■ スポーツを盛り上げるマーチングバンド
連日のメダルラッシュで、日本列島はまさにオリンピック一色。読者の多くもテレビの前で様々な競技を観戦・応援していることだろう。試合の合間にはアテネまで応援に出かけたパワフルな日本人が時折映され、日の丸のフェイスペイント、扇子、垂れ幕など、思い思いの応援が行なわれているようだ。 今回取り上げる映画「ドラムライン」は、そんな応援の花形・マーチングバンドをテーマにした作品だ。マーチングバンドとは、スポーツイベントの開始前やハーフタイムなどに、隊列を組んで歩きながら演奏をする楽団のこと。だが、近年は踊りなどの激しいパフォーマンスを取り入れるなど、話題になっている。 編成はバンドによって様々だが、スポーツ会場に登場するマーチングバンドは管楽器や打楽器を中心としたものが多い。映画のタイトル「ドラムライン」は、その中でもリズムの基本を構成する、打楽器演奏者の列を指している。 アメリカン・フットボールが盛んな米国では、マーチングバンドの演奏やパフォーマンスを楽しむことはごく一般的なことだという。しかし、日本ではあくまで競技の合間の余興やBGMとして扱われており、エンターテイメントとして馴染んでいるとは言えない。自分の記憶を探してみても、テレビ中継も含め、マーチングバンドの演奏をしっかり聴いた機会は数えるほどしかない。 そうした事情もあってか、マーチングバンドをメインに取り扱った珍しい作品として、公開前にテレビなどで特集が組まれた。“ポスト”ウィル・スミスとして人気のあるニック・キャノンの初主演作としても注目されたので、覚えている人も多いだろう。 新宿の量販店では、注目タイトルとして「シービスケット」や「オーシャン・オブ・ファイヤー」などと共に陳列されていた。いずれも気になるタイトルで、どれを購入しようか迷ったが、ドラムラインのパッケージに張られた「DVDで体感せよ! 五感を震わす興奮と感動!!」というキャッチコピーにやられてしまった。映画の内容も興味深いが、5.1chサラウンドで展開するドラムバトルは、音響面でも聞き逃せない。 なお、同店舗の棚では発売日の翌日で残りが2枚。私が1枚手にとって売り場をウロウロしている間に、残っていた1枚も買われて行った。本編ディスクのみで4,179円と若干高価だが、注目度は高そうだ。
■ 怒濤のリズムに思わず手足が動いてしまう ニューヨーク・ハーレム育ちのデヴォンは、リズム感やテクニックなど、マーチング・ドラマーとして天才的な才能を持っていた。その才能に眼をつけたマーチングバンドの名門A&T大学のリー監督は、彼を特待生としてスカウトする。 入部早々、凄まじいドラム・テクニックを披露し、周囲を圧倒するデヴォン。A&T大学は、今年も最大のライバルであるモーリス・ブラウン大学と優勝を争っており、デヴォンはその鍵を握るドラマーとして活躍が期待された。だが、自らの才能に溺れ、身勝手な言動を繰り返す彼は、次第にバンドメンバーや監督との間に溝を作ってしまう。はたしてデヴォンはドラムラインの一員として能力を発揮し、優勝を勝ち取ることができるのだろうか? ストーリーはありがちといえばありがちな青春物語。ドラムの腕は天才的なデヴォンだが、とにかくケンカっ早く、協調性がなく、命令されることが大嫌いという困った性格。母親に心配かけまいと強気に振舞ったり、離婚した父親にさりげない気遣いを見せるなど、根は優しい青年なのだが、とことん団体行動に向いていない。腕に覚えのある若者らしく「俺のほうが上手いぜ」、「あいつは下手だ、俺に叩かせろ」と増長。見ているこっちが恥ずかしくなるほどだ。 映画は、そんなデヴォンが先輩や監督と衝突しながらも、入部、訓練、試験、1軍バンドメンバーへの採用という、基本的な流れを丁寧に描いていく。2軍のメンバーが1軍のメンバーを指名し、指定曲でポジションを争うなど、バンドの中のシステムもわかりやすく紹介されており、初めて知るマーチングバンドの実態に何度も頷いてしまった。 また、学生の音楽部というと、放課後の音楽室で静かに練習しているイメージがあるが、マーチングバンドの体育会系な練習風景にも驚かされた。ジョギングは当然のこと、ペナルティの腕立て伏せ、空中椅子など、甲子園にでも行きそうな勢いだ。だが、この疑問は演奏曲が決まり、大会で実際に演奏が始まると氷解する。 映画の序盤から中盤にかけては退屈に感じる瞬間もあるのだが、中盤を過ぎると本格的な演奏がスタート。青春物語はどこへやら、音楽とリズムが洪水のように交じり合った刺激的な映画に変身する。観客席から見下ろしている分には「見事な隊列だなぁ」とか、「上手い演奏だなぁ」という感想しか持たないかもしれないが、フィールドではダンサーに合わせ、10kg以上ある太鼓抱えてジャンプ、シンバルをヌンチャクのように振り回すスポーツ顔負けの演舞が展開する。 とにかく、マーチングバンドの演奏がこれほど華やかで、アクロバティックで、激しいものだとは知らなかった。