■ プロツールを強化するAdobe プロアマ問わず数多くのグラフィックスツールをリリースしているAdobeだが、先日8月7日に行なわれた記者発表会では、新製品を含めた数多くのソフトウェアが同時に発表された。 まずバージョンアップとしては、ビデオ編集ソフト「Premiere 6.5」が「Premiere Pro」に、ビデオ合成ソフト「After Effects 5.5」が「After Effects 6.0」となる。 また新製品としては、DVDオーサリングツール「Encore DVD」は注目度が高い。最大で8オーディオトラック、32字幕トラック、DLTマスター作成、リージョンコード設定、CSSやマクロビジョンも設定できるなど、完全にプロ仕様だ。Macintoshでは早い段階からAppleの「DVD Studio Pro」がプロツールとして存在しているが、Windowsでは廉価なプロツールがなかったため、業務やSOHOレベルでは市場をMacintoshに取られている感があった。だがこれでオーサリング勢力図も変わっていくだろう。 もう一つの新製品「Audition」は、今年5月に買収したSyntrilliumの「Cool Edit Pro」をベースにした音楽編集ソフトだ。筆者は以前からCool Editのユーザーだったのだが、正直言ってこの買収はちょっと意外だった。というのもCool Editは開発ペースが非常に遅く、筆者的には「もう終わりつつあるソフト」というイメージを持っていたからだ。アドビがこれをどのように料理したのか、興味あるところだ。 さて、筆者の手元にはこれら4つのプレス向けβバージョンがあるのだが、今回はどれを取り上げようかとつらつら考えてみた。2本の新製品も興味深いし、Premiereもアップデートする度に取り上げてきた。だが今回は、グラフィックス専門誌以外では難解すぎてあまり深く取り上げないであろう、After Effects 6.0をチェックしてみることにした。 普通の人には全然関係ないこのソフト、最初から説明するとエラく長い話になるので、今回はわかる人中心に、それ以外の方はまあこういう世界もあるんだよぐらいの気持ちで読んで頂ければと思う。 ■ 強力になったタイポグラフィ機能
After Effectsとはどういうソフトウェアなのかを、一応簡単に説明しておこう。ある人はAfter Effectsを評して「動くPhotoshop」と言ったが、確かにレイヤーで映像を積み重ねていくスタイルは、ある意味Photoshop的と言えるかもしれない。しかしそれに時間軸の概念が絡んでくると、かなりそのニュアンスは違うと筆者は思っている。 Premiereなどの一般的なビデオ編集ソフトとは違って、After Effectsはカットを繋いで作品を作っていくような作業にはまったく向いていない。それよりはむしろ、1シーン内の複雑な合成・エフェクト処理を引き受ける、特殊合成用のソフトウェアである。 音楽のプロモーションビデオなど、実写を使った特殊映像を見る機会は多いだろう。これらの映像には、何らかの形でAfter Effectsが使われているケースが多い。また通常のテレビ番組でも、オープニングなどCGと実写の合成が行なわれているシーンでも使われることがあるだろう。1つの映像に対して単純なエフェクトをかけるのではなく、複数の画像を組み合わせて1シーンを形成するような処理が得意なソフトだ。 今回のアップデートのポイントはいくつかあるが、大きなポイントはやはり文字の扱いが格段に進化したところだろう。文字を動かしてかっこよく見せる手法を「モーションタイポグラフィ」と言う。After Effects関連書籍では、このモーションタイポグラフィに関するものが多い。
これの意味するところは、モーションタイポグラフィ自体の需要は高いのだが、比較的複雑なテクニックが必要だったわけである。筆者も以前からAfter Effectsを使って映像の仕事をしているが、文字の動きに関しては別途3DCGソフトで作ったものをインポートして作ることが多かった。
今回の新バージョンでは、Photoshopのように画面に対して直接テキストが入力できるようになった。文字のカーニングや字送り、行送りなど、かなり細かい編集機能も装備している。テキストはそのままレイヤーとなり、エフェクトなどが自由にかけられる。 さらに強力なのは、テキストレイヤーには独自の「アニメータ」という機能が付いたところだ。位置やスケール、回転などの制御が別途可能になったり、塗りのカラーや線幅、字送りといったテキスト特有のパラメータもアニメーションが可能になっている。
