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第296回:イギリス生まれの低価格DAW「Tracktion 3」を試す
~ 1画面で全操作が行なえるシンプルなDAW ~



 先月、ミキサーコンソールで有名なMACKIEブランドのDAW「Tracktion 3」が発売された。CubaseやSONAR、ProToolsといったものとはかなり趣の異なるDAWで、基本的に1画面だけですべての操作を行なうというとてもシンプルな構造だが、機能的には一通り備わったDAWだ。

 今回は「Tracktion 3 Ultimate Bundle」パッケージを使ってみたので、どんな内容なのかを紹介していこう。



■ イギリス生まれの低価格DAW

 Tracktionはイギリス生まれのまだ比較的歴史の浅いDAW。Ver1.0という最初の正規版が登場したのは2002年11月で、開発元であるRaw Material Softwareからシェアウェアという形でリリースされた。その後、Tracktion 2からMACKIE(LOUD Technologies)が取り扱いをはじめ、今回のTracktion 3もMACKIEブランドで、LOUD Technologiesからパッケージソフトとして発売されている。

 製品としてはTracktion 3 Ultimate Bundle(43,575円)、Tracktion 3 Ultimate Upgrade(33,075円)、Tracktion 3 Project Bundle(19,740円)の3種類で、WindowsとMacのハイブリッド。違いはバンドルソフトであり、DAWとしてのTracktion 3自体はいずれも同じものだ。

 ちなみにUpgradeはTracktion 2ユーザーのバージョンアップ用なので、内容的にはUltimate Bundleと同じものとなっている。今回はUlimate Bundleを使ったがProject Bundleなら標準価格で2万円以下、実売で15,000円程度で買えるので、DAWとしてはかなり割安。なお、ソフト自体は日本語化されていないものの、日本語のマニュアルが添付される形になっている。



■ 1画面で全ての操作が可能なインターフェイス

 さっそくTracktion 3を起動し、デモデータを読み込んでみるとTracktionのメイン画面が表示される。パッと見た目では、一般のDAWと大きな差はないようにも思えるが、この画面ですべての操作を行なうといわれると、ちょっと不思議にも感じる。見るとわかるとおり、画面中央に並んでいるのがトラックで、オーディオとMIDIがシームレスに混在できるのは、ほかのDAWと同様だ。

 触ってすぐに気づくのは、マウスカーソルを持って行った場所に応じて、関連するヘルプが表示されること。ちょっと過剰サービスのような気もするが、初めて操作する上では、何ができるのかがすぐにわかって便利ではある。

 もっともこのヘルプは英語なので、あまり役に立たないという人も多いかもしれない。もちろん、設定で消すことは可能だ。


Tracktion 3のメイン画面 マウスカーソルの場所に応じて関連するヘルプが表示される

 次に何か操作をしようと思って気づくのは、画面最上部にメニューバーがないこと。メニュー項目は画面左下に表示されているので、ここから操作するというユーザーインターフェイスだ。

 オーディオトラックのトラック名をダブルクリックすると、そのトラックの波形が拡大表示され、波形をクリックすると波形エディットができるようになっている。一般の波形エディタと比較して使いやすいとはいえないが、一通りの操作はできる。

 同様にMIDIトラックではピアノロールがインラインエディタとして表示され、やはりここでもMIDIデータをいじれるようになっている。


メニュー項目は画面左下に用意 波形をクリックすることで波形エディットが行なえる MIDIデータの調整も、同様にMIDIトラックをクリックして行なう

画面左をLoopsに設定すると、楽器やジャンル、曲調などループ選択のボタンが現れる

 次に新規プロジェクトを作成し、ゼロから曲を入力してみた。最近のDAWでは、ループファイルを使ってリズムパートを作成してから、レコーディングするという方法が多いと思うが、Tracktionでもそうした手法が使える。

