MP3シリーズは、5回目となる今回が最終回。前回までは市販のMP3パッケージソフト計8本を用いて、エンコーダの特性の違いなどを分析してきた。その結果エンコーダによって、かなり音も変わってくることが確認できたわけだ。そして、最終回は番外編的になるが、これまでほとんど触れてこなかったデコーダについて見ていく。
■ デコーダによっても音は変わるの?
これまで8つのソフトを用い、エンコーダによって音の特性がどう違うのかを比較してきた。最初に扱ったジャストシステムの「MP3 BeatJam XX-TREME」では、MP3のリファレンス的存在であるFraunhofer IISエンコーダが搭載されていたが、これによるエンコードでは16kHz以上がスッパリ切り落とされていた。また、中にはもっと高音まで出るエンコーダもあったが、多くは同様に高音域がカットされていた。
今まで行なったエンコーダの分析では、デコーダに関しては、すべてにおいて特定のものを用いてきた。具体的には、波形エディットソフトであるSonicFoundryの「SoundForge5.0」に搭載されているデコーダだ。SoundForge5.0は、さまざまなデータ形式の読み書きが可能であるため、MP3ファイルを読み込み、WAVファイルに変換するだけの目的に用いていた。
もちろん、MP3 BeatJam XX-TREMEでもMP3 JukeboxでもMP3からWAVファイルへの変換は可能なので、それらを用いてもよかった。しかし、これらを用いると多少不公平感がでるので、あえて別のソフトを用いた。とはいえ、SoundForge5.0にはFraunhofer IISのデコーダが搭載されているので、MP3 BeatJam XX-TREMEで行なっていても同じ結果だったのかもしれない。
では、デコーダによって音に違いはでるのだろうか? これはエンコーダほどではないものの、微妙な違いは出てくるほか、中には位相が反転してしまうものもあったりする(そもそも、CD自体が位相反転いてしまったものもあるので、反転の反転でかえっていい音になるケースもあるようだが)。
今回のシリーズの主旨として、デコーダの違いについて、あまり深く突っ込むつもりはない。しかし、デコーダによっては、特殊機能を搭載し、明らかに違う音を出すものが存在し、それを無視するわけにはいかない。
■ 再生に特殊機能を搭載した2つのソフト
そんな特殊機能を持ったソフトが、これまでに扱った8つのソフトの中では以下の2つ。
製品名 | MP3 Studio Unreal2 |
MP3 Audio Magic |
---|---|---|
メーカー名 | ランドポート | TDK |
標準価格 | 9,800円 | 6,800円 |
購入価格 | 7,350円 | 5,100円 |
ランドポートが発売する「MP3 Studio Unreal2」のデコーダはINTERNAL(303Tek)が開発したものが使われているのだが、ここにUnreal48というテクノロジーが搭載されている。
MP3 Studio Unreal2のパッケージを見ると「スタジオクオリティ48kHz、Unreal48テクノロジ搭載! 世界初!MP3がCDクォリティを超えた!」と派手なことが書かれている。INTERNALのホームページにある説明を読むと「Unreal48テクノロジは不自然と言われがちな、CDクオリティの音源の音質を改善する技術です。CDをマスタリングする際や録音する際に失われた22.05k~24kの成分を高度な演算により復元します」とある。実際、この機能を用いて再生すると、48kHzになっており、消えていたはずの16kHz以上の信号が出ているのだ。
一方、TDKの「MP3 Audio Magic」には、KENWOODが開発したデコーダが搭載されており、このデコーダには「Supreme/D.R.I.V.E.」テクノロジーなるものが採用されている。仕組みこそ違うものの、考え方的には似た機能だ。パッケージを見ると、「ケンウッド社が開発した“Supreme/D.R.I.V.E.”テクノロジーは、音楽情報をMP3に圧縮する際に欠落してしまう高音域を、自然な形で補間する最新技術。Audio Magicはこれを世界で初めて搭載しました。これにより、これまでのMP3ソフトがなしえなかった高音質を実現。本ソフトで作成したMP3データはもちろん、他のソフトで作成したMP3データも、限りなく原音に近い音質で再生できます」とある。
■ Unreal48とSupreme/D.R.I.V.E.の音を聴いてみる
Unreal48にしてもSupreme/D.R.I.V.E.にしても、無くなった16kHz以上の音が復活し、原音に近い音質になるとは、にわかには信じられない。が、実際どうなのか、その音を聴いてみるとともに、周波数分析をしてみることにしよう。いずれのソフトも、この特殊機能のON、OFFの設定が可能になっている。
Unreal48の設定画面 | Supreme/D.R.I.V.E.の設定画面 |
例によって、素材はTINGARAの夜間飛行を用いることにするが、実際に再生させるのはMP3 BeatJam XX-TREMEでエンコードした2つのデータ。1つは96kbps高速モードでエンコードしたデータ、もう1つは128kbps高速モードでエンコードしたデータだ。
以前見たとおり、オリジナルに対し96kbpsでエンコードすると12kHz以上が、128kHzでは16kHz以上の音域がバッサリと切られてしまう。これらをそれぞれ、Unreal48とSupreme/D.R.I.V.E.を使って再生するとどうなるかという実験だ。
【オリジナルデータ】 | 【96kbps(高速モード)】 | 【128kbps(高速モード)】 |
---|---|---|
96kbpsでエンコードすると12kHz以上が、128kHzでは16kHz以上の音域がバッサリと切られてしまう |
【Total Recorder】 |
そんなときのために便利なシェアウェアが、High Criteriaの「Total Recorder」というソフト。このソフトはサウンドカードのドライバに出力する手前で流れてくるストリームデータを捉え、レコーディングしてしまうというもの。今回はこれを利用して、各プレーヤーの出力結果をWAVEに変換し、Wave Spectraを用いてグラフ化している。