位置やスケール、回転などは特にアニメータの中に存在しなくても、レイヤーそのものを動かせばいいのではないか、とユーザーなら思うだろう。これらの機能をユニークなものにしているのは、アニメータの影響範囲が指定ができ、さらにその範囲もアニメーションさせることができるという点だ。言葉で説明しても何を言ってるんだかさっぱりわからないと思うので、実際のサンプルを見て頂こう。 例えば下のようなアニメーションを作ろうと思ったら、旧バージョンであれば文字一つ一つを別オブジェクトにして沢山のレイヤーを作り、一つ一つを時間差で動かすというチカラワザでやることになるだろう。だが新バージョンでは、選択範囲のオフセットを動かすだけという単純なアニメーション設定で実現できる。 移動の途中で色が変わるというのも、色の位相をオフセットで変化させるという手法で行なえる。CG的に考えれば、基本的には2つのステータスがあって、その間をモーフィングするような使い方ができると考えればいいだろう。
また「文字のオフセット」という考え方も面白い。このオフセットを使うと、デタラメな文字から意味のある文字へ変化するというアニメーションもできる。デタラメな文字、というのは、タイトルデザイン的には意外に使いでがあったりするものだ。これらの機能は、従来のモーションタイポグラフィのあり方を大きく変えるだろう。
■ ペイントツールのうれしい強化
もう一つの大きなポイントは、ペイント機能の強化だ。今までAfter Effectsには自由に絵が描けるようなツールはまったくなかったわけだが、Photoshopなどのようにブラシ、スタンプ、消しゴムといった絵を描くためのツールが搭載された。 これももちろんアニメーションすることができる。手書きで名前をサインしていく過程など、今まではかなり面倒な作業を行なってきたが、これでずいぶん楽になる。もっと簡単なところでは、色を塗ってゆく過程などを簡単にアニメーションすることができるのである。このようなアニメーションの作成は、After Effectsユーザーの悲願であったと言ってもいいだろう。
もう一つ、スタンプツールも長らく待たれていた機能の一つ。ロケ現場の不要な物を消すという機能は、映画やドラマなどでは必須である。今までこれらの処理は、ピナクルシステムズの「コモーション」、あるいはディスクリートの「コンバッション」あたりが得意とするところで、After Effectsでは苦手とされていた部分だ。
このような処理がアドビならではのPhotoshopライクなインターフェイスで作業できるのは、多くのユーザーが歓迎するところだろう。ちなみにこれらベクトルベースのペイント機能はPhotoshopのテクノロジーをベースに開発されており、品質や精度は同等であるという。 さらに従来から指摘されていたのが、標準プラグインのクロマキーの弱さである。基本的にはやろうと思えば根性でなんとでもなるソフトではあるので、いろいろなテクニックを使えばなんとかなるのだが、あまり積極的に使いたいとは思わなかった。 これが今回、サードパーティ製ではあるものの、クロマキー専用プラグイン「Keylight」がバンドルされた(Professional版のみ)。ざっくり使ってみたのだが、半透明物や微妙にケバだったものなどもそこそこ抜けるようである。あいにく手元にある素材がDV撮影したものしかないのでクロマの解像度が不足しているのだが、きちんと4:2:2で撮影したものでもうちょっと設定を追い込めば、なんとかなりそうだ。
■ 総論 今回のアップデートでは、インターフェイスなどの見た目が派手に変わっているわけではない。しかし細かいところの使い勝手が上がっている。例えば720×486ドットを4:3に補正して表示してくれる機能や、OpenGLによる高速プレビューなどだ。そういう意味では、After Effectsのインターフェイスは、コンセプトを明確に表わしており、最初からかなり完成度が高かったと言えるだろう。 今後After Effectsによる合成は、モーションタイポグラフィを中心に、より立体的な表現に変化していくと思われる。3D空間のレイヤリングはVersion5から搭載されていたが、動画だけを扱っていては、それほどの使い道はない。しかしVersion6でタイポグラフィ機能が強化されたことにより、立体配置表現のおもしろさが生かせるようになるだろう。 そういう意味では、DVEで疑似三次元によるレイヤーを経験しているリニアエディタは、より効果的に見せるための三次元空間における軸の概念やカメラワークを勉強していく必要がある。また3DCGを理解している人にとっては、かつてはビデオ編集のエリアであった平面から立体を構成してゆくアプローチを開拓しなければならない。 複雑な映像表現がハリウッドだけのものではなく、After Effectsの進化によって全体的な底上げが成されていくという図式は、今後もしばらく続きそうだ。
(2003年8月27日)
[Reported by 小寺信良]
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