 画面左側をLoopsに設定すると、楽器、ジャンル、曲調などGarageBandのループ選択のようなボタンが現れ、ここで絞り込むことができる。扱えるのはACIDizedデータ、Apple LoopsそしてREX2ファイルだから、大半のものが利用できる。

 また、Ultimate BundleにはSonic RealityのT3 Ultimate Loopsという3.3GBほどのAppleLoopsとREX2ファイルのループ集が収録されているので、すぐに利用可能。さらにSubmersibleMusicのDrumCore TKというソフトも入っており、これで数多くのREXファイルを簡単生成できるのも便利だ。

 また、このREX2やACIDizedデータなど、ファイルそのものに曲のジャンル等のメタデータが入っていなくても、ファイル名やフォルダ名からTracktionが自動判別してくれるために、結構便利に使える。

 見つけたループデータをトラックに貼り付けてマウスでドラッグすればドラムトラックの完成だ。ここではベーストラックも同様に作り、Track3にギターを入力してみることにする。

 この入力のためには、入力ポートの設定が必要だが、これはいたって簡単。Track3と書かれている下をクリックすると入力ポートの一覧が表示されるので、ここからギターを接続したポートを選択すればOKだ。あとはRボタンを押してレコーディング準備に入り、赤の「●」ボタンをクリックすればレコーディングがされる。


ループデータをトラックに貼り、マウスでドラッグするだけで、簡単にドラムトラックが完成 入力ポートの一覧から、ギターを接続したポートを選択 赤の「●」ボタンをクリックしてレコーディングを開始

オーディオインターフェイスのセッティングには別画面が起動

 ちなみに、WindowsにおいてはASIOドライバを利用するのが基本となる。

 どのオーディオインターフェイスを使うかのセッティングは、画面上部にあるsettingタブをクリックして出てくる画面で行なう。1画面ですべてを行なうソフトではあるが、セッティングにおいては別画面が用意されている。



■ シンプルなミキサー設定。VSTプラグインで拡張可能

 さて、ここで気になるのがミキサー。一般のDAWには、大抵、かなり立派なミキサー画面が用意されており、そこで各トラックのボリュームやパンなどの調整を行なう。

 それに対し、Tracktionにはそうしたミキサー専用画面はないが、各トラックの右側にフィルタセクションというものがあり、そこにとても単純なフェーダー兼パンポットが並んでいる。これを使うことでとりあえず調整できるほか、クリックするとフェーダーが拡大表示されるようになっている。

 またフェーダーの右側にレベルメーターがあるので、フェーダーを通した後の音量が表示される。さらにオートメーション記録も可能なので、トラックごとにフェーダーやパンの動きを記録していくこともできる。

 もし「MACKIE Control」などのフィジカルコントローラを持っていれば、これを利用してミキサー部などをコントロールすることも可能だ。「MACKIE Control C4」など4種類が標準でサポートされているが、自分で設定すれば、あらゆるコントローラを利用することができる。


トラック右側のフィルタセクションをクリックするとフェーダーが拡大表示される トラックごとにフェーダーやパンの動きを自動で記録していくことも可能 「MACKIE Control C4」などのフィジカルコントローラに対応


フィルタセクションに「new filter」をドラッグ& ドロップしてフィルタを追加

 このTracktionで、非常に特徴的で面白いのがこのフィルタセクションの部分だ。デフォルトでは、フェーダー兼パンポットとレベルメーターの2つが並んでいるだけだが、ここにさまざまなフィルタ、つまりエフェクトを追加していくことができるのだ。

 画面右上のnew filterというアイコンをフィルタセクションにドラッグ&ドロップすると、追加可能なフィルタがメニュー表示される。Traktion本体でもフェーダー兼パンポット、レベルメーターのほかにディレイ、EQ、コーラスなど計16種類のフィルタが用意されおり、これらを自由に設定することができる。

 また、このフィルタとは実はVSTプラグインのことであり、Ultimate Bundleには、さまざまなプラグインが用意されているため、さらに多くのエフェクト類が利用できる。