以下のグラフが、96kbpsのものと128kbpsのものを、Unreal48およびSupreme/D.R.I.V.E.それぞれOFFの状態、ONの状態で再生した結果である。また、128kbpsでONの時に再生してレコーディングしたWAVEファイルも用意した。なお、Unreal48をONにした場合、48kHzのWAVファイルになるため、Wave Spectraの横軸が24kHzまで表示されているので注意して見て欲しい。
【MP3 Studio Unreal2】 | 【MP3 Audio Magic】 | ||
---|---|---|---|
96kHz(高速) | OFF | ||
ON | |||
128kHz(高速) | OFF | ||
ON | |||
WAVファイル 約8.18MB(unreal48.wav) |
WAVファイル 約7.64MB(drive.wav) |
これを見てわかるのは、Unreal48もSupreme/D.R.I.V.E.も、ONにすると高音域が伸びているということ。ただ、これは必ずしも原音と同じになったというわけではないようだ。それは96kbpsの音をSupreme/D.R.I.V.E.で再生したときに顕著に現れている。というのも、12~14kHzはほとんど出ていないのに、14~16kHzが出ているという妙な結果になっているからだ。また、MP3 Studio Unreal2で再生した結果はUnreal48がONでもOFFでも高音域のピーク値が水平に伸びているが、これは再生終了時に突然現れるもの。したがって、赤線ピークよりも青線の平均を見たほうが実際に近い。
では、実際に聴いてみてどうなのか。確かに、それぞれONにすると音の雰囲気は微妙に変わる。OFFの場合よりもONの場合のほうが、心地よく感じるのだ。では、そのことが即ち原音に近いかといわれると、私個人の感覚では“NO”だ。変質してしまった音色が元に戻ってはいない。あくまでも全体の雰囲気が良くなっているだけで、原音を取り戻しているわけではないのだ。
心地よいという点は確かなので、こうした機能を搭載したソフトを使う価値は十分にあるが、過度な期待は禁物といったところだろう。
(C)TINGARA
「夜間飛行」(作詞:名嘉睦稔 作曲:名嘉睦稔、TINGARA)
□TINGARAのホームページ
http://www.tingara.com/
■ 1kHzサイン波はどのような影響を受けるのか
せっかくなので、もう1つ実験をしてみよう。これまで扱ってきた1kHzのサイン波が、Unreal48およびSupreme/D.R.I.V.E.を通すことによってどうなるかというもの。
いずれも素材はMP3 BeatJam XX-TREMEで128kHz高速モードでエンコードしたデータをONの場合、OFFの場合で再生してみた。
【MP3 Studio Unreal2】 | 【MP3 Audio Magic】 | ||
---|---|---|---|
128kHz(高速) | OFF | ||
ON |
これを見てはっきりわかるのはUnreal48をONにした場合の効果。奇数整数倍音がクッキリと出ている。つまり、3kHz、5kHz、7kHz、9kHz……とないはずの音が出ている。Supreme/D.R.I.V.E.の場合は、そうした違いは見られなかったが、もっと高い音を入力すると似た現象が起きるようだ。
このように、データの補間という技を用いることで、MP3特有の音のぎこちなさを緩和することはできる。それは、倍音を利用するという方法だ。今回は掲載しなかったが、より高いビットレートの信号を入れると、Supreme/D.R.I.V.E.の場合、逆に音質が劣化するという妙な現象も起こっていたが、この辺は今後改善されていくのかもしれない。
もっともパソコンで再生させるような場合は、再生させるためのサウンドカードやアンプ、スピーカーなどのオーディオ環境のほうが、よっぽど音質に影響を与えると思われる。しかし、補間技術も含め、今後デコーダも少しずつ進化していくと予想される。
【コラム内コラム:自分の可聴域をチェックしよう!】MP3のデータをグラフ化して、はっきりと違いがわかるのが16kHz以上の高音域が出ているかどうか。一般的に、健康な若い人の場合、20Hz~20kHzが可聴範囲であるといわれているが、実際自分の耳でどこまで聴こえるかを試してみるのも面白いのではないだろうか。先日、インプレスの某編集者と話をしていたところ、「音の違いがわかる人って、高音が聴こえている人みたいだよ」ということを言われたので、さっそく試してみることにした。以前からスウィープデータ作成に用いているefu氏のフリーウェアWaveGeneを使えば簡単に指定の周波数の音を出すことができる。三角波やノコギリ波では倍音が出て、正確な周波数とならないだろうということで、サイン波を用いることにした。また、44.1kHz対応のサウンドカードでは、18kHzを超えた辺りから、妙な音が混じるため、96kHz対応のM-AudioのDELTA44を用い、アンプを通じて鳴らしてみた。 その結果、私の耳では18kHzぐらいが限界のようだった。なんか聴力検査をしているような気分であったが……。試しに、48kHz対応のSound Blaster Live!を用いてみても結果はほぼ同様。 高音を聴けることが必ずしも、音の違いを判別する条件ではないことは、これまでの結果でも明かではあるが、みなさんもちょっと試してみてはどうだろうか?
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(2001年6月4日)
[Text by 藤本健]
= 藤本健 = | ライター兼エディター。某大手出版社に勤務しつつ、MIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase VST for Windows」、「サウンドブラスターLive!音楽的活用マニュアル」(いずれもリットーミュージック)などがある。また、All About JapanのDTM担当ガイドも勤めている。 |
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ウォッチ編集部内AV Watch担当 av-watch@impress.co.jp