ・カーボナイズド・ハイヴェロシティ)とは、三菱電機先端技術総合研究所が開発した、樹脂にカーボンナノチューブとカーボンファイバーを配合した素材。チタン並の伝搬速度と大きな内部損失を併せ持ち、ハイスピードで固有音が少ないという振動板素材として理想的な特性を持ちながら量産が可能という非常に興味深い素材なのである。2014年に発売された三菱電機の4K対応液晶テレビ、「LCD-65LS1/58LS1」のL/R 用スピーカーでも採用されて話題となったことも記憶に新しい。NCV は現在 3世代目となり、伝搬速度も当初の5,200m/ 秒から6,000m/ 秒に向上している。

液晶テレビ「REAL」にもNCV採用のDIATONEスピーカーが採用された(写真はLS1シリーズ)

DIATONE設立70周年を迎える今年、この優れた振動板素材を用いて家庭用スピーカーに再挑戦しようという機運が三菱電機の社内有志の間で盛り上がってきたのだという。そして、DIATONEのすべてを知るベテランエンジニア・原宏造さんが中心になって設計・開発されたのが、今回東京・九段下の三菱電機エンジニアリング(株)試聴室で聴かせていただいた2ウェイ・スピーカーの試作モデルというわけである。

三菱電機エンジニアリングの原宏造氏

テーパード・バッフルのピアノ・ブラック仕上げのバーチ(樺)合板バスレフ方式小型エンクロージャーに、低音を受け持つ16センチ・ウーファーと高音を受け持つ30ミリ・トゥイーターがビルトインされたこのスピーカー、申すまでもなく両ドライバーユニットともに最新仕様のNCV 振動板が用いられている。磁気回路には両ユニットともに高効率で磁束密度の高いネオジウム・マグネットが使われている(ウーファーが内磁型、トゥイーターが外磁型)。

CDやLPレコードを用いて、鋳鉄製スピーカースタンドに載せた本機の音を聴かせてもらった。同一素材振動板を用いたスピーカーならではの、じつにスムーズなサウンド。音楽が伸び伸びと表現され、とても気持ちがいい。とくに澄みきったクリーン低音は、このスピーカーならではの美点だろう。

また、往年のDIATONEの伝統を正しく受け継いでいることを強く意識させられたのは、その解像感の高い精密な音楽表現力。ジャズ・ピアニスト大西順子の新作SACD「ティータイムス」からバラード曲を聴いてみたが、ドラマーのブラッシュワークが拡大鏡でフレームアップされたかのように生々しく浮き彫りにされ、その精緻なサウンドに息をのんだ。

名ピアニストのウィルヘルム・バックハウスが、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と共演した1967年録音の「ブラームス:ピアノ協奏曲第 2番」(デッカレコード) をアナログレコードで聴いてみたが、この滋味深く格調高い演奏を本機は時代の古色を失うことなくロマンティックに描写し、しみじみとした気分で聞き惚れてしまったのだった。

綿密な理論検討と正確な実験に裏付けられた工学的アプローチ。それに加えて長年の経験によって会得した心地よい音を得るためのノウハウが投入された、傑作小型2ウェイ機誕生の予感。ぜひこのスピーカーが多くのオーディオ・ショップに並べられ、本格スピーカーで聴く音楽の楽しさ、面白さが2016年を生きる老若男女のミュージック・ラバーに伝わることを強く希望したい。

左から原氏、三菱電機 AV営業統括部 商品企画担当部長の佐藤岳氏、筆者、三菱電機ライフネットワーク 営業企画部の守野善和氏

(Repoted by 山本浩司)