 具体的には、まずMACKIEオリジナルのエフェクト群。コンプレッサやEQなど、かなり強力なものが入っている。またフリーウェアであるmda-vstのプラグイン群も多数バンドルされており、これらも即使うことができる。また、強力なものとしてはIK Multimediaの「AmpliTube LE」もバンドルされている。


MACKIEオリジナルのエフェクトやコンプレッサ、EQなど豊富なプラグインが用意されている IK Multimediaの「AmpliTube LE」もバンドル

 これらフィルタは左から右へと信号が流れていく構成。フェーダー前に設定するかフェーダー後に設定するかも自由に決定可能。

 このメニューを見て気づいた方もいると思うが、このフィルタはエフェクトだけでなくソフトシンセ=VSTインストゥルメントも利用できる。この場合、トラックがオーディオではなくMIDIになっている必要があるが、使い方はエフェクトの場合と同様だ。

 TracktionオリジナルのソフトシンセとしてはSamplerという1種類のWAVやAIFFを読み込んで使う単純なサンプラーがあるが、Ultimate BundleにはIK Multimediaの「Sampletank 2 SE」、LinPlugの「Alpha」、「Cronox 3」、「RM IV」となどががバンドルされているので、かなりいろいろな音作りができる。


IK Multimediaの「Sampletank 2 SE」 LinPlugの「Alpha」

LinPlug「Cronox 3」 LinPlug「RM IV」

 ちなみに、これらソフトシンセを設定して、MIDIでのリアルタイムレコーディングするには、入力ポートをオーディオインターフェイスのオーディオポートではなく、MIDIキーボードのMIDIポートを選択する。単純にこれだけで、トラックはMIDIとなり、レコーディングできるのだ。

 このエフェクトとしてソフトシンセとして利用できるフィルタには、もうひとつユニークな機能がある。それがラックというものだ。ラックとは1つのフィルタをユーザーが自ら作ってしまうという機能だ。

 デフォルトでもさまざまなラックが用意されているが、Tracktionで使える複数のフィルタを自分で組み合わせ、配線していくことができるのだ。こうして作ったラックはオリジナルラックとして保存していくことができるので、自分がよく使うエフェクトの組み合わせをラックとして作っておけば、以降すぐに呼び出すことが可能。


自分で複数のフィルタを組み合わせて利用できる「ラック」機能を搭載 デフォルトで多くのラック設定を用意

 最後にバス設定やマスタリングについても見ておこう。Tracktionを使ってみると、バスやマスタートラックといった概念はない。しかし、各トラックの出力先をオーディオインターフェイスの各ポートに設定できるだけでなく、各トラックへ出力することができるようになっている。

 つまり、バスが必要なら1つトラックを作成し、そこへ送ればいいのだ。同様にマスタリング用にトラックを1つつくり、各トラックの出力をそこへ送れば、最終的なミックス結果となる。そしてこのトラックのフィルタセクションにMACKIEのエフェクトなどマスタリングエフェクトをかけていけばいいのだ。

 各DAWが高機能化、複雑化している中、非常にシンプルにまとめあげたのがこのTracktionだ。VSTプラグインだけでなく、ReWireデバイスなどにも対応しているから、いわゆる業界標準的なものにも対応できている。

 ユーザーインターフェイスの好き嫌いはあるかもしれないが、これ1つで一通り何でもでき、あまり覚えることなく、1画面ですべて操作できるのは、なかなかの魅力といえるだろう。


□LOUD Technologiesのホームページ(英文)
http://www.loudtechinc.com/
□MACKIEのホームページ
http://www.mackie.com/jp/
□製品情報
http://www.mackie.com/jp/products/tracktion3/index.html
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(2007年9月10日)


= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase SX/SL 2.X」(リットーミュージック)、「音楽・映像デジタル化Professionalテクニック 」(インプレス)、「サウンド圧縮テクニカルガイド 」(BNN新社)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。

[Text by 藤本健]


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