激しくスウィングをしながら、演奏は乱れず、全員のパフォーマンスが精密に揃っている。デヴォンが所属するドラムラインは複雑で高速なリズムを刻みながら、一糸乱れぬ動作で2本のスティックを持ち替えたり、放り投げたり、回転させたり……と、ため息の連続。余計なBGMやセリフを排し、「ドドドドド」と迫り来るマーチング・ドラムに圧倒されるだろう。 他校とのバトルでは、互いのドラムラインが中央で対峙し、己のテクニックを見せつけ合う。前進、後退を繰り返し、相手が首から下げている小太鼓を自分のスティックで叩いて挑発するなど、アイデアとセンスに満ちたバトルは観ているだけで熱くなる。映画を鑑賞しながら夜食のカップ麺をすすっていたが、思わず箸をスティックに見立ててテーブルを乱打してしまった。後述するが、音響面でもドラムのリズムで部屋が満たされ、心拍数の上昇に拍車をかけた。
ストーリーは単純だが、それゆえ演奏シーンが際立っており、観賞後の満足度は高い。ただ、あまりにお約束通りの展開で先が読めてしまうため、感動要素は薄めだ。主人公が最初から練習する必要もないほどのテクニックを有していることから「駄目な青年が人一倍努力してようやく栄光を掴み取る」という王道的な感動に薄いのも原因の1つかもしれない。しかし、音楽プロデューサー、ダラス・オースティンの実体験をもとにしている物語なので、このあたりは仕方ないだろう。とにかく、演奏シーンだけでも見る価値は十分にある。
■ 音響は抜群だが、コメンタリーや特典はゼロ 本編ディスクは片面2層。音声は英語、日本語ともにドルビーデジタル5.1chで収録している。音声のビットレートは英語が448kbps、日本語が384kbps。とにかく、リズミカルで弾けるような小太鼓の音が気持ち良い。サラウンド効果もふんだんに取り入れられており、反響音も含め、ドラムラインの真ん中にいるかのような音場が楽しめる。 立ち上がりの早い小太鼓の音をスピーカーで上手く再生するのは難しい。地鳴りのように響けば良いという爆発音とは異なり、大太鼓の低音にはパツパツとした締まりと、抜けの良さ、繊細な表現力が求められる。締まりのない低音を出すサブウーファはインシュレータを変えてみたり、吸音材やカーペットなどで余分な低音を吸い取れば良い結果が得られるかもしれない。 大会のシーンでは音の移動感が秀逸。演奏はスタジアムに出る前の、控えの廊下から始まるのだが、演奏しながら隊列が前進し、それに従ってカメラと音も移動する。狭い廊下から、一気に広大なスタジアムに出たときの音場の変化が聞き所。シアタールームの壁や天井が取り払われたような錯覚を覚え、周囲から雨のように降り注ぐ歓声に、自分が演奏するわけでもないのに思わず緊張してしまった。
DVD Bit Rate Viewerでみた平均ビットレートは8.16Mbpsと高め。グラフも触れ幅が少なく、全編を通して安定した画質が好印象だ。暗部の階調は豊かで、濡れたような滑らかな画調が印象的。大人数がフィールドでマスゲームを展開するようなシーンでも、ブロックノイズや擬似輪郭などは見当らなかった。 映像、音声は文句ナシ。続いて特典映像……といきたいところだが、特典映像はまったく無し。メイキングも予告編すら入っておらず、オーディオコメンタリーも無い。最近の新作映画のDVDとしては珍しいほど割り切った仕様だ。 マーチングバンドという題材を選んだ理由や、登場するバンドマンのどこまでが俳優で、どこまでは本物なのか? 主演のニック・キャノンはどのくらい練習してあのテクニックを演じられたのか? など、知りたいことが沢山あっただけに残念。価格が4,179円と高価なだけに、監督かニック・キャノンのオーディオコメンタリーくらいは付けて欲しかった。
■ オリンピック観賞のお供に
ブラスバンドや交響楽団などで音楽を楽しんだ人はもちろん、応援される選手だった側の人にとっても、新鮮なエンターテイメント作品としてマーチングバンドの世界を垣間見て欲しい。 表情は若干硬めだが、ニック・キャノンのストレートな演技にも好感が持てる。人気番組の司会をこなし、コメディアンやラッパーとしても活躍するなど、兄貴分であるウィル・スミスのようなエンターティナーを目指しているようだ。映画界での今後の活躍にも期待したい。 また、音響面も期待を裏切らない完成度になっているので、AVファンにもオススメ。来客の際のデモンストレーションディスクとしても、一風変わっていて楽しいだろう。アテネ観戦のハーフタイムに、DVDで華麗な演奏を楽しむというのも一興だ。
□20世紀フォックスのホームページ (2004年8月24日